第26話 魔界へ
「ギギギ……」ケイミーの嘴から漏れてくる、人間の歯軋りのようなその鳴き声。ハルピュイアの威嚇の鳴き声、しかし今ケイミーはそれがほとばしるのを辛うじてこらえた。
「どうだ、見たか……見たか私の城、大樹魔城のこの大きさを……どうだ知ったか、私の力を……どうだお前たち?どうだ!」
しかしシモーヌの様子は、何かおかしい。言葉だけは確かに、相変わらず自分の圧倒的優位を誇示しているのだが。
(声がうわずっている?あの顔は?焦ってるのか?何でだ?)
メネフの怪訝な顔に気づく気配もなく、妖魔は急かされたように言葉を繋ぐ。
「なぁお前たち、お前たちもつくづく思い知っただろう?私に逆らうなど愚か、実に愚かなことだ。そうだろう?なぁそうだろう、違うか??だから!今は、今は私に従え。お前たちは見逃してやってもいい、ここからこのまま立ち去ることを許そうではないか。どうだ?どうだお前たち、良い話だとは思わぬか?なぁ?違うか??
そしてもし!お前達が今から私の言うことを聞いて、おとなしくここから引き返すなら!この女もお前達に返してやる……わかるか?教皇の娘をお前達に引き渡す、そう言っているのだ!
……いい話だろう、そうだろう?なぁそうだろう?違うか?どうだ!」
熱に浮かされているかのように、「そうだろう」「違うか」と繰り返す妖魔。
「……どういうつもりだ?もちろん、タダじゃ無ぇな?条件を言え……!」
シモーヌのあの悪魔の視線に警戒しながら、メネフは問う。
無論、彼にこの戦いを双方手打ちで丸く収めるつもりなど、小指の先程もない。祖国にシモーヌがもたらしたその惨状を考えれば、到底許せる相手ではないし、ここで退くことなど断じてありえない。だがメネフは確信した。シモーヌは今、何かに激しく動揺している。それなら。
(今更条件なんざ、何を言ってきても蹴るだけだが!聞くだけなら聞いてみようじゃねぇか。そうすりゃ、もしかしたらコイツの弱みを何か掴めるかも知れねぇからな……!)
そう、妖魔が何を言ってこようと、自分は驚かない、最初からはねつけるつもりなのだから……メネフはそうしたたかに腹を決めて問うたつもりだったのだが。
「私に引き渡せ……その……その鳥を!!」
「鳥?!」
ケイミーを?メネフのみならず、その場の全員が振り返る。あまりにも意外、どの顔も唖然とするばかり。
「鳥って……このケイミーのことか?!」
流石のメネフも今度は、自分が裏返った声で問い直すと、妖魔はいよいよ急かせるように。
「そうだ!その鳥を私に渡せ!!さぁ早く、その鳥を、鳥を!!」
「ギュゲゲゲッ??」
今度こそ、ケイミーは鳴き声を抑えられなかった。
「陛下。都の要所に守備兵の配備、本日一通り完了致しました。
……十全とは申し上げられませんが」
「うむ。それは致し方あるまいな。相手が相手だ、出来ることを。国の守護は頼むぞバルクス」
魔城から遠く離れたグラン・ノーザン城。侯爵の間に報告に現れたバルクス将軍は、「は」と一言、小さく頭を下げる。彼の心中に刺さるその一言。
自分に守護を頼む。ならば今、攻撃を担うあの弟はどうしているのか?父侯爵の思いも同じであろうと将軍は慮る、だが無論、返せる答えは無い。彼は話題を変えた。
「今朝もお調べものですか?」
それがむしろバルクスの自分への心遣いなのだと、賢明な侯爵はすぐに理解して。
「今わしに出来ることはこれだけだからな。役には立たんだろうが……我らに助力してくれる彼らのこと、せめてわかっておかなければ義理が立たぬ」
侯爵の間にしつらえられた大きな机、そして四方の壁を埋め尽くす書物。一国の領主でありながらモレノ三世は社交にも遊興にもおよそ関心が無い。国を愛する気持ちは深いが、今以上の領土的野心も無い。唯一の道楽は読書。彼の机の上は常に何らかの書物が積み上がっているのだが。バルクスにもわかる、ここ最近は積まれているものの種類が違う。書物ではなく、雑多な記録書類の類だ。
「まずここに……あ、いやすまぬバルクス、忙しいところであったな?」
「いえ父上、私もお伺いしたいところです」
無論。国家の非常事態に筆頭将軍たる彼に暇などない。だが長子として父の心を安んじることもまた自分の務めであると、バルクスはごくさらりと受け止める。息子のさらなる心遣いにほっと溜息を一つ、侯爵は語り出した。
「おおよそ二百年前の記録がある。記録と言っても、伝聞に伝聞を重ね、今となっては御伽噺ほどにあやふやになってしまったものだが……我がノーデルと南のリンデル、その国境にあったロデリという小さな集落に、岩鬼族と呼ばれた怪物の石像が、一体だけあったらしいのだ。
記録が書かれた時からさらに百年前、すなわち三百年前に」
「ロデリ?父上、それは今のノーデル領ロダリアのことでしょうか?」
「その通り。ロダリアの昔の呼び名、それもリンデル語のな。我がノーデルとリンデルは、古より幾度も領地を争ってせめぎ合ってきた。ロダリアもある時はこちら、ある時はあちら。そしてどちらにも入らない狭間の緩衝地帯だったことも。呼び名もその度毎に変わった。そう、ロデリすなわち古のロダリアにその像はあったのだ。
さて、その岩鬼族と呼ばれた怪物だが、その容姿がこの伝説にこうある。『その身の丈は人の倍、常に身に衣をまとわず、肌は硬くさながら石の様』……」
「おお」謹厳なバルクスから珍しく漏れた驚き。「なるほど、それは……」
「あの魔女の従者テツジ、彼を実際にこの眼で見た我々とすれば。どうやらこれはただの御伽噺ではなさそうだ、そう思わざるを得ないだろう?そしてだ、この伝説によるとだ……
『岩鬼族と争っていたロデリの人々は、巨人たちの怪力に長きにわたって苦しめられてきたが、ある日とうとう鬼の弱点を掴んだ』。その姿の通りというべきなのか、奇妙な偶然というべきなのか、岩鬼の体は石化の魔力に侵され易いのだと。
『そして人々は意を決し、鬼も人も飲み水として使っていた川の上流に石化の秘薬を投じた』。自分達も川が使えなくなると覚悟の上、そしていずれは雨で浄化されるのだと計算の上だった。彼らの使った秘薬は人間にも勿論作用するが、多少薄まれば人間にはやがて問題無くなるものだったという。だが岩鬼達にとっては……そんな劇薬を人間が用いるとはまるで思っていなかったのだ。たちまち彼らは次々と倒れていったのだという。
……そして問題はここだ」
古文書の掠れたクセのある文字、その上を滑っていた侯爵の指が止まる。
『秘術によって石に変えられた岩鬼たちの体は、万が一にも復活することの無いよう、ロデリの人々によってほぼすべてが打ち砕かれた。しかしただ一体。鬼たちの中でも最も猛々しく強かった者の体を人間の勝利の記念として砕かず残し、山中でそのまま晒し者にした』!」
「父上それは?今残っているのですか?私は寡聞ながら……」
「残っていない。その後、石像は大雨の山崩れで埋もれて失われてしまったというのがこの伝説の落ちだ。だからこの話は御伽噺扱いだったのだよ、今までは、な。
しかしバルクス、覚えてはおらんか?そうだな、あれは一年程前……」
「ああそうです父上!確かにありました、南部諸州に大雨が!山崩れが相次いで、後の土木工事にかなりの手がかかったものでしたが……もしやその雨で?」
「再び土砂が流れ、一度は埋もれていたその像、すなわち、石に変えられた岩鬼が再び地上に姿を現した。それが……彼なのではないだろうか?」
「ううむ……」
「もちろん。その石になったはずの彼が何故、という疑問が残るがそれは。今彼の傍に誰がいるか、いや、彼が今誰に付き従っているのかを考えれば……そしてだ」
ここで侯爵は、息子を手招きして顔を近づけさせた。
「沼蛇の魔女オーリィ、彼女は元はリンデル人なのだ。そうと知った上で落ち着いて聞けば言葉の訛りでもわかるのだがな。
ケイミーが他の者に先立って一度、この城にメネフ達の到着を報告に来た時。わしはケイミーの言う魔女の話を聞いて、すぐにある話を思い出した。そして書庫をかき回して掘り起こした。
こちらの一山が……八年前に起こった、リンデルでの魔女騒動の顛末。その記録だ。リンデルとしては不名誉な話なので、本来国外には秘されていた事件だが、わしは既に当時これを手に入れてあった。噂を耳にして、裏から手を回してな。
……どうやって?なぁに、蛇の道は蛇、わしのような本の虫にはな、虫の道があるのだよバルクス。そうか、ふふ……もうお前に教えてやれることなど無いと思っていたが、まだ残っていた。後でわしが持っている本集めの裏のつてを教えておく。国を背負って立つお前にも、諜報の術の一つとして役に立つだろう……
おっとそれはそうと、話の続きだが。彼女の素性、元の名はお前にも言えぬ。本人が嫌がっていたのでな。話を振っておいて勝手ですまぬが、調べようともせんでくれ。実は大分むごい話なのだ……彼女が人に知られたくないと思うのも、無理はない。わしがお前に言えるのは一つ。
とある理由で魔女となった彼女はリンデルを追われるように祖国を脱し、我らがノーデルに辿り着いたのだろう。そして山中に隠れ暮らすようになった。メネフ達と出会ったのは都にほど近い村、してみれば今はリンデルとの国境からは遠く離れて暮らしているのだろうが、あるいは……?」
「元々リンデルの生まれであれば、たとえ帰ることは出来なくても、故郷の傍まで行く機会はあったのかも知れませんね。そしてそこで、石となった彼を発見して蘇らせ、従者とした……なるほど、彼女なら出来ます、あれ程の魔女であれば」
「コナマに聞けば、もっと詳しい事情は分かったのだろうが……急を要する旅立ちであったし、本人の目の前では問うことも出来なかった。わしが掴んだのは大体はそんなところだ。
……ところが問題はもう一つ!こちらの山だがな」
侯爵はさらに別の書類の束を指指して、これまでより一層暗く険しい顔つきで。
「リンデルでオーリィの起こした魔女騒動、それを調べるに当たって、一緒に入手したやはりリンデルの……これは宗教裁判記録なのだが。以前は無関係と読み飛ばして忘れてしまった事件がもう一つ。およそ一年後の七年前にもう一人、別の小さな魔女事件があったのをわしは見つけた、思い出したのだよ」
バルクスがぎろりと目を向いた。たちまち息子から将軍に心も立ち返って。
「別の魔女?陛下!それはもしや?!」
「いや!」侯爵は慌てて打ち消す。バルクスの問いたいことは分かる、それがあの妖魔シモーヌなのでは、と。
「どうもそれはそうではない。そうではないのだが……だがどうやら関係はあるらしい。シモーヌという名がこの文献にあるのだ。もう少し読み込んで見なければわからんのだが……そのもう一人の魔女の母親の名として」
「魔女の?母?陛下それは……?」思わず問うたバルクスだが、すぐに無駄と悟る。明らかにまだ父侯爵もそこまでは調べが進んでいないのだ。侯爵は悩ましげにゆっくりと首をふる。
「どうもな、こちらも嫌な話のようでな。正直紙をめくる手が進まんのだ。だが奴の正体は何としても知る必要がある。戦場で直に戦うメネフのことを思えばな……
む、思ったより長くなってしまったようだ。このぐらいにしよう。詰まらない話に付き合わせた、すまんバルクス、国を頼む」
「お任せ下さい」重々しく返事をし、踵を返して侯爵の間を後にする将軍。その背が閉められた扉の陰に消えても、侯爵の眼差しはしばし、後を追っていた。
その視線、その想いを遥かに、もう一人の息子の姿も求めるように……
「冗談じゃないわ!!お前に?ケイミーさんを?渡せるわけがないでしょう!!」
シモーヌの不可解な要求に、たちまち激昂するオーリィ。両の掌に煌々と燃え上がる火焔の玉、その熱が妖魔のみならず仲間たちの顔もあぶる。対峙するシモーヌもまた、いよいよ声をキリキリと尖らせて。
「あああ愚かな、魔女よ何故わからぬ?!お前たちに他に術など無い!!この私がその気になればお前たちなど……」
「やれるものならやってご覧!いいえ、目に物見せるのはこちらの方だわ!!」
(マズイ……!)
たちまち焦りの顔色になるメネフ。シモーヌと戦う、それには異存は無い。ましてケイミーを渡すなど到底呑めるはずもない。だが。
(今は備えがねぇ……)
テツジの治療はまだ済んでおらず、そこに神聖力を使っていたコナマにはおそらく蓄えがない。そして皆の武器も聖別がまだだ。この状態でよりによってシモーヌ本人との直接対決はいかにも不利、いや無謀に近い。メネフの腹づもりとしては、どうにかシモーヌを言いくるめてここは仕切り直したいのだ。だからこそ交渉の真似事をして時間を稼ぎ様子を見、隙あらば妖魔の弱みを掴もう、そう思ったのだが。シモーヌの言い出した事は余りにも意外、そして都合が悪い。
(熱くなるなオーリィちゃん!いや、無理か……!)
もはや彼女は一触即発。最悪の展開がちらりとメネフの脳裏によぎった、その時。
「シモーヌ。お前のあの城に、あの方はいらっしゃるのかしら?」
メネフの足元から小さな体をずいと前に進めて。静かな、しかし硬く厳しく問うたのは、コナマだった。
「何だと?ハハ、愚問だ神裁大師!あれは、よだかは!『ここにいる、そこにはいない』などという存在ではなかろう、お前ならよく知っているはずだ、違うか?!」
未だ謎の焦燥にかられたまま、しかしシモーヌの唇にはうっすらと嘲りが浮かぶ。
「よだか……そう。まさかと思っていたけれど、あの方が」
悩ましげなため息をついたコナマに、シモーヌはここぞとばかり。
「どうだ、今度こそ貴様も思い知っただろう!お前と私はいわば姉妹のようなものなのだ、共の者たちにもそう教えてやるがいい!そしてわかったら大人しく、その鳥を置いてここから去れ!!」
あの方とは?よだかとは?姉妹とは?自分たちは何を聞いているのか?いきり立っていたオーリィも、立ち回りに苦慮していたメネフも息を呑む。シモーヌはいよいよ性急、しかし、対するコナマは。
「出来ないわシモーヌ。断じて」
小柄なノームの体のどこを響かせているのか。崖に波打つ怒涛のような重く険しいその言葉。
「ケイミーは私達のお友達、大切な仲間よ。渡せる訳がないでしょう!
それに。お前は今までにも。多くの人々から沢山の命を奪ってきた。沢山の家族から、大切な人を沢山!お前にはもう一つだって渡せない、どの命も!
聞きなさいシモーヌ、私は神裁大師、もし時あらば、神をも裁けと天から命を受けた者。だから裁かなければならない……
たとえ!その相手が、私にその名を授けた方だったとしても!あの方の名を出せば私が怯むと思ったら、それは大間違いよ!
そしてシモーヌ!私がここまで来るのにみんなの力を借りたのは、卑怯なお前が大勢の人々の亡骸を操って、自分を守らせていたから!でもお前と私、一対一でこうして戦えるなら……お前だけを葬れる力くらいなら、私はいつでも残してあるのよ!!
……覚悟なさい!!」
コナマが敵に向かって突き出し、大きく開いた手、それはたちまち目映く緑の光に輝く。メネフたち味方も目が眩む程、まして不死怪物のシモーヌにとっては!
「ウゴワァァァァァァ!!」
陰険ながら端正なシモーヌの顔が、たちまち獣のように見にくく歪み、喉からほとばしるのは悪鬼の吠える声。まばゆい光に目を細めながらも、メネフには見える、彼らにはただまぶしいばかりのその輝きが、シモーヌの髪と肌をじりじりと焼け焦がしていく!
(スゲェ!いける、これなら!)
コナマの言葉は空威張りでもこけ脅しでもなかった。これはむしろ絶好の機会なのかも知れない、なればいっそ逃がすまじ!履いた剣にさっと手が伸びる、そして腰がぐっと落ちる。飛びかかるための予備動作だ。
(オレもいくか?!)
たとえ聖別の力はなくとも断首さえ出来れば、彼の力でも妖魔を滅すことは出来るだろう。あと一呼吸あれば彼は決断出来たのかも知れない。だが死にものぐるいの妖魔の方が、事を起こすのが一瞬早かった。シモーヌは足元に放りだしてあった大きな布包みを取り上げ抱きかかえると、包の上の部分を破り捨てた。
現れた人の顔。短い黒髪の美しい若い女。
「やめろ!この女がどうなってもいいのか?!こうだぞ!!」
そしてシモーヌは人差し指で女の額を指す。皆の心に浮かぶ悪夢のような光景、ケイミーも後から聞いて知っていた。
あの指がもし、女の額を貫けば。たちどころにまた一つ、動く死体が出来上がる。
「神裁大師、止めろ、手を引け!その鳥を置いて帰れ!!」
「……!」眉に苦悩を浮かべながらも、コナマは力の放出を止めたのだろう、燃え尽きた蝋燭のように手の光が消えた。
(ちきしょう……婆さんには出来ねぇ)
教皇の娘、囚われの騎士団長。本来ノーデル侯国にとっても、いやこの場の誰にとっても縁もゆかりもない。勝手に出陣して勝手に自滅した厄介者、そして今は面倒な足手まとい。現に侯爵は「救おうと思うな」とまでメネフに言い放っていた。そして例えば。オーリィならば、ゾルグならばどうか?
あの二人なら殺れる。躊躇なく見殺しにするだろう。だが。
(そいつは出来ねぇ……婆さんには!)
メネフは今は気が付かないふりをする。それが自分に対する言い訳であることを……今は頭を冷やせ、考えろ。そう言い聞かせながら。
しばし双方に訪れる、氷のような沈黙。コナマは輝きを失った掌を向けたまま、シモーヌは女の額に指を当てたまま。
先に口を切ったのは妖魔。
「さぁ……どうする!!」
双方走る緊迫、固唾を呑む中、沈黙を破ったのは。
「ケック……!わかったよシモーヌ。あたし、アナタに着いていく。だからその人を放して!!」
そうと言うなり。ケイミーは一歩また一歩、地を跳ねる鳥の歩みで皆から離れ、シモーヌの元に近づいていく。
「ケイミー?!待て!」「ケイミーさん!!」
「ねぇみんな……ねぇオーリィ」ケイミーは首だけで振り返って、オーリィ一人に思いを仮託する。
「あたしはね?人間のみんなとお友達になるために、群れを捨てて山を降りたんだよ。出来ないよ、見捨てるなんて。あたしの代わりに誰かが死んじゃうなんて嫌。
……オーリィ?言ったよね、覚えてる?ハルピュイアはね、死ぬのは怖く無いんだよって。死ぬのはおめでたいことなんだ、鳥の神様は高い空にいるから。そこに行って神様の国で暮らせるから。みんなとお別れするのは寂しいけど……
オーリィお願い。次にもしあたしがみんなに会った時、怪物になってたら。アナタが……あたしを……神様のところに送って。ね?」
「ああ駄目……ケイミーさん行っては駄目!戻って!!」
慌てて追いすがろうとするオーリィを、だがケイミーは。
「ギィ!ダメ、アナタが来ちゃダメ!!」鋭く一声で制すると、ハタハタと翼を使ってシモーヌの足元に、そして!
「さぁ来たよ!その人を放して!!」
「おお……鳥が……鳥……ええぃ、こんなものにもう用は無い、お前達も何処へなりと行ってしまえ!!アハハハハハハハハハハハハハ!!」
抱えていた教皇の娘、その体を地に投げ落とすと。妖魔は代わりに素早くケイミーを抱き上げる。そして皆が近づく間もなく、その姿はケイミーもろとも、風に溶けるように掻き消えた。
妖魔の狂喜の笑い声、その木霊と、教皇の娘の包みだけを残して。
そして。
「ああそんな、そんな、ケイミーさん……シモーヌ!!許さない、逃がさない、絶対に絶対に絶対に!!待ってなさいシモーヌ!!」
魔女の嘆きと怒りの叫びがただ、その場の空気を切り裂いていく。
ああ、そして。
魔女オーリィと一行の目の前には、今。妖魔の巨大な城がただ、暗黒の影を落としているのであった。そう、彼らは……征かなくてはならない!!
(続)
沼蛇の魔女と石の巨人 おどぅ~ん @Odwuun
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