第一章 第二十六話 『黒猫の誘い』
部屋の中は電気が点いていなかった。
霧崎と来栖はライトを照らして、中の様相を見るが、かなりひどい荒れようだった。
地面には、実験に使用するガラス器具が割れて散乱し、他にも何があったのか、本のページが破られて、紙がそこら中に散らばっていた。
霧崎と来栖はそれを見ても動揺せず、何も喋らずに周りを警戒しながら少しずつ歩いていく。
部屋は奥行きがあり、かなり広い。何の部屋かまでは分からないが、天井付近まではあるロッカーが乱立しており、全体を見渡すことまではできないでいた。
先ほどの黒猫の姿は今はなく、聞こえる物音は銃を構えた二人の割れたガラスを踏み砕く音だけだった。
来栖が手でジェスチャーを指示を出しながら、慎重に霧崎を後ろについてこさせた。
そのまま迷路のような通り道を進んでいくと、奥に何かが見えた。
それは上の道へ続く階段だった。部屋の隅にあったそれを見て、来栖は霧崎へと振り返り、小声で、
「おい、あったで。あの猫についてきて正解やったな」
来栖は意気揚々と喜んでいた。
だが、反対して、霧崎の表情は違っていた。何かに思い詰めるように冷や汗をかいていた霧崎は、階段がある方へと指を差して、
「ねぇ、来栖……あれって」
霧崎が指を差していた階段の方を、来栖はもう一度見ると、階段の前に何かが横たわっているのが見えた。
それは先ほど霧崎達をこちらに誘っていた黒猫らしきようにも見える。
――らしい、と感じたのは理由があった。
その黒猫は、頭部が潰されていたこと。
床には、その猫の血が一面に広がっていたこと。
「――ど、どういうことや?」
異様な状況だった。もしも、先ほどの黒猫なのだとしたら、一体何があったのか、来栖は警戒感を解かずに周りを確認しようとしたその時、
「く、来栖……これって……」
霧崎の反応と同時に来栖も気づいた。
いつの間にいたのか、来栖と霧崎の周りには多くの黒猫がこちらを見て囲んでいたのだ。
「おい、嘘やろ。なんやこの黒猫は?」
「変よ……さっきまでまるで気配も感じなかった。それに、様子も変だわ」
黒猫達は来栖達を見ながら、鳴き声を上げ続けていた。
まるで野生のような警戒心も感じられず、黒猫達は皆、来栖達の方へゆっくりと近づきつつある。
そして、その動きはまるで……、
「あかん! 感染しとるぞ、この猫共! 撃て!」
来栖の掛け声に、霧崎もたまらず引き金を引いた。
近づく猫へ向け、来栖と霧崎は背中合わせになりながら銃弾を撃ち込んでいく。
銃声音に反応したのか、黒猫達は動きを変え、走り出して避けようとした。
その中で、飛びかかろうとした一匹の黒猫を霧崎が撃ち抜いたところで――、
「来栖、一旦下がるわよ! 数が多すぎる!」
「くっ! でもそれやと、あのガキ共に危険が及ぶぞ!?」
「入り口の扉を閉めるのよ! 今は躊躇してる時じゃないわ!」
来栖と霧崎は、来た道を戻りながら黒猫を相手にするが、どこから湧いてくるのか、数は増す一方だった。
加えて、この障害物の多さもあり、小回りも効かないので、四方から攻めてくる黒猫に対処がしきれないでいた。
そうしていると、霧崎は弾切れを起こし、すぐにもリロードを図ろうとしたが、
「霧崎! 前きとるぞ!」
「っ!」
リロードのタイミングを見たのか、一匹の黒猫が霧崎へと飛びかかろうとした。
来栖はカバーしようと銃口を向けようとしたが、間に合わない。
来栖も同様に、弾切れを起こしていたのだ。
黒猫の爪が、牙が目の前まで来たところで、霧崎は覚悟した。
最悪は来栖を生かしてでも、あの子ども達を逃がすと……。
その時、銃声音が聞こえ、霧崎へ襲いかかっていた黒猫が後ろへ吹っ飛んでいった。
「えっ?」
霧崎は、来栖がカバーしたと思ったが違った。
彼も弾切れを起こしていたのだ。
だが、今はそんなことを考えている場合ではないと、すぐにリロードし、再び追いすがる黒猫へ銃弾を打ち込み、入り口の扉へ近づく。
「来栖さん! 霧崎さん! こっちです!」
椎名の声が聞こえ、来栖達は入り口がもう近いことを理解した。
二人は発砲を止め、入り口へと走り込んでいく。
それを追いかけるように黒猫も走ってくるが、霧崎達の方が早かったのか、なんとか入り口の扉を抜け、すぐに閉めることができた。
「はぁっはぁっ! なんとか……助かったわ……。さっき、私に襲いかかった猫を撃ったのは、あなたね?」
そう言いながら、霧崎は修二の顔を見た。
彼の右手には、桐生から渡されていた拳銃があった。
先ほどの黒猫を撃ったのは彼だったのだ。
修二は何も言わずに、肯定するように頷いた。
「助かったわ。でも、あれをよく撃ち抜けたわね。いくら副隊長の息子でも、銃を撃った経験はないはずでしょう?」
「父さんとは一度、海外の射撃場で射撃の経験をしたことがあります。その時も外しはしませんでしたが、射撃には自信があると思っています」
それでも、あの場面で流れ弾の心配をせずに躊躇なく撃ったことは、霧崎達にとっては驚異の胆力そのものだった。
下手をすれば、霧崎に流れ弾が当たってそのまま終わっていた可能性すらあったのだ。
結果的にはなんとかなったが、霧崎はそれを咎めようとは微塵も考えなかった。
「俺があの場面で助けたこと……後悔はしていないつもりですが、約束を破ってすみません」
修二は霧崎達へ頭を下げて、ここで待つように指示したことを破ったことを謝る。
それに対して、ここにいる誰も同じく、修二を咎めることはしなかった。
「いいえ、あなたがいなければ、私はあそこでやつらの仲間入りだったわ。ありがとうね」
「ほんまに危なかったわ。椎名ちゃんも入り口から呼んでくれんかったら、俺らもすぐに判断できんかったからな。助かったで」
来栖は椎名の頭を撫でながら、感謝を述べる。
「本当に二人とも無事で良かったです。中で何があったんですか?」
椎名の疑問に、霧崎が説明しようとした。
モルフに感染した黒猫達が襲いかかってきたこと。
そして、上の道へ通じる階段があったこと。
絶望と希望の両方があることを理解し、修二は状況を把握した。
「やっぱり、猫も……感染するのか。俺も見てましたけど、あの黒猫は確かに様子が変でしたね。あの部屋からしか上へ上がれないのでしょうか?」
「おそらくな、問題はあの暗さもある。あんだけ暗かったら、黒猫の姿もライト照らさな見えへんからな。それに、どこから湧いて出てくるんか数が増える一方やったわ」
「誘い込まれたってことでしょうね。この部屋に入っていった黒猫はどうか知らないけど、この部屋は奴らのテリトリーってことになるわ」
「暗視スコープは使えないのですか?」
「ありっちゃありやけど、あいつら全身黒いからな。確実に狙えるかと言われるとそれは難しいところやねん」
暗闇の中で更に黒い生物が部屋の中にいること。
それが、こちらの手札を封じていることを理解して修二も少し考える。
どうするべきか悩んだところで、修二は霧崎達へ対案を打ち出した。
「一か八かになりますが、ライトを消して進むのはどうですか? 俺達が奴らを見えないように、奴らも俺達のことが見えないと思うのですが」
「いや、無理やな。床はガラスの破片がぎょうさん落ちとった。ちょっと踏むだけで音が鳴るんやで? さすがにリスクも高すぎる」
「弾はまだあるけど、ここで使いすぎると後で手詰まりになるかもしれないからね。持ち合わせで手榴弾もあるけど、崩落の危険を考えたらあまり利口とはいえないわ」
一つ一つ、手段を提示しつつも、それは全てリスクが高すぎる手段となっていた。
この部屋の先に上に行く道があるが、手詰まりの状況だ。
霧崎達はどうにかして、先へ進むことを模索していたが、手持ちの武器ではリスク無しでそれを成し遂げるのは難しいのが本音だった。
「ようやっと頭が冴えてきたわ。要はあの黒猫共をなんとかして階段に辿り着けばええんやろ? せなら、俺があいつらを引きつけて、お前らが後から抜けてくのがベストやろ」
来栖は、誰も話さなくなった途端、突然無茶な作戦を提示した。
当然、そんな作戦を了承できるわけもなく、霧崎が反対する。
「そんなの無理に決まってるでしょ。そもそも、それじゃあなたが……」
「俺がいつも先陣切ってるのは、お前もよく知ってるやろ。確かに全部引き付けるのは無理かもせん。せやから、後ろからお前が撃ち漏らしの黒猫を撃ったらええんや。入り口から階段までの黒猫を掃討する形でな」
「――それを私にやれと?」
あの量の黒猫を、一人で引きつけるのは不可能に近い。
そして、それはカバーする側も同じだった。
ここに父や織田がいれば話が変わっていたのだが、今は霧崎しかいない。
その不利な条件に対して、来栖は対案を示すように口元を緩めると――、
「それで、こいつの出番やろがい」
そう言って、来栖はニヤけた表情をしながら修二の肩を掴んで、引き寄せる形で対案を示した。
霧崎は目を見開き、来栖の提案に目を細めると、
「……本気なの?」
「本気の本気、マジやで。おい、お前、さっきあんなけ俺らに啖呵切ったんや。俺はお前の事を認める。あの動き回る黒猫に鉛玉、ブチ込めるか?」
「――――」
修二を見る来栖の目は真剣だった。
おそらく、それを断っても何も咎めないことは分かっていた。修二はあくまで一般人であり、そもそも銃を持って戦う側の人間ではないのだから。
だが、彼はこの地下に入る前から、いや、父が死んだ時から、既に覚悟は決めていた。
「――それが、一番ベストな方法ならやります。やらせて下さい。来栖さんに近づく奴を、片っ端から撃てばいいんですよね?」
躊躇いなく、修二は来栖へとそう返答した。
来栖はそれを聞いて、笑みを浮かべると「よっしゃ」と呟き、
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。私は了承してないわよ。それで流れ弾があなたに当たったらどうするつもりなの?」
「そん時はそん時や。俺が責任を持つ。お前は何も気にせずにあの猫ちゃん達にぶっ放したらええ。さっきの黒猫の狙いもマグレやと俺は思っとらん。
猫の手も借りな、この状況は切り抜けられへんのやぞ」
来栖と霧崎が言い合っていたが、来栖の言う通り、二人だけではどうにもできないのは周知の事実だ。
譲らない来栖の様子に、止めることは無駄と悟った霧崎はため息をついて、
「はぁ、分かったわ。本当にどうなっても知らないわよ。――修二君、本当にいけるのね?」
霧崎は修二の顔を見て再確認する。答えは分かっていたが、覚悟を知りたかったのだろう。
それを理解していた修二は、霧崎の顔を真っ直ぐに見据えながら伝えた。
「やります。俺にも二人を守らせて下さい。父さんのようにはいかないかもしれない、それでもやれることをやりたいんです」
反論の余地は誰にも無かった。
来栖はそのまま修二を連れて、射撃についてのアドバイスをしているのか、話を二人でしていた。
その場で黙って話を聞いていた椎名を見て、霧崎は、
「椎名ちゃん、ごめんね。こんなことになってしまって。あなたのお友達にまで危険を預らせることになったけど、絶対に死なせることはしないから」
「だ、大丈夫です。私も不安ですけど、修二と考えてることは一緒で、やれることはやりたいと考えてます」
「あなたまで銃を持たなくてもいいのよ。私の後ろに居てくれたら、それが一番あなたは仕事をしてくれてるのだから」
そう言いながらも、霧崎は修二達のことを信用していた。
この子達は、すごい子ども達だと思う。
こんな状況で、心は不安と恐怖で塗り潰されてもおかしくない。
なのに、自分達にできることはないかと尋ねてくるなんて生半可な勇気じゃない。
だからこそ、絶対に地上へ無事に連れて帰らなければならない。
信念を胸に抱いた霧崎をよそに、脇で話をしていた来栖と修二が戻ってきた。
「問題ないわ、一発試し打ちさせたけど、やっぱり才能あるでこいつ、なぁ?」
来栖は修二の背中を強く叩いて笑って見せた。
修二は痛そうにしていたが、少し緊張をしている顔つきだ。
そうして、もう一度作戦を皆で共有していった。
△▼△▼△▼△▼
「おさらいをしましょう。まず、来栖が部屋の中に先行して黒猫を引きつける。あなたは黒猫達を掃討しながら前に進むけど、当然撃ち漏らしは出てくるから、私と修二君がそれを全部片付ければ終わり。そういうことね?」
全員、作戦の内容に異論はなく了承した。
手持ちの武器を確かめながら、前のようなリロード中を狙われない様、代用武器を腰と背中に装備して、準備をしていく。
修二も持っていたアサルトライフルを背中に装備していたが、先ほど来栖に言われたことを思い出した。
「いいか、お前が基本使うのはこの拳銃だけや。理由はお前にアサルトライフルの経験が皆無ってことやけど、流れ弾が俺に当たる確率がかなり上がってまう。そんなんで俺も死にたないし、作戦を成功させる為やねんから、それだけは絶対に守れよ、いいな?」
「分かりました。来栖さんの撃ち漏らしをこの拳銃で撃てばいいんですね?」
「せや、お前の持ってる拳銃は自衛隊も使ってる最新式のやつでな。弾は基本十七発まで装填されてる。今、装填し直したからマックスまで撃ち込めるが、拳銃やから言うほど弾数は少ないのが欠点や。せやから、一発一発を正確に撃つことを意識しろ」
修二の持つ拳銃は、重量こそあるが、握りやすく照準が合わせやすかった。
初めて拳銃を握った中学の頃とは少し型が違う物だが、感覚は覚えていた。
やることは決まっている。
修二は、こうして何かを任されたことはこの島に来て一度も無かった。
今まで、何もできずにただ目の前で大事な人が死んでいくところを見てきたのだ。
もう、誰一人として失わせない為に、修二は心に秘めた想いを抱いた。
「よっしゃ。じゃあ行くで」
来栖は扉に手を突いて、皆の意思を確認した。
皆、覚悟は決まったようで、ただ頷くのみだ。
それを見た来栖は扉を開けて、先に進む。
その後に続いて、霧崎、修二、椎名も部屋の中へと入っていった。
「おら! 餌が入ってきたで猫ちゃん! でてこいや!」
忍ぶことすら考えずに、突如叫んだ来栖は歩きながら、猫の注意を引こうとした。
その声に誘われたのか、来栖の目の前には黒猫達が集まってくる。
「来たな、いくで!」
掛け声と共に、来栖は集まる黒猫へ銃弾を撃ち込む。
黒猫は断末魔をあげることはなかったが、代わりに撃ち込まれた時の肉が抉れるかのような不快な音が響いていった。
霧崎と修二は、いつでもカバーに入れるよう間隔を空けてその様子を見守る。
今のところは順調だった。
先ほどとは違い、入り口から黒猫を倒していったことによって霧崎達の周りには何も居ない。
囲まれるリスクは回避されたわけだが、先陣を切る来栖が危ないのは変わらない。
そうしながら少しずつ前へ進んでいくが、黒猫の数はやはり増す一方となっていた。
「リロード入る! 頼むわ!」
来栖の声に合わせて、霧崎と修二が前に出た。
霧崎は持っていたサブマシンガンを連発して、迫る黒猫へと撃ち込む。
だが、撃ち漏らしの黒猫はいるようで、隙を見て霧崎へと走って向かってくる黒猫が二匹飛び込んできた。
「今や! 撃て!」
来栖の掛け声と同時、修二は銃を構えた。
何故か、修二の頭の中は冴えていた。
こうして、武器を持って、頼られる時が来るとは思いもしなかったからだ。
スローモーションのように時が過ぎ、霧崎に飛びかかる黒猫の頭へ照準を合わせ、修二は引き金を引いた。
射撃音が耳に響き、撃った際の反動が腕に響くが、そうも言っていられない。
すぐさま、もう一匹の黒猫へと照準を合わせ躊躇いなく銃弾を撃ち込んだ。
二匹の黒猫はそのまま吹っ飛び、ロッカーの側面にぶつかって地面に倒れこむ。
そのまま動かなくなったことを確認し、完全に意識が無くなったことが分かった修二はすぐさま視線を戻した。
「ようやった! 前に出るぞ!」
来栖はリロードが完了したのか、先ほどと同じ先を自ら先行して、黒猫達を相手にしていった。
霧崎は何も言わずに、カバーする瞬間を見越して状況を見ている。
そうだ。こんなことで一喜一憂してはダメだ。
いつ何が起きるか分からない。
常に来栖をサポートする形で状況判断していかないとダメだ。
経験の差は明らかだ。
それは、霧崎も来栖も想定していたようで、特に何も言わなかった。
安全を確保するまでは作戦に一貫して集中すること。簡単なようで、今の修二にはできていないことだ。
ライトだけが先を照らす中、来栖が銃を撃っていることだけは分かる状況で、先を見ると目的の階段が見えた。
黒猫の数が減っているのか、カバーに入らずとも来栖一人でなんとかなりそうな状況だった。
「今や! 階段に向かって走れ!」
「っ! 了解!」
来栖の合図に、霧崎は後ろにいた椎名の手を引っ張り、走り出した。
修二も釣られて、その後をついて走っていく。
来栖も銃を撃つことをやめて、後ろをついてきているのが足音で分かった。
階段を上り、扉を開けて各々達が飛び込むように入り込む。
黒猫達もそれを追いかけるように走って来ていたが、霧崎がすぐに扉を閉めることで、とりあえずの危険は去ったようだ。
「ふうっ……。なんとか、なったわね」
霧崎はこの作戦の功労者である来栖の姿を見た。
彼は、顔だけをこちらへ向けて、
「ほんまに疲れたわ……。おい、嵐さんの倅よ、ようやったな!」
修二には近づかず、左手で親指を立てて褒め称えた。
「いえ、本当に無事に切り抜けられて良かったですよ。役に立てたなら、俺も嬉しいです」
「いくら速射性が優れてる銃でも、あんな上手くやれるとは思わんかったで。親子似るってことやな!
……あー、疲れた疲れた。おっ、手洗い場あるやん、ちょっと寄ってくるわ」
個室の手洗い場へ、来栖は足早に入っていった。
よく見ると、この部屋は休憩室のような場所だろうか。
あるのは高そうな椅子やテーブルだけがあり、目立った物は置かれてそうにはない。
「霧崎さん、どうしましょうか? ここから先は――」
「そうね、どこに通じているのかまでは分からないけど、地上に出る道には繋がっていることを祈りたいわ。ちょうど、そこの扉から出られる訳だし」
霧崎が指を差した先には、確かに外に出られる扉があった。
もしも、ここからあの巨大クモがいる部屋に通ずる道があれば、地上に出られる。
行き止まりならば、またあの黒猫がいる部屋から戻らないといけないことになってしまうが、それだけは勘弁だった。
黒幕がここを通った可能性は高い為、万が一にも無いとは考えているが、不安は不安だ。
「能天気にトイレしてるあの馬鹿は放っといて、この部屋に手掛かりがないか探しましょう。椎名ちゃん、動ける?」
「私は大丈夫です! 手伝いますよ。修二は休憩しててね」
修二も一緒に探そうとしたが、正直なところ、精神的に疲れていた。
あの場面が初めてというわけではないが、生き物に対して、銃を撃ったのは初めてだったのだ。
生きている人というわけではないが、それでも殺したことには変わりはない。
霧崎にも休むように諭され、修二は椅子に座った。
背中にある、父から借りたサブマシンガンが随分と重く感じる。
父は常にこの重たい物を持ち歩いて、修二達を守っていたことを改めて身に染みて感じさせた。
そして、もうその父はここには居ないことも……。
「父さん……」
修二は思い返すように、父のことを思い浮かべ、その頬に涙が零れ落ちた。
△▼△▼△▼△▼△▼
水道の水が流れる音が続いた。
来栖は上着を脱いで、苦しそうな面持ちで右腕を溜まった水の中に浸けていた。
「はぁっ、はぁっ! く、そ……!」
その顔からは汗が止まらず、来栖は先ほどの黒猫との応戦の記憶を思い返した。
途中までは完璧だった。
リロード中も、撃ち漏らしも、霧崎達がカバーすることでなんとかなっていた。
だが最後、階段へ向かう前に応戦した際、彼はこちらへ来る最後の一匹を撃とうとした時、引き金を引くことができなかった。
最後の最後で、玉詰まりを起こしてしまったのだ。
迎え撃つことができず、そのまま右腕に噛み付いた黒猫を左腕で殴り飛ばし、逃げることができた。
幸い、霧崎達は誰もそのことに気づいていないが、状況は深刻だ。
今もこうして、傷口を水に浸けてはいるが、倦怠感が酷いのと、右腕の感覚が時折抜けてくる瞬間がある。
自分が感染しているということは、否定ができない事実であった。
「くっ、なんであんな大事な場面でジャムったんやボケが……!」
あの時、使用していたサブマシンガンは弾切れを起こし、拳銃に持ち替えていたのだが、来栖達が持つ装備はどれも整備が完璧に取れていた物だ。
整備不良ではないとするなら、偶然の産物ということになる。
だが、その確率はおよそ1000/1に相当するものであり、普通ならば起こり得ない確率だ。
「運が悪かったってことか……」
これ以上は無駄だと悟り、水に浸けていた右腕を上げた。
ジワリと浮かぶ止まらない血液が、研究記録に載っていたものと同じ現象であることを見て、来栖は舌打ちした。
ここに居続ければ、霧崎達が心配してしまうことも分かっていた為、来栖は手持ちの包帯を不器用に傷口に巻き付けて応急処置をした。
そのまま隠すように上着を着直し、来栖は今後の展望を考え直した。
「このままやと、俺はモルフとかいう化け物の仲間入りをすることになる。それまでに、なんとしてもあのガキ共を桐生隊長の元へ連れていくんや。そしたら、俺は……」
自らの顛末を想像して、来栖は覚悟を決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます