第一章 第三十一話 『レベル3モルフ』
轟音が教会の中を響かせ、修二は目の前が砂煙に覆われ、何も見えなくなった。
何が起きたのか分からず、修二は思わず目を閉じてしまう。
砂煙や埃が周囲を舞い散り、前を見ることができない。
敵襲を予想したのか、霧崎が前に出て修二を守る形の体勢を取っていた。そのおかげで、修二も目を開けることができ、何が起きたのか状況を確認しようとした。
「クソッ! 一体何が!?」
見ると、教会の入り口の扉が豪快に破壊されていた。
木製でできた扉が、まるで爆発でも引き起こしたかのように、跡形もなく吹き飛んでいたのだ。
「霧崎さん!!」
「下がってなさい!! 何かいるわ!!」
砂煙が地面へと落ちていく中、少しずつ前の様子が見えてきた。教会の入り口にあった扉の付近に影のようなものが見える。
それは、人のような影にも見えたが、なにかがおかしい。
形が、人間の姿をしていないような歪な様相をしていたのだ。
鳥肌が立つような感覚をその身に感じ、思わず腰にかけていた拳銃を手に取った。
霧崎も同時に構えているが、修二に撃たせないように間に入ろうとする。
「修二君!! あなたは戦わないで! 今すぐ、他の友達と一緒に逃げるの!」
「でも、どこに!?」
おどろおどろしく、影だけが見えるその歪な存在が動こうとしていた。
それを見ていた椎名達も、何が起きたのか分からず、その場を動けずにいた。
「教会の奥に向かいなさい! もしも私になにかあれば、裏手からヘリポートまで走り抜けて!」
「っ!! 分かりました!!」
これまでの修二なら、自分も残ろうとして一緒に戦おうとしたのかもしれない。
だが、教会の扉を破壊した方法が分からない以上、ここにいる全員が危険だ。
修二は霧崎にその場を任せ、クラスメイト達のもとへと駆け寄った。
それに合わせて、椎名も合流しようと修二のもとへと動き出す。
「修二! 何が起こったの!?」
「多分、敵襲だ! 逃げるぞ! ここは霧崎さんがなんとかしてくれる! そこの扉から逃げよう!」
緊急事態とすぐに判断してくれたのか、皆理解したようで、すぐに何も聞かずに動こうとしてくれた。
修二はそこで、何が襲い掛かってきたのか教会の入り口の方を見た。
砂煙は収まり、影となっていたものの姿を視認した時、修二はその異様な姿に恐怖を覚えた。
「な……んだ、あれは?」
それは、人型の姿をギリギリしていたが、人とはまるで違う。
どうしてその状態で生きているのか、皮膚がなく、全身が赤黒く、脂肪と筋肉だけが見えた状態のナニカが歩いていたのだ。
決定的におかしいのが、手足となる部分であった。
その手は鋭利な刃のようなものになっており、人を切り刻む為にあるかのように見受けられる。
そしてそれは、手に持った状態などではなく、結合しているかのように一体化しているのだ。
足に関しては、上半身とは違って限りなく細く、身体全体のバランスが合っていないような見た目をしている。
その化け物が、壊れかけのロボットのように小刻みに動き、こちらを見ている。
見た目のグロテスクさもさながらだが、一体どうやってあの爆発のような現象を引き起こしたのか、見た目からでは分かりようがなかった。
思わず声を失っていた修二であったが、すぐ近くにいた大門がその化け物へと指を差して、
「ば、化け物だぁぁぁぁ!!」
大門は茅野の手を掴んで、一目散に教会の奥へと続く扉へと駆け出していく。
「待て大門! バラバラになるな!」
引き止めようと、修二は追いかけようとしたが、咄嗟に迷った。
マズイ。これではホテルの時と同じだ。恐怖が伝染して、散り散りになってしまう。
「修二! 俺が大門達を見る! お前は椎名達を連れてこい!」
「――っ! 分かった!」
リクのとっさの判断で指示を出したおかげで、修二も落ち着くことができた。
また、あの時を繰り返すことを恐れて、自ら椎名達を置いて追いかけようとしかけたのだ。
自分のやるべきことを果たそうと、修二は椎名達を連れて行こうとしたその時、教会の入り口にいた化け物が妙な体勢を取り出した。
右腕をこちらへと向けていたのだ。その先端部分は空洞となっている。
――その構えはまるで、銃を撃つかのような体勢をしていて、
「避けろおおおお!」
危険を察して、椎名と世良に覆いかぶさるように、モルフの右腕の向けられた射線から離れるようにして避けた。
その一瞬、銃声音が鳴り響き、化け物から女性のような叫び声が聞こえる。
霧崎が化け物に銃弾を撃ち込んだのだ。
「霧崎さん!!」
「早く行きなさい! こいつは私が相手をするから!」
「――っ!」
霧崎の声に修二もあえて何も言わず、椎名と世良の手を取って走り出した。
化け物は激しく痛々しむように、その全身を悶えさせている。
女性のようなその声質になんとなく違和感を覚えたが、今はそれどころではない。
リク達が向かっていった扉の先へと、修二達は一目散に走り抜けていった。
後ろからは霧崎が撃っていることが分かるように、銃声音が聞こえてくる。
霧崎の無事もそうだが、今はクラスメイト達を避難させないといけないのだ。
そうして、教会の奥の通路を抜けて行った先の所でリク達の姿が見えた。
「リク! 大門と茅野は!?」
「ここにいる! パニクッてたけど、今ちょっとだけ落ち着かせたよ。霧崎さんは無事なのか!?」
「分からない! 銃声音が聞こえるだろうからまだ応戦してるはずだ! 俺達はこのまま、この教会の裏手に出るぞ!」
リクの隣にへたり込むように座っていた茅野を大門が支える形で寄り添っているのが見えた。
腰が抜けたのか、立ち上がれないようだ。
「サトシ……怖いよ……私、どうしたら……」
助けを乞うかのように、茅野は大門の手を掴んでいる。
「大丈夫、俺が側で守るから。笠井、立花、あの化け物はこっちにきてないよな?」
「大丈夫だ。なんとかして茅野を連れていくのは難しいか?」
大門は茅野を起こそうとするが、まるで身体が持ち上がらない。
こうしている間にも、霧崎の身が危ないというのだが、それで茅野を責めるのは筋違いだ。
あのような化け物、修二でさえも見ただけで足が震える程の恐怖を感じたのだ。
「椎名、世良。二人で茅野の肩を持って歩かしてやってくれないか? 俺達が守るようにするからさ」
「う、うん、分かったよ。茅野ちゃん立てる?」
椎名がそのまま、茅野の肩を持とうとしたが、何か様子が変だった。
先ほどよりも明らかに茅野の身体が震えていたのだ。
「ひっ! サ、サトシ……助けて!!」
大門は、再び茅野を落ち着かせようとしたその時、茅野の身体が突如、その足を引っ張られるかのように通路の奥へと引きずりこまれた。
「さ、沙樹!!」
大門が叫び、茅野が引きずり込まれた先に、おぞましいものがいた。
形状が少し違う、先ほど相対したものとは別のもう一体の化け物がそこにいたのだ。
「茅野!!」
修二が茅野の名を呼び、化け物の姿を視認した瞬間に腰の拳銃を取り出すが、化け物は既に次の動作に入っていた。
左手には、茅野を引っ張りあげた鞭のような形状をしたものが茅野の左足首に巻きつくように繋がっていた。
そして、その右手には茅野を引っ張りあげた時点で振り上げていた、鋭利な刃が振り下ろそうとしていた瞬間であった。
「やめろおおおおおおっ!!」
大門が助けようと走りだし、修二は化け物へとその銃口を向けたその瞬間――、
化け物の右手が振り下ろされ、茅野の上半身は縦に切り裂かれた。
「うわあああああああっ!!」
大門の叫びが聞こえる。
修二は、待ったもなしに銃の引き金を引いて、化け物の頭部を狙った。
血飛沫が舞い、化け物はグラついたが致命傷に至っていないのか、涼しげな様子だった。
「っ!! クソッ、硬すぎる! 大門、下がれ!」
修二の声が聞こえていないのか、まるで走るスピードを落とさずに大門は化け物へと向かっていた。
「てめえ!! 殺してやる!!!」
激しい怒りの声が発せられ、大門の手に握られた果物ナイフが化け物の首へ届こうとした瞬間、化け物は左腕を上に上げた。
「――え?」
化け物の左腕は鞭のような形状をした、しなり伸びるような物体だった。
そして、その左腕にある鞭に繋がっていたのは何だったか。修二だけではない、その場にいた全員の頭がその光景を見て頭が真っ白になった。
化け物は左腕に繋がっていた茅野の死体を盾にして、大門の横薙ぎを防いだのだ。
そうなればどうなるのか、化け物は分かっていたかのようにその口元を歪ませる。
鮮血が舞い散った。
化け物の血と茅野の血が、辺り一面に、そして大門に降りかかるように浴びていく。
大門は果物ナイフを床に落として、その両手を見た。
「ち、違っ、お、俺は……」
「大門!! 避けろおおお!!」
意気消沈としていた大門へと、化け物は右腕の刃を勢いよく振り下ろして――、
化け物の刃が、大門の左肩から右脇腹へ抜けていき、その体を斜めに両断した。
「う、嘘だろ」
リクが、現状を受け止めきれずに、その様子を見ていた。
化け物の周辺は血と臓物が散らばり、床一面は真っ赤な赤一色となっていた。
「けひゃあひゃひゃひゃあ!!」
その中で、二人の人間を殺した化け物は、何が可笑しいのか笑い声を上げるかのように奇声を上げだした。
女の声のような、その歪な声質は聞くに耐えないものだった。
「――え?」
椎名がその化け物の声を聞いて、何かに驚くように、その化け物を見ていた。
修二はこのままここにいるのは危険と判断し、銃口を化け物とは別の方向へと向ける。
そう、化け物の傍らに置かれていた消火器へと向けて、二発撃ち込んだ。
消火器が破裂し、圧縮されていたガスがその場で爆発を引き起こした。
白塵が化け物の周囲を取り囲み、その風圧が修二達へと襲い掛かる。
「うおっ!!」
幸いに破裂片がこちらに飛んでくることはなかったが、白塵が呼吸を阻害する。
薄く目を開けて状況を整理するが、ここに残り続けることは危険だ。
修二は、椎名達へと向き、指示を出そうとした。
「リク! 椎名達を連れて、お前達は先にヘリポートへ向かえ!」
「待てよ! お前はどうするんだ!?」
「俺は霧崎さんを助けに行く! あの人一人じゃ、どうなるか分からない。俺は拳銃を持っているから戦えるし、万が一のことがあれば逃げるさ」
「――――ッッ!」
だが、修二の考えは後ろから聞こえる奇声でかき消された。
後ろを見ると、化け物が消火器の破裂の衝撃に悶えているのか、苦しそうにその身を壁に打ち付けている。
「まだ生きているのか! クソッ! 今は言い合っている時間はない! 行け!」
「ぼ、僕が椎名ちゃん達を連れていくよ、笠井君」
今まで、ただ見ていただけだった世良が、修二へとそう進言した。
「立花君、笠井君。あ、あの化け物をやり過ごして、すぐに追いついてきて。ぼ、僕が二人を守ってみせるから!」
普段は弱気な世良が、最後は強い口調でそう言った。
そうこうしていると、悶え苦しんでいた化け物は回復してきたのか、徐々に動きが緩くなってきている。
「分かった。任せるぞ、世良。リクもそれでいけるか?」
「ああ、一緒にこの気色悪い野郎をぶっ飛ばしてやろうぜ」
化け物が態勢を整えたのか、左腕にある鞭を地面に打ちつけながら、その調子を確かめている。
恐らく、もういつでも動き出せるということだろう。
もはや会話している余裕さえもない。
銃口を化け物へと向けながら、修二は前にでた。
「行け!!」
その声で、世良と椎名、黒木が後方の出口へと走っていく。
「修二、絶対に追いついてきてね!」
「ああ! 絶対だ、約束する!」
椎名の別れる前の最後の言葉を耳にし、修二もそれに応じた。
必ず、皆で生き残ると決意したのだ。
もう二度と、奴等に踏み躙らせたりなどさせない。
化け物は口をもごもごとさせながら、こちらを恨めしそうに見ている。
今現在、霧崎が応戦している化け物もそうだが、こっちも同じく異質な化け物だ。
先ほど、銃弾を撃ち込んだ箇所を見ていても、体の一部なのだろうが、何やら硬い物質でその目を覆っている。
あれのせいで、先ほどの銃弾が効かなかったと見て間違いないだろう。
「一体、何なんだろうな。あれ」
リクが、疑問を投げかけるように修二へと聞いた。
その異常な姿には、修二も心当たりがあった。
否、修二だけではない。今逃げている椎名も、応戦している霧崎も同じ考えのはずだ。
この島にきてから、異質な存在とは幾度となく関わってきた。
そして、その全てがモルフというウイルスが関わってきたことももう知っている。
あの見た目と、まるで変異したかのような姿形。
実際に見たわけではないが、地下で見たあの記録に書かれていたことと重なっているのだ。
「あれは、モルフだ。それも、変異を全身に引き起こした進化形態……『レベル3モルフ』」
モルフに感染した人間にはそれぞれレベルに応じた感染段階がある。
修二がこれまで、相対してきたのはレベル1〜2のモルフだ。
『レベル1モルフ』は、まだ見た目に変異を起こさずに人へと襲い掛かる存在。
『レベル2モルフ』は、足に変異を起こし、走ることを可能とする存在。
そして、『レベル3モルフ』はその見た目に変異を及ぼす。ただ、人を殺して感染させるためだけに特化し、個体によってはその変異の姿が違うという対応が難しい存在だ。
「なら、あれは元人間ってことか? いくらなんでも人間を辞めすぎているだろ」
誰の目から見てもそうだろう。
今、相対している化け物は、まだ人間の姿に見えるが、皮膚がなくなり、右腕と左腕にはもはや人間の頃の面影が残っていないのだ。
あの状態で生きているなど、あまりにも超常現象に過ぎる。
「銃弾も限られている。今あるもので、奴をどうにかしないといけない」
「背中に掛けているその銃は使えないのか? 普通に今持っている拳銃より威力が強そうだけど」
「もう弾切れだよ。拳銃に使われている弾のサイズも違うから代用はできないし、大ピンチだな」
背中にある父のサブマシンガンは、弾切れで使い物にならない。
拳銃に残っている弾数も残りニ発を切っている。
ジリジリと、化け物はこちらへとゆっくり近づいてきていた。
危険なのは、あの左腕にある鞭のようなものだ。
さっき、茅野の足を引っ張った時にも見ていたが、化け物はあの位置から動いておらず、鞭が伸縮する形で、茅野の目の前まで引き寄せていた。
あれに捕まれば、そのまま右腕の刃物に切り刻まれて終わりだ。
遠距離での攻撃手段はないが、無理矢理、近接へと持ち込もうとするので、近づくことも離れることも奴からすれば関係ないのだろう。
「リク、絶対にあの左腕の鞭に捕まるなよ」
「分かっている。で、どうするんだよ? ここから」
「霧崎さんの所にこいつは連れていけない、場所を変えよう。ここは狭すぎる」
縦に長く伸びたその通路は、修二達にとっても相性が悪すぎる。
横に避けることも、あの『レベル3モルフ』の側を走り抜けることも、容易ではないはずなのだ。
修二達は『レベル3モルフ』へと背中を見せずに、後ろ歩きをする形で下がっていこうとした。
それを見たモルフが、その左腕の鞭をこちらへと打ちつけてきた。
「あっぶねぇ!!」
横薙ぎに振るった鞭は修二達の足元を目掛けてきた。
それを二人は間一髪でジャンプして回避したが、想定よりも速いことを思い知る。
その伸縮性もそうだが、間合いを一瞬にして詰めるその攻撃は厄介さそのものだ。
後ろへと下がり続けながら、修二は左手に扉を見つけた。
どこに繋がっているかは分からないが、狭く動きづらいこの通路よりも広い場所へ出る必要がある。
このまま下がり続ければ、霧崎がいる教会の入り口の部屋まで下がってしまうことになる。
「リク、ここに逃げ込むぞ!」
それだけはなんとしてでも避けないといけない為、修二は左手にある扉を開けて、リクと共に中に入っていった。
「ここは……」
教会の責任者の部屋だろうか。中央には高級そうな椅子があり、宗教関係で使われてそうな道具が壁や机の上に並べられていた。
広さは四方、六メートル程度のいたって普通の部屋だ。
教会の入り口の部屋ほどの大きさではないが、少なくとも通路よりかははるかに広い。
少々、タバコ臭い匂いがするということは、責任者が喫煙者だったのかもしれない。
だとしても、ここで吸うのは宗教的にどうかと思われるが。
一番の問題は、今入ってきた扉以外に進む道がないということだった。
「どうするんだよ! 行き止まりだぞ!」
「ここで迎え撃つしかない。何か対抗できるものがないか探そう」
そうは言ってみたものの、特段使えそうなものが見当たらない。
机の上にあるものは、聖書のような本やキャンドルグラス等があり、武器としては全く役に立ちそうにないものばかりだ。
「なあ修二、ああいう手合いって火に弱かったりしないかな?」
リクの方を見ると、その手にはろうそくに火を灯すものか、タバコに火をつけるものかどっちかは分からないがライターがある。
それを見た修二も「なるほど」と、手を叩いて納得した。
「やる価値はあるかもしれないな。最悪、この教会が火事になりかねないけど」
そう言った直後、この部屋の扉が勢いよく破壊された。
モルフが、右腕の刃物を振り下ろして扉を破壊したのだ。
もはや迷っている時間はない。
修二が動くよりも先にリクが動き出した。
机の上に置かれた聖書のようなものを掴み、それにライターで火をつける。
その本は紙でできた材質の為に、比較的早く火がついた。
「バチが当たりそうだけど、そうは言ってられねえからな。これでもくらいやがれ!!」
燃えた聖書が、リクの手から離れて、部屋に入ろうとしていたモルフの胸元部分へとぶつかった。
それが何かをモルフも理解する思考を持ち合わせていなかったのだろう。避ける動作もせずぶつかって、その胸元部分から火が燃え移った。
「――ッ!? ぎやああぁぁあ!!」
断末魔のような叫び声がモルフから発せられた。
胸元部分から燃え移った火は、瞬く間に全身へと広がっていく。
モルフは先ほど、茅野と大門の血も浴びていたのだ。
その右腕もそうだが、体中にへばりついた脂が着火材料として全身に燃え移っていた。
オレンジ色の炎が、部屋の入り口を見えなくしていた。
すぐさま、部屋の隅に避難していた修二達であったが、それでもここまで熱さが届くほどであった。
「想像以上だな! でも、あいつが邪魔で部屋から出られないぞ!」
「息の根が止まるまで待つしかない、気を抜くなよ! 最後まで、何をしてくるのか分かったものじゃないからな!」
右腕で顔を庇いながら、燃え上がる炎の様子を二人は見ていた。
警戒を解く理由はなかった。
それほどに、修二にとっては想定外を引き起こす存在だということをこれまでの経験が彼をそうさせたのだ。
化け物は暴れ回り、ついには地面へと這い蹲るように倒れ伏した。
炎の勢いは止まらず、モルフの姿さえも見えなくなるほど燃え上がっていた。
「倒した……のか?」
実感が湧かなかった。
茅野と大門をああも無残に殺した奴だ。
それが、火器に弱いという弱点があったということにも意外だと感じた。
このまま、何も起こらずに死んでくれと、そう考えていた修二だったが、モルフがいた炎上するその場所に変化が起きた。
「な……んだ?」
みるみるうちに炎上がおさまっていき、火の勢いがなくなっていったのだ。
その中でモルフは動いていない。気づいたことは、変異で赤黒くなっていた全身が黒ずんでいるぐらいであった。
焼死体の匂いを嗅いだことはないが、この匂いこそがそうなのだろう。
思わず鼻を抑えたくなるほどの激臭が部屋の中を支配していた。
「倒した、のか。案外あっけなかったな」
「リクのおかげだよ。ライターを見つけられなかったらどうしようもなかったかもしれない」
「マジで無策だったのかよ……。結果論だけど、ヒヤヒヤしたぜ」
最悪は、拳銃を全弾頭部に命中させて怯んだところを部屋から抜けて態勢を整えようとは修二も考えてはいた。
それをせずとも倒せたのは本当に運が良かったと言わざるをえない。
「行こう、霧崎さんを助けにいかないと。火が弱点ということも分かったしな」
修二とリクが、霧崎の元へと向かおうとしたその時、倒れていたモルフに動きがあった。
何かを話そうとしているかのような、声が聞こえたのだ。
「っ! まだ、生きているのかよ! 嘘だろ!?」
修二は拳銃を構えて、その頭部を狙おうと照準を合わせた。
モルフはほとんど動きが芳しくないが、その口で何かを話そうとしている。
「か……シャ……い……く」
もうほとんど動きが弱々しく、とどめを刺すことは難しくない。
だが、修二はその目を見開いて、引き金を引けずにいた。
――まるで、何かに驚くかのように。
「どうした!? 早く撃てよ!」
リクが急かすが、修二は撃てないでいた。
モルフから発せられた声が、聞いたことのある声をしていたのだ。
「嘘だ……」
ありえないありえないありえない。そんなことあるはずがない。信じない、信じたくない!
その声の主を、笠井修二は知っている。
否定するように、心の中はぐちゃぐちゃな思いのまま、それでも目の前の異形の怪物から目を逸らすことができないでいた。
修二の心を抉るように、そのモルフはまだ何かを話そうとしている。
「か……さ……い……くん」
修二の名前を呼ぶモルフの声を聞いて、それが誰の声か、リクも後から気付いてしまった。
それは、リクもよく知るクラスメイトの声で、ここにいないはずの者のはずであった。
「ひ、柊……?」
行方不明になっていたクラスメイトの一人の声を発して、モルフが立ち上がろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます