第一章 第三十五話 『真実』

 記憶の中の断片と断片が繋がっていく感覚を感じた。

 森の中で行方不明となり、その後、彼女は何をしていたのか。


 修二達の進む先には、必ずと言っていいほど、モルフが集団で襲い掛かるという現場を幾度となく見てきた。

 集落での襲撃。工場での襲撃。父と織田への襲撃。桐生と合流してから幾千ものモルフの襲撃。そして、教会での『レベル3モルフ』による襲撃。


 何もかも都合が良すぎる事態だったことは、修二も分かっていた。

 そして、地下研究所で見たモルフの実験記録にはある情報が残っていたことも覚えている。


 モルフの発症段階、『レベル5モルフ』の能力についてだ。

 その者はロシア人であり、女性であること。

 その者はモルフの発症段階に関わらず、自分以外のモルフを操ることができること。

 そしてその者は、モルフの能力を引き継いだまま生きている状態で行使できるということ。


 その女は今、目の前にいる。

 目の前の状況に、修二は怒りを通り越していたが、未だに信じられないでいた。

 だが、愕然とした事実の光景として今、彼女はそこに立ちはだかっている。


 側に倒れている黒木は、もう動かない。

 首からは多量の血が流れ出ており、もはや致命傷であることは疑いようがなかった。

 そして、そうしたであろう人物の手には血のついたナイフが握られていることも、ここからよく見えていた。


「世良ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 こちらの存在に気づき、口元を歪める存在、世良がそこにいた。


「おや、もう来たのか。でも、随分と遅かったね。君はいつもそうだ。気づいた時には、全てを周りから失っていく」


 いつもの歯切れの悪い口調はそこにはなく、修二にとって、初めて見る世良がそこにはいた。

 その口調も、その表情も、その立ち振る舞いも、今の修二からすれば全てが苛立たしい。


「っ! どういうことだ!? どうしてお前が!」


「ここまできたということは、もう分かっているのだろう? この島における全ての元凶、それが僕ということだよ」


 笑みを浮かべながら、世良はその腕で椎名を離さない。

 最悪の状況だ。

 人質を取られ、帰還用のヘリが来たとしても、無事に帰れる保証はどこにもない。

 まして、修二の推測に間違いが無ければ、世良はあの地下施設の記録にあった特別な存在、『レベル5モルフ』であることになるのだから。

 そうであるとするならば、修二に勝ち目なんてものは無いに等しい。


「せっかくここまでこれたんだ。君には全て伝えようとは考えている。でも、その前に……」


 世良は左手で内ポケットから何かを取り出そうとした。

 注射器のようなそれを出したそれで何をしようとするのか、修二は嫌な予感がした。


「修二!!」


 椎名が手をこちらへ向けて助けを乞うように名を呼んだ。

 世良は逃さないように椎名を離さない。


「世良! やめろ!!」


「新たな存在の誕生だ。君も、僕と同じになれるよ」


 世良は持っていた注射器を椎名の首元に躊躇なく刺した。

 何かの溶液が入ったそれを、世良は椎名へと流し込んでいく。


「――ぁ」


 打ち込まれてすぐに、椎名は気を失うように倒れた。

 それを世良は優しく地面に寝かして、持っていた注射器を投げ捨てる。


 見ていることしか出来なかった修二は、怒りを露わにして歯噛みする。


「お前、椎名に何をしたんだ!?」


「宇宙からの贈り物だよ。この力は素晴らしい。適正のない者はすぐに、この島の住民達のようになるけどね」


 絶望なる宣告をされて、修二は理解した。

 今、世良が椎名に打ち込んだのはモルフのウイルスということだ。

 感染すればどうなるのか、修二は一番に良く知っている。


「ふざけるな! なんてことを……っ!」


「安心しなよ、彼女はきっと死なない。僕と同じモルフの最終段階まで辿り着けるはずだ。なにせ、僕の血を使っているからね」


「最終段階……だと?」


 何を言っているのか分からなかった。

 世良の側でまるで動かない椎名は、死人のようにピクリとも動かない。

 それが修二の中の逆鱗に触れることも、彼女は想定してやったのだ。


 死なない、などと言われて信じ込めるほど落ち着いていられないのだが、そんな修二とは対照的に世良は冷静な様子だった。


「全部、教えてあげるよ。君たちが願ってやまなかったもの。この島における真実というやつをね」


「真実……だと?」


 世良はそう言って、手に持つナイフを器用に回している。

 今ここで、修二が銃を撃ったとしても、余裕で対処できるとでも言わんばかりの様子だ。


 ともかく、すぐに殺し合うという姿勢ではないということを理解した修二は、警戒こそ解かないまでも世良の一挙手一投足に目を向けて様子を見るしかできない状況だった。


「順序良くいこうか。君はあの地下研究所へ行った訳だから、モルフの実験記録データも見たのだろう? ならば、モルフについての説明は必要ないだろうしね」


 まるで全てを知っているかのように、世良は淡々とそう話していく。


「ホテルで、君は山本美香の死体を見たはずだ。あれも僕がやったことだよ。目的は簡単、君たちを外に出す必要性があったからだね」


「お前が、美香を……」


 怒りに任せて、腰の拳銃を世良に向けて撃ちたい衝動に駆られるが、落ち着きを取り戻そうと必死になる。

 今ここで、やり合っても勝ち目はない。

 相手は、武装した父や織田を殺したのだ。

 ならば、世良の思う壺になろうと、情報を得ることに専念して時間を稼ぐことに、修二は目的を変更する。


「殺す必要があったのか? 少なくとも、俺たちを外に出すだけなら他にもやりようがあったんじゃないのかよ!?」


「君の言う通り、確かに他にもやりようはあったのかもしれない。だが、そうせざるを得ない理由はあった。それは大門と茅野の存在だよ、彼らは何故か外に出て逢引きしていたからね。彼らが帰ってこなければ君たちは不審に思うかもしれないが、実験は皆が疑心に駆られ、同時に動く必要性があった。

それで、山本美香を殺すことになったってことさ」


 たったそれだけの為に、美香を殺したと言い張る世良に修二は考えた。

 今ここで、相手にしているのは狂人だ。

 計画の小さなズレの為に、簡単に人を殺せるなど、イカれてる。


 唖然とする修二に、世良は気にすることもなく説明を続けて、


「更に言えば、保険をかけておいたこともそうだね。黒木君に君は聞かれただろう? 君が山本美香の携帯を持っていた事を」


「――そうだ。俺はなんで、美香の携帯を……」


 あの不自然な状況に、修二自身も気づいていなかったのだ。

 教会の中で改めてポケットの中を見たが、美香の携帯は入っていなかった。

 それは、父達共に地下施設へ向かう途中もそうだった。


 黒木にそのことを聞かれた時には持っていたということだが、世良が今それを話しているということは、本当に持っていたということになる。


「君が、菅原君と鉄平君と風呂に入っていた時、僕が仕込んでおいたんだよ。黒木君が長風呂であることも知っていたから、君と出会うかどうかは賭けに近かったけどね」


「でも、俺は教会の時に確認したが、美香の携帯は持っていなかったぞ?」


「なら、どこかで落としたんじゃないのかい? あれだけ動き回れば、落とすこともありうるだろう。

それにしても、その効果は絶大だったよ。いつか、君がクラスメイトの中に黒幕がいることに気づく可能性を考慮して、疑心を植え付けさせる。そうすれば、僕が疑われる可能性は少しでも減らせるからね」


 美香の携帯を持たせたのは、修二がクラスメイトの誰かを疑った時の自身への疑いを少しでも濁らせる為。黒木は修二を疑い、修二は逆に黒木を疑うように、世良は仕向けたのだ。

 確かに、修二の中で世良を疑う要素は何一つ無かった。

 それもこれも、世良が入念に準備した結果であったのだ。


「菅原君と鉄平君がロビーにいけば、モルフになった職員達とも出会うと考えていたさ。彼らが助かるにしろ助からないにしろ、どの道、君達はホテルの外へ出ないといけない。なにせ状況が何一つ分からない訳だからね」


 そう、その結果、修二達はホテルの外へと逃げるハメになったのだ。

 その時は、島民全てが感染しているなど分かりもしなかった。

 あの状況の全てが、世良の企みの結果ということということなのだ。

 モルフを操り、修二達に襲わせることで、全員がホテルから移動することになったあの事も、全て計画の内ということ。


 だが、世良が黒幕だというのならば、彼女の行動にはある矛盾があった。

 あの屋敷で、椎名と共に逃げ出そうとした時のことだ。


「なら、なぜあの時、椎名を助けたんだ。お前はあの屋敷で、身を挺して椎名を守ったはずだ。そこまでのリスクを負ってまで、そうする必要があったのは何故なんだよ?」


 もしもあの時、世良がモルフに噛まれることがあれば、奴の言う計画とやらは台無しになってさえいたのだ。

 既に感染している世良が、もう一度噛まれた時にどうなるのかまでは分からないが、仮に島民達のようにならないまでも、自身が感染しないということはバレてしまう。

 そうなれば、これまでの計画は破綻したも同然のことだったのだ。


 それを聞いた世良は、横たわる椎名へと顔を向けて、口を開いた。


「そうだね、それは君にとって確かに疑問だろう。あくまで僕の個人的な目的の為……とでも言っておこうか?」


「目的?」


「彼女は……、椎名ちゃんは『レベル5モルフ』になれる素質を持っている。いや、条件を満たしているというべきか。それで、彼女を死なせないように庇ったといえば、分かりやすいだろう?」


「なん……だと?」


 『レベル5モルフ』、それは、今目の前にいる世良自身のことだ。

 つまり、椎名を『レベル5モルフ』にするために、世良はウイルスを椎名に打ち込んだということになる。


 辻褄が合うように納得させられ、それでも修二は信じたくはなかった。

 ここまで悪辣なことをしでかした存在に、この女はクラスの中にずっと溶け込んでいたのだから。


「お前は……鉄平が死んだ時、何を考えていた?」


 振り絞るように、世良へと問いかける。

 目の前で友人が死に、悲しみに暮れていたあの時、世良も側にいたのだ。


「答えろよ。お前はあの時、何を思っていたんだ!?」


 続けるように、修二は怒りを我慢できずに叫びながら問う。

 世良は口元を歪ませて、笑いを堪えられないかのように、その手を顔へ被せて、


「ふふ、はははは! そうだよね、聞きたいよね! 鉄平君、本当に残念だったよ。まさか、あんな序盤で退場するなんて、夢にも思わなかったからね」


 想像外の返答をされて、修二は唖然としていた。

 仮にも同じクラスを共にしてきた仲だ。

 それを、今日の出来事がゲームであるかのように悪辣な感想を述べていたのだ。


「あの時、君も椎名ちゃんも泣き崩れていたものね。僕は震えていたよ。鉄平君が黒幕を見つけて仇を取ってくれって言った時からずっとね。まさか、目の前にその黒幕がいるなんて誰も気づいてないのが馬鹿らしく、面白く感じてね。あれは、本当に最高だった」


 思い出を語るかのように、世良は鉄平の死を嘲笑った。

 激しい怒りが込み上げ、血が出てもおかしくないほどにその手を握った。


 この女はクズだ。人生で出会ったことのないほどの狂人であり、理解のできない怪物だ。


 これまでの全てが計画の内でいながら、世良は楽しむかのようにこの島に潜んでいたのだ。

 だが、それが真相ならば仮説が立証されることにもなる。


 世良は屋敷を出てから行方不明になった。

 そして、これまでモルフが集団で何度も襲いかかってきたこと。

 あれは偶然でなく、必然とするならばーー


「お前は森の中で、俺たちからわざと離れて尾行していたのか」


「へぇ、さすがにそこには気づくか。そうだよ、正確には椎名ちゃんを守る為だけどね。その為に、邪魔な連中は排除する必要があった。君たちのお友達というやつをね」


 とことん、人の神経を逆撫でさせるかのような言動に、修二は堪えた。

 この女には、人情というものは一片も存在しない。

 ただ自然に、そう話しているだけだと言わんばかりに口が止まらない。


「なら、あの森で別れた時に、和也達を殺したのか?」


 バラバラ遺体にされ、それを見せつけるように倉庫に入れていたクラスメイト達を、世良が知らないわけがないと、修二は問いを重ねた。


「ん? 和也君達は死んでいたのか。そうか、あそこで死んでいたんだね」


「とぼけるな! お前が殺したんじゃないのか!?」


 シラを切ろうとする世良に、修二は激昂する。

 あの森で、世良と別れた時、すぐ近くにいたのだから知らないとは言わせない。


「いいや、それは僕じゃないね、バラバラ遺体……ああ、あの女か」


 あの女、と言った世良に違和感を覚えた。

 和也達を殺したのは自分ではないとそう言っているのだ。

 なら、一体誰が……。


「あのイカれ女のことは、やることがよく分からないな。快楽殺人者の思考は理解に苦しむよ」


「誰のことを言ってやがる」


「ふ、まあ僕から言えるのは、バラバラ遺体の犯人は僕じゃないということさ。僕が君たちにやってきたのは、あくまでモルフを操って襲撃させた。それだけのことだよ。例外で、特殊部隊と戦うことになったけどね」


 あの惨劇を作り出した別の存在がいるということを明かされ、ますます訳が分からなくなってしまった。

 だが、それを抜きにしても、世良のやったことは許されることではない。

 何人もの犠牲者を生み出したのは、ほとんどこの女が関わってきていたのだ。


「ああそうそう、操ると言えば、教会で柊ルカと江口マミには会ったのだろ? 彼女達はすごいよ。あの短時間で『レベル3モルフ』へと感染段階を上げたんだ。さすがと言う他ないね」


「……まれ」


「あとは、そうだね。工場で君たちと合流したあの特殊部隊は実に厄介だったよ。特にあの剣を持った男、あいつは僕の気配に気付いていたからね。それで、周りの隊員共を殺す必要が出てきたんだよね」


「……黙れ」


「まあ、意外とあっさり殺されてくれたから楽だったよ。あの剣を持った男も、感染したモルフを千人近くぶつければ、さすがにひとたまりもないだろうしね。そろそろ死んでる頃かなぁ?」


「黙れ!!」


 感情が爆発した。

 限界まで溜まりきったフラストレーションを爆発させるように、修二は瞳孔を開くぐらいに怒っていた。


「ふざけんなよ。ふざけてんじゃねえよ!! 柊が、どれだけ苦しそうにしてたのかお前は知ってるのか!? 父さんや織田さん、来栖さんや霧崎さんはお前なんかに負けていない! コソコソ隠れて奇襲しかしない臆病者が、調子に乗ってんじゃねえよ!」


 こんなことを言ったところで、世良には何も響かないだろう。

 だが、修二は言ってやりたかった。

 無念に死んでいった皆の思いを代弁するように言い返してやりたかった。


「ははっ、言うじゃないか。それと、一つ気になることを言ったが、柊君は苦しんでいたというのはどういうことだい?」


 世良の疑問に、修二は歯を食いしばりながら応えた。


「まだ、生きていたんだ……。死にかけていたところで、自我が蘇ったように。もしかしたら、救えたかもしれない命だったのに……っ!」


 自戒するように、あの光景を思い出す。

 もう、今はそのことを考える気はなかったが、記憶に新しいあの瞬間を、修二は頭から抜かせることができないでいた。


 だが、それに相反して、世良は驚きの表情を浮かべながら、その両手で手を叩いた。


「そうか、彼女もギリギリのところまで辿り着けたんだね。やはり、僕の仮説は正しかったんだ!」


「仮説……だと?」


「惜しかった、ということだよ。『レベル5モルフ』に至る究極の生命体への道がね」


 あれが,あの姿が『レベル5モルフ』に惜しかったとでも言っているのだろうか。

 今でも、あの痛々しい姿は頭の中に鮮明に残っている。

 柊にしか分からないが、皮膚を失い、全身を焼けるような痛みに支配された時の感覚は、想像を絶するのは間違いない。


「あんなものが、『レベル5モルフ』だとでもそう言うのかよ……っ!」


 認めたくない。なぜなら、椎名自身もその可能性はあるかもしれないのだ。

 そんな光景は、見たくなかった。


「違う違う。あれは完全に紛い物だよ。あくまで惜しかったというだけで、『レベル5モルフ』のなり損ない。そう呼んでくれても構わない。生きていても、それを自らの手で行使する能力がないんじゃ、とてもね」


 ――『レベル5モルフ』のなり損ない。

 世良の言っていることは最悪で、もはや口も聞きたくはないが、違和感を感じていた。

 この女が言う仮説とはなんなのか?

 その仮説は,椎名が『レベル5モルフ』になるための条件を満たしているということなのか?


 それでも、修二にとっては耐え難い結末だ。

 その為に、なんとしてでも椎名を助ける必要があった。

 目を少しずつ周りへと向けながら、状況を整理するが、何もない。

 ここには文字通り、地面のみの地帯となっており、自前の武器以外使えるものは無かった。


「その点に関しては、僕の仮説の信憑性に白がついたわけだからね。マミちゃんには感謝しないといけない」


 耳に入る戯言が、修二の癇に障っていく。


 このクソ女を殺す為に、考えるんだ。

 今の自分にできることを。


「さて、そろそろ本題に入ろうか。君たちをここに連れてきた理由、それはご存知の通り、この島の感染した住民からどれだけの時間生き残り、どれだけの人数が『レベル5モルフ』に到達するか、それを確かめるための実験ということさ。結果は上々、君と椎名ちゃんは生き残り、ここに辿り着くことができたんだ。それは、とても誇るべきことだよ、おめでとう!」


 パチパチと拍手をする狂人を前に、修二は疑問に思ったことを聞いた。


「俺が生き残ることは想定外だったのか?」


 あれだけ、殺しにかかってきていたのだ。

 椎名だけを生かすだけなら、修二という存在は世良にとって邪魔なはずだ。


「いいや、君には椎名ちゃんを守るという役割があったからね。君の性格なら、きっと守ってくれるだろうと信じていたんだよ」


 それだけ、たったそれだけだった。

 根拠もないそれだけの理由で、世良は修二を信じたのだ。

 もし、修二が守りきることができなければ、それまでであったのにも関わらずに。


「幼馴染である君ならきっと守ってくれる。絆とは良いものだね。モルフと同じように神秘的だ」


 何を言っているのか、修二には理解ができない。

 話が少しずつズレていくことに、はに噛む様子を世良は察したのか、「おっと」と言って、


「すまないね。どうやら少し興奮してしまったようだ。ようやく、僕の願いが叶う時がきたのだからね」


「願いだと?」


「僕はね、今所属する組織が何を企んでいようと、正直興味はないんだ。僕は僕の目的のために、組織を、あの男を利用してきた。そして、今その第一歩が踏み出されるんだ! この島の感染拡大はあくまでデモンストレーション……本命はこの世界全てさ!」


 破顔するように、世良は自らの目的について話し始めた。

 世良はあくまで独断専行で、今ここにいるということだ。

 それは、未だ分からない組織とやらを裏切ってでもということ。


「地下研究所の人間は全て始末したからね、もう僕を止める者はこの島にはいない。後は、君を殺して、終わりへの始まりを宣言しようじゃないか」


 どうやら、修二を殺すことは世良にとっての計画の内ということだ。

 あくまで椎名を守るためだけの舞台装置。それが世良にとっての修二ということなのだ。


「何を、するつもりだ?」


 恐らく、時間稼ぎはもうほとんどできない。

 それをしたところで、何の意味も為さないことは分かってはいたが、修二はどうにか対抗策を捻り出そうと考えを巡らせた。

 そこで、修二は何かに気づいた。


「僕の目的は、この世界の全ての人間をモルフにすることだよ。そして、世界はリセットされ、新たな生命体のみが残る最高の世界が待っている。僕はね、僕の望みは椎名ちゃんと共に生きて、この世界の王となることが夢だったんだよ。彼女は唯一、僕を理解してくれる最高の理解者だ! 永遠を生きるのは、僕と彼女だけで良い!」


 両手を広げ、天を仰ぐように世良は高らかに宣言した。

 聞くに耐えない、そのふざけた目的を聞いた修二は怒りを鎮めて、代わりに笑みを浮かべた。


「ふっ、そうかよ」


「何が可笑しいんだい? 状況が見えていないようだね。君にはここまで辿り着いたご褒美として真実を教えてあげたが、これから殺されるんだよ? 恐怖は? 不安は? 人間ならば、そう感じて普通じゃないのかい?」


 そう言いながら、世良は手に持つナイフを握りしめた。

 戦闘態勢に入ろうとするその姿勢に、修二は立ちすくんだまま、世良を正面から見据えて何もしなかった。


「残念だけど、お前はここで死ぬんだよ。無様に、そのくだらない夢とやらも叶わずにな」


 虚勢を張るように、修二は笑みを浮かべながら世良へと挑発する。

 それは、世良から見てもおかしな様子だろう。

 普通にやり合えば、拳銃を持とうが世良は問題なく殺せる。

 なのに、修二からはまるで勝算があるように強気な姿勢だった。


「へぇ、君はもう少し賢い人間だと思っていたんだけどね。君が今、相手にしているのが誰だかーー」


「いいやーー











お前はここで死ぬんだよ」


 被せるように、強気な姿勢を崩さない修二のその表情を見て、世良は初めて疑心の表情を作った。


「ーーーー」


 ある意味、それが世良の警戒を引き上げてしまったのかもしれない。

 しかし、動きがない修二をずっと見ていたのは、世良にとってのミスであった。


 その瞬間、同時だった。




 世良の後ろから、刺突を繰り出した桐生の攻撃を間一髪で避け、世良の掌からは血が飛び散った。



「ちいっ!」


 舌打ちし、態勢を立て直すが、桐生の方が速い。

 桐生は刺突した剣を横向きに薙ぐように世良の首を狙う。

 それを、世良は持っていたナイフで受け止めて、火花が散った。


 そこで、膠着状態にはならなかった。

 桐生は、もう一本の剣を使って、世良の頭へと刺すように突こうとし、世良はこれを体勢を変えて避ける。


「っ!」


 その間、僅か一秒にも満たない高速の動きで、桐生はもう次の動作に入っていた。

 受け止めていた世良のナイフを、左脚で蹴りを放つように吹き飛ばしたのだ。

 反動で動きが硬直した世良は、そこで判断を間違えた。

 吹き飛ばされたナイフへと一瞬、視線が飛び、その瞬間を桐生は逃さない。

 回転するように、桐生は回し蹴りで世良の腹部へとその右脚を打ち込み、世良ごと吹き飛ばす。


「がっ!!」


 予想外の一撃に、世良は後方へと転がるように飛ばされていく。

 桐生は態勢を整え、二本の剣を構える。

 口から出る血を腕で拭い、世良もそれに合わせて、吹き飛ばされたナイフを空中から手に取り、更にもう一本、同じ形状のナイフを反対の手で取り出して構えた。


 お互いに向き合い、走り出すのは同時だった。


「ああああっ!!」


 猛スピードでお互いに斬りかかり、刃と刃が交錯する。

 剣とナイフが、互いに致命傷となりうる部位へと飛び交い、二人ともこれをギリギリのところで避けながらカウンターのように斬りかかる。

 桐生はこれに合わせ、格闘技を入れるように蹴りを放ち、隙を作らせない。

 人知を超えたスピードで動いており、修二から見ても異常な光景だった。


 普通の人間ならば、ありえない速さなのだ。

 互いに斬撃を予測し合いながら、斬り合うその姿はどちらが当たってもおかしくないほどに凄まじい。


 桐生は左手に持つ剣を振りかぶり、これを世良はナイフで受け止める。

 桐生はここで、世良の持つナイフを刃を滑らせるように無理矢理、世良の手元に落とさせた。

 隙を作らされ、世良は対処しようとしたが、桐生は右手に持つ剣で斬りかかり、世良は身体ごと曲げて寸前のところで避けた。


 体勢が崩れて、地面を転がるように動きながら、膝をついたところを、桐生は追い討ちをかけようとしたが、そこで動きを止めた。


「ーーーーっ!」


 世良の脚が突如として筋肉が膨れ上がり、飛びかかるように桐生へとナイフで斬りかかったのだ。

 後ろへ後退しながら桐生はこれを対処し、尚も世良は攻撃の手を緩めない。


 世良の猛攻撃を剣で受けながら、ナイフで刺突してきたところを、桐生は頭を後ろにして避けた。


 世良はそこで笑みを浮かべ、その手に持つナイフの柄にある突起を指で押した。


「あっ」


 修二は、その様子をただ見ていることしかできなかった。


 世良の持つナイフから、刃だけが射出するように桐生の頭へと飛んだのだ。

 修二の目線から見ても、そのナイフは明らかに桐生の頭を貫通するように抜けていき、負けたと思ってしまった。


「ーーなっ!?」


 だが、世良は先ほどの余裕の笑みが消えて、驚愕の表情を浮かべていた。

 射出された刃を、まるで予測したかのように桐生は頭だけを横に避けて、これを躱したのだ。


「ーーーー」


 躱した勢いで、桐生は回転するように振りかぶった。

 世良は既に踏み込んでしまっており、桐生の攻撃を避けることはできない。

 スローモーションのように、桐生の剣閃が世良の首へと向かっていく。



 そして、血飛沫が舞い散った。


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