第一章 第一話 『始まり』
初夏の照りつける日差しの中、笠井修二は目を覚ました。
目を覚ました、というよりは覚まされたという方が適切なのかもしれない。
彼は寝不足で、できうるならば昼まで寝たい気持ちがあったのだ。
目を覚ましたきっかけは彼がバスに乗っていたことだ。窓側の座席にいた修二は、バスに揺られた挙句に日差しが直に当たることもあり、熟睡することが困難となっていた。
「んー、今何時だ?」
ガタガタと揺れるバスの中、窓側の座席にいた修二は眠たそうに言った。
時間の感覚すら頭の中では把握できておらず、それだけ脳が疲れていたということなのだろう。
「お?」
外を見ると海が見えていた。もうそんなに時間が経っていたのかと、目を擦り睡魔から逃れようと修二は伸びをした。
バスに乗ってからすぐに寝てしまった為に、修二は時間の感覚が分からなくなってしまっていた。
笠井修二は一般的な高校生であり、今年二年生になったところであった。
特段、賢いわけでも運動能力に優れていることもなく、平凡そのものといってもいいだろう。
部活にも所属こそしていたが、思い通りにいかない壁にぶち当たり退部している。
それで後悔があるかと言われれば、ないと答えるだろう。楽しくなくなれば、彼にとってはそれまでだと割り切ることができていたからだ。
そんな彼の家庭環境は特殊ではあった。
普段は一人暮らしで生活しており、父が出張で家にいないこともそうだが、母は修二が幼き日、まだ物心がついていない時に他界しており、常に家のことは彼に一任されている。
そんな修二が今日、バスに乗っているのには訳があった。
それは修二の父が関係しており、そのバスに乗っているのは修二だけではなかった。
時間を確認しようと、携帯を取り出そうとしたところに、後ろの座席にいた友人から声を掛けられた。
「おいおい、やっと起きたぞ修二のやつ」
後ろの座席から声をかけてきたのは髪を金髪に染めた友人だった。
彼はニヤニヤと表情を緩ませながら修二の頭をポンポンと叩くと、
「幹事が出発早々寝るとかせっかくの旅行が台無しだぞ」
「うっせーな。お前が前夜祭だとか言ってオールさせるからだろが。スガ」
元の原因を作った男とされるスガに悪態をつきながら、修二は頭に置かれた手を叩く。
スガと呼ばれる金髪の男の名前は菅原和樹。笠井修二の友人である。
修二のクラスメイトの一人で、やんちゃな性格もあり、クラスの中のムードメーカーでもあった。
彼は今日という旅行の日の前日、修二達他友人を呼び、前夜祭なる遊びに付き合わさせていた。
修二が昼前まで眠っていたのはこれが原因である。
「あっ、おはよう修二!」
隣から声を掛けたのは肩まで伸ばしたミディアムショートヘアーの女の子。背は修二よりも低く、小柄な少女ではあるが、その柔らかな表情は安心感さえ与えさせてくれるかのような優しみさえある。
彼女の名は椎名真希。修二の幼馴染である。
女の子と隣の席という役得を感じる展開ではあるが、小、中、高とずっと同じ学校で、同じ通学路を共にした仲である為、正直な所は慣れている部分が多い。
「おはよう、椎名。ごめん、今何時か分かる?」
「んーと、十二時だね!」
二時間も寝ていたのか、心の中で呻いていた修二だったが、起こさないでいてくれた椎名の気遣いには感謝していた。
椎名とは、小学校からの付き合いではあるが、まさか高校も一緒、クラスも一緒になるという偶然には人生とは分からないものだった。
更に偶然性を見出すならば、クラスにはもう一人幼馴染がいる。
「よう修二、酒はもう抜けたのか?」
「抜けたどころか呑んでもねーよ! 周りの視線がキツいからやめてくれよ、リク!」
スガの隣の席から立ち上がり、修二にちょっかいを掛けたのは髪が逆立つほどのスタイリッシュな短髪を持つ男、立花陸〈リク〉だ。筋肉質なガタイをしており、彼は修二と幼馴染の一人でもあった。
スポーツマンのような体格をした彼とは、幼い頃からの親友である。
「それにしても、修二のお父さんも太っ腹だよな。まさか、クラス全員の旅行券をプレゼントしてくれるなんてな」
「まあ、手紙で送られてきたからなー。電話してもなぜか繋がらないから、ありがたく使わせてもらったけど」
彼らは、修二の父から手紙と一緒に送られてきた、とある島への旅行券をプレゼントされてクラス全員でやってきていた。
どうしてクラスの人数把握してるんだ? とか細かいことも気にはなったが、まあ貰ったもんはありがたく使う性分なので気にしない。
場所は『御影島』。
日本の南端にある島であり、観光地としても有名な場所である。
クラスの皆は誰も行ったことがないらしく、旅行先としてはうってつけだった
聞くによるところ、昨年、その島には小さな隕石の落下があったとされる場所であり、半径三メートルにも及ぶクレーターは観光名所ともなっていた。
あくまでクレーターのみで、肝心の隕石に関しては破片一つ見つかっていないとのことだが、修二としてはあまり興味はなかった。
「隕石……か。すごいな、自然の神秘、いや宇宙とでもいうのかな。この場合」
特段、興味があるわけでもなかったが、そういった自然現象が人間を引き寄せる切っ掛けとなるのは面白いものだった。
そうじゃなくても、人間社会というのはあまりにも複雑で、今でさえ地球温暖化や環境破壊等、色々と問題もあるのに対して、お気楽なものだと思う。
「地球は色々と大変だっつーのになぁ。まあ、どうでもいいけど」
笠井修二は、そういった地球全体の問題にはさして興味はない。
海に垂れ流した有毒ガスがなんだの、北極の氷が溶けて人間の住む場所が今後無くなっていくだの、やれ戦争だ、核兵器だ。そんなものはどうだって良かった。
たった一人の、力もない人間がそんなことを考えたところで無意味であるだろうし、何より笠井修二にとっては、今が楽しければそれで良かった。
「――と、見えてきたな」
無意味な考えを捨てて、窓から外の景色を眺めていると、御影島への経由で使う船が見えてきていた。
「船もすごいでかいけど……親父のやつ、なにか当てたのか?」
バスから乗り換えの船は、TVで見るような豪華客船までとはいかないが、立派な大きさをしていた。
ますます、貰った旅行券の入手ルートを聞きたくなる思いとなったが、修二の父は仕事柄、実家に戻ることは三ヶ月に一度あるかないかである。
帰ってきた時にまた聞いてやろうと心に秘めて、修二はバスが止まったことを確認して立ち上がり、皆の顔を見て――、
「まっ、いいか。皆降りるぞー」
修二の指示の下、他のクラスメイトの皆はバスを降りていく。
荷物を持った俺たちは目的の船に近づくと、案内人らしき女性がニコやかにこちらを見ていた。
「笠井様御一行でしょうか?」
「あっ、はい。笠井修二と申します。えーとガイドさん?」
「そんな堅くならなくても大丈夫ですよ。私は今回御影島へのガイドを務めさせていただきます、碓氷うすいと申します。本日は御観光ということで、お越しいただき誠にありがとうございます」
「ど、どうも。こちらこそよろしくお願いします」
金髪に染めた髪色が特徴的な綺麗な顔立ちをしたその女性は、接待上手な語り口で対応してくれた。
胸元の露出度がすごいなんか妙にエロい格好をしているのと、どうみても外国人にしか見えない顔立ちをしているが、日本の苗字で自己紹介してたし、ハーフなのかな?
と、そんなことを考えつつ修二はガイドの碓氷を見ていると、後ろから誰かに耳を引っ張られた。
「なーに、鼻の下伸ばしてんのよ」
「イタイイタイイタイ!」
割とガチな力で耳を引っ張ってきたのは、同級生の山本美香だ。
普段キラキラとした澄んだ目をしている彼女だが、今に至ってはなぜか冷たささえ感じるような睨みを効かせてきている。
彼女は、男子グループの間でも女子が聞いたらドン引きするような会話に平気で乱入してくる危険度Aランク指定のオンナノコである。
「なによその澄ました顔」
「いやぁ、今日も麗しいお顔ですことで」
「絶対思ってないでしょ!?」
などと掴み合いになりはするが、美香とは女子の中では割と仲が良い方で、案外椎名よりも話をしている気がする友人の一人だ。
まあそれも、男勝りな性格も相まってなのかもしれないが。
「はーい、では皆さん! 荷物はこの台車に乗せていただければ後はこちらで運びますので。貴重品等持参して船に乗船してくださーい!」
修二と美香がケンカをしている他所で碓氷がそう促し、他のクラスメイト達は荷物を下ろし、各々が船に乗り込んでいく。
楽しい旅行が始まる。
修二だけでなく、皆がそう思っていた筈だった。
だが、この時、修二は何も分かっていなかった。
この先に起きる、凄惨な事件の始まりを――。
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