第5話 幕間劇 古城の白魔
「バルクス、その後、メネフから連絡はあったか?」
「まだです、陛下」
「むむ……だがコナマは見つけたんだったな?」
「はい陛下。三日前、伝書屋のケイミーから直にそう報告を受けております。メネフがコナマ大師にお供して、こちらに向かっているとのことです」
「もう少し待つしかないか。で……『奴』の方は?」
「予断を許しません。斥候からの知らせによると、『敵』の本拠と思われるテバス州は、すでに全域が
……恐るべき早さで増えています」
「自ら不死怪物を増やす不死怪物、
「軍を動かす準備は整えてあります。ですが陛下、『奴』を倒す算段が先にないと、迂闊に動かせません」
「味方がいつの間にかに、か……」
「教会の聖騎士団が一部隊、丸ごと敵側に取り込まれたという報告もあります」
「余計なことを!勝手に動いて全滅どころか、敵を増やしてくれるとは。普段布施ばかりがめつくせびりおったくせに、生臭坊主どもめ、肝心な時には足手まといだ!やはりコナマでなければ。さりとて問題は……?」
「そうですね。コナマ大師のお力をお借りするにしても、どうやって敵の本拠、テバス古城にお送りするか。陛下、大師の護衛のため、我が国屈指の精鋭を揃えてはあります。ですが……」
「うむ。不死怪物がそれ程に増えた今となっては、正面からでは難しいだろうな。むしろ正規軍は陽動に用いて、裏から。テバスの古城はかつて、海から来た蛮族に対する守りのためにあった城だ。海沿いにある。
だから海から、小数の手勢で奇襲する……メネフなら」
「やると言うでしょうね、父上。我が弟なら、断固行く、と。」
「むむ、これも他にはまかせられん、メネフの他には。だが……またわしはあれを、死地に立たせるのか……」
グラン・ノーザン城、城主モレノ三世侯爵と、腹心の臣下バルクス。侯爵の私室で絵図面を広げながら、額を寄せ合うように国家の一大事を討議していた二人は、不意に、家族の顔に戻った。
父と兄は、末の息子の、弟の帰りを待っている……
男がいるその場所。豪華な調度に、輝くシャンデリア。きらびやかな室内に満ちた甘やかな香り、そしてどこからか聞こえる優美な音楽。
「ああ……シモーヌ……様……
どこを見ているのか、そもそも何かが見えているのか。男の眼差しは空虚、足取りは雲を踏むよう。ただし。
男は確かに、何かを目指し、近づこうとしている。
「おいで」
男の歩む先に、忽然と響く女の声。男は虚な目を見張る。
その身に一糸もまとわぬ、抜けるような白い肌の一人の女。その姿が、今まで何も無かったはずの男の数十歩ほど先に、その場の光景から滲み出るようにジワリと現れたのだ。
そしてその女は白い両の腕を広げて、その胸の中に男が来るのを待っている……
「我が主人、我が主人シモーヌ様、我が主人……」
男はそう口の中で呟きながら、やや歩みを早める。依然覚束ない足取りのままで。
男が遂に、女の半歩先まで近づいた。そして。
「おいで」
男が女の胸に、腕の中に飛び込んだ時。
「受けろ!私の与えるこの【穢れ】を!!」
女が男の後ろの首筋に、何かを押し付けた。
絶叫した男には、苦痛という感覚をその瞬間、ごくごく僅かな瞬間だけは、感じたのかも知れない。だがその一刹那ののち、男は一個の物、一体の屍となり果てていた。
そこは、テバス古城の一室。その城が蛮族を迎え撃っていたのは、もう百年近く前のこと。争いを繰り返しつつも、海の民とノーデルの民はいつしか混じり合い、敵も味方も消えた。そして用の無くなったテバスの城は、長きに亘って打ち捨てられ朽ちるに任されていた。
かつて調度だったはずの、朽ちたがらくたの山。
二度と灯されることのない、ほこりまみれの錆びた照明器具。
室内に満ちているのは、黴と潮の匂いが混ざり合うすえた臭気と、城の背後の岸壁を叩く波の音。
かつて一人の男だったそれが見ていたのは、全て幻。
そしてもうそれは、何も見ず何も感じない。
「これであの聖騎士団も全て私の人形……
お前を除いて、な」
全身を覆う真っ白な産毛。広葉樹の葉のように広く、そして尖った耳。両の腕から広がる皮膜の翼。
人と蝙蝠の姿を持つ、白い妖魔。
「お前は女、私の【
妖魔は、猿轡を嵌められ縄で縛られた女を足蹴にして床に倒し、踏みつけながらくつくつと嗤う。
「お前も私を我が主人と呼ぶのだ、いずれ。
私を!【
シモーヌ。
それが白い妖魔の、テバス古城の
(続)
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