第6話 魔女、買い物をする(その1)

 あの「困った男」と村人達が散っていった後。メネフはオーリィの「買い物」をエスコートすると言い出した。また厄介事が起こらないように、と。しかしその申し出をオーリィは始めは頑固に拒絶していた。彼女は怒っていたのである。もちろん大本はあの「困った男」のせい、しかしプライドの高い彼女は、自分が忌み嫌う人間の貴族に助けられたことがかえって腹立たしかった。なにより、自分の自慢の従者がその男に倒されたというのが癪に触ってならなかったのであった。

 だがその彼女をコナマとケイミーが散々なだめ、そして。

「済まなかった、そしてありがとう。殿下、この場を無事に済ませられたのはあなたのおかげだ……この通り」

 倒されたテツジ自身が素直にメネフに頭を下げるその姿を見て、ようやくオーリィは自分の気持ちを抑えたのであった。


「やれやれ、ようやく機嫌を直してくれたみたいだな?」

「……馴れ馴れしくしないで頂戴」

 かくして、「買い物」に向かったその奇妙な一行。先に並んで進むのは、蛇の半身を地にくねらせ這い進む魔女と、ラフな旅支度に銀色に輝く小手だけが眩い若者。二人の歩みはややせわしない……とわかるのは、若者の早歩きから。ラミアのは氷の上を優雅に滑っていくようにしか見えず、その実際の速さをまるで感じさせないのだ。

「私は人間が嫌いなの。だからこうして魔女になった。それも貴族が、一番嫌い。我儘で狡くて、すぐに身分をひけらかす!本当なら私はお前なんか相手にしたくない、いっそこの場で石に変えてやってもいいくらいだけれど……どうやらお前はコナマさんのお気に入りのようだから。今は、仕方なく付き合ってやってるだけよ」

「ハハ、そいつはどうも!……石にする……おっかねぇな」

 口ではそう言いながら、メネフのその顔つきは至って気楽で、呑気に見える。

 無論彼は、自身が今背負う重大かつ緊急の任務を忘れたわけではない。しかし。

(お気に入り、ねぇ。そうだな、婆さんはこの魔女ちゃんのことが大分お気に入りみたいだしな……)

 これから自分は、危険な不死怪物アンデッドとの戦いにコナマをいざなわなければならない。「自分の命に替えてもコナマは守る」。そう心に誓いながら、しかし、彼女がこの世に思い残すことがないようにしてやりたい。それは彼の偽らざる真情。

 そしてもう一つ。

(ま、それに!オレはこのコに嫌われても仕方ねぇか。確かにオレは貴族様だからな……)

 その自嘲と、を、彼はこの時は素知らぬ顔で包み隠した。

 オーリィは、そんな彼に不興気にプイと視線を外し、よそよそしく距離を取りつつ並び歩みながらも。

「……お前、どうやってテツジを倒したの?あれは魔法?人間のお前が?」

「あれか?そうだな、魔法といえば魔法みたいなモンだが、オレの力ってわけじゃない。こいつだ」

 メネフのかざす、あの輝く小手。

「どうだい魔女ちゃん?多分あんたなら、なんとなくわかるんじゃないのか?」

「その『魔女ちゃん』はよして。わたしの名前はオーリィ、そう呼びなさい。

 ……古代文字の魔刻ね。それも随分古めかしい……」

 魔刻。特別な文字や紋章を器物に刻み、呪力を宿らせる法術。

「この村の外れさ、こいつを作ったドワーフがいるのはな。この国一の腕利きの鍛冶屋だ。とんでもないがんこジジイだが……」

 オーリィはぴくりと眉をひそめながら、しかし驚きを隠す。意地っ張りな彼女は、メネフに自分の感情を悟られたくないのだ。

「噂は知っているわ。私は、そのドワーフに用があるのだもの」

「へぇ、そりゃまた!なら好都合だ。オレもあの爺さんに用があってここに寄ったんだ。あんた、グノー爺さんの鍛冶場は知ってるのか?」

 オーリィは痛いところを突かれた。口惜しそうに目線をそらす。

「……市で聞くつもりだったわ」

「ラッキーだな、その必要は無くなったぜ、オーリィ『ちゃん』……おっと、そんな怖い顔しなさんなって!話を戻すぜ。

 オレのこの小手の魔刻は、爺さんの先祖代々の秘伝なんだとよ。使い方は実に簡単、ちょいとかざしただけで、どんな相手の技でも力でも、そのまま返せる。ごきげんな盾だろ?あんたのあのご家来は、要するに『自分にぶん殴られた』ってわけ。

 ただし!この力を使えるのは一日一度きり!!しかも返したのがさっきのあのもの凄ぇパンチだろうと、子供が投げた石ころだろうと、一度で弾切れ。次の日の朝、日が登るまでは元に戻らない。名付けて『朝日の鏡』。オレの切り札さ。こいつは……」

 ここまで愉快げに、オーリィをからかうような調子で喋っていたメネフが、急に口ごもる。

「親父がな、国中に使いを走らせて、わざわざオレのために作らせたモンなんだ。親バカだろ?オレの力じゃない……」

 そのひどくシニカルな笑み。オーリィは何事かと引き込まれそうになったが、慌てて我にかえると、また気まずそうにそそくさと、するすると道を滑っていく。村の賑やかなところ、すなわち市を目指して。


 一方その後ろには巌のような体の巨人と、彼が背中にかつぐ乗り物の上に、ボロをまとった小さなノームと、一羽の人面鳥。一同が合流することになったので、オーリィは「恩人」のコナマとケイミーに、テツジの担ぐ輿を譲ったのである。こちらはゆっくりとした足取りに見えるが、それは巨人の歩幅の広さゆえ。先に立つ2人の歩みに合わせて、進みは速い。

「ケックケック!気持ちいいですねコナマさん!こんなに高ぁい!」

「あらケイミー、あなた面白いことを言うのね?鳥のあなたが?いつももっと高いところを飛んでいるのに?」

「クワック!そりゃあたし、高い所には慣れてますけど、でもですよ?木の上とか屋根に留まってる時は、景色は動かないじゃないですか?かといって飛んでる時は、自分で忙しく羽ばたかないといけないでしょう?

 こうやってのんびり高い所に留まってるのに、前に進んでくなんて楽チン!」

「ホホホ、そういうふうに感じるのね!やっぱり面白いわ。そうね、とても気持ちいいわね、特に見晴らしがとっても。ほら、私はいつも見ている景色がみんなよりずっと低いでしょう?なんだか偉くなった気分だわ……ねぇあなた?」

 と、コナマは輿の上からテツジの背中向きの肩越しに声をかけた。

「テツジさんといったかしら?初めて会ったばかりなのに、こんな素敵な物に乗せてもらえるだなんて、とてもうれしいわ。ありがとう」

「いえ、お気に召していただければなにより。どうかお気になさらず、お易い御用です。お二人はオーリィ様のご恩人。私にとっても恩人で主人です。ご遠慮なく、他のこともございましたら何でもお命じ下さい」

 軽く後ろを振り返りながら、巨人は響きの深い落ち着いた声でそう答えた。

(そうだったわ……昔々わたしが会ったことのある石巨人たち、みんなこんな風に静かで穏やかで親切な人たちだった。体の小さなわたしたちノームを、いつも力で助けてくれたものだったわ。でも……みんないなくなってしまった。滅びてしまった、人間と争って。この人には何があって、どうして今ここにいるのかしら?)

 コナマの心中によぎるのは、先程垣間見た、同じ彼の悪鬼のような怒りの姿。

(きっと辛いことがたくさんあったに違いないけれど……)

「ケック!ダメダメ、アナタまだなんだか硬いよ?私たちお友達だよ?」

 輿の手摺りをヒョイと飛び越えて。ケイミーがテツジの肩に直に留まって割り込んで来た。

「や、申し訳ありません。俺は不器用なのです」

 しきりと「お友達」を強調するケイミー。この鳥はどうやら、どんな相手にもこの人懐こい調子なのだろう。そしてそれはテツジにとって、もちろん不快ではなかった。先程この鳥が見せたとっさの機転と大胆な行動力。それに救われたことを彼は感謝していたし、感心し好感を覚えていたのである。

 だが忠義に篤くそしていささか堅物なテツジには、オーリィの「恩人」と知った上で、相手と対等に振る舞うのはどうにも難しい。はにかんだ様な顔つきで、彼は素直にそう言った。

「そうね……ねぇケイミー、私もこの人ともっとお近づきになりたいけれど、あまり急かすのはよしましょう。まだ私達は知り合ったばかり、それにこちらはこういう真面目な方だから。段々とね、それがいいんじゃないかしら?」

「クワック、でもぉ…コナマさん?今仲良くなっておかないと。私達、もうこの人やオーリィとは会えなくなるかも……」

「……シッ!」

 テツジは気づかないふりをする。あの「困った男」と対峙していた時ですら見せなかった、コナマの動揺に。

(何だ?『もう会えなくなる』とは?俺に、いやあるいは、オーリィ様に知られてはいけないことなのか?)

 ならば聞き捨てならない、そう思いながらも、テツジはこの場でそれを問いただすのは避けた。

(だが突き止める。それにはともかく、彼らの傍にいることだ。殿下の案内の申し出は、程のいいところで俺も断るつもりだったが、そうは簡単にいかないな……)

「あ、その、え〜と……ケック!ねぇアナタ……じゃなくてテツジ!オーリィの買い物って?今日は何を買いにきたの?」

 嗜められたケイミー。その何事かをテツジに悟られまいとしたのだろう。気まずそうに、そしていささかわざとらしくそう尋ねてきた。

「それが、実は俺も知らないのです。オーリィ様はただ『村に降りるから共をしろ』と。買い物というのも、さっきの騒ぎが起きるすぐ前に聞いたばかりです」

 石巨人の岩の塊のような顔面は、初対面の他種族が表情を読み取るのは難しい。己の疑念を隠すのに下手な芝居は無用と思う一方、オーリィがこの買い物で何を求めているのかは、彼も知りたいところだった。自身の素直な疑問を素でそのままケイミーに返す。その様子に「怪しまれてはいない」と思ったのだろう、ほっと一息安堵の溜息を漏らすと、ケイミーはテツジの肩から飛び去り、前方を進む二人の間にストンと着地して跳ね歩きながら。

「ケック!ねぇオーリィ、買い物って何を?」

「あらケイミーさん」オーリィはメネフに示していた無愛想から一転、こぼれるようにいたずらな笑顔で。

「今日はね、ふふ、今日は……私の可愛い、よく仕える僕に、褒美を取らせてやろうと思ってますの」

「クワック!ご褒美?テツジに?」

 頓狂な声でそう鳴く鳥の声。

「……俺に?」

 流石のテツジもこの時だけは、ポカンと間の抜けた顔つきに変わった。

(続)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る