第一章 第二十四話 『許さない』
あれから十分経った。
修二達は、織田が見つけたとされる階段下の扉のパスワードを未だ探していたが、中々見つけられないでいた。
「クソクソクソッ! どこにあるんや!? もう全部開いたで!?」
「織田さん、父さん……!」
「落ち着きな! 来栖、連中は簡単に分かる位置にデータを置かないはずだよ。それにこのPCデータは削除される見込みとも言ってたよね。予め私たちの様な部外者に見られる可能性を考慮してる可能性もあるわ」
「――なら、ゴミ箱の中か?」
データ削除時、基本データは完全に削除されず、ゴミ箱のデータに残される。
そのことに気づいた来栖は、フォルダー内を確認したところ、それらしきデータがあることに気づいた。
「あったわ、でもなんでゴミ箱の中身も削除せんかったんや?」
「職員だけが把握してた可能性もあるわね。それでパスワードは?」
「ロックも外れてる。『Irina』……イリーナや! 行くで!」
修二達は急いで階段を駆け下り、扉の前まできた。
扉の横にはパスワード入力画面があり、タッチ式となっている。
来栖が先ほど確認したパスワード『Irina』のスペルを打ち込み、解除の文字がパネルから映し出された。
「修二君、椎名ちゃん。あなた達は下がってなさい! 私達が前にでる!」
霧崎の後ろに立ち、扉が開かれた。
監視カメラで見た映像と同じ白い通路が先へ広がっている。
その先、分かれ道となった付近の壁に誰かが壁に背を付けていた。
「織田! 大丈夫か!? 何があったんや!?」
織田は、全身に尋常ではない量の切り傷の痕があり、そこから出血した血は床一面に広がっていた。
「く、来栖……か? お、お前ら……早く、ここか……ら、逃げろ……」
来栖と霧崎が瀕死の織田へ駆け寄り、応急手当をしようと、霧崎が道具を出していく。
修二はその惨状を見ていることしかできなかった。
何が起きたのか、銃を持った二人相手にここまでのことをしてのける奴がいたのだ。
「なんで、こんな……! 一体誰にやられたの!?」
「あ……れは、ば……化け物だ……。人間じゃ……ない」
「喋るな! 今手当してやる! 副隊長はどこにおるんや!?」
「い、今すぐ……ここから、地下から脱出して……隊長と合流……しろ。後は……任せる」
織田はその言葉を最後に、力が抜けたかのように腕を下ろした。
瞳孔が開いたまま、息を引き取ったのだ。
「織田!? おい! 起きろや!」
肩を掴み、揺さぶるがもう反応はない。
霧崎も手遅れだと察したように、治療行為を止めている。
修二は、織田のその最後を見て、胃液が逆流するような感覚に陥った。
「――父さんは?」
振り絞るように、誰に尋ねたわけでもなく、修二は父の所在を問う。
父の姿をまだ見つけていない、いや、織田がここにいるということは近くにいたはずなのだ。
修二は、まだ誰も視界に入れていない、ウイルスサンプルがある方の扉の通路へと振り向いた。
「――――」
そこには、織田と同じく、壁に背をつけて倒れている者がいた。
その姿は、さっきまで一緒にいた……、
「うわあああああああ!!!!」
叫んだ。
修二は、父の変わり果てた姿を見て、その場で膝を、手を床につく。
父は、織田よりも酷い有様であった。
全身に同じ刃物で切り裂かれたかのような裂傷を負い、手は薄皮一枚残った状態で切断されていた。
その左手には、最後まで抵抗したのか、自前のサブマシンガンを握っていた状態だった。
「父さん、父さん、父さんっ!!」
立ち上がり、父の元へと駆け寄る。
来栖、霧崎、椎名も修二の後に続いて、駆け寄った。
血で濡れた床に足をつき、修二はその顔を涙で濡らしていた。
いくら声をかけても返事をしない父は、もうすでに息を引き取っていた状態だった。
「副隊長……」
「クソッ、何があったんや! 罠やなんかやない! 確実に人の手によるものや、こんなこと、ありえるんか!?」
残された二人の隊員は、この惨状を信じられないような様子だった。
少なくとも彼らは特殊部隊というだけあり、実力はかなりのレベルにある。
自衛隊とは違い、常に実戦経験を重ねている為、精鋭中の精鋭部隊といっても過言ではないのだ。
その二人を相手にここまでやれる存在がいること。来栖や霧崎にとっては、二人を亡くしたこともそうだが、それ以上に脅威が近くにいることを悲観していた。
「――許さない……」
修二が、血で濡れた床に手をつき、その血を掴むように手を握りしめた。その手からは、父の血を垂れ流しながら、修二は怒りの形相で近くにいるかもしれない敵へと向けて――、
「許さないぞ……! 出てこいよ! コソコソ隠れてんじゃねえ!! 俺が……俺が殺してやる!!」
腰に直していた拳銃を掴み、もうここにはいない殺戮者へと、修二は殺意の言葉をぶつける。
たとえ、それが敵わない相手だろうと、修二は絶対に逃げないと、怨嗟の声で持ってどこにいるかも分からない殺戮者へと声を投げかける。
「美香を……スガを、父さんを、皆をこんな目に合わせたのはてめぇだろ!? どこにいやがる! 出てきやがれ!」
殺戮者からの返事はない。恐らく、この場所から離れたのだろう、気配を感じられなかった。
それが余計に、修二自身の怒りを底上げする要因となって――、
「修二……、もうやめて……」
椎名が、泣き崩れ、膝をつきながら訴えた。
来栖も霧崎も、下を向いて何も言わない。
ただ、喪失感だけが通路の中を支配するのみであった。
溜まった怒りをぶつける相手も、もうここにはいない。
修二は脱力するように手を下ろして、父の亡骸の前へと片膝をつくように座った。
「父さん……、俺は、俺はどうしたらいい? もう、分からない……」
涙ぐみながら、修二は持っていた拳銃を腰に戻し、父が今も手に持つサブマシンガンに触れる。
ただの一般人、それも高校生が持つようなことなど到底ありえないであろうそれを、修二は父の手から優しく離して、
「俺が、あいつを殺せばいいのか?」
修二は、父の持っていたサブマシンガンを手に取り、その感触を確かめた。
来栖と霧崎は、その様子を見ていたが、修二の手を止めるようにしてその腕を握った。
「あなたには扱えないわ。それは、子どもが持っていい武器じゃない」
「俺たちの目的はお前ら二人の保護でもあるんや。前線に立つ必要はない」
人を殺す為だけにある武器を持つ修二へと、二人の隊員は諫めるようにそう訴えた。
二人の意見は、間違っていない。
きっと、父が生きていたとしてもそう答えていたはずだ。
だが、それでも修二は止まる理由にはならなかった。
「……桐生さんは俺に椎名を守るように、拳銃を託してくれました。父さんも、俺を守る為に行動した。……なら、父さんの想いは俺が引き継ぐ。全部、邪魔するやつは殺せばいいんでしょう?」
無表情に、修二の言葉は強い芯があった。
傍目に見ても、今の修二が普通でないことは椎名も、来栖も霧崎も理解している。
だからこそなのか、少しでも修二の気持ちを落ち着かせようとして、彼女はこう答えた。
「それでもよ、あなた達を守る為に、私達がいるんだ。だから、あなたがそれを使うことは許さない」
「なら、守って下さい。俺も、危ないと感じるまでは使うつもりはありませんから」
ひどく低い声で、父の銃を手放さないことを伝える。
今、修二の中にあるのは復讐心の想いそのものだ。
これまでの、美香から始まり、修二から奪ってきた者に対する憎しみは生半可なものではない。
この気持ちを抑えつけるなど、他の誰を持ってしても不可能に近かった。
「お前が碓氷を見つけた時、うっかり殺してまうかもしれんやろ。そんなんできてまうのも問題やけど、作戦に支障がでるのは間違いないんや」
修二はそう言った来栖の顔を睨むように見て、言った。
「碓氷? 殺しませんよ。俺はあいつを殺す気はありません。捕縛が大前提なら、尚更です」
「なら、何のために……」
疑問を投げかけた来栖へと修二は自分の考えを言う。
「俺が殺したいのは、父さんと織田さんを殺した奴だけです。そして、それは碓氷じゃないことはもう分かっている」
来栖と霧崎は目を見開くようにして、修二の言葉に驚く。
なぜ断言できるのか、今の修二の状況から読み解くことが出来なかったからだ。
「――どういうこと?」
「武器を持った二人相手に、ここまでできる奴は人間じゃない。モルフですよ。そして、さっき記録で見たでしょう? 『レベル5モルフ』について――」
修二は淡々と、二人を殺害した者に対して、自分の推察を話す。
「切り刻まれていたのを見るに、『レベル3モルフ』とやらの可能性も考えました。でも、ならここにきた時点でいないのはおかしい。奴らには、知性の意識が感じられなかった。唯一、生きている状態でその力を扱えるのなら、『レベル5モルフ』しかありえない」
少しずつ、声のトーンが強くなっていくのを見るに、怒りが強くなっていっているのがわかる。
これがモルフの仕業ならば、すぐに合流しようとした修二達がそれに遭遇しないのはおかしい。
分かっていたかのように逃げたのならば、そいつは人間であり、尚且つ特殊部隊のメンバーを殺せる可能性を秘めた存在を考えるならば『レベル5モルフ』としか考えられなかった。
「碓氷は殺さない。あいつにも恨みはありますが、任務については聞いています。俺が殺したいのは、そいつじゃない」
修二の意思は固かった。
だが、それでも隊員達にとっては、今の修二は危険そのものである。
それを許容して、先に進めるほど不妨ではない。
「ええ加減にせえよ、だからなんやねん! 誰が殺したとしても、お前が銃を持っていい理由にはならんやろが!」
我慢してた怒りが爆発したかのように、来栖は修二がサブマシンガンを持つ必要性を否定する。
そんな来栖の恫喝に臆することなく、修二は皮肉を込めて、あえてこう答えた。
「本当に、守れるんですか? 俺たちのことを」
「なんやと?」
「もう、父も織田さんもいません。俺はこの状況で、誰がいつ死んでもおかしくないとさえ思ってます。それでも、守れると約束できますか?」
修二の言葉は、あまりにも冷静で冷酷すぎる提案だった。もしくは、脅しであったのかもしれない。
このまま、何事もなく乗り切れるというのであれば、修二も自ら戦おうとまでは今はもう考えていない。
だが、霧崎達が修二や椎名を守り切るというのは、もう既に難しい状況であることは明らかな状況であった。
「俺は、自分の生命が危ないと感じるまでは何もするつもりはありません。それは約束します。ですが、椎名も、俺自身が危ない目に合う可能性があるなら、俺は躊躇なく使います」
「この……!」
「もういいよ、来栖。分かった、あなたの好きにしなさい」
手を上げようとする来栖を抑えて、霧崎が諦めたように答えた。
その目は、今まで見てきたものとは違う、冷め切ったような目だった。
「そのかわり、私達が役に立たないと判断した時に使いなさい。それまでは、桐生隊長に言われた通りでいいわ」
「霧崎、お前ええんか?」
「この子の言う通り、いつ誰が死んでもおかしくない状況には違いないわ。自衛の武器は持たしておいても損はないよ。私達が守れなかったらの話だけどね」
最後だけは強く、来栖へとなにかを伝えるように霧崎は目を向ける。
来栖も理解したように、苛ついた様子で銃を持ち直した。
「ちっ、分かったわ。おい、銃の撃ち方は分かるんか?」
「敵に向けて引き金を引く、ですよね?」
「上出来やクソガキ。ほないくで」
「――――」
減らず口を叩く修二に対し、来栖は苛立ち気にしつつも前へ進むことを決めた。
だが、修二自身の胸中は、皆が気づいていないある想いを秘めていることを、そこに居たメンバーの誰一人として気付いていなかった。
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