第34話 穢霊騎士団(その1)
「ハッ!!」
アグネスの剣が閃き、正面の不死怪物の額を突き通す。一瞬、柄から剣先に黄金色の光がパチリと音を立てて走ると、不死怪物はその一撃でクタクタと力を失い崩れ倒れた。これで三体目、今この場には残り二体。アグネスは一度ひらりと後方に数歩の間を後退し次の敵に狙いをつける。
「ハハ!どうだテツ、やるだろあいつ?思った通りだぜ!」
「むむ……」
巨人の目には素直な驚き。
アグネスが先頭に立つと言い始めた時。テツジはそれを危ぶみ止めようとした。自分がいるのに敢えて危険を冒す必要はないではないか、と。
だが。
「黙れ!巨人よ、この私を見くびるな!!」
烈火のような剣幕、アグネスは断固として聞かない。その強情にテツジが閉口してメネフに目で助け船をもとめると、彼の返事は意外。
「いや、いいぜアグネス。そこまで言うならやってもらおう」
「……おい殿下?それは……」
思わず抗議の鼻を鳴らす巨人。だがメネフは落ち着き払って言う。
「まぁ聞けよテツ。オレはな?コイツの腕前を見ておきたいのさ。
今、オレたちの
と、メネフは今度はやおらアグネスに振り返り。
「アグネス、あんたにどれだけまかせていいのか、どれだけ頼れるもんだか、それとも守ってやらなきゃいけないのか?そいつを知っておきたい。敵の数も備えも薄い、今のうちにな。
前に立ってくれ。ヤバイようなら助太刀はするが、まずは一人で戦うつもりで」
そういうことか、と半分は腑に落ちた顔のテツジ。だがまだ頼り無さげな視線をアグネスに向ける巨人に、メネフは言う。
「そう心配すんなって。オレの見立てじゃ、多分こいつはけっこうやる。一度まかせてみようじゃねぇか。そら下がった下がった!」
メネフは巨人の腿を叩いて促し、一歩後ろに下がる。小首を傾げながらも従うテツジ。二人に挟まれた足元にコナマ、ベンは忙しく行ったり来たり。
そして先頭に、一人やや離れて立つアグネス。
「……ふん!」
ちらりと一瞬、小癪な顔で振り向き、すぐに歩き出す。
(確かに速い、そして無駄が無い。ただの一刺しで敵を倒している。あんな幼い娘が……?)
そう、巨軀のテツジにとってアグネスは、まるで幼子のように見えるのだ。彼はかつて数多の人間と戦ってきたが、それらは全て筋骨逞しく強壮な男たち。彼女のような少女が戦場に立つなど、彼は今まで想像したこともなかったのである。
だが今まさに彼の目の前で。またもや現れた一群の敵に、アグネスは一人堂々と渡り合っているではないか。そのあざやかな戦いぶりに、巨人は舌を巻く。
(そうだ、確かに戦いは力だけではない。例えばベンのような者もいる。わかったと思ったつもりだったが……)
感心と困惑でため息交じりの巨人に、メネフは訳知り顔で言う。
「いやまぁな?あいつは確かに特別なんだ。『聖騎士』ってヤツ。剣士の技と坊さんの力を一緒に使える。剣が刺さるとチカっと光るだろ?あれが婆さんの力と同じなのさ。急所の頭にブッ刺して、そこから清めの光を流し込む!イチコロだよ。
……本職なんだよ、死骸退治のな。ここの怪物共にとっちゃイヤな相手だと思うぜ」
「なるほど」テツジは深く頷く。「コナマさんもおっしゃっていた。あの娘、聖職者としての力は抜群だと。で、どうだ殿下?剣士としては?」
「あ~……そうさな、並み?かな。まんざら使えなくもないってとこ」
「?」テツジはまた肩透かしに会ったような顔になる。あんなに褒める調子だったのに、急に気の抜けたような返事ではないか。
「そ、並みの剣士様だよ。でも……チキショウ、どっかにいいのが落ちてねぇかな?多分あいつは……おっと!」
そこまで言いかけて、メネフが急に前方に飛び駆ける!
(あと二体か、これしき!)
この程度ならば自分だけで充分、もうまもなく片付くだろう。五体の敵のうち三体を難なく打ち払ったことで、アグネスの胸に生じたわずかな油断。戦いの最中には禁物のはずの雑念が、いらだちがそっと忍び込む。
(侯子メネフ……この私を品定めだと?何様のつもりだ!)
自分に向かってくる二体の敵のうち、前の一体に向かって自分もさっと一歩踏み込んだかと思うと、すぐさま素早く左にステップして回避。低級な不死怪物はことに反応が鈍い。前の一体はかろうじてアグネスについてきたが、後ろの一体は方向転換できず敵を見失い、あさっての方向にうろうろと。これで敵をバラバラに出来た。不死怪物の性質を知り尽くしたアグネスのその動き。
(たわいもない!見ろ、こうだ!!)そしてすかさず近くの一体に一突き。その手際はよかったが、しかし。
(さぁ次で最後だ!侯子よ巨人よ、私の技を見るがいい!!)
気負った彼女は、四体目の敵に十分な神聖力を流し込むのを思わず怠った。それは確かに倒れたが、まだ完全に活動を止めてはいなかったのだ。
次の敵に剣を向けて構えたその瞬間。倒れたはずの四体目に、アグネスは足首を掴まれた。姿勢を崩し足が止まったアグネス、そして眼前に五体目の怪物が迫る!
(しまっ……)
だがその瞬間、その怪物の頭が斜め真っ二つに弾け飛ぶ。間一髪、飛び込んだメネフの神速の剣が閃いたのだ。彼はそのまま返す刀で床を薙ぎ払いアグネスの足を掴んでいる怪物のその手首を切断、立ち上がってきたところを今度は大上段から唐竹割。二体の敵を瞬く間に葬って。
「……危なかったな。大丈夫か?」「あ……」
何事もなかったかのような、涼風に吹かれるようなメネフの顔に、返す言葉を失うアグネス。侯子メネフ、神の特別の加護のない世俗の剣士、だが忽然と悟らされる。
その剣技は自分のものより遥かに上、達人の領域。この男は、只者では無い……!
「気をつけてな。ここは済んだ、先に進もうぜ。なぁにわかってるさ、やりにくいんだろ?それじゃぁな。うん、どうやらアンタ一人でもこの辺の敵なら問題ねぇが、やっぱりちょいと効率が
テツ、しばらく後ろはたのむぜ!ベンはまんべんなくキョロキョロしてくれ!二人とも婆さんをよろしくな、行こう!」
「なんだこれは?」「ふぅん、こいつは……」
一行の目の前の通路。床から槍が突き出している。一本は中央、一本は通路の右端。左の壁には、突き立つ一本の矢。
「……みんなとまって!あぶないよ!」
慌てて前に駆け寄るのはベンだ。ヒゲを震わせ鼻をひくつかせ、そこらここらと探る様子。やがて。
「みて、ほらここ!」十分に腰を引いて用心し、体をかわしながら床の敷石を叩くと、すぐ側の地面から新たな槍が勢いよく飛び出し天井を突く。ベンはそのままさらに仔細気な顔で行く手を窺い、険しい声で。
「う~ん、この道ムリ、きっとワナいっぱい。とおるのダメ!」
「チッ!コウモリ女め、ろくでもねぇ小細工しやがって!だが……この最初から突っ立ってる槍は?」
「たぶん兄貴がみつけたやつ。この辺、兄貴の匂いがいっぱいのこってる」
「何?」テツジがせきこむ。「ではオーリィ様も?!まさか?!」
「ううん大丈夫。だって槍に血の匂いない。兄貴もワナ探し上手、きっと引っかかる前に……」
「暴いてみせたってわけか。ゾルグめ流石だな……安心しろテツ」
鯨のようなため息を吐いて胸を撫で降ろす巨人。
「それに!てこたぁ、オレ達も道は間違っちゃいない。二人をちゃんと追って来れてるってことだ。いいぞベン!
……ただここは通れねぇんだな?二人もここで引き返した、と……さてベン?今度はどっちに行く?」
「うん。でんかさま、おれ、この辺ちょっと調べてみる。ここでじっとしてて」
「頼むぜ……アグネス?」
新たな道を探しに行ったベンを見送って、ふとメネフが残りの仲間に振り返ると、一人皆と少し距離を置き佇むアグネス。それは今まで通りだが、彼女の視線の先にあるものは。
「どうした?」「ああ……いや何でもない」
そんな顔じゃねぇだろ、とすぐに悟るメネフ。そして。
「これか?だよな」罠の槍にガシリと手をかける。そして前後左右にガツガツと揺すってみたが。
「なぁるほど。こりゃ抜けねぇか……ヤロウ!手下にはガラクタ武器ばかり持たせておいて、こんなとこにだけこんなピカピカの上等なヤツをよ……クソッ!」
「なにそんなもの、まかせろ」後ろから声をかけてきたのはテツジ。
「そういうことか、俺にもわかった。ならばこうだ」
途端、テツジは猿臂を伸ばし手刀を槍が地面に植えてあるその傍に突き刺す。魔城の石畳の(その材質が本当に石なのかは大いに疑問だが)床も、巨人の爪にかかれば柔らかい畑や芝の地面に等しい。刺さった土台の石の塊ごと、槍の石突を掘り起こす。そして掌に握ってボリボリと揉むと、槍を噛んでいた石もすっかり砕け落ちて。
巨人の手に残ったのは、新品同様の鋭利な、一本の槍。
「出来た。そら!」そしてテツジはそれをアグネスに差し出す。
「お前はきっと、剣より槍の方が得意なのだ。そういうことだな殿下?」
「そういうこと。さっきも槍ばかり品定めしてたし、第一戦い方でわかる。アグネス、あんたの突きはありゃあ、剣じゃねぇ、槍使いの動きだ。
……どうした?」
困惑とためらいに眉をひそめたままのアグネスは、テツジの差し出す槍を取ろうとしない。メネフはふっと、やるせない小さなため息を一つ。
おそらく。
アグネスは異種族である石巨人からほどこしを受けるのをためらっている。
「悪ぃなテツ」メネフはテツジから代わりに槍を受け取って、改めてアグネスに差し出す。
「聞いてくれ。今オレたちは、持ってる力は全部使わなきゃならねぇ。アンタと合う前に婆さんにも言われたよ。オレたちは『みんなで強くならなきゃならない』んだ、ってな。
アグネス、これであんたが少しでも戦いやすくなるんなら。
……頼む、使ってくれ」
「……!」
頼む、と。メネフが彼女に初めて見せるその真摯な一言。頭を下げるその姿に、アグネスは一瞬熱く胸打たれる。だがそんな自分をごまかすように、アグネスはさっとメネフの手からその槍を無言でもぎ取り、伏し目がちに目を逸らす。メネフは軽く肩をすくめながら、今度は一安心のため息。背後の巨人を見上げれば、彼は腕組みをしながら満足そうに頷いている。
「みんな、道わかった!こっちこっち!」
おりあたかも戻って来たベン、その声に向かって、アグネスは槍を携えそそくさと先に行く。
「ありがとう」
皆の様子を黙って見ていたコナマが、まるでアグネスに成り代わったように一言。そして三人は共に頷きを交わして少女の後を追って行った。
ケイミーの捉えらえているその小部屋に、シモーヌが戻って来た。空の暖炉にまず手にした燃える松明を横たえると、次に妖魔は部屋の家具を片端から叩き壊し始める。調度品はどれも古く半ば朽ちているようだが、それでも。
見た目の姿はか細いシモーヌが、素手で容易くその破壊が出来るのは、やはり彼女が人ならぬ存在だから。ケイミーはまた新たに軽く身震いを一つ。
そして砕いた破片を一山にして暖炉の脇に積み上げると、妖魔はその残骸を薪として暖炉にくべる。先に置いてあった松明の火が燃え移り、たちまち室内は明々と。
作業の間、シモーヌは苦しげに小さくうめいていた。そして暖炉に十分な火が入ると、耐えかねたかのようにすかさず部屋の一番暖炉から遠い隅に跳ね飛ぶ。ケイミーはゲゲリから聞いていた、不死怪物は炎が苦手なのだと。だがそれを押してなお、シモーヌは暖炉に火を灯した。
(ケック……わたしの……ため?)
どうして、と。誰に対しても物怖じしないケイミーが、今はなぜかその問いを口に出来ない。相手が恐ろしい怪物だから、それは無論だ。だがそれ以上に、ケイミーには思える、それは何か聞いてはいけないことのような……だが。
「この城の中にテバス古城のかけらを少し残して置いて良かった。よだかの造作は殺風景過ぎて落ち着かぬからな。鳥よ、こうしてお前を暖めてやることも出来る。どうだ、もう寒くなかろう?」
そっか、ケイミーは思う。炎を嫌うシモーヌのための城なら、なぜ暖炉があるのか?それは粉々になって宙に散ったはずのテバス古城の一部を、顕現した魔城が取り込んでいるから。今自分のいるこの部屋は、かつてはあの古城の一室だったのだ。
そしてさらに思う。黒々とした冷たい石造りの魔城を「殺風景」だと感じる心が、シモーヌにはまだある。
(やっぱり、聞いてみたい……!)
ケイミーの葛藤。目の前に触れてはならない秘密、それが恐ろしいものであればあるほど、持ち前の好奇心が震えるのだ。
「ケケケ、ケック?シモーヌ、アナタ、アナタはどうして……?」
不死怪物になったのか?なぜこの残酷な戦いを始めたのか?!
ケイミーが震える嘴をカタカタと鳴らしながら言いかけた、その時。
部屋の中央に揺らめく陽炎。空間が歪み、何かが現れるようだ。
「ふむ。仕上がったな。よし!我が穢れを受けし屍の騎士たちよ!その身を此処に現し汝らの主人に名乗れ!」
「おお、我らが
(ギィ!何……これ……!)
そのあまりに奇怪な姿に、口にしかけた問いを飲み込んで慄くケイミー。
「よし。では汝らに命を与える。この城に入り込んだあの娘の首を我に捧げよ。汝らのかつての主人だった、かの者の首を。行け!!」
陽炎のかぎろいと共に、空間に溶けて消えるその姿。
「ふふ、聖騎士よ、そして私に逆らう愚か者共よ!彼奴らが相手では、さぞや手こずるであろうなぁ……さ、とくと見せてもらおうか」
そして妖魔は頬に邪悪な笑みをうかべて姿見に齧り付く。ただその前に、妖魔は一瞬だけケイミーに眼差しを送った。
その穏やかな暖かい眼差しは、かえってケイミーの心を凍らせる……
(続)
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