第一章 第三十話 『教会での再会』

 修二達はただ走り続けた。もう後ろにはフェンスも見えなくなり、桐生がその後どうなったのかは分からなくなってしまっていた。

 霧崎も何も言わず、周りを警戒しているのみである。

 恐らく、桐生のことを信じて進むことを決意したのだろう。

 彼女は一度として、後ろを振り返ることはなかった。


 そして、波のさざめく音が聞こえて、島の端へと近づいていることが分かったところで、ようやく見えてきた。桐生が言っていた、生存者達を匿っている教会の前まで遂に辿り着いたのだ。


 そこは、想像していたよりもかなり大きな教会だ。

 屋根には人間大のサイズの十字架が取り付けられており、敷地として見ても、あの工場と遜色ない程の広さを誇っている。

 その教会の前の豪華な扉の前に立ち、霧崎はその扉を開けた。


 中は電気が点いてはいなかったが、目が慣れているので、中の様式はよく見えていた。

 椅子が横並びに多数並べられており、それが列を成すようになっていた。

 正面の奥に見える祭壇のように見える。


「――あっ」


 そして、その中央には人が見えた。

 暗いので見えづらいが、その人達は怯えたように修二達を見ていたが、その中の一人が立ち上がり、こちらへと近づいてきた。


「修二……か?」


 そこにいたのは、ホテルから行方不明になっていた幼馴染のリクの姿だった。


「リク! 良かった。生きてたんだな!」


 思わず感極まり、修二は走った。

 今までどこに行ってしまったのか分からなくなっていた友達の生存を知って安心したのだ。

 そのまま肩を掴んで、修二は思わず涙した。


「お、おい。大丈夫かよ、そんなに俺と会って嬉しかったか?」


「当たり前だろ! 本当にもう、あれからどうなったのか、心配してたんだぞ……」


 ニヤニヤしながらいたリクだが、そのまま感動の再会をした修二を見たリクは軽く笑みを浮かべると、


「すまんすまん、修二達こそ無事で良かったよ。椎名と世良も一緒だったんだな。その女性は?」


 リクの指摘に、修二は手で涙を拭き取りながら答えた。


「ああ、俺たちを守って、ここまで連れてきた日本からの救援部隊の人たちだよ。桐生さんとも会っただろ? あの人と同じ部隊の一員さ」


「よろしくね。リク君、だよね? 霧崎って呼んでくれて結構よ」


「よ、よろしくお願いします」


 霧崎は、教会の扉に鍵を閉めて、改めてリクへと自己紹介した。

 年上の人と話すのが苦手か、リクは硬くなりながらも御辞儀して挨拶をした。

 そういえば、リクは年上の女性が好みだったか、そんなことを鉄平が言ってたようなことをふと思い出した。


「リク、無事で良かった。他の皆は無事だったの?」


「椎名、お前こそな。他の皆なら、あそこにいるよ。おーい、修二達がきたぞ! こっちこい!」


 リクに呼ばれて、こちらを見て座っていた他の人たちがこちらへと近づいてくる。

 それは修二達もよく知るクラスメイト達の姿だった。


「俺は最後に桐生さんにここに連れてこられてな。先に黒木、大門、茅野の三人はもうここに桐生さんに連れてこられてたらしいんだ」


 そこには、ホテルから行方不明になっていた黒木と大門、茅野の姿があった。


「良かった……、お前達、美香の一件から全く姿が見えなかったから、何かあったのかとずっと心配してたんだよ。お前達も逃げてたんだな」


「うん。私も一人で逃げてたんだけど、ホテルで急に職員に追っかけられることになって、逃げ場がないから外に逃げてたの。戻ろうにも、外にも同じように襲いかかる人達がいっぱいいて、ずっと隠れてた」


 黒木がそう言いながら、あのホテルで何があったのかを説明する。

 それに続くように、大門が茅野と肩をつけた状態で経緯を説明しようとした。


「俺も、沙樹と一緒に星を眺めようと外に出てたんだけどさ、変質者みたいな奴らがそこら中にいて、追っかけられるハメになったんだ。そうして二人で逃げてたら、帰り道が分からなくなってな。海辺でひっそり隠れてたら急に帯刀したおっさんが来たから、めちゃくちゃビビったよ」


 恐らく、桐生のことだろう。

 それは確かにビビるだろうし、状況も分からないので、仕方ない。

 そして、やはりというべきか、大門と茅野がいない理由もリュウが話していた通りであった。

 そうして、クラスメイトとの再会を喜んだ修二達だが、リクが疑問に感じていたことを口にした。


「なぁ、それで鉄平とか他はどうしたんだ? あいつ怪我してただろ? 別の場所に匿ってるのか?」


 リクの疑問に、修二達は顔が曇った。

 リクは、いや、この教会にいたメンバーは誰も知らないのだ。

 鉄平だけではない。黒木の友達である白鷺のことも、他のクラスメイト達のことも……。


 そのことを今、話すべきことか迷っていたところを、霧崎が前にでて説明した。


「大丈夫よ、修二君。私が説明する。まずは落ち着いて話をしたいから、そこに座りましょう。そこで全部、説明するわ」


 教会に並べられていた椅子を円になるように並べ替えて、その椅子に皆が座っていった。

 修二だけではない。椎名も世良も真剣な表情をしながら霧崎が話すのを見守っていた。

 まだ状況が分かっていないリク達は、その様子に不安を感じるように聞こうとしている。


「まずは、そうね。彼から言伝で聞いたことだから、途中までは私が見たわけではないのだけれど、ホテルの一件、美香さんの所から順序よく説明しましょうか。酷な話になるから、覚悟して聞いてね」


 霧崎は、ホテルでの美香が殺された一件から、鉄平の死、和也達が惨殺されていたこと。柊やマミのことや、工場での襲撃、そして、地下で起きた事をゆっくりと説明していった。

 そこに間違いはなく、修二も訂正をかける必要はなかったが、今思い返しても苦い記憶だった。


 リク達の表情は、鉄平の件からどんどんと曇っていき、その手は握り拳を作った状態でいた。

 その感情は悲しみか怒りか、あるいは悔しさなのか、当時、修二達が経験したことを一挙に聞かされた為に、辛く苦しそうな様相だ。

 だが、それでも何も言わずに黙って聞き入れてくれていた。

 そして、今に至るまでの説明を聞いたリクは勢いよく立ち上がり激昂した。


「ふざけんなよ! 鉄平も……皆死んじまったってのか!? なぁ!?」


 リクの言葉には怒りの感情が吹き荒れていた。

 当たり前である。

 柊とマミ以外はもうここに、いや、この世界にはいなくなってしまったのだから。

 彼がその状況を認めたくないのは、修二も痛いほど理解していた。

 だから、修二は心が痛くなる思いだった。


「俺の力不足だ……」


「あ?」


「俺に、もっと力が、勇気があれば、鉄平も白鷺も皆死ぬことなんてなかったんだ。いや、この島にだって……」


 その先を言おうとした修二の胸ぐらをリクが掴み、殴りかかった。

 椅子ごと吹っ飛んだ修二を見て、霧崎も思わずリクを止めたが、リクの怒りは収まっていない。


「なんで、なんでお前が悪いことになるんだ。ホテルでも言ったよな? 悪いのはお前じゃなく、こんなことをした犯人だって! 何もかも背負った気になってんじゃねえよ!」


 口元に血が垂れながら、それを椎名が拭き取ってくれた。

 修二も、本当は犯人が全て悪いことは理解している。

 だが、心の底では、島に皆を誘った罪悪感が残っていたのだ。

 本当は、椎名にも先の地下研究所で怒られたことをそのままリクにも怒られる形になったのだが、結局のところ、修二の心の中は何も変わっていなかった。


「お前は俺たちに良かれと思って旅行に誘ったんだ。お前に落ち度なんてもんはどこにもない。

真に糾弾されるべきは、そのお前や、俺達を嵌めたクソ野郎だ」


 リクの言及に、霧崎も止めながら、続いて答える。


「その通りよ。悪いのは君たちをこの島に追いやった奴ら。あなたはただの被害者なのだから、何も罪の意識に苛まれることなんてないわ」


「――――」


 リクはそこで、少し落ち着いたのか、修二の元へと歩き寄り、手を差し伸べた。


「悪いな、立てるか?」


「ああ、良いパンチだったぜ、俺の方こそ悪かった。そうだよな、悪いのは全部……」


 そこで、修二はふと考えた。

 この島に来た要因。それは父になりすまし、修二へと手紙を送った者の存在だ。

 あの地下で見た記録では、俺たちのクラスのことが記載されていた。


 なぜ、俺達のクラスなんだ?

 クラスメイトの人数分のチケットもそうだが、この事態を引き起こした元凶はなぜ、それを把握していたのか?

 なぜ、俺達のクラスを実験の道具として選んだのか?


「ーー?」


 修二が突然と何かを考えるような仕草をしたことに、リクが首を傾げた。


 それだけじゃない。なんで今、このことを考えてこなかったのか、美香や竹田、父さんや織田さんを殺し、モルフを操って俺たちを襲わせた奴は、なぜこうも執拗に俺達だけを狙ってきたのか。


 ピースが埋まるような感覚を、修二は感じていた。

 そして、それはここで話すべきことではないことも同時に感じていた。


 竹田は言っていた。聞いたことのある声の女が脅してきたこと……。そしてそれが女であることを。


 その断片的な情報が、修二の中で、ある一つの可能性を思いつかせた。


 ――まさか、本当にクラスメイトの中にその関係者、もしくは黒幕がいるってことなのか?


「――――」


 確定事項ではない、だが、その可能性がでてきたことを修二は戦慄した。

 鉄平が言っていたことが真相に近いことを、なぜこうも頭から抜けていたのか、修二は後悔した。

 もしも、そうだとするならば、この中にその人間はいるかもしれないのだ。


 迂闊にこの事を話すのはマズイ。今、この場には非戦闘員ばかりしかいないのだ。

 もしも、仮に犯人がこの中にいるのならば、間違いなく霧崎さんだけで倒すことは不可能だ。


 最悪の事態を想像し、修二はその額に汗を浮かべていると、椎名が心配そうに修二の顔を見つめていた。


「修二? 大丈夫?」


 その声に、修二は我に返って、気取られないよう注意を払いながら、


「あ、ああ。大丈夫だ。すまねえな」


 リクの手を取って、修二は立ち上がった。

 修二は作り笑いを浮かべるように、周りを安心させようとした。

 その胸中とは裏腹に、誰にも気づかれないような仕草で平静を装うとしたのだ。


 今はまだ、分からない……。情報が少なすぎることもそうだが、霧崎さんやリクに言っても、かえって混乱を招くだけだ。

 今は耐えろ、情報を集めるんだ。

 それに、俺は聞かなきゃならないことがある奴がいることを忘れるな。


 修二は頭の中でそう言い聞かせ、黒木の方をふと見ていた。


△▼△▼△▼△▼


 一同は話を聞いた後、一旦休憩することとなった。

 桐生が戻ってくるまではここを動くことはできない。

 それに、帰還のヘリがくるまで、まだ一時間以上もある。

 それまではこの教会に籠城する形で、各自動き回らない範囲での休憩となった。


 霧崎は特に休むこともなく、外の見張りをしていた。

 こんな時でも、常に警戒を解かない彼女の体力には驚きを隠せない。

 だが、それは修二も同じだ。

 今だからこそ出来ることをやろうと、修二は胸に手を当てて深呼吸した。


 その中で、端で一人座っていた黒木へと修二は近づこうとした。


 美香が死ぬ前、いや、白鷺が美香の死体を見つける前に、俺は黒木に妙なことを言われたのを覚えている。


『美香を見なかった?』


『嘘、ついてないよね?』


 あの言葉はどういう意味なのか、どうしても本人に聞く必要がある。

 疑いたいわけではない。修二だって、友達の中に裏切り者がいるなんて、思いたくもないことだった。


 修二は、黒木が座っている椅子の前へと立っていた。

 黒木は以前と違い、覇気を失ったような顔色をしている。

 それもそうだろう。仲の良かった美香を失い、果ては白鷺も同様にしてもういなくなってしまっているのだから。

 だが、それが修二の推測の通りだったならば話は変わってしまうが。


「笠井……どうしたの?」


「ん、ああ、調子大丈夫かなってさ。ごめん、本当は一人でいたいところだとは思うんだけど」


「いいよ。笠井らしいしね。美香や花音のこと、考えていたら、頭が真っ白になってたんだ」


 黒木は、美香や白鷺の友達だった。

 そして、ここにくるまでは、彼女達の死については何も知らなかったのだ。

 落ち込んでいても何もおかしくはない。


「ねぇ、花音は最後、何て言ってたの?」


 その言葉に、修二は答えずらかった。

 一度足りとも忘れたことはない。

 白鷺が修二を庇って死んだことは、今も鮮明に記憶に張り付いている。

 だが、それを伝えることが修二の使命であることだと、自分に言い聞かせようとした。


「私を助けてくれてありがとう……ってそう言ってたよ……」


「……そっか。なんだか花音らしいね」


「――らしいってのは?」


「あの子、ぶっきらぼうな雰囲気あるでしょ? 私たち以外の人と一対一で話すことが苦手だったもの。人付き合いが苦手だけど、人一倍、皆と仲良くなりたがってたのはよく知ってるの」


 言われてみればそうだった。

 白鷺が、あまり率先して美香や黒木以外と話しているところは見たことがない。

 大抵、美香や黒木が話しているところに乗じて話しかけてくるようなことが多かった。


「だから、どうやったら仲良くなれるのか、なんでもやりたがる子だったの。普通に話しかけたらいいのにね。笠井に助けられて、嬉しかったのだと思うよ。ちゃんとあの子のこと、見てくれる人って少なかったから」


 修二は黙って、黒木の話を聞いていた。

 白鷺のことを責められても、本当は仕方ないと思っていた。

 だが、彼女はそんなことは一度も言わなかった。


「だから、花音と仲良くしてあげてくれて、ありがとうね、笠井」


 普段は見せない、毒舌キャラなイメージの黒木が、優しく微笑んだ。

 あっけらかんとそれを見て聞いていた修二は、自分のことを殴りたくなる思いだった。


 そうだ。なぜ黒木を疑う必要がある。

 クラスメイトを信じないでいて、恥ずかしくないのか俺は――、


 黒木が裏切り者なはずがない、と修二は自分の愚かさに唇を噛んだ。

 その黒木の一面を見て、修二は聞こうとしていたことを聞くべきか迷う。

 だが、聞いておいて損はないと判断し、修二は黒木の隣に座った。


「なぁ、黒木。俺、お前に聞きたいことがあるんだ」


 大丈夫だ。黒木はこの島の事件に巻き込まれた被害者……決して、裏切り者なんかじゃない。


「うん……私も、笠井に聞きたいことがあったの」


 黒木が顔を下に向けて、その表情が修二からは見えなくなった。

 今更、修二の聞きたいことなど些細なものだと、黒木から言わせようとしたその時、


 先ほどとは打って変わり、無表情となった黒木の顔が修二の目の前へと近づいた。


「っ!? ど、どうした?」


 何か様子が変だ。

 この感じは、あのホテルの時と同じようなそんな……。


「あのホテルで美香が殺されていたあの時、私と笠井が会ったあの場所で、ふと思ったことがあるの」


 それは修二が聞こうとしていたことだ。

 急に逆質問され、黒木が何を聞こうとしているのかとその言葉を待っていると、


「どうして、あの時、美香と会っていないって嘘をついたの?」


「――は?」


 それは意味の分からない質問だった。

 あの時、修二は嘘などついていない。

 鉄平とスガと風呂から上がって、携帯を更衣室に忘れて取りに向かっていたのだ。

 美香とはホテルに入る前までは一度も会話をしていない。


「な、何を言ってるんだよ。俺は美香とはホテルの中で一度も……」


「なら、なぜ笠井は美香の携帯を持っていたの?」



 ……何を言っているんだ?

 美香の携帯? 俺はそんなもの持ってなんか……。



「あの時、笠井とすれ違った時、あなたの上着のポケットから美香の携帯が見えてた。カバーケースも、付けてたキーホルダーも、間違いなく美香の物だよ? どうして持ってたの?」


「ま、待て待て! 全く心当たりがないぞ!? なんで、俺が美香の携帯を……」


 ホテルからの一連の出来事を記憶の中で掘り起こさせながら思い返すが、修二にはそんな記憶はどこにもない。

 なぜなら、あの時、確かに修二は携帯を持っていなかった。

 全てのポケットを探ったわけではないが、元々入れていた場所に自分の携帯が無かったから風呂場の更衣室に取りに向かおうとしたのだ。

 なのに、なぜそこで美香の携帯の話が出るのか、修二には皆目検討がつかない。


「あの時は、美香が笠井のことを好きだってことを知っていたから、何かあったのかと思ってそのままにしていたんだけど、美香が死んで、このような事態になったことで思っていたの。――笠井……あなたはこの事件の関係者じゃあないよね?」


「――――」


 黒木の聞きたいことがようやく理解できた修二であったが、修二にとっては心底的外れな見解であり、関係者であるなどとそんなことはありえない。


 だが同時に妙な違和感を感じた。

 なぜ、美香の携帯が修二の上着のポケットの中に入っていたのかということだ。

 元々、持っていた携帯もそうだが、上着として着ていたもののポケットは、走ったりした途中で落ちてしまったのか、何も入っていなかった。


「そんなこと、あるはずがない! 俺だって、黒木があんなことを聞いてきたのを怪しく思ってた側なんだ! それに、俺がこの事件の関係者だなんて、そんなこと……」


 口で説明しようにも、それを証明するものはなかった。

 それどころか、訳の分からない状況に混乱している。美香の携帯を持っていたことも、どうして自分が疑われることになっているのかということも。


「…………とりあえず、分かったよ。私だって、笠井がそんなことするだなんて思いたくもない。だから、今は後回しにしましょう。強い味方もいることだし」


 黒木は目線だけを別の方向へと向ける。

 その先には、今も見張りをしている一人の女性がいた。


 ――強い味方、とは霧崎のことを言っているのだろう。

 黒木が疑うように、修二が黒幕だとして事を荒だてたとしても、何もできないだろうという見解だ。

 一応、武器は持っているので説得力はないのだが、修二は黒幕というわけではないので、そんな行動にでることはない。


「……分かった。でも、俺は本当に知らないんだ。俺が美香と最後に会ったのは、ホテルに入る前までだったからな」


「今は何を言っても仕方ないよ。とにかく、そっとしといてほしい」


 黒木にそう突っぱねられ、修二はその場を離れざるをえなくなってしまった。

 何も言えず、その場を離れた修二は俯きながら考えていた。


 どうして自分が疑われていたのか。

 それが分からないが故に、クラスメイトの誰かが犯人である可能性を修二の心の中から放棄することとなってしまった。


「か、笠井君、大丈夫?」


 壁に手を突いて、困惑していた修二へと世良が話しかけてきた。

 彼女も、あの森で離れ離れになってから再開することができた一人だ。

 聞きたいことも山程あったわけだが、今となってはそれも薄くなりつつある。


「世良、か。大丈夫だよ。ちょっと疲れてたからな」


「そう、なんだ。僕も同じだよ。ここに来るまで、ずっと逃げ回ってたから……」


「そういえばそう言ってたな。無事で本当に良かったよ。森ではぐれてから、椎名も俺も気が気じゃなかったからな」


「う、うん。ごめんね。それで、あの人達って何者なの?」


 ――達、と言われ、一瞬首を傾げたが、恐らく霧崎や桐生のことだろう。

 霧崎は、自身が国の非公表部隊であることをリクや世良達に明かしていない。

 あくまで、救出しにきたという名目上でしか、リク達には説明していないのだ。


「ああ、霧崎さん達のことか? あの人達は特殊部隊らしいよ。俺達を助けにきた……ってのはついでで、この島の異常事態を探るべくして送り込まれたってのが正しいんだけど」


「特殊部隊……ってことはSATか何かなのかな?」


「んー、まあそんなところだな。陸自の人じゃないらしいし、俺も詳しくはってところだけど」


 一応、大っぴらに霧崎達の素性は明かしてはならないので、抽象的な説明として世良には伝えた。

 世良がSATのことを知っていることにも驚きだが、実際、それほどには強い人たちだとは修二も思っていた。

 他はどうか知らないが、死んだ人間であろうと躊躇なく撃つなど、普通はできない筈なのだから。


「そう、なんだね。うん、分かった。ありがとう」


 そうして、会話を終えるかのように世良は修二から離れていった。

 随分と意味のない会話のようにも感じられたが、今の修二にはあまり興味はなかった。

 それほどに疲弊し、精神的にも参っていたのだから。


 世良との会話を終え、修二は一人、教会の中の椅子に座っていた。

 大門と茅野を除いて、皆、一人でいたいのか、誰とも話をしたいような雰囲気ではなさそうであった。

 それは修二も同じ気持ちで、疲労感と焦りが蓄積し、その身体は重りを乗せているのかと言わんばかりに倦怠感が酷かった。

 ようやく、クラスメイト達と会えたかと思えば、仲間の中に関係者がいるかもしれないことに気づき、黒木には逆に関係者ではないかと疑われ、未だ、脱出までのヘリが来るまではここに隠れなければいけないという状況が、修二の中で無意識的に集中力を削ぐことができないでいたのだ。


 だが、一人になった時には、少しだけ落ち着いてきていた。

 霧崎のように、常時警戒できるような精神力を羨いたくなる。

 修二はあくまでただの一般人であり、生き死にの経験なぞ、人生の中で一度としてなかった。

 そんな彼に、霧崎達のような能力を求めることは筋違いではあるが、休んでいられる余裕はない。

 不測の事態に備えて、できることを模索したいが、今は何も思いつかない。


「――父さん」


 背中にかけていた、もう弾が入っていない父のサブマシンガンに軽く触れた。

 蓄積した疲労感が、その銃を重く感じさせる。

 この先、本来の用途と違って、使い物にはならないであろうが、どうしてもその銃を手放す気にはなれなかった。


「俺は……どうしたらいいんだろうな」


 それは、父の残した最後の形見のようなものだ。

 しかし、彼は時と場合を考えれば、その銃を投擲でも盾にでもなんにでも使うつもりではいる。

 修二にとっては、今ここにいる生存者……霧崎やクラスメイト達と共に生き延びる為になら、何だってしてやるつもりだった。


 だが、修二はもはや現状を正しく考察することが難しくなってきていた。

 先ほどの黒木の件に関しても、どうして疑われることになったのか。なぜ、修二は美香の携帯を持っていたのか、結局何一つ分からず終いとなってしまった。

 身内に裏切り者がいるかもしれないと思われたことが、逆に疑惑を掛けられていたことで、訳がわからなくなってしまったのだ。


「――結局、何も分からずじまいだ。でも、リクや椎名にはこのことは話せない」


 これを椎名やリクに相談したところで、答えは出ないだろう。

 それどころか、かえって混乱を引き起こす引き金になりかねないので、話すことはできない。


 そのことを前提に、何か不測の事態がここで起きた時、どう行動していくかを考えなければならない。

 状況を整理していきながら、修二は霧崎の方を見た。

 彼女は外の警戒をしており、巡回しながら窓の外を確認している。

 実際に戦闘が起きた時、頼れる存在は霧崎のみだ。

 桐生があの後、どうなったのか分からない以上、すぐに合流できるかどうかは期待できそうにない。


 焦燥感に駆られている現状、このまま何事もなく、事態は運んでいくとは思えない為、今考えている事を相談してみようと、霧崎へと修二は近づいていった。


「霧崎さん、どうですか? 外の様子は?」


「今のところは問題ないわ。島民のほぼ全員と桐生隊長が応戦しているのかもしれない。まだ、気は抜けないのだけれどね」


 外の様子を見ながら、霧崎は答えた。

 桐生のことを心配しているはずだが、そのことは表に出さないでいた。

 きっと生き残っているはずだと信じているのだ。


 修二も窓の外の様子を眺めて見てみると、外はまだ薄暗く、外灯の明かりだけが前の道路を移しこんでいる状態だ。

 そこにはモルフに感染した島民達の姿は見えない。

 むしろこの時間帯ならば、人がいないその状況こそが普通であることを表しているかのようであった。


「まだ、二人見つかってないのよね。女の子が二人、柊さんと江口さん……で合ってる?」


 ふと、ここにいない、未だ行方不明になっている柊とマミのことを霧崎は確認した。


「ええ、一度、俺と椎名を匿ってくれたんです。集落にある一軒家ですが、白鷺を探しに向かって戻ってみれば、二人はそこにはいなかった。今、一体どこにいるのかも検討がつきません」


 まだ合流できていない二人のクラスメイトのことを、修二も心配していた。

 帰還用のヘリがくるまでは、もう一時間もないはずだ。

 それまでに彼女達が見つからなければ最悪、島へと残した状態で脱出せざるをえなくなる。


 それは修二達にとっても不本意なことだ。

 本当は外へ出て探しに向かいたいが、それができないことは皆が分かっていた。

 なにせ、つい先ほど、あのモルフが大群で押し寄せてきたこともあり、万が一、ここの存在に気づかれてしまえば、他の皆に危険を与えてしまうリスクがあるのだ。

 それだけはできないことであり、身動きが取れない今の状況に修二はもどかしさを覚えた。


「きっと、見つけ出せるわ。私もこうして外を見てチェックしているから。それに、帰還後のヘリがくれば、彼女達もその音に気づくはずよ」


「……そう、俺も祈っています」


 生き残っていることをただ祈るしかない。そう信じて、修二は彼女達の無事を祈った。


「霧崎さん、実はちょっと気になることがあって、相談したいことがあるんです」


 修二はそこで本題に入ろうと、霧崎へと尋ねようとした。


「うん? どうしたの?」


「この事件を引き起こした張本人に関してなのですが、ふと思ったことがーー」




 最後まで言おうとしたその時、轟音が教会の中を響かせ、目の前が真っ暗になった。



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