第24話 猛禽の激鳴

「ケイミー、わかってるな?一発勝負だ、次は無ぇぞ?!」

「大丈夫!あたし、やるよ!任せて!!」

 ケイミーのための爪。メネフはそれを彼の腰に下げた道具袋から取り出した。地面に置くと、それをすかさず踏むケイミー。たちまち、彼女の足の爪一本一本を延長するように、鋭い刃物が装着される。グノー老人の技と工夫の賜物、一度も使ったことのないケイミーにも、それは一瞬の作業で済んだ。

「どうだ?」「いいよ!自分の指みたい!これなら……」

「よし。、頼むぞ!!」

「ケック!!」

 返事に一声力強く鳴いて、ケイミーは素早く飛びたった。

「殿下?ホントにいけるんで?ケイミーはありゃあ、ただの伝書屋でゲしょう?」

「良いも悪いもこの手しかねぇ。アイツに任せるしか。でもな?」

 メネフの眼差しは厳しい。確かに無茶だ。だが彼は知っている。

「アイツはな、ああ見えてやる時は必ずやる、やってくれる!今までもそうだった……も!」


「シモーヌ!!この檻を開けなさい!!私が戦うわ!!この……卑怯者!!」

 その時オーリィは光弾を放つのを止め、倒れているテツジの側まで可能な限り這い寄っていた。だがそこに、彼女を遮る見えない壁。巨人の下には辿り着くことは出来ない。両手の拳で見えない壁を叩きながら、白魔を罵る。だがかの者は宙に浮かんで皮肉な、余裕の笑み。

「ふむ?よい……だんだんよい顔になってきたな魔女よ。私の見たかったお前の顔だ、だがもっと!

 ……そうだ。その巨人からは答えが無かった、お前に聞くとしよう。は何だ?どうやらお前の従者であるようだが?どこからどうやってそんなを?」

「……!」

 シモーヌの場違いな問い。無論オーリィにはわかる。どう答えようと、それは自分を嘲弄する材料にされる。妖魔は明らかにそのつもりなのだ。怒りに震える唇が、一時言葉を失った瞬間。

「やれ」妖魔の言葉に、牛人が動く。地に倒れ伏したテツジの体を、それは高々と掲げ上げる。そしてシモーヌの思わせぶりな視線がオーリィに落ちる。

 脅迫。

「テツジは……わたしの……」

 屈辱もさりながら。オーリィの心は戸惑う。呪いで岩と化していた彼を蘇生させ、従者としたこと。だが彼とそれから過ごした日々は、主従という言葉だけでは到底足りない。そのことに今、彼女の胸はジリジリと焦がされる。

「わたしの?何だ?さぁ答えよ、魔女オーリィ!」

 シモーヌは次第に有頂天になっていく。


(いいぞ……気づかれてねぇ!)

 メネフは拳を握りしめて見守る。翔び立ったケイミーは一度スイと空に上がった後、すぐに地表近くに戻って滑るように、テツジをさして飛んでいる。

 したたかな妖魔。しかしその残忍さに溺れてついに隙を見せた。オーリィを言葉でなぶることに夢中になったシモーヌは、ケイミーの接近を見落としている!

(テメェが言ったんだ、『愚か者は驕って滅びる』ってな!

 ……行けケイミー!目に物見せてやれ!!)


「答えが無いな?それ!!」

 妖魔の指図に牛人は、テツジの体を地に投げ落とした。オーリィの地を這う蛇体に響き伝わる、その衝撃。

「テツジ!!」

 まるで自分が地に叩きつけられたような顔のオーリィに、シモーヌは冷然と。

「だが大体わかった。私は順番を誤ったかも知れんな……オーリィよ、お前にとってそれがそれほどまでに大切なのだと言うなら。クククク……

 ……それを殺すのは最後が良かった。こんな楽しみをここで味わい終わってしまうのは惜しいな。だが!もう潮時だ。止めを刺すとしよう。覚悟せよ!!」

 地に伏して動かないテツジの、その頭に向けて、打ち下ろされる牛人の巨大な拳!

 まさにその時。

 まばゆい緑の輝きが、辺りを覆う。低空飛行で突入したケイミーの爪が、見えない壁を蹴ったのだ。解放された神聖力が起こす、二度目の奇跡の光景。

「何……ムゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 そしてその輝きも己の障壁の術を破られた反動も、不死怪物であるシモーヌには耐えがたい苦痛。思わず宙で後方に飛びのく。何が起こったのか、起きているのか、妖魔には見えない。

 そして、その光が消えた時。

 倒れたテツジの傍に、巨大怪物もまた倒れていた。

 見よ、あの牡牛の頭が、無い!

 檻を突破してテツジと怪物の間に飛び込んだケイミー、彼女が持っていた物、それはメネフの「朝日の鏡」。義手から取り外したそれを、メネフはケイミーに託したのだ。猛然と打ち下ろされた怪物の拳、それに向けて正対し、ケイミーは鏡をかざす。それはまさしく間一髪のタイミング、だがケイミーの狙いは正確無比。相手の力を全てそのまま相手に返す朝日の鏡、その作用するであろう角度を測り、怪物の頭を狙って打ち返した!

 シモーヌが怪物に与えた暴虐の力は、返ってその力の源であるところの、怪物の牡牛の頭を粉みじんに打ち砕き吹き飛ばしたのだった……


「何が起こった……これは、どうしたことだ??……む!」

 聖なる光に目を焼かれたのか。シモーヌの視力が回復するにはしばしの時を要した。そしてようやく目を開いた妖魔の眼下にある、驚くべき光景。

 いまだ倒れ伏しているテツジ。だがその体を覆うように抱き付いているオーリィ。さらに二人の仲間たちもすでに傍に駆け寄っていた。

 一方その反対側にある、つい先ほどまで怪物だった物の塊。力の源を失ったそれはグズグズと崩れ、もとのずたずたの肉塊に戻りつつあった。

「私の檻を破っただと?どうやって?誰が??誰があれを倒したのだ?!」

 困惑する妖魔。すかさずそこに突き刺さる、一声。

「ギギギギギ、ギュゲゲゲゲーーーーーーイ!!」

 シモーヌはようやく目を留めた。テツジの肩に止まって、彼を守るように翼を広げている、一羽の鳥。そして耳にした、空気を鋸で引ききるようなその激鳴を。

 ケック、クワックと。いつもは家禽のようなとぼけた声で鳴くケイミー、しかし。

 人間の里に降りてから彼女自身も忘れていた、高山のハルピュイアの野生の怒りの鳴き声。それが今、彼女の喉から迸る。

「シモーヌ!!あ、あた、あたしのお友達を!いじめるな!バカにするなぁぁ!!

 ギュゲーイ!!」

 怒りに乱れ、言葉はもつれたどたどしくも、ケイミーの叫びは止まらない。

「みんなは、あたしのお友達は!みんな、みんな強い、強くて、優しいんだ!!

 シモーヌ!お前に、お前なんかに!あたしたちは負けない!負けるもんか!!

 ギュゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲーーーーーーーーーーイ!!」

 奇声を放って鳴くその怪鳥を、穴が開く程凝視するシモーヌ。

 そう、彼女はケイミーの姿をこれほど注目しはっきり見たのは初めてだった。白魔が鏡を使って侯爵の間に姿を現したあの時、ケイミーは窓から外に締め出されてあの場にいなかったのだから。

 そして起こった驚くべき反応。

「ひっ……ヒィィィィィィィィィィ!」

 シモーヌの顔が、たちまちくしゃくしゃになる。それは驚愕と恐怖。壊れた笛のような悲鳴を上げ、両手で自分の顔を覆い、慌てふためいた様子で背後に振り返ったかと思うと、その姿はその場から忽然と消えた。

「逃げた……のか?」

 呆然とするメネフ、ケイミーに目をやると、彼女もまた大きな目を丸くしていた。


「あああ……そんな、どうして、どうしてぇぇぇぇ!!」

 何処とも知れぬ、それは魔城の一室。喘ぎ泣き叫ぶのは、その主。

「なぜ、どうしてが、あの子がぁぁぁぁぁぁぁ!」

床に七転八倒しながら悶え嘆くその姿、魔の巨魁にはおよそ似つかわしくない。先にオーリィ達に見せていたあの傲岸な態度は何処、一転、そこにあるのはただ一人の力なき女の姿。

〈鎮まれシモーヌ!シモーヌ!!〉

 そしてまた聞こえてくる、あの影の声。

〈困ったね。それにあたしも驚いた。まさかコナマがを連れてくるとは、あたしも思わなかったよ。依怙贔屓無しのつもりだったが……シモーヌ、ここはお前に知恵を貸してやらなきゃなるまいね。

 ……シモーヌ、シモーヌ!さぁお聞き、落ち着いてあたしの言うことを聞きな!!

 お前、何のためにあの人質をとってあるんだい?あれを使うんだよ!あれを使って、あの鳥をこっちに分捕るんだ!〉

「ああ……そうだ……あの人質を使って!!あの子を……私の手に、!!」

(続)

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