第20話 開戦(その2)

 突如空から新たに接近してきた不死怪物たちの大群。その姿は前で戦う三人も捉えていた。彼らの背後から打ち上げられるオーリィの魔力光弾で、初めはほとんどが燃え上がり撃ち落されていた。だがそれらは際限もなく数を増してくるらしい。やがて魔女の攻撃をすり抜けて地上に降りてくるものが現れ増え始める。

「まずいぞ殿下!下がるか?」

「ダメだ、下がれば取り囲まれる、もう少し粘る!オーリィちゃんが落としきれない分は、オレとゾルグで余計に踏ん張ればいい!」

「旦那はとにかく目の前のヤツらを!後ろにはベンもいるでゲす、しばらくは大丈夫。後は大師様の御力待ち!」

(むむ……)そう、ここが自分と人間は違うのだとテツジは思う。

 石巨人族。一人一人が怪力無双、強靭無比の肉体を持つがゆえに、彼らは戦いにおいて誰もがいつでも他を頼みにしなかった。

(俺もそうだった。それが強さなのだと思っていた。だが我らは人間に負けた。

 学ばなければならぬ。俺はもう二度と負けられないのだ……!)

 脳裏に浮かぶのは、今彼が背後に負う、護るべき者たち。焦燥。だが彼は頑なに振り返らず、ただ剛腕を揮い続ける。

(オーリィ様……!)


(数が多すぎるわ!弾数は増やせる、だけど!)

 空の大群を迎え討つため、オーリィは指をさらに激しく燃やしていた。その状態なら、一本の指の爪から光弾を二発三発と一度に撃てる。

 だが。

(目が追いつかない!)

 これ以上弾数を増やしても盲撃ちになるだけ。いや、焦りの故に当たらない弾の方が多くなっている。

(怖い……ああどうして?わたしは怖いと思っている!!)

 は、と魔女は思う。

(グロクスと契りを交わした時も、を殺した時も!わたしは怖いだなんて一つも思っていなかった。でも今は!)

 オーリィの全身に走るその戦慄、絡み合う不安と恐怖、そして悔恨。

(それに結局あの時は……もう嫌、もうなんて!!)


「……何だコイツら?!」

 オーリィが撃ち漏らした飛行怪物。メネフ達は確かにそれらの対処もしなければならなくなった。だがそれらは、牙を剥いて空から襲い掛かってくる時だけは確かに危険であったが。

「とんだ出来損ないだぞ!」

「へへ、確かに見掛け倒しでゲすねぇ殿下!これなら一度叩き落しちまえば!」

 確かに翼は持ってはいるが、その腕には力が無く滑空出来るだけ。一度地上に降り立つと、それらは再び飛び立つことは出来ないようだ。そして脚が驚くほど貧弱で立ち上がることも出来ないらしい。地面の上では無様にのたうつのみ。

「あのコウモリ女め、こけ脅しを使いやがって!オレ達を舐めてるのか?

 ……いや違う!急拵えしたからだ、オーリィちゃんがあの晩、ごっそりやっつけてくれたから!あいつの手元には今、こんな連中しかいないんだ!」


(変ね……?)

 錫杖を支えに片立膝で大地にじっと座り、小さな体に、しかし余人には到底計り知れない膨大な神聖力を凝集しながら。コナマが抱く単純な疑問。

(もうあんなに沢山の不死怪物が……あんな小さな城から!どんなにすし詰めにしてもあんな数、入れておけるはずがないわ)

 あるいは、城の地下に洞窟でも掘られているのだろうか?それはあり得ると思いながら、さらにもう一つ。

(でも、だったら空から来る怪物はいったいから……)

 奇妙だ。無論コナマとて神眼の持ち主ではない、だが彼女には空の怪物たちはように見える。それは錯視ではなさそうだ。

(いいえ、迷いは禁物ね、今は力を高める!みんな、もう少しだけ頑張って頂戴)


 その時。ケイミーは一人虚しく天を仰ぎながら、オーリィの側で跳ねていた。とてもじっとはしてはいられない。

「ケックケック、どうしよう、どうしよう!あたしに何か……何も出来ないの?!クワック!」

 そしてふと、跳ねた体がオーリィの足に触れた。

(……え?)

 震えている。そして思わず見上げた魔女の面は蒼白。食いしばった歯の根が合わない様子も、ケイミーの目には見て取れた。

(オーリィ……!)

 ケイミーにも伝わる、魔女の動揺。だがすかさず二人の足元に駆け寄ったベンが、力強く。

「まじょさま大丈夫!歩いて来るのはオレが全部やっつける!まかせて!」

「でもベン、貴方、矢は?」

「足りなくなったらこれ、パチンコ!」

「?!それは何?」

 ベンが懐から取り出した、オーリィの見たことがない奇妙な道具。先が二股になった木の枝に取り付けられた二本の金属のバネ、それらは革紐で結びつけられ、枝のY字と一つの輪になっている。ベンは自由になっているY字の一本足を片手で握って眼の前にかかげて。

「弾は石!いっぱいある!こうやって……こう!」

 言うなりベンは足元の小石を一つ、すばやく拾い、革紐にそれをつがえて弓のように引き絞り、狙い定めて指を離す。バネの張力に枝のしなりを加え、弾き出された小石は勢い鋭く、ちょうど間近にいた不死怪物の片目をまごうことなく射抜いた。

 そしてコボルドが「パチンコ」と呼んだその道具にも、コナマの聖別は与えられていた。石を目に受けた怪物の顔が頭が、たちまち緑の聖なる輝きに焼かれ、それは地に倒れ伏す。

「石は矢と違って刺さらないから、目を狙う!兄貴が作ってくれた、教えてくれた!パチンって鳴るから、パチンコだ!」

(ケック!)(すごいわ……!)

 魔女と人面鳥が、胸の内で同時に感嘆する。技もさりながら、なにより。

 子犬のような小さなベンの、その背中の頼もしさ。

「まじょさま見て、前に兄貴がいるよ!兄貴はすごいんだ、強くて頭がいいんだ、誰も知らない道具を作って、誰も知らない技を使う!

 兄貴もいるよ、オレも頑張る、だから大丈夫!!」


 そしてすかさず、今度はメネフが叫ぶ。

「オーリィちゃん!安心しろ!こんなヤツらは……いくら増えても屁でもねぇ!」

 メネフは更に剣捌き鋭く、踊り狂うかのように斬り廻る。一心不乱の彼は今、オーリィのの顔は見ていない。だが彼も、魔女のその折れかけた心中をまごうことなく察していた。

「あんたは今!全力を出せてないだけだ!それはあんたのせいじゃない、オレがそうさせてるからだ!

 だから今は!落ち着いて落とせるヤツだけ落としてくれりゃ、それで沢山だ!」

 一刀振るって一言叫ぶ。メネフの言葉にこもる熱。

「オレは見た!あの晩!あんたが怪物共をいっぺんにぶっ飛ばしたのを!あんたは都を救ってくれた、だから!オレ達は!今ここで戦える!

 借りがあるんだ、オレは!あんたに!少しは……返させろ!!」


(負けられぬ……あの男には!)

 最前線で城から湧き出る怪物を捌いていたテツジ、その背中にメネフの声が刺さる。彼の主人もまた、メネフに対して何か対抗心を燃やしていた。それが何故なのか、彼にはわからない。だが感じる。

 メネフという男には、いつも「挑みたくなる」。そういう何かを、あの男は持っている!

 そして今、この時は。

(オーリィ様をお護りすること、その支えとなること!そのことでこの俺は、断じて他の者には負けられぬのだ!!)

 巨人の冷たかった貌が変わる。あの村で一瞬見せた、怒れる獣の貌。

「メネフ!!ゾルグ!!地上の敵はこの俺だけで片付ける!!下がれ!!

 ……抜くぞ!!!」

 決意の雄叫びと共に、再び抜き放たれた巨人のシャベル。

「野郎……やっと本気になりやがった!ゾルグ離れろ、ヤベェぞ!」

「ガッテンガッテン!ひゃあ、コイツはてぇへん大変だ!!」

 二人が下がるのが早いか。巨人の猿臂に長大なシャベルのリーチを加えて、たちまちその場に巻き起こる、破壊の大旋風。武器の扱いを知らない石巨人のそれは、ただガムシャラで出鱈目、野蛮な強振による暴虐の回転運動。そこに巻き込まれた不死怪物、あるものは微塵に粉砕され、あるものは叩き潰されタタラとなって吹き飛ぶ。元の形を僅かでも留める事などありはしなかった。

 そして。

「オオオオオオオ……オーリィ様ーーーーーーー!!」

 巨人の咆哮が、自分の名を呼ぶ声に変わった時。

「そうだ、わたしもあの力を……決して使いたくないと思っていたあの力……

 だけど!今だけは!!」

 魔女の胸に燃え移った、決意の炎。

「……ケイミーさん!」

「クワック!あたし?!」

「そうです。どうかこのわたしに、お力を貸してくださいませ!」

 そして魔女が呼びかけたのは、足元にいた人面鳥ハルピュイアケイミー。

「ケック!あたしに?」「そうです!」「いいよ!」

 鳥は即座に鳴いた。「あたしも、みんなと戦いたい!」

(続)

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