第一章 第二話 『恋バナ』
船に乗り込んだ修二達一行は出航の後、皆自由行動となり、船の中をバラバラに行動していた。
その中で、修二は一人でに空気の良い船外を歩く。
「船、苦手なんだよなぁ」
修二は船酔いしやすい体質であり、気分が優れているわけではなかった。
小学生の頃に、父に海釣りで船に乗ったことがあったが、常に吐き散らかしていた記憶は今でも苦々しい過去だ。
この船は大型客船なので、そこまでの心配はないと思いつつも、不安は感じていた。
少しでも気を紛らわせようと、甲板に出て黄昏ていたところ、近くには椎名と世良の二人がいた。
「し、椎名ちゃん。そんな前のめりになったら危ないよー……」
オドオドとした喋り口で、椎名に話しかけているのは世良望だ。
彼女は人付き合いが苦手で、常に椎名と一緒にいる少し変わった子だ。
なにせ、今どき珍しい一人称が僕なのだから。
彼女は高校一年生の時に転校でやってきており、クラスに馴染めなかったところを椎名が話しかけて仲良くなったとのことだ。
椎名からよく話を聞いてるが、どうやら椎名が隣にいないと他の人とはあまり会話が成立しないらしい。
その証拠に、修二自身が世良に一人で話しかけても手をわたわたと振るばかりで、何を言っているのか分からなかったりしたことがあったからである。
コミュニケーションを苦手としていたので、クラスに溶け込むことは難しかったが、椎名がいたことでそれは解消された。
今の彼女が元気でいるのも、椎名の存在が大きい。
「世良ちゃん見て見て! 何か大っきい生き物見えるよ! イルカかな? イルカかな?」
フンフンとテンションが高ぶってる椎名は世良と一緒に海の中を見ていた。
どっからどう見てもサメにしか見えないのだが、あまりツッコむのはやめとこうとは思いつつ、修二は椎名達の方を見ていた。
椎名は幼馴染であり、特別な感情があるわけではないが、その性格と顔立ちは客観的に見ても――、
「可愛いな……」
誰かが修二の心の声をそのまま口に出していた。
修二が喋ったわけではなく、その声の主がいる後ろを見ると、そこにはスガが修二と同じ姿勢で黄昏ていた。
「なにしてんの?」
「いや……ちょっとおちょくろうと思ってシンクロしてみたんだけど、なんか可愛らしい生き物がいてさ……」
「前半部分だけで十分だな。よし、ケンカだなケンカ」
おちょくられたことを根に持った修二は、手の指をパキパキと鳴らしながら、未だ黄昏ている友人へと制裁を加えようとした。
こんなことは日常茶飯事なので、いつも通りシメてやろうと考えていたのだが、スガはそんな修二を諫めるように手を振りながら、
「待て待て! そんなんで怒るなよ修二ー。ちょっと話があるんだって!」
「話?」
「おうよ! お前って真希ちゃんのこと好きなの?」
何を言ってるんだ? こいつは。
というか、幼馴染であるということは周知の事実な筈なのに。
遠い目をしながらスガを見ていると、スガは慌てるように手と首を同時に振っていた。
「待て待て。全く話が繋がらねえよ。俺と椎名はただの幼馴染だぞ? そんな風に見えるか?」
「いやぁ、あんな可愛い子と幼馴染で恋愛に発展しない方がおかしいね。リクも同じこと言ってたけど、取り合いしてるんじゃねえの? って言ったら鬼ごっこになったよ」
そりゃあそうなるだろ……と思っていたが、実際その通りで、修二達三人は確かに小さい頃からの幼馴染で、椎名を取り合いしていたこともあった。
椎名とリクとは、たまたま家が近いこともあって、ご近所付き合いのよしみで仲良くなった関係だった。
幼い頃だからってのは言い訳かもしれないが、よくリクとは椎名とどっちが相応しい男かってことで勝負してたりもしていた。
まあもちろん、八割方修二が負けていたわけではあったのだが。
今も同じように三人は仲良しだが、リクも椎名を恋愛対象として見ているかは正直分からないところがある。
リクは本心でどう思っているのか知らないが、少なくとも修二は、恋愛感情というところまでは抱いていないと自分で思い込んではいた。
そもそも、恋愛関係については全くの未経験なものなので、人を好きになるというのがあまりよく分かっていないのだ。
「生まれてこの方、彼女できたことねえからなぁ。あんまり分からねえんだ。好きになるっていうの?」
「おいおい。お前は今、全国の彼女いない歴=人生の男達にケンカを売ってしまったぞ? その幼馴染ポジション俺に寄越せ」
「幼馴染ポジションって渡し可能なのかよ。って、ちょっと待て、その言い方だとお前……」
修二が何かに察して、それを言おうとしたその時、
「あー! 修二とスガが恋バナしてるー!」
「「あっ!」」
修二の後ろから、美香がそう言って話に割り込んできた。
面倒なことになる。そう思った修二だったが、もう手遅れだったようで、美香は興味津々の様子で食い入るように顔を近づけてくる。
「なになに? 好きな人いるの? スガと修二って」
「いや、今俺がいないって答えてたとこだよ」
「え、へー、そう……なんだ」
急に歯切れが悪くなったのは気のせいか、美香が目を背けて指で頬をかいた。
勢いが無くなったことを意外に思っていたのだが、そんなことを気にする間もなく、誰かが肩に腕を乗せてきた。
「おいおい、恋バナと聞きましたがどういうことかな? 修二君に菅原君?」
「どっから沸いた」
ヌッと、修二の肩に腕を置いて現れたのは鉄平だ。
スガもそうだが、鉄平はクラスの問題児で、よく授業中にバカ騒ぎして教師達に怒られたりなどが日常茶飯事の典型的なアホである。
彼は、修二やスガと常に一緒のグループにいるほど仲が良く、鉄平のバカな行動にはよく巻き込まれたりなど散々ではあったが、根は良いやつではあることは知っていた。
そんな鉄平は、全てを察したかのような面持ちで修二達の顔を見ると、こう言い切った。
「恋バナなら俺は地獄耳になるからな」
「おい聞いたか。こいつ絶対、教室内の恋愛事情、全部網羅してるぞ」
「ちょ、ちょっと鉄平、それほんとなの?」
美香が何を思ったのか、恐る恐る聞くように鉄平へ問いかける。
「もち! 黙ってるから安心してぶちまけちゃいな!」
ニコッと笑顔でサムズアップした鉄平だが、なぜか思いっきり美香に殴られていた。
修二としては殴る理由が全く分からなかったのだが、スガは哀れみの目で鉄平を見ていた。
「痛い! なんで!? 背中押しただけなのに!」
「そりゃあんたが悪いわー」
「うんうん、ちょっと引いたっていうかドン引き。キモい死ねよ」
殴られて倒れる鉄平の後ろには、美香のグループであるサラリとした長髪とクラス一の高身長が特徴の白鷺花音と、常に毒舌を吐き出すことで有名な黒木沙耶香が立っていた。
二人とも美香の味方なので、なんというかもうご愁傷様である。
と、手を合わせていたのだが、ふと修二は話し忘れていたことを思い出して、スガに聞いてみた。
「なぁ、ところでスガ、お前ってもしかして椎名のこと好きなの?」
「へぶしっ!」
なんだそのリアクションは。
よくも分からないオーバーリアクションに、気のせいかと考えていたが、それを見ていた美香が驚いた表情でスガを見ていて、
「え、え、そーなの!? ていうかスガ、今の反応すごい分かりやすいんだけど」
「い、いや、美香ちゃんにだけは言われたくはないなぁ。んー、だってさ、あんな可愛くて優しい天使な女の子、好きにならない方がおかしくない?」
よくもまあ、恥ずかしげもなく言えるものである。
とまあ、そう考えていた修二だが、スガのカミングアウトにはかなり驚いている方であった。
今の美香の追撃が判明したが、どうやらスガは椎名のことが好きなようだった。
付き合いが長い割にそんなことは一ミリも気づかなかったが。
美香は「んー」と声を出しながら自分を指さしてスガに問いかける。
「じゃあわたしはどう思う?」
「美香ちゃんはボーイッシュタイプかなぁ。可愛いのは可愛いよ?」
サラッと褒めているが、これがモテる男ということなのだろうか。
というか、今の美香の発言はひょっとしてスガのことが好きということなのだろうか。
「うーん。分からん」
腕を組んで考え込んでいると、ボコボコに口撃されて口から血を吐いていたメンタルギリギリな鉄平が、修二の肩を叩いてきた。
「大丈夫だ。お前は十分モテてる」
「俺の心を読むなよ」
またもサムズアップしてきた鉄平だが、美香グループにボコボコ(精神的に)にされててかわいそうなので、何も言わないでおいた。
そんな鉄平の手を払い、修二はスガへと問いかけた。
せっかくだ。サポートしてやろうと。
「スガ、そんなに椎名のことが好きなら、椎名と二人きりのチャンスでも作ってやろうか?」
「ま、マジで? 幼馴染だろ? 娘はやらんとか言わないの?」
「俺はあいつの父親じゃねーよ。てか幼馴染からランクアップしすぎだろ。ただし、お前がガチってんならの話だけどな。半端な気持ちとかだったら幼馴染が制裁にくるぜ」
「おうよ! さっすが修二だぜ。でも当たって砕けろな感じあるから、そん時は慰めてね?」
「ああ、そん時はもう一人の幼馴染と一緒に慰めてやるよ」
スガの後ろを指差した修二に、何かを悟ったスガは後ろを見て、もう一人の幼馴染リクがいることにようやく気づいていた。
「面白いこと話してんじゃん」
「お、お父さん!」
「誰がお父さんだ! 安心しろよ、俺も修二と一緒で幼馴染ってだけで恋愛感情まではねーよ。まあ精々頑張れや」
なんというか幼馴染の修二でも意外な返答だった。驚きもあったが、そういうことならスガのことは安心してサポートも出来るだろう。
そんな風に考えながら、修二はちょっとリクをおちょくりたくなっていた。
「子どもの頃はあんなに好き好きアピールしてたのにな」
「「!??」」
衝撃的なカミングアウトだったのか、周りのクラスメイトの視線が一挙に集まったが、余計な一言を言ってしまったせいで、船が着くまでリクにずっと追いかけられることになってしまった。
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