第一章 幕間その二 『誓いと条件』
あの島から生還し、修二は日本本島と戻った。
あの後、修二は事情聴取とされ、警視庁本部へと連行されることとなった。
あの島へと訪れた経緯、そこで起きたこと、世良についての情報等、聞かれることは山ほどあり、気づけば深夜まで事情聴取されていたのだ。
修二の身柄は、そのまま自宅へと帰されることはなかった。
なんでも、他クラスメイトのこともあって、身の安全が保証できないからである。
ニュースで見たが、どうやらあの島での事件は偽装ニュースとして報道されることとなったようだ。
島にある火山から噴出した火山性ガスにより、島にいた人間は全て死んでしまったと、そう報道されていたのだ。
実際は、日本の科学者及び、スパイ工作を仕掛けていた女子高生が島へと細菌をばら撒き、感染者が人を襲いかかるものであったが、どうやら国際問題への発展を恐れ、揉み消したのだろう。
だが、今更修二にとっては、国が何をしようとどうでもよかった。
彼には、失うものが多すぎたのである。
椎名とも引き離され、修二は一人、小さな団地の一室で過ごすこととなっていた。
寂れた一室で、それでも生活に困ることはなかった。
お金については、基本国が保証してくれることとなっており、最低限の生活の保障はされている。
だが、自由はなかった。
なぜなら、あのニュースの死亡人物達の中に、笠井修二も含まれていたからだ。
島の生き残りというだけで、確実に世間やマスコミからの追及は避けられなくなる。
今の修二には、それを耐えれる自信もなかった。
父も死に、友達は皆死んでいった。唯一の同じ生き残りである椎名とも会えない。
生きていく希望がなくなった修二は自暴自棄となっていたのだ。
そんな中、事件が終わってから二ヶ月が過ぎた頃である。
ふと玄関のチャイムが鳴った。
力なく立ち上がり、修二は玄関のドアを開けると、そこには見知った人物がいた。
あの島のもう一人の生き残り、桐生である。
「よう、久しぶりだな。探したぜ」
今回は隊服とはちがい、普段着で来ていた桐生は修二の顔を見て、再開を喜んでいる様子だ。
が、修二には正直、会いたいとは思ってもいなかった。
「なんでしょう。もうあの島については思い出したくないのですが」
「そんなんじゃねえよ。ただ話したいことがあって来ただけだ。中入ってもいいか?」
少し渋る顔をしたが、別に大して断わる理由もない為、修二は桐生を部屋の中へと入れた。
「随分、汚えな。ちゃんと掃除してんのかよ」
桐生でなくとも、誰が見ても部屋の中は汚いと見えただろう。ゴミが散らかっていたり、脱いだ服がそこら中にあったりなど、足場がないほどである。
「……あれから、色々考えてたんです。あの島の事件のことは忘れようと、忘れてはいけないことだってことは分かっています。でも、そんなことを考えていると夜も眠れなくなって、体調を崩してばっかでした。だから、気晴らしになることを探してみたんです。……でも、結局何をしてもやる気が起きなかった。それでもう、何もかもどうでもよくなってしまって……」
修二は事件の後、ずっとあの一日のことを思い返していた。
自分が島へ皆を連れてこなければ、もっと早くに世良の悪事を読めていれば、と自身を責めていたのだ。
そんなことは、リクにも違うと咎められていたのだが、結局自身を許すことはできなかった。
そうして、のうのうと生きている自分の姿を鏡で見る度に吐き、布団へと包まっていたのだ。
「どうして、俺が生き残ってしまったんでしょう?」
それは、振り絞る疑問であった。
「どうして、あんなことになってしまったのでしょう。俺は、俺たちは皆で楽しく旅行に来ただけなのに」
答えなど出ないことは理解していた。
あの事件で自分だけが助かり、生きていたのだ。
同じ生き残りである椎名も、あの世良の手によってモルフに感染していた。
今も会えないことが、もう彼女はこの世にいないのではないかと、考えてしまう仕末だ。
「随分ナヨナヨしてやがるなとは思っていたが、これはかなり深刻だな」
ふっと笑い、桐生はテーブルの前へと座る。
「座れよ。今日はお前に話があってここに来た」
桐生は、その手に持っていた鞄をテーブルの上に置き、修二に座らせようと指示する。
「あの島についてはあまり聞きたくないんだったよな? 本当に良いのか?」
確かにそう言った。
でも、一つだけ気かがりなことはある。
「リクや、霧崎さんや……父さんの遺体は見つかりましたか?」
修二は、テーブルの前に正座して座り、ただ一点、それだけを聞いた。
それを聞いた桐生は、鞄の中から一枚の用紙を取り出して、それを修二へと見せた。
「あの島についてだが、あれから色々な部隊が島民の駆除作業に追われることになってな。被害は最小限に終わり、二次感染の可能性はなくなった。
それから、遺体の捜索についてだが、お前の言う立花リクと、霧崎、他数名の遺体は回収することができたよ」
その言葉を聞いて、安堵はしなかった。
希望を持っていた訳でもなかったが、やはりリクは死んでいたのだ。
死因は、聞かなくても分かっていた。
あの拳銃をわざわざ持っていったんだ。
使い所は一つしかないだろう。
「あのまま、立花リクを連れていっていれば、ヘリの中にいる全員が危険になる可能性は高かった。だがそれで、あの選択を選んだあいつを咎めることは俺にもお前にもできない。分かるだろ?」
「ええ」
百も承知だった。
リクは皆に危険が及ばないように、自らを犠牲にする選択を取ったのだ。
それを無下にするようなことは、修二にもできない。
「それと、来栖、織田、嵐の三人の遺体に関してだが、残念ながら捜索は中断されたよ」
その言葉を聞き、テーブルに手を付いて修二は目を見開いて驚く。
「どうしてっ!?」
「理由は掘り起こすのが不可能だからだ。どうやら、連中は情報が外に漏れるのを防止しようと、自爆用の爆弾を大量に地下に設置していたらしい。
そのせいであちこちが陥没して、もはや掘り起こすのも不可能なようだ」
そんな理不尽な話があってたまるだろうか。
命懸けで戦った人達の想いも何も残らないなんて。
「一つ、正そうか。お前は何もかも自分のせいだと謳わっているようだが、お前の落ち度ってやつはなんだ?」
「それは……」
「俺の隊員達は誰一人としてお前に落ち度があるとは思っていない。なのになぜ、お前は自身を責める必要がある?」
「俺が、俺がもっとしっかりしていれば、彼らは死なずに済んだかもしれないんです。誰一人守ることができなかったのは、俺が……っ!」
「守る、か。お前にそこまでの力はない。誰も犠牲を出さずに、あの島から脱出する。それが出来れば確かに万々歳だな。お前はただの一般人であり、守れなくて当然だ」
「それでも……っ!」
「お前は、あいつらの選択を間違いだとでも言うのか?」
その言葉に、修二は圧倒されそうになった。
怒気を孕むかのようなそんなプレッシャーが桐生から放たれて、何も言い返すことができなくなってしまう。
「俺の隊員は、自らの責務を全うしたんだ。その証拠に、お前達を守り切ることができた。それにケチをつけるようなことだけは俺は許さないぞ」
確かに、修二も椎名も守られた。
地下での生還も、教会での襲撃も、隊員の皆は自分の命を代価に乗り切ることができたのだ。
失った命は取り戻すことはできない。
ただ失ってほしくなかった思いを、修二は話していただけであった。
「だが、作戦を推し進めて決めたのは俺の判断だ。あいつらが死んだことは、俺に責任がある。それは間違っていない。もっと良い方法があればなんて、何度も考えたさ。それでも、起こった結果は何も変わらないんだよ」
重苦しい雰囲気が部屋の中を満たしていく。
責任を感じていたのは修二だけではない。
それは、隊長としていた桐生も同じことだったのだ。
「あいつらがいたから、俺たちは今ここにいる。嘆く暇なんて、そんな時間はあいつらも望んでいないはずだ。それぐらいは分かるだろ?」
「はい……」
「何年かけてでも、いつかあいつらの遺体は回収する。それは必ず約束しよう。まだ、墓の一つも作れていないのだからな」
遠い目をしながら、桐生は持ってきていた鞄に手をつけた。
中から取り出したのは数枚の用紙だった。
桐生はそれを手元に置いて、修二の方を見る。
「お前に話があるのはこれからだ。一つ問いただしたいのだが、お前はこのままこの生活で一生を終える、そんなつもりでいたりするか?」
「それは……ただ、俺には何かしたい気力は今ありません。大事な友達を、父を失って……最後の頼りである椎名だって、もういないんです。何もできる気がしないんですよ」
「椎名真希……か。確かに今は会わすことはできないが、な」
その言葉を聞いて、修二は時が止まったかのように身体を硬直させて、目を見開く。
「い、生きてる。椎名は生きているんですか!?今、今はって!?」
手をテーブルに突いて、修二は桐生に問いただした。
今は会わすことができない。
そう言った桐生の言葉が確かならば、椎名は今も生きているということになる。
そして、それは椎名が島の住民達のように、死者として生き返ったわけではないということも分かる。
「ああ、生きている。何度か面会はしているが、あの女は今も元気な状態だ。死んでもいないし、そこは問題ない」
「な、なら、会わせて下さい!! 椎名が生きているなら、会いたいんです! 話したいことも……たくさんっ……!」
「それはできない」
強く否定され、修二はテーブルに手を突いたまま、呆然としていた。
なぜ会うことができないのか、その理由がわからずにいたが、それは少し違う。
心の底では、嫌な予感が沸々と湧き上がってきていた。
生きているならば、修二と同じように戸籍を失った状態で自由に生活しているはずなのだ。
それなのに、桐生は面会をしたと言った。
それはつまり、
「椎名真希は確かに生きている。ただ、あの女は依然、モルフに感染している状態なんだよ」
「そんな……」
椎名はモルフに感染している。
生きている状態と差すならば、それはあの世良と同じ『レベル5モルフ』となってしまったということだ。
それは、もはや通常の暮らしをすることが不可能に近いことを示していた。
「健康面に関しては特に問題はない。が、あのウイルスに感染しているということが、一番問題だ。万が一、表に出して国民の誰かが感染すれば、第二の惨劇が始まることになる。それを防ぐ為に、椎名真希は国の厳重な管理の元で生活をしている状況だ。会わせられないのは、あの女がこの国のトップシークレットの扱いをされているからだよ」
「で、でも、俺は椎名のことを知っている。それなら、会うだけでも許されるんじゃないのですか!?」
椎名の生死を知ったのは今初めてのことだが、それだけで会えないのはおかしいとさえ感じていた。
確かに、あの島のことを知らない人間が、椎名と会うことができないのは分かる。
だが、修二も椎名も、あの島の被害者であり、何よりウイルスの存在を知っているのだ。
それを分かっているからこそ、修二は食い下がるように、桐生の目を真っ直ぐに見つめていた。
その視線を見て、桐生は嘆息すると、
「問題はそこにとどまらない。今、お前はこうして生活しているが、万が一、今回の御影島の事件を起こそうと考えた連中に嗅ぎ付けられれば、必ず奴らは椎名を奪おうとする筈だ。この事を知っている奴も、ほんのごく僅かな人間しかいないんだよ」
それを聞いて、何故修二が椎名に会うことができないのか、合点がいった。
まだ、世良の所属していたであろう組織の全貌は掴めていないのだ。
それは、どこに敵が潜んでいるか分からない以上、今こうして修二が椎名に会いに行くことにより、その潜伏先がバレる可能性があることが問題なのである。
「じゃあ……、椎名とはもう……」
二度と会えない。
そう結論せざるを得ないほどに、絶望的な状況だった。
会える可能性があるとすれば、椎名がモルフというウイルスを体内から完全に消し去り、普通の人間となることだが、モルフは地球外からきた未知のウイルスだ。簡単には治らないことは明白である。
「椎名真希に会いたいか?」
修二が、椎名の現状に対して嘆き絶望するような様子をしていると、桐生がふとそう言った。
「そんなこと……当たり前じゃないですか!」
分かりきったことを聞かれて、修二は思わず憤慨した。
会うことができない現状で、会いたいか? などと聞かれて怒らない方がおかしい話だ。
ただでさえ、モヤモヤとしていた状況で新事実を聞かされてきた身だ。
ちょっかいのような言葉を投げかけられては、修二としてもたまったものではない。
だが、桐生は怒る修二の顔へ向けて、一枚の用紙を見せつけた。
「今は会うことができないが、いずれ会えるかもしれない方法を教えてやることはできる。それならどうだ?」
「っ! ……そんなこと、できるんですか?」
「会えないならば、会えるだけの権利を得ればいい。俺がここに来たのは、お前をスカウトしに来たのが理由だ」
「スカウト?」
意味が分からないでいた修二は、桐生が顔に向けてきていた一枚の用紙をよく見てみようとした。
その用紙は、なんらかの契約書のようなものだ。
その題名にはこう書かれていた。
「『隠密機動特殊部隊 訓練生志望書』って……、まさか!?」
「そうだ。お前の父、嵐と俺が所属していた非公式の部隊、その穴埋めをする為に人員を今募集している。もちろん、非公式だから俺がメンバーを集めているんだがな」
唐突にそう言われて、修二は思わず口をつぐんだ。
父が所属していた非公式の部隊、それは自衛隊やSATのような公表されている部隊と違い、国の一部分の人間しか認知されていない極秘部隊のはずだった。
それのスカウトが何故、修二に至るのか、考え込んでいると、
「この部隊はな、特殊な環境で生きている人間のみしか入ることのできない部隊だ。それは、戸籍が無いお前も対象になるんだよ」
「でも、俺には父さんや霧崎さんみたいな力はないですよ?」
間近で見てきた修二だからこそ分かることだ。
隠密機動特殊部隊の隊員は皆、素人目線から見てもかなりのエリート部隊だった。
銃の扱い方もそうだが、状況の的確な把握力、そして何より、修二達を守り切る為の意思の強さは身に沁みて知っていた。
「本当にそうか? 話を聞く限り、お前は拳銃の扱いが得意と聞いているが?」
それを教えたのは、恐らく父だろう。
御影島でのこともそうだが、父と一緒に射撃場で拳銃を使用していた。
その時のことは、修二もよく覚えてはいるが、正直実感がない。
やろうと思えば誰でもできるものだろうと思っていたからだ。
「そんなもの、マグレですよ。それに、父さん達のようにあんなでかい銃を扱えるわけではないですから」
「アサルトライフルを一朝一夕で扱える人間なんてこの世にいねえよ。そんなものは訓練次第でどうにでもなる。それよりも、やるかやらないかだ。お前が晴れて訓練生を乗り越えて、部隊の一員になることができれば、俺が椎名に会えるように掛け合ってやる。今日、ここでそれを決めろ」
修二は、桐生の鄭あやを聞いて考えていた。
椎名に会う為の方法が隠密機動特殊部隊の隊員となること、それはつまり、今の生活を捨てることに等しい。
そして、かつて父達が所属していたように、命の危険もあるのだ。
だが、修二にとってそんなことは些細なものでしかなく、迷う必要もなかった。
「やります。やらせて下さい。椎名と会えるなら、なんだってやりますよ。それに……父さんのように俺も戦えるなら、光栄です」
今までのような力の無い表情をしていた頃とは違う、希望を得たかのように満ち足りた表情をしていた。
そんな修二の顔を見て、桐生は「ふっ」と微笑を浮かべると、
「良い顔だ。確かに聞いたぞ。手続きは俺の方でやっておいてやる。まずは訓練生を卒業すること、それがお前の次の壁だな」
「えっと、それもしも卒業できなかったらどうなるんです?」
「お前は椎名に会うことが出来ずに、この生活に戻るだけだ。あと、国の非公開情報に直接関わっているからな。口外されないように、何かしらの制限は課されるだろうな」
思ったよりもリスクの高そうな話をされて少したじろいでしまったが、そんなことはどうでもよかった。
少しでも可能性があるならば、修二にはそれに縋ることしかできないのだ。
それに、部隊の隊長は今、目の前にいる桐生という男だ。
御影島での一件を見ていた現状、頼もしいとさえ思っていた。
「ちなみに、俺は隠密機動特殊部隊の隊長は解任されている。訓練で会うだろうが、今は別の人物が取り仕切っているから仲良くやれよ」
「えっ」
安心感を得ていた考えが、その言葉で一蹴されてしまった。
「さっきも言ったが、俺は御影島での任務の責任を取らされている。それで、現在の隊長職は解任されているんだ。まあ、それで何か困るものでもないのだがな」
「そう……ですか」
落胆の気持ちもあったが、仕方ないといえば仕方ないだろう。
元々、隊員達と別行動を取るように指示したのは桐生だ。
半分、任務を達成することはできたが、その反面、隊員達を失うことにもなってしまったのだ。
それを、修二自身は咎めるような憎悪の感情は、一度として沸き立つことはなかった。
桐生がいなければ、リクも他のクラスメイト達が合流することはなかったのかもしれないのだ。
むしろ、ここに修二が生きている今も含めて、桐生には感謝の気持ちしかなかった。
「俺の後継についてなら頼りになる男だ。そこは気にするな。それよりも、お前と同時期に入隊する他の三人の方と上手くやることだな」
「……霧崎さんも言ってましたが、他のメンバーも社会の日陰者……ってことですよね?」
「ああ、中にはアクが強い奴もいる。隠密機動特殊部隊は基本、そういう奴らの集まりだからな」
「桐生さんも……ですか?」
不意に思ったことを口にして、修二は後悔した。
元々、隊長であった桐生も同じように、何かしらの過去があってもおかしくはない。
だが、それは本人の口から話させるには少し配慮が足りなかった。
「そうだ。俺も少なからず、過去はある。ロクな過去じゃないから、話す気はないがな」
「すみません。不躾なことを聞いてしまって」
「ふっ、気にするな。それよりも、入隊した後についてだが、絶対に御影島での一件、ウイルスの存在についても椎名の状態については誰にも話すな。今もあの島で起きたことの全容は、捜査本部も血眼になって調べているが、全くもって手掛かりはない状態だ。これから起きるかもしれない未曾有の危機についても、対抗策を練らないといけないからな」
聞き逃せない言葉を聞いて、修二は瞠目した。
「未曾有の危機って……何でしょう?」
「あのウイルスを今回引き起こした謎の連中が、まだウイルス自体を所持している可能性があるということだ。どうも、今回の御影島での一件は、腑に落ちない点がある。まるで、何かの前段階で島全体を試験的な実験に使ったかのような、な」
修二は、桐生からその推測を聞いた時、世良から話された言葉を思い出した。
世良は、御影島でクラスメイトの皆を実験に使ったと言っていた。
それは、世良が属する何らかの組織と共謀したことであることは分かっていた。
だが、世良は世良で、あのウイルスを世界にばら撒いて、人類の滅亡を謀ろうとしていた。
組織の思惑とは違っていたようだが、それでもあのウイルスを今後、何かに使用する為の前段階で実験をしたということは間違いがなかった。
それは、修二が生還して聴取された時にすでに話してはいたが、考えたくはない最悪の未来であった。
「それは、そうでしょうね……。世良と組織との目的は違いがあったようですが、組織の方が何を考えていたのか、今は分かりようがありませんから」
「仮に、ウイルスが世界にばら撒かれることになれば、対応は簡単ではないが現代の軍事力においてならば対処はできるだろう。だが、どこに奴らが潜んでいるか分からない以上、長期戦になることは必須だ。俺は、その組織の素性を探る為に表向きでは隊長職を解任したことになっている。……これも、俺とお前の中での秘密だ」
桐生は真剣な顔つきのまま、自身の目的を明かした。
どこに潜んでいるか分からない連中のアジト、それを探すことが桐生の任務ということだ。
「まあ、余計なことまで話してしまったな。とにかく、お前はお前で自分の目的の為に動けばいい。訓練生の間に、一度は顔を出そうとは考えているからな」
テーブルに置いた用紙はそのままにして、桐生は立ち上がり、玄関へと向いて修二へと背を向けた。
「また、次会うのは隊服を着ている時だな。それまでには、強くなっていろ」
「ええ、その時は……よろしくお願いします」
言外に、隊員となった暁には椎名と会わせる約束を確認させたところで、桐生は玄関の扉を開けて帰っていった。
ただ一人となった部屋の中で、修二はテーブル上に置かれた用紙を手に取り、側に置かれたペンを握った。
「隠密機動特殊部隊に入隊できれば、椎名と会うことができる……」
少なくとも簡単な話ではないだろう。
今の修二の技量と努力だけで、本当に訓練生を乗り越えられるかも分からない。
それに、入隊して本当に椎名に会えるのかも確実ではない。
あくまで可能性の提示として、あるだけのことなのだ。
「可能性があるなら、やるしかねえよな」
用紙のサイン欄に自分の名前を記入して、修二はペンを置いた。
「絶対に会いに行く。だから、待っててくれよ」
会話も取れない。
だが、それでも修二はここにいない椎名へと語りかけるように、誓いを立てた。
第一章 ———— 完
Levelモルフ @regnum123
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