第28話 魔女と怪人
「魔女様魔女様!そうお急ぎになると足元が危のうございやすぜ?」
「お黙り!ついて来ないで、さもないとシモーヌより先にお前を火炙りにするわよ!!」
魔城に駆け込んだオーリィに、ゾルグは早々と追いついていた。
「おやおやこりゃぁ……大分おむずがりでゲすねぇ」
癇癪にキリキリと歯ぎしりしながら、振り向きもせずに先を這っていくオーリィと、肩をすくめながらついていくゾルグ、仲間と別れてたった二人、魔城に潜行していく。
「まぁまぁ、そう言わず!ちょいと止まってわっしの言う事をお聞きなせぇ。さもないと……お命にかかわりますぜ」
皮肉な軽口で魔女をひきとめていたゾルグ。だがその言葉が急に深く重く気味の悪い響きに変わる。
「そらそこ!!もう一歩も先に進んじゃなりやせんぜ!!魔女様、足元をよぉくご覧なせぇ。悪魔が口を開けておりますよ」
「……?何を言ってるの?そんな子供だましでわたしを……」
「子供だましかどうか!!お命をお捨てになってもよろしいなら、まぁ進んでみるこってさ!!わっしは知りやせんぜ!!」
そして今度は、今までゾルグからは聞いたことの無いような緊迫した警告の言葉。流石のオーリィもギクリとして滑りが止まる。ここぞとばかり側に駆け寄ったゾルグ。あの鎖に繋がれた鉄球を、オーリィの足元の石畳に放り投げた。それが地に落ちた途端!
床から鋭く勢いよく突き出した数本の槍。危うくオーリィの鼻先を掠める。魔女は驚き、ヒィと喉の中で叫びながら慌てて身を逸らす。
「ま、このぐらいの罠は当然あると思っていただかねぇと。ここはあのずる賢いコウモリ女の巣ですぜ?」
もしあのまま、オーリィが歩みを続けていたら。彼女の魔女の体にはグロクスによって炎熱に対しては無敵の加護がかかっている。だがこの槍の不意打ちにはひとたまりも無かっただろう。
オーリィはかすれた声で。
「どうしてこれがわかったの?」
「つまり魔女様にはおわかりにならなかった、と。くく、危ない危ない……こっちはどうでゲす?」
オーリィのすぐ右前方に鉄球を投げる。またもや飛び出る槍。
「それからこっちの壁。魔女様、その辺りにちょうどよく手すりになりそうなでっぱりがございやしょう?それも!」
ゾルグの鉄球が突起にうちつけられると、壁面から飛び出したのは今度は矢。反対側の壁面にそれはぐさりと突き立った。
「さて魔女様。わっしが3つ、お手本は見せやした。でね?わっしの見たところ、この辺にはまだまだ仕掛けてありやすが?どうです?魔女様にはおわかりで?」
魔女は慌てて足元を、そして周囲の壁を目だけでぐるりと探る。魔城の床といい壁といい、一面同じ色の荒い石畳と石壁、どこもゴツゴツと乱雑。あちこちで石が飛び出しているかと思うと、間には深い溝と隙間が縦横に。どれが仕掛けでどれが仕掛けの凶器を隠す穴なのか、オーリィにはもはや、全てが怪しい。体はすくんで動かず、顔は青ざめ途方にくれるばかり。ゾルグは助け舟を出すような口調で。
「ふぅ。ここの通路はどこもかしこも仕掛けだらけでゲすな。全部暴いてやってもようがすが、この分じゃとてもらちが開きやせん、下がりやしょう……やれやれ、でもこれじゃ、殿下たちもさぞ道中ご難儀なさってるでゲしょうな。
魔女様?おわかりになりやしたか?悪いことはいいやせん、お一人で行かれるのは無茶でゲす。そりゃこのまま、わっしがお供するのは構いやせんがね?今度は殿下の方がねぇ……どうなるやら?ここはどうかおむずがりをお納めになって、殿下や大師様の元にお戻りを。それに何より誰より!
……きっと旦那が心配なさってますぜ?」
オーリィはとうとうしゅんとした顔で、だまってうなづくと、ゾルグの足跡をピタリとつけるような軌道でそそくさと着いて行った。
(まったく危なっかしい、見た目と違ってとんと初心な方だねこの魔女様は……だめ押しにもう少しばかり、肝を冷やしていただくか……)
「……みんなはどこにいるのかしらね?」
魔城の罠に脅かされたからだろう、オーリィの声はすっかり頼りなさげ。ゾルグはしたたかな目つきで周囲と足元に気を配りながらも、いたって平静な調子で答える。
「わっしらもそんなには進んじゃおりやせんでした。こうして来た道を戻って行けばどっかで。すれ違わねぇように用心はいりやすが」
「ねぇゾルグ?」暗い通路を進む徒然に、オーリィはゾルグに問うてみたくなった。
「お前は初めてあの港町であった時から、わたしのことがまるで平気なようだったわ。お前は魔女が、私が怖くないの?気味悪くは?……私は神に逆らう穢れた魔女、うとましいとは思わないの?」
「はぁ?いやぁそりゃぁね、怖いでゲすよ?おっかないでゲさぁ、もし敵にしたら。もし魔女様と戦う羽目になったら、なんてね?そんなのはまっぴら御免でゲす。でも今は魔女様はわっしのお味方だ。ありがたいこって。
わっしは
もちろん「強い」にも色々ありやす。例えば殿下、あの方は腕も立つし頭も切れる。あれなら下で働くのに文句無しでさ。ま、やっぱりお坊ちゃんだけあって詰めは少々甘いところもありやすが、そこは目をつぶりやしょう。
例えばテツジの旦那だ、あんなにべらぼうな力持ちは見たことありやせん。ただし少し頑固で万事小回りが効かない、それなら知恵と小細工でわっしがお手伝いすればいい。
それに例えば大師様だ、ありゃあ偉ぇ……全く生き神様でさぁ。もちろん優しいばかりじゃ戦には向かないですがね、あの悪魔にピカピカと見せつけながら切った啖呵!惚れ惚れしやしたよ。あれならいい……あの方は最後の切り札、大事にお守りするのは当然でさ。
そして魔女様だ。とんでもない術をお使いになる!この目で見てもまだ半分信じられないくらいで。わっしにとっちゃまったく、戦の女神様でさぁ!ただ失礼ながら、すぐカッとなるのが玉に瑕……だからわっしはそこをお助けする。
簡単な理屈でゲすよ、そうやってわっしが立ち回れば、戦に勝てるからでゲす。戦は勝たなきゃ意味がねぇ、わっしは負け戦がなにより嫌い、そんで勝ってる戦は……堪えられませんや。特に、ヤバい戦を勝ち抜けるのは!ハハハ!
……わっしはね?戦が好きなんでゲすよ」
と、ここまで得意げにペラペラと喋っていた声を、ゾルグは急に一段落として。
「ねぇ魔女様。あんたは要するに、あの捕まってた小娘が、教皇の娘とやらが気に食わない、それで癇癪を起こされた。そうでゲすね?
よろしゅうがす、お助けいたしやすとも……どうです魔女様、わっしがあの娘を始末すると言ったら?」
「何ですって?始末って、まさか」
言葉で答えずその代わり、ゾルグは指で自分の首を指し掻き切るポーズ。
「暗殺。わっしの一番得意の仕事でゲす。わっしはね、何よりその腕を買われてバルクス様に可愛がっていただいてるんで。
お城でバルクス様にはお会いになりやしたかい?あの方を魔女様はどうご覧です?」
「……真面目そうな男だと思ったわ」
「ハハハ!そりゃもう!あの方は真面目も真面目、堅物も堅物!一にも二にも、頭の先からつま先まで全てノーデルのお国のために!捧げ切っていなさるお方でね。
……そう。だからお国のためなら、あの方は鬼にも悪魔にもなれる。失礼ながらそういう意味じゃ、お父上の侯爵様よりさらに一枚上手でね。
侯爵様はメネフ殿下に、あの娘は助けなくてもいいと仰った。でもバルクス様は、後から教皇が難癖をつけて来ないように、殿下にはあの娘を救えと仰った。そいつはご存知ですかい?」
「船で殿下から聞いたわ。コナマさんの眠っている時に、内緒で」
「へい、確かに殿下は嘘は仰ってません。殿下は。でもその話にはもう一つその裏があるんでさ。
ご承知の通り、魔女様が殿下に初めてお会いなさってお城に来ることになった時。わっしはもうそん時にゃ、一足先にレーベに向かっておりやした。ケイミーの伝言で殿下が大師様を連れて間もなくお戻りとわかったんで、バルクス様がわっしを先に、船の準備に送り出したんでさ。でね?早速船をと思ったところが。早馬で回ってきたのがバルクス様のお手紙で」
奇妙な方向に進む話。「そうね」と、怪訝な顔でオーリィは相槌を打つ。
「確かわたしとテツジのために大きな船に変えろ、だったわね?」
「ハイ左様で。それが最初に書いてあった用件でさ。でもね、その後が肝心なんで。悪魔の城にゃ人質が撮っ掴まってる、それはかくかくしかじかこういう娘とそうあって、最後に、バルクス様はわっしにこう書いてよこしたンでゲす。
『陛下はメネフに人質を見殺しにしてもよいと仰った。だがおそらく、わが弟にはそれは出来ぬ。あれは情けに篤い、情けに脆い。人質の命が思い切れるような男ではないのだ。
ならばいっそ面倒でもあの娘を救うつもりで動いた方がよい。戦には迷いこそが禁物、少なくともその方が我が弟は心迷わず戦えるはず。だから私はメネフには、娘を救えと言ってある。
しかしゾルグよ。私はお前に命ずる。
もし、あの教皇の娘がまったく手に余る足手纏いであったなら、吸血鬼討伐という本来の大目的の支障になると、お前が思ったなら!構わぬ、始末せよ。我が弟にも大師様にも誰にも気付かれないように、きっと闇に葬れ』ってね!
へい魔女様、わっしは手紙を持って来たお使者にハッキリお返事申しましたよ。
『仰せ全て、確かにお承り致しやした。必ず務めやす。バルクス様にそうお伝えを!』」
「じゃあお前は……お前は!そのためにわたしたちと一緒に?」
「いえいえ!そもそもはやっぱり、戦の助太刀がわっしの仰せつかった仕事でゲす。腕にも多少覚えはありやすし、船だの罠探しだのいろいろ小器用に出来るのがわっしのとりえで、だからバルクス様は戦の便利屋のつもりでわっしを選んだ。
ただね、こっそり人を消すって汚れ仕事、こればっかりは!ノーデルでわっしの右に出るヤツはおりやせん。バルクス様にもきっと、安心していただけたと思っておりやすよ、わっしを選んでおいてよかった、ってね!」
平然と、いや、ゾルグの言葉はいくらか自慢げでさえある。オーリィは耳を奪われながら、次第にその表情が凍り付く。その様子を満足げに見返して、ゾルグは続けるのだ。
「なあに、ここに来て思いましたよ?ここでなら娘一人始末するなんざ随分と楽な仕事でゲす。このコウモリ女の城、おあつらえ向きにあっちもこっちも薄暗がりで脇道だらけ。隙を見てちょいと陰に引き摺り込んでキュっと一締め……あとはさっきの罠、ああいうのが役に立つ。あれに自分で引っかかって死んだことにすれば、バレる心配はありやせん……いかかで?」
オーリィの頬が、唇が震える。
柄は悪いが気のいいお調子者、今までそうとばかり思っていた男の、真の顔。
猟兵ゾルグ、すなわち非情の暗殺者、闇に潜んで人間を狩る猟師。
「今わっしの見たところで、魔女様と、あの娘」
右手と左手の掌で天秤のような仕草をとるゾルグ。
「こっちが魔女様、こっちがあいつ。わっしから見て値打ちはまぁこうでゲす」
オーリィを仕草で載せた右手が大きく沈む。
「このキツい戦の最中で、あの娘のせいで大事なお味方の魔女様と殿下が仲違いなんざ、せっかくの戦が台無しでさ。馬鹿馬鹿しい!そんなことになるなら……」
高く上げた左の掌を、ゾルグは握りしめた。そこに乗っているものを握り潰すジェスチャー。そして虚空にポイと投げ捨てる。
「魔女様。これからお戻りになって、皆さんと一緒になって。でもやっぱりあの娘がどうにも気に食わないとお思いになったら。
いつでもわっしにお言いつけを。キレイさっぱり……片付けて見せやすから」
「……ゾルグ話をお止め!急ぐわよ、さぁ案内して!!」
ゾルグの上目遣いの視線に怖気を振るって目を逸らし、手で先を促すオーリィ。無言で頷き先に立って歩き始めたゾルグの唇には不敵な笑み。
(こんなところかね、ふ、まったく手間のかかる女神様だ……でもそれだけの苦労の値打ちはあるからな)
怪人はなおも冷たく値踏みを続けながら、暗い通路を先導していった。
(続)
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