第13話 魔女、白魔討伐を決意する

「……吸血鬼ですって?!」「むむ……!」

 侯爵領に突如現れた脅威の正体。知らされた魔女と巨人の反応は対照的であった。たちまち激昂して屋根近くまで伸び上がるオーリィと、憂いに眉間を寄せながらがっしりと腕組みをするテツジ。

(なるほど、不死怪物の調伏は聖職者の能力、仕事の一つだ。しかし?)

 テツジの心中の疑問をオーリィが代弁するかのように。

「そんなもの!この国の兵隊は?それに教会の僧兵団は?何をしているの?!」

 顔を曇らせ太い首を左右に振るバルクス。

「残念ながら、騒動の初期に敵の本拠がテバス古城であることを突き止めるまでが精一杯だった。そしてその後の不死怪物の増殖が余りにも早く、そして神出鬼没……ある地域を制圧したかと思うと、あっという間に背後に飛び火してまた増える。これまでに何部隊もが挟み撃ちから囲まれて全滅させられた……そしてただの討ち死にならばまだしも……」

 将軍として無念と屈辱に口ごもるバルクス、父として侯爵が後を引き受ける。

「倒された兵の亡骸はたちまち屍鬼グールに変えられこちらの敵になる!打つ手が無い。

 敵の首魁、今度現れた高位吸血鬼の力は桁外れだ。全く前例も無いし底が知れぬ。

 ……教会の僧兵などお話にもならんよ。騒動が持ち上がった時、わしから教会には報告を上げておいた。それは高位吸血鬼が現れた時の慣わしだからね。一大事と見たのだろう、教皇庁から聖騎士団が一部隊、のうのうとやって来て兵糧だのなんだのとさんざんせびって意気揚々とテバスに向かっていったが……音沙汰なしさ。そしてそれっきり新たな兵も送って来ない!早々に怖気づいたと見える。

 つまり、ノーデル侯国は教会に見捨てられたのだよ。やつらめ、その後のことは何も考えていないのだろうがね……いやかまわん!」

 次第に侮蔑的な口調になっていた侯爵は、きっぱりと言った。

「あんな連中など、最初から頼みにはしておらん!我らには切り札が……否!救い主があらせられる!

 ノーム族最高位聖職者、『神裁大師しんさいだいし』コナマ様!!

 ……貴族社会の世間体でおおっぴらには出来ないが、わしの心は人間の教会にはすでに無い。ずっと以前からコナマ様に帰依しておるのだ。大師様の大らかな御好意で、普段はもったいなくもただの友人としてお付き合いいただいておるが。今こそ!

 ノーデル侯国国主モレノ三世、信徒の一人に立ち返ってお願い申し上げます!!

 大師コナマ様、未曽有の国難でございます。どうか我らを、民をお助け下さい……」

(まさか『神裁大師』とは……)

 椅子から降りてコナマの足元の床にぬかづく侯爵。その言葉に姿に、あるいは腑に落ちながら、一方大いに驚くテツジ。

 神裁大師、その意は「神をも裁くことの出来る者」。敬虔優秀なノーム族の聖職者の中でもその称号を冠する者は極めて稀、千年に一人現れるか現れないかと聞いている。すなわち生ける伝説、そして間違いなく。

(世界最強の不死怪物殺しアンデッドキラーだ。侯爵が頼みにするのももっとも)

 しかしテツジは思う。そして重い口調で言った。

「いや、如何にコナマさんが偉大な聖職者であったとしても、敵がそんなに無尽蔵に増えるのにどうやって?一人ではその力も振るいようが無いぞ?やはり軍隊の力で守らなくてはとても……」

「それなんだがな、ちょいと言いにくい。きっと無茶だと思うだろうぜ」

 メネフが語る、テバス古城への海路からの上陸奇襲作戦。それは伝書屋人面鳥ケイミーの口を通じてバルクスから伝えられていたのだ。

 そして聞いた巨人は目を剥いて驚く。

「馬鹿な!……それは無謀だ!」

「無謀は承知、これしか手は無ぇ。如何に無茶でも危険でも、敵の親玉を直接ブッ叩かなきゃ、今度の事はおさまらねぇからな」

「『どうやって』ですって!!お前達は何を言ってるの!!」

 それまでかろうじて口を閉ざしていたオーリィが叫ぶ。

「『どうして』よ!!どうしてコナマさんが、そんな危険な目に遭わなければならないの?!

 コナマさんは、とってもお優しくて、いつも朗らかで、私のような女でも親しくして下さる。でも、体はこんなにお小さくて……か弱い……

 不死怪物との戦争に行かせるですって?!こんな清らかな方を?!許される訳がないでしょうそんなこと!

 侯爵!お前はコナマさんの信徒だと言ったわね?!だったらお前の企みは涜神よ、冒涜だわ!違うの?!」

「……モレノ、頭を上げて頂戴。オーリィが誤解してしまうわ。私たちは『お友達』でしょう?」

 床に臥したままの侯爵にそう呼びかけると、コナマは次いでオーリィに向き直って語る。あくまで穏やかに、しかし言い知れない厳粛さを伴って。

「オーリィ。わたしは確かに聖職者、それも神裁大師を名乗る資格を神々に授けられた者よ。でもわたし達ノーム族の神の教えには、聖職者とそれ以外の人に身分の違いは無い。例え人間とノーム、種族の違いがあってもそれは同じこと。同じ重さ、同じ尊さを持った命。わたし達はみんな『お友達』なの。

 でも違いがあるとするなら、それは神々に与えられたその命の使い途、使命よ。

 モレノには侯爵としてこの国の領主として、民を守る使命がある。だからこの私に、本当なら下げなくてもいい頭を下げたの。

 そしてわたしには、神裁大師としての使命がある。

 オーリィ。不死怪物は、定められた命の中で生きよという、神々の掟に逆らう忌まわしい者。まして高位吸血鬼は!その大切なみんなの命を穢して闇に堕とす許されざる存在。わたしはそれを滅しなければならない。

 モレノに頼まれたからではないわ。わたしは自分の意思で、自分の使命を果たすためにこの戦に行くの。例え一人でも行かなければならない、そう思っているわ」

「でも……!」反論しようとしたオーリィ、だがコナマのあくまで静かな、けれど決然とした眼差しに返す言葉を思わず失う。すると。

「ケック……あのねオーリィ」ケイミーがそっと割って入る。

「あたしも一緒に行くんだよ」

「……何ですって?」

 驚くオーリィに、ケイミーは自分の役割を説明した。最悪の事態に備えた、メネフのあの考え。

「あたしはコナマさんなら、ぶら下げて飛べる。もし失敗してもコナマさんだけなら逃がせる、そうすればまたチャンスが出来るって。そう言われた。

 あたしは、戦いに行っても他に出来ることは無い。敵を探すことぐらい、かな。役には立たないよ。ううん、あたしが役に立つような時はあっちゃいけないの。

 だってその時は、メネフさんが……

 でもねオーリィ、それでも、あたしに出来ることがあるなら。行かなかったら後悔する、そう思ったんだ」

「そんな……そんな……!」

 わなわなと震える魔女。それは怒りか、はたまた恐怖か悲しみか。さっとメネフに視線を移すと、そこにあった若者の眼差しは思いのほか静かで、それはコナマと同じ覚悟の色。

 その時。部屋を圧したのは、巨人が卓を激しく叩きつける音!

「殿下!このやり方はやはり無謀だ。

 俺は人間を侮ってはいない。人間は強い。それは人間に負けた石巨人の俺には骨の髄までわかっているつもりだ。だが。

 お前達人間の強さは、『衆』の強さだ。大勢が集まり、一つになって長い時間をかけ粘り強く戦い抜く。それがお前達人間が最も強くなるやり方なのだ。

 敢えて寡兵となって、急ぎ事に臨む。今度のそれは人間の一番の強みを自ら捨てるやり方だ、だから俺はそれを無謀だと言うのだ!

 殿下!もしそのやり方で勝ちを掴みたいと言うのなら。

 ……この俺を連れていけ。ただ一人で、そしてつかの間の戦いであるならば。石巨人は、この俺は人間とは比べ物にならぬ程強い!たとえ動く穢れた死骸の群れが何百何千いようと、物の数ではないぞ!!

 オーリィ様!この俺にしばし、御許を離れることをお許し願いたい!!

 貴女はおっしゃられた。コナマ様、ケイミー様、お二人を護るためならば、ご自分を見捨てよと。むしろそれが忠であると。今がその時と心得ます!」

 嵐に渦巻く暴風のようなテツジの訴え。だがそれを。

「お黙り!!!」

 オーリィの叫びが電光のように切り裂く。静まり返った室内に、しばし聞こえるのはただ、魔女の荒い息遣いだけ。やがて。

「殿下……わたしを陥れたのね?最初からそのつもりだったのでしょう?」

 オーリィの問いに、黙して頷きを返すメネフ。

「お前はどうなの?言いなさい。どうしてお前はこの戦に行くの?使命だから?」

「いいや。オレはそういうメンドクセェモンは待たないことにしてる。オレはずるがしこい貴族の生まれだが、出来損ないさ。国のため、民のため、そういうのはオヤジと兄貴にまかせてある。そこにオレの出番は無ぇよ。

 ただオレは。を守りてぇ。

 オレはオヤジを守る盾、兄貴の代わりに振る剣だ。そんでそこの婆さんは、言葉通りのオレの『婆さん』さ。オレは婆さんの『坊や』なんだから。

 オレは家族を守る。オレの命は全部そのためにある、悪知恵もな、何だってやる。

 ……だからオーリィちゃん、オレはあんたをハメたのさ。そのために!」

「家族を守るため……家族を…………負けるものですか!!

 メネフ!お前なんかに負けるものですか!この沼蛇の魔女オーリィが!!

 ……そうよ!!」

 魔女が一声叫んで、そして両手を大きく天秤のように広げた。

 瞬間!その両の掌の上に激しく灯る二つの火球!

「わたしは名は『沼蛇の魔女』、でもわたしという蛇が泳ぐのは。火山の主、蛇竜グロクスの支配する溶岩の沼!その大地の灼熱がわたしの力!!

 不死怪物……何千、何万いようと!このわたしが全部焼き尽くして見せる!!

 殿下!わたしをその戦に連れて行きなさい!!

 テツジ!勝手は許さないわ!お前はわたしの僕、戦はわたしと共に征くの!わかったわね!!」

(ようやくその気になってくれたな。この博打、ここまではオレの勝ちだ。だが本当の勝負はこれから……ん?)

 オーリィとテツジ、彼らを死魔征伐の戦に引き入れること。それに成功したメネフが、一応の安堵と共にふと巨人に目をやると。

 オーリィに対して服従と謝罪の体で頭を伏せながら、テツジはメネフにむけてチラリと歯を見せてきたのであった。

(こいつ……まさか、オーリィちゃんをその気にさせるためにわざと……!)

 知り合ってまだ間もない巨人の、思いも寄らぬ心遣い。ふと胸が熱くなったメネフが、何か声をかけようとした、その時。

「陛下、皆さま!!一大事でございます!!」

 一同が詰めていた侯爵の私室に、飛びこんで来た一人の兵。

「都の南に、不死怪物の大群が!!」

(続)

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