第一章 第九話 『悪化していく事態』
修二達は鉄平の最期を看取った後、鉄平の遺体をベッドの上に寝かして、これからの展望について話し合いをしていた。
「これからどうするか、についてだが――」
修二の声は暗い。椎名も世良も、それは同様で意気消沈している様子だった。
目の前でクラスメイトの死を目の当たりにし、平静を保つことは難しくあったのだ。
「まずは、ここから離れようと思う。他の離れ離れになった皆のことが気がかりだ。合流して、この島から脱出する術を見つけよう」
「でも、ここで待機してるだけじゃ駄目なの? この屋敷に閉じこもっていたら、いつか助けがくるんじゃ……」
「駄目だ。日本本島からの救援が、いつくるかもわからないこの状況だ。電話が繋がらないことも含めて、すぐにくるとは思えないし、何よりこの状況を救援側が知らない以上、時間がかかりすぎる」
謎の電波不良に加え、島の住民は死して動く化け物となっているのだ。
この島の住民全てが化け物となってしまっているのか、それは分かりようもないが、希望的観測をするには今の状況は致命的すぎていた。
「まずは皆の安全を確保しないといけない。大丈夫、あの化け物は足が鈍い。皆も、簡単には捕まらないさ」
「ぼ、僕も修二君の意見に賛成だよ。ここにいつまでもいるのは危険が多いと、お、思う」
世良も、修二と同意見であった。
だが、そのこととは裏腹に、修二がここから離れようとする理由は鉄平が最後に言った言葉が気がかりだったからだ。
『――俺が俺じゃなくなる』
もしも、本当に今まで出会った化け物達と同じように鉄平が死して動く化け物と化すのなら、そんなところはもう修二も見たくもないし、何より友達を傷つけることをしたくなかった。
ベッドに寝かせつけられている鉄平の亡骸を見ながら、修二は最悪の事態を想定するように考え込んでいると、椎名が口を開いた。
「一つ、聞きたいことがあるの。ううん、先に修二には伝えたいことがあるの。さっき、私がおじさんに襲われていたのを助けてくれてありがとう。私を守る為にしたことだもの。修二はなにも悪くないよ」
「あ、あぁ」
椎名はそう言って、優しく修二の手を掴んだ。
心からそう言ってくれているのは、修二自身にも分かっていた。
友達の目の前で、助ける為とはいえ、襲い掛かる化け物を撲殺したことを咎めずにいた椎名に後ろめたい気持ちはあったのだが、それを気にする間もなく、椎名は続けて言った。
「それで……ね。修二が助けてくれた時、話していたことを教えてほしいの。その……菅原君が、福井ちゃんと同じことになってたってことについて」
当然の問いかけだった。
スガについては、修二はリクと鉄平以外に、誰にもその共有をしていなかったのだ。
それは、混乱を避けたい思いがあったこともそうだが、修二自身が何よりその事を言い出せなかったことが要因でもあった。
だから、今こそは話そうと、修二は勇気を振り絞るように椎名の目を見つめて答えた。
「スガは……、俺がホテルのロビーに着いて、福井の遺体を見た後に見つけたんだ。あいつはホテルの外へ歩いて行ってたんだが、俺の声にも反応してくれなくて、振り返ったと思ったら、あいつはもう生きてるような様子じゃなかった。そして、俺に襲い掛かろうとしたところを、リクが助けてくれて、そっからは……」
順序良く説明しようとした修二であったが、上手く話すことができなかった。
その先、リクが菅原を動けなくなるまで殴りつけた、とも言えなかったのだ。
喉まで出かかったその言葉を伝えないといけないと、そう逡巡していた修二だったが。
「ううん、いいの修二。教えてくれて……ありがとう」
椎名は、それでも修二の手を掴んで離さなかった。
クラスの中で誰よりも思いやりがあり、優しい心の持ち主だと言われていた椎名は、修二の言葉を信じ、優しく微笑んでくれた。
それは、修二が自身を許せなくさせてしまうほどにだ。
「俺が……俺が旅行に誘わなかったら、スガは……」
「大丈夫、修二は悪くないよ。自分を責めるのは、違うってリクにも言われたでしょ?」
「っ! スガは、スガはっ! 椎名のことを!」
――好きだった。
それを伝えて、何の意味もないことは分かっていても、修二はスガの無念を少しでも晴らしてやりたかった。
ただ、これ以上何を言っても椎名を悲しませるのみで意味がないことを分かっていたとしても、それでも、
「修二」
今までとは違う強い声色で、椎名は修二の声を遮った。
その眼には、一雫の涙が流れ出ていた。
「私も、皆も辛いよ……。どうしてこんなことになったのか、私だって分からない。どんどん周りの友達が死んでいって、悲しいのは私だって一緒。だから、自分を責めないで。そんなの……絶対に違うよ……」
堪えられなくなったのか、椎名は泣き崩れていた。
椎名の言う通りだった。
修二だけじゃない、友達の死を悲しまないなど、修二達のクラスメイトにはいないのだ。
修二の行動は、ただ周りを悲しませるのみで、何も意味もなかった。
「ごめん」
「ううん、いいの。私こそ、ごめんね。菅原君のこと、思い出させてしまったよね」
「いいんだ。椎名には、いや、世良も他のクラスメイトにも知る権利がある。それを全部抱え込もうとしたのは、俺の責任だ」
「私は怒ってないよ。ただ知りたかっただけだから。でも、一人で抱え込むのはもうやめてね? 私も、世良ちゃんだっているんだからさ」
涙を拭き取り、椎名は微笑んだ。
それが、無理をして微笑んでいることも修二には分かっていた。
「ああ、もうやめる。中々難しいけどな……。俺って、誰かに迷惑とかかけるのが苦手でさ」
「やっぱり修二は優しいね。小さい頃から、変わってなくて安心した」
「優しい? 俺が?」
「修二は皆のことを今も考えてる。でも私は違ってたの。自分のことしか考えてなくて、それが情けなくて……。修二が皆を旅行に誘ってくれたのだって元々は皆で楽しみたかったからなのは分かってる。誰にでも優しくできるのは簡単じゃないよ」
椎名は、それでも修二の内心を読んでいるかのようにそう言った。
優しさ、それは修二にとって似合わない言葉だと思っている。
ただ、迷惑をかけたくないのはそれで糾弾されることを恐れているからだ。
その証拠に、白鷺に責められたあの言葉は今も心に刺さっている。
「修二の言う通り、ここから一刻も早く離れよう。皆と合流して、早くこの島から脱出しないといけないし、私も全力で協力するから」
その言葉を最後に、椎名は掴んでいた修二の手を離した。
今すべきことをする為に、椎名は立ち上がる。
「いこう、修二。皆で一緒に帰るの」
もうスガも福井も鉄平もいない。それでも椎名は皆でと言った。それは彼女なりの励ましでもあり、少しでも前向きにさせようとした心遣いでもあった。
――それでも、やっぱり、椎名の方が優しいよ。
心の中でそう呟く修二は立ち上がり、落ちていた鉄パイプを拾い上げた。
「あぁ。必ず、皆で帰るんだ」
決意が固まり、修二達は部屋から出た。
まずはこの屋敷から出て、皆がいそうな場所へ向かうこと。この島の見取り図を世良が持っていたので確認したが、他の皆が行くと考えられるのは当然、安全な場所だ。
まず考えられたのは、ホテルからこの屋敷へ向かう道とは反対の方向にあった集落だ。
生きている人を探して、皆もそこに向かっているかもしれない。
また、船があった場所もその近くにあるので、脱出を考える奴もいるはずだ。
そこからしらみ潰しに探索して、皆と合流する算段をつけた修二達は、階段を降りた辺りで異変に気付いた。
「待て……誰かいる」
玄関のドアから誰かが叩くような音がする。
一人だけじゃない。何人かの人がドアを叩くというよりは、不規則に手で擦っているかのような音だ。
他のクラスメイト達の可能性も考えられたが、何も話さないことは違和感であり、修二は何がそこにいるのか、既に察していた。
「これは、多分あの化け物だ。俺らの声が外に聞こえていたのかもしれない」
「クラスの誰かって可能性はないかな?」
「なら、誰もドアノブを回さないのは不自然だ。鍵は閉めてたのか?」
世良に尋ね、首を横に振ったのを見て、修二は玄関のドアへ駆け寄ってすぐに鍵を閉めた。
「裏口を探そう。鉄平が垂れ流した血を見て、人がいると勘付いているのかもしれない。ここはもう安全じゃなさそうだ」
その時、鍵を閉めた音に外の人間が気付いたのか、音が急激に増した。
ドンドンっと、ニ、三人だと思われた人は五人以上いるかのようにドアを叩きつけていた。
「っ!? マズイ、急ぐぞ! このままだと外の化け物達に屋敷を囲まれる! 椎名、裏口の場所は分かるか!?」
「こっちの部屋は見たけどなかった! 多分、もう一つの方にあるかもしれないよ!」
「よし、いこう!」
椎名も見ていない玄関から右側のドアを開け、修二達は裏口を探した。
薄暗い中、裏口らしきドアを見つけたが、その前に何かがいることに三人は気づいた。
「だ、れだ……?」
急いで電気をつけて見てみると、そこにいたのは老婆だった。
だが、様子がおかしい。
こちらの存在に気づいたように、履いた靴も脱がずにゆっくりと近づいてきていたのだ。
そして、その時気づいたが、その老婆には右腕が関節の辺りから先を失っていた。
「化け物っ!」
動く素振りからみても明らかにここにいた老人と同じ化け物であることは一目瞭然であった。
「あっ……」
椎名は老婆の失った腕の部分を見て、何かに気づいた。
修二も、椎名が何に反応したのかすぐに分かった。
二階にいた、あの老人が必死に噛み付いていた腕の部分と、それが符合していたことに。
「椎名、世良、後ろに下がってるんだ」
「う、うん。分かった」
そのまま少し後退りすると、突然真後ろの玄関側のドアが開かれた。
そして、何者かがドアを開けた勢いで椎名へと襲いかかり、
「あ、危ない!」
寸前、世良が椎名を庇い、その何者かの腕と掴み合いになる。
驚いた椎名はその顔を見て、入ってきたモノの正体に気づいた。
すでに息絶えていたはずの鉄平が、正気を失った顔で襲い掛かってきたのだ。
「鉄平っ……!」
「くっ、笠井君!」
珍しく声を張り上げた世良の声で、修二もどうすべきかはもう決めていた。
「おおおお!!」
裏口の前にいた老婆を鉄パイプで吹き飛ばし、
そのまま世良と掴み合いになっていた鉄平の脇腹へと蹴りを決め込む。
持っていた鉄パイプで殴りかからなかったのは修二の甘さもあった。
そのまま、洗濯カゴが並ぶ床へと背中から倒れた鉄平を見て、修二はなりふり構ってられずに椎名達に指示を出す。
「椎名! 世良! 今のうちに裏口から逃げろ! 俺はこいつらを少し足止めしたら、すぐに追いかける!!」
その声で、椎名もすぐに動き出し、裏口へと向かった。
だが、世良だけは修二の指示に従おうとせず、
「僕も残るよ!」
世良の予想外の言葉で、修二は焦る。
「だ、ダメだ! 椎名についてくれ! 早くしないとあの婆さんが!」
そのまま世良は、起き上がらんとする老婆へ、近くにあった洗濯棒で叩きつける。
「い、今はこの人もなんとかしないといけない! 椎名ちゃん! 行って!」
言い合いしている場合ではないと、そう判断した椎名は言われるがまま裏口から飛び出していった。
そして、背中合わせになる修二と世良は、起き上がる正面の化け物と対峙することになった。
「世良、今はもうなにも言わない。でも、絶対にあのババアに噛みつかれるなよ。多分、少しでも傷をつけられたら奴らの仲間入りだ」
「わ、分かった。でも、もしもの時は助けてね」
正直、頼りないとさえ思っていた世良が今は頼もしく感じる。
だからといって、状況が良くないことは百も承知なのだが、今は目の前にいる鉄平から目を離せないのは確かだ。
修二は、目の前にいるもう呻き声しか発することができなくなってしまった鉄平を見て、話しかける。
「なぁ、鉄平……俺は怖かったよ。お前が化け物になって、それでもここにおいていくことに」
鉄平は手をつきながらゆっくりと立ち上がろうとする。目だけは修二の方へと向けながら、何も言わずに修二の方だけを見ている。
その姿を見るだけでも、修二の心は擦り切れそうになる思いであった。
「でも、やっぱりダメだ。俺の独りよがりなのは分かってる。自分は最低な人間だって。それでも、もう動いているお前を見ていられない。本当はこんなことしたくなかったけど、今……今楽にしてやるからな……!」
これ以上、友人の遺体が辱められることを修二は見ていられなかった。
自分本位な行動は百も承知で、それでも修二は鉄平の最期を看取った後、万が一こうなった時、どうするかは決めていた。
「お前が他の誰かを襲う。そんなとこは見たくないんだ。だから、終わりにしてやる!」
鉄パイプを握りしめ、修二は振りかぶりある一点のみを狙って打ち付けようとした。
「ああぁああぁあぁっ!!」
鉄平の首を目掛けて振り抜いた鉄の棒は、クリーンヒットし、そのままなし崩しに倒れた。
完全に動かなくなった鉄平を確認し、一瞬だけ目を瞑った修二は、世良へと向き返った。
「世良! 大丈夫か!?」
世良の方を見た修二は、対峙していた老婆がいないことに気づく。
「か、笠井君! もう終わったよ」
「え、と、あれ? さっきの婆さんは?」
「こ、この中にいるよ」
見ると、椎名の前には風呂場の扉があり、確かに中からは何かが蠢く気配が聞こえた。
「こ、この扉、向こう側から引かないと開けられないから、もう出てこれないと思う。多分押すことしかできない……だろうし、も、もう大丈夫だよ」
頭を使って無力化させた世良を見て、修二は表情を緩めた。
普段、オドオドしていた世良が倒さずして状況を打破したのだ。
無事でいてくれたことに安心したと同時に、先に外へと向かった椎名のことを思った修二は、すぐに気を取り直して、
「いこう。椎名とすぐに合流して、まずはあの集落へ向かうんだ。」
互いの安全を確認した二人は、裏口から外へ出て周りの安全を確認する。
椎名はそこにはいなかったが、化け物も見えるところにはいなかったことを確認し、世良と顔を見合わせる。
「椎名!! どこだ!? もう大丈夫だぞ!」
声を張り上げて椎名を呼ぶが、彼女は現れない。
先に行かして、まだ三分も経っていないのだ。
修二は嫌な予感がして、少しずつ焦っていく。
「椎名!! どこにいるんだ!? 早く出てこい!!」
返事はない。どころか、このままここにいれば、玄関の前にいた奴らがこっちへと来かねない状況だ。
「おい、嘘だろ!? 誰かに襲われたのか!?」
世良も取り乱していたが、彼女はすぐに修二へ提案する。
「と、とにかく近くにいるかもしれない。探しにいこう?」
修二もすぐに頷き、椎名が逃げたかもしれない方向を探ろうと周りを見渡す。
裏口から先は木々や草が生茂る森となっており、その左右は玄関に続く道と、ホテルへ向かう道だ。
玄関側には化け物達がいるはずであり、まず間違いなくその方向には逃げていないはずであった。
ならば、ホテルがある方向の可能性が高いと踏んだ修二は、そこで複数の足音を聞いた。
振り向くと、そこには玄関前にいた化け物達がこちらへ近づいていることに二人は気づいた。
「マズイ! 逃げるぞ!」
「ひ、開けた道はダメだよ。こっちに逃げよう」
世良は、ホテルへの道ではなく、針葉樹の木々が連なる森の中へと駆け込んでいった。
それに釣られて、修二も急いで走っていく。
足場が少し不安定だが、走れない程ではない。
修二と世良は、森の中へ走り抜け、後ろを確認した。
「なっ!?」
十分に距離を離したと思っていた。
だが、そうはならなく、事態がどんどん悪化していくことに舌打ちする。
「嘘だろ!? なんで走ってきてるんだ、あいつら!?」
化け物達は、今まで見てきたものと違い、走って修二達を追いかけてきていた。
スピード的には、一般人が駆け足で走ってるような速さである。
その異常事態に、修二は椎名が同じように走る化け物から逃げているのかもしれないと考えたが、今はそれどころではない。
森の中は足場が悪く、簡単に前を進むことは困難だ。
それに加えて、後ろの化け物達は修二の進んだ道を通ってくるので、距離が詰まりつつあった。
「くっそ! 世良! いけるか!?」
「う、うん! 大丈夫!」
世良の安否を確認し、修二はただ前へと走り続ける。
森の中へと駆け巡る修二は、もうほとんど周りが暗くて見えない状況になっていた。
空は、月が雲で完全に遮断され、周りを照らす明かりは何一つなかった。
先ほどの家の中で電気がついていた場所に目が慣れていたせいか、暗闇に対して、まだ目が慣れていないのだ。
それ故に、世良を確認するには声を出し合う他になく、まして余裕すらもない状況であった。
「くっ! 世良! いるか!?」
振り向いた修二は、世良の様子を確認した。
だが、返事はなかった。
「おい、世良! どこだ! どこにいる!?」
世良からの返事はない。
おそらく,走り続けている間にはぐれてしまったのだ。
椎名だけでなく、世良とも離れ離れになった修二は声をかけ続けることしかできない。
だが、それは自らの位置を教えるようなものであり、今もなお追いかけてくる化け物達を撒くことができなくなってしまう。
そして、先ほどから追いかけてくるあの化け物共の足音が近くまで聞こえてきた。
「や、ばい……! 逃げないと!」
焦った修二は、世良よりも自らの命に危険を感じた。
しかし、森はどんどん足場が悪くなり、もうどの方向に向かうことが正しいのか分からなくなっていた。
修二は、これ以上は追い込まれるだけだと判断し、ある事に賭けた。
俺でさえ周りが見えてないんだ。
奴らも目が慣れているかは怪しい。
やり過ごすしかない!
その場で蹲りながら音を消して、少し大きめの木の陰でやり過ごそうと動きを止めた。
化け物共の足音はまだ聞こえる。少しずつ音が大きくなり、バレているのではと考える修二だが、もう今更逃げることはできない。持っていた鉄パイプを握りしめ、状況を伺う。
足音はすぐ近くまで聞こえて、修二は額からの汗が止まらない。
が、そのまま足音が遠かっていくことが分かり、化け物共は過ぎ去っていったことが修二にも分かった。
「行ったか……? 助……かった……」
ホッとした修二は、まだ近くにいる可能性を考慮し、音を立てずその場で待機した。
暗闇の中、離れ離れになった二人のことを考える。
この最悪の状況の中、何一つ進展しないまま時だけが進むことに苛立ちを覚える。
ついに一人となってしまい、仲間達がどうなっているのか分からない今の状況だ。
今すぐに立ち上がり、探しに行きたい衝動に駆られるが、それをすればまたあの化け物達に追いかけられることになる。
「ーーーー」
修二は自制しながら、目が慣れるまで待機した。
ようやく目が慣れ始めた頃、薄暗いが周りがよく見えてきた。
あの化け物共の姿が見えないことから一直線に走っていったと思われる。
安全を確認した修二は、はぐれた二人を探すために、元来た道へと戻っていく。
だがその途中で妙な匂いがし、修二は立ち止まった。
「……なんだ、この匂い……血、か?」
鉄臭い匂いだった。
それが血の匂いであることもすぐに理解した。
何度も嗅ぎ慣れた血の匂いと何かが混ざったような匂いがしたことで、近くに危険があるのではと周りを警戒した。
が、人影らしい人影は見えず、代わりに小さな小屋らしきものが遠目に見えた。
おそらく、伐採道具か何かを仕舞う小屋なのだろう。
念の為、その小屋へと近づいていくが、先ほどから感じる匂いが濃くなっていくことに気づいた。
「ーーーー」
興味本位というわけではなかった。
ただ匂いの原因に彼女らが関わっていないか、それだけを確かめたかった修二は足早と動きながら、小屋へと辿り着く。
先ほどからずっと起こり続ける予測不能な事態を少しでも躱したいと考えていた修二は、匂いの原因が彼女らでないことを祈った。
そして小屋の裏側へ着いた修二はあるものを見つけた。
木で作られた物入れの箱だった。サイズは大きめのクーラーボックスぐらいであり、人一人分なら入れる大きさだった。
そんな事を考える修二はもう既に自分がおかしくなっていっていることに頭がおかしくなる思いだった。
人一人なら入れるなど、物入れを見て最初に感じる所感ではない。
重なるように起こる惨劇が、修二自身を精神的に蝕んでいることに歯噛みする思いであった。
「頼む……違ってくれ……」
だが、修二がその物入れの箱に近づいた時、足元の違和感に何があるのかすぐに分かった。
暗くてよく見えなかったが、ヌメっとするそん感触は匂いの元である血だった。
それは物入れから出たものだった。
なぜこんなところから、と考える修二であったが、中に何かがあるのは間違いなかった。
「はぁっ、はぁっ」
心臓の鼓動が早まり、冷や汗が止まらない。
なぜ、血がこの物入れから出てくるのか、一体この中に何が入っているのか、それは予想がつくものであったが、頭の中ではその可能性を遠ざけようと必死になっている。
しかし、修二はそれを確かめずに離れることはできない。
考えたくもないことだが、椎名と世良が関わっていないことを信じて、修二は物入れの蓋へと手を伸ばした。
取手のついた蓋は思ったほど重くはなかった。
だが、蓋を開け、異臭の原因がここにあることが確実だとすぐに分かった修二は目を細め、ゆっくり中を確認した。
そこには、ホテルで離れ離れになった、クラスメイト三人のバラバラになった死体が入っていた。
「え……? あ、あああああ! な、なんで!?」
リクと同じ部屋割りの男グループのメンバーだった。
修二もたまに絡むことがあり、その三人のことは良く知っている。
和也、元木、滝本。
ホテルから離れ離れになっていた三人の死体が今、無惨な姿となって目の前にいる。
三人は顔だけが分かる状態で、切断された部位の上に置かれていた。
ーーまるで見せつけるかのように。
「う、うぉえ」
嘔吐感が押し寄せて、修二は手を口で抑えたが、ダメだった。そのまま吐瀉物を撒き散らし、修二は地面に手を付く。
あまりにも酷たらしい光景であった。
ニュースで見るようなバラバラ殺人の現場はこのようなものなのかと思わせるぐらいに、想像よりも酷いその光景に耐えることはできない。
「はぁ、はぁ、なんで……何がどうなってるんだよ……っ!!」
ホテルの外で、全員と離れ離れになったのは一時間も前のことだ。
なら、修二達が離れた後に犯人が近くにいて、そこを狙ったのか、と考えるが、何のためにそんなことをする必要があるのか。
人体をわざわざバラバラにする狂った殺し方をする人間が、この島にいるということだ。
化物の仕業じゃない。美香を殺した人物と同一で考えるのが自然だ。
あの時、あの場所で犯人が近くで見ていたのだとしたら何が目的だ? 考えろ……もう見たくない……見たくないんだ。誰かが死ぬところは……!
美香を殺した犯人は、誰一人として目撃することはなかった。
なら、和也達は犯人の顔を見てしまい、殺されてしまったのではないか?
犯人にとって、正体が割れることだけは絶対に防ごうとする意思があることに、修二はホテルの中での騒動から推察していた。
「犯人は俺たちを使って何かをしようとしている?」
修二達クラスメイト達が事件の中心であり、犯人はわざとその状況を作り出している。
思えば、あの化け物達は島に住んでいた人達であった。
ならば、なぜ修二や椎名達は化け物にならなかったのか。
噛まれる以外で何かの要因があるのではないかと考えていたが、吐瀉物と血液、その他の異臭が混ざり合い、思わず修二はその場から離れたくなった。
ーーその時、小屋の中から人の気配を感じられた。
「誰だ!?」
思わず声を出してしまったことを修二は後悔した。
もしも小屋の中にいる人の気配が、和也達を殺した犯人ならば、修二に勝ち目はなかったからだ。
もう手遅れだと悟った修二は覚悟を決め、鉄パイプを握りしめる。
こうなればヤケクソだ。先手必勝で不意打ち狙いでぶちかますしかない……!
そのまま勢いよく小屋の裏から表の方へ回りこもうとした時、
「修二……?」
聞き慣れた声がした。
小屋の中にいたのは、先ほど屋敷から行方不明になっていた椎名であったのだ。
「椎名! 無事だったのか! 良かった……良かった…!」
感極まり、修二は椎名に抱きつく。
それほど、修二にとって生きてることを確認できたことは嬉しかったのだ。
「しゅ、修二……!? どうしたの急に!?」
「あっ、ごめん」
椎名は顔を赤く染め、ゆっくり修二を落ち着かせた。
どこも怪我をしていないことを確認した修二は安堵した。
「ほんとによかった……。お前まで死ぬなんてそんなこと考えたくもなかったんだ。でも、あれからどうしていなくなったんだ?」
「う、うん。あの後、屋敷の裏口からでて修二達が出てくるのを待ってたんだけど……玄関の方とその逆の方向から島民の人達がきたの……逃げ場がなくて、でも屋敷に戻ったら修二と世良ちゃんに危険になるから……それで……」
修二達と同様に森へ逃げたのだろう。
だが、修二達が危険だからといって自らを囮になど普通はできない。
椎名があの時、屋敷の中に逃げ込めば、修二達にはなす術がなかったのだ。
ある意味では、椎名の判断は間違ってはいない。
しかし、自らを危険に晒していたことに対して修二は、
「何バカなことしてるんだ……。でも、俺も先に行かそうとしたわけだから人のこと言えないんだけどさ」
「ご、ごめん。……それで、森の中へ逃げたんだけど、何も見えなくって……怖くてそのまましゃがんで隠れてたの。そしたら走ってくるような足音が聞こえてきて、怖くなって目を瞑って待ってたら、音が遠くなっていったから目を開けたの。そしたら、小屋が近くにあるのが見えたから、そこで隠れていたら修二がきてくれた」
走ってくる音はおそらく、修二と世良と化け物のことだろう。
逃げてる時に椎名は近くにいたということだ。
逆に椎名がそこで現れたら危なかった。
ただでさえ、噛みつかれたら奴らの仲間になる可能性があったのだ。あの状況で合流したら対処のしようがなかった。
「修二……世良ちゃんはどうしたの?」
「世良は……分からない……俺たちも椎名と同じでこの森の中へ逃げてたんだけど、途中ではぐれちまったんだ。でもまだ捕まってないことは確信を持てる。はぐれた後、俺を追いかけていた化け物は通り過ぎていってたからな。まだ……近くにいるかもしれない」
あの真っ暗闇の中、世良も修二のことを見失っていたはずだ。
「急いで探さないと……」
頭を掻きむしり、今の置かれた状況の悪さを改めて再認識する。
そんな修二の焦りの仕草を見ていた椎名は、
「ねぇ修二。この小屋、なんだかすごい臭いがキツくて……早く世良ちゃんを探しにいこう?」
「……あぁ」
和也達のことを話すべきか逡巡していたが、あの死体は椎名には目に毒すぎた。
今はまだ、そのことは話すべきではないと唇を噛み締めて堪える。
菅原の件を黙っていた修二は、また椎名に隠し事をすることに気が引けていたのだ。
だが、それでもこれ以上負担をかけさせたくないという思いもあって、今は目の前の問題を解決させようとその足で立った。
「行こう、必ず皆でこの島から脱出するんだ」
皆、という矛盾した言葉を発して、それを分かっていながらも修二は椎名に鼓舞した。
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