第9話 魔女、鍛冶屋と押し問答する

「そこだ」グノー親方の指が指し示すところ、工房の裏手。そこは丁度村境でもあり、切り立った崖になっている。生い茂った木々の枝は工房に被さるように伸び、工房と崖の間のわずかな空間は、降り積もった落ち葉に覆われている。

「そこを軽く掘ってみろ。毎年一度は掃除してある、そんなに深く埋まっちゃいねぇはずだ」

 先に立っていたグノーはそう言いながら、テツジに場所を代わってそう促した。

「……わかった親方、ここだな?」

 巨人の広い肩幅にとっては狭いその空間に、テツジは身をやや捻り傾けながら入り込み、しゃがんで言われたその地面を掘り始める。彼の背後には腕組みで見守るグノーと、興味津々の一同。特にオーリィは余程好奇心に駆られているのだろう、彼女の蛇の下半身を使って天に大きく伸びあがり、テツジの背を超えて覗き込む形だ。ケイミーも早速屋根の上に飛びあがる。そしてコナマはにこやかにグノーを見上げた。

「思い出したわグノー、あなたのお爺さんの形見。こんな偶然があるものなのね」

「形見ってほど大事にゃしてなかったがな。ああ、まさかな」

 やがて。半ば朽ちた木の葉を搔き分けていたテツジの太い指先が何かに触れた。

「これは……これか……!」

 落ち葉に埋もれた何かを掴んだ巨人は、それを勢いよく引きずり出した。手にした彼も皆も、現れたそれを見て一斉に感嘆の叫びにため息。

 掘り出されたそれ、一本のシャベル。へら先も長柄も持ち手もすべて一体の金属製、泥に汚れてはいるが、テツジが手で拭うとどこもギラリと黒光りする。全く錆びてはいないようだ。いやいや、何より!

 普通の人間に優に倍するテツジの巨体に誂えたかのような、その馬鹿げた大きさ!

「ああ、なんて……ケイミーさんご覧になって?」

「クワーーーック!すごいすごい、あんなに大っきなシャベル!!」

「マジかよ、確かにスゲェな……おい爺さん、何だってあんなモンがあるんだよ?」

 すると、当のグノー親方は妙にほろ苦い顔。コナマが代わって口を切った。

「あれはね、この鍛冶工房の先々代の親方、つまりグノーのお爺さんが作ったものなの。昔はこの工房の前に立てかけてあったのだけど……」

「親父に聞いた話だがな、わしの爺さんにはそういう妙な茶目っ気てぇか、『鍛冶屋の技で人を驚かせたがる癖』があったらしい。あれがドンとそこらに置いてあったら、そりゃあどいつもコイツも目を剥くってもんよ、今のお前らみたいにな。要するにあれは爺さんの腕自慢、工房の看板だったんだ」

「それがなぜあんなとこに埋まってんだ?」

 皆の気持ちをメネフが代弁する。スルスルと体を引き下げる魔女、ハタハタと舞い降りる人面鳥。皆グノー親方の周りに集まってくる。

「あんな馬鹿でかくて重たいモン、誰にもまともに使えるわけがねぇ。ちょっと動かすだけでも大仕事だ。こけおどしの看板、命の無いガラクタよ!さっきも言ったが、わしはそういう『役に立たないもの』は好かねぇ。親父もそうだったし、よく言ってた。爺さんは『確かに凄腕だったが、時々くだらねぇものを遊びで作るのが玉に瑕』だったってな。

 つまり爺さんと親父は『鍛冶屋としての道が違った』。爺さんが死んで親父の代になったんで、親父はあれを始末しようとしたんだ。あれは上から下まですっかりアダマンタイト。それをあのガラクタにあんなにどっさり使ったままただ転がしておくのは、親父は鍛冶屋として我慢ならなかったんだな。わしにもそれはよくわかる」

 アダマンタイト。鉄を遥かに越える強靭さを持ち、錆にも極めて強い。何を作っても最高の金属だが、それゆえに採りつくされて今ではその産出量は極少。グノーの父は職人として「宝の持ち腐れ」を厭ったのだろう。

「だがな、親父はあれを鋳潰すことが出来なかった。爺さんめ、ただでさえ強情で普通に打つのにも苦労するアダマンタイトに、【不屈の魔刻】を彫り込みやがったのよ。おかげでどんなにタガネで打ったって傷一つ付かねぇし、釜にぶちこんで真っ赤になってるのに、ブッ叩いても形がまるで変わらねぇ。さんざ手こずらされた挙句、全部無駄骨になった親父はとうとう癇癪を起して、あれをあそこにうっちゃった。

 魔刻の力は絶対じゃねぇ、破ることも出来る……鍛冶屋の技量がそれ以上あれば。つまり親父は爺さんに思い知らされちまったわけよ。お前はまだ青二才だって。今にして思えば、爺さんとしちゃ『宿題』のつもりだったのかも知れねぇな。

 ……そうよ、白状する。わしも!何度も試した。あのシャベルに、爺さんの魔刻に何度も挑戦してみたんだ。だが太刀打ち出来なかった。最後にやったのはいつだったか、もう覚えちゃいねぇ。結局わしもあれをうっちゃって、今までそのままにしてきたってわけだ。

 ……で?おいデカブツ、どうだそれを持ってみて?お前はどう思う?」

「フフ……最高だ」普段あまり感情を表に出さない巨人が、満面の笑み。

「長柄も後ろの持ち手も、掌によく馴染む。吸い付くようだ。へらの大きさも形もいい。俺の足の幅にピッタリだ。それに……この重さ!長さ!まるで……」

 テツジはへら先を天に向け、その巨大なシャベルを振りかざす。

「俺のために誂えられているようだ!親方、試すぞ、いいな!?」

 そしておもむろに自分の頭上に担ぎ上げ、長柄を折ろうとし始めた。食いしばる顎、額に浮かぶ血筋。腕から胸、そして踏みしめる脚、次々と力が伝搬し膨れ上がる筋肉。石巨人が渾身の力を込めるその姿は、噴火を寸前にする火山のようだ。その場の誰もが息を呑む。やがておもむろに彼の体が弛緩する。

「ムム……ふうぅ!まいった、降参だ、ビクともしない!こいつになら俺の全力が込められる!こんなものは初めてだ、本当に凄い、凄いぞ!!」

 魁偉な容貌に似合わないテツジのはしゃぎように、コナマは幼子を見るようににっこりと小さな黒い目を細めて。

「ねぇ、グノー?あのシャベル、もしかしたら。あなたのお爺さんは、あれを石巨人の誰かのために作ったのかもね」

「ああ、そうに違いねぇ。爺さんの時代ならまだ石巨人はこの世にいた。爺さんは会った事があるんだ……デカブツ、いや、テツジとか言ったか?お前も言ってたな、ドワーフと石巨人は穴で一緒に働く仲間だったこともあったって。爺さんは本当は石巨人のためにそれを作った……ただのガラクタじゃなかったんだな……だったら!!

 それはお前のモンだ、死んだガラクタだったそいつに命を吹き込めるのは、今はお前だけだ!くれてやる、持っていけ!!」

「有難い……ありがとう親方!オーリィ様、お願いします!」

 喜色満面。しかし律儀な従者は、主人に許可を求めることを忘れてはいなかった。忠義の筋道として、そのシャベルはあくまで。テツジはそうわきまえていたのである。

 だが、魔女からはすぐに返事が返ってこない。

「あああ……なんて逞しい……はあああああ……」

 返事が出来ないのだ。陶酔しきっている。顔から喉元まですっかり紅潮させながら、その頬に手を当て、肩を右に左に身もだえるばかり。

「クワ~~~ック……ああもう、オーリィったら、メロメロのデレデレだよ……」

「ほんとに。さっきの彼の姿にしまったのね、わかりやすい子だわ」

「こりゃ俺たちがいなかったら、オーリィちゃん、テツジに抱き付いてグルグル巻きにしてるんだろうな……おいオーリィちゃん?オーリィちゃんって!」

 返事を待つ巨人の困惑顔を見かねて、メネフが魔女に声をかけた。その声にオーリィはようやく夢幻郷から戻って来たのだろう、弾かれたように。

「…え?!あ、あの?そう、そうね!……コホン!……いいわテツジ、お前への褒美はそれにしましょう!……親方?」

 実に忙しい。咳払いで落ち着いたふり、どうにか威儀をとりつくろった体で従者に許可を与えると、今度はグノーに向かって露骨な猫撫で声。

「素晴らしいわ、なんて素晴らしい……じゃなくて、シャベルなのかしら?親方、どうかこれをわたしに下さいな!今お代を……ああ困ったわ、砂金が残り一袋、これではとっても足りないですものね!親方、ちゃんと残りは払うわ、あとどれだけ?二つ?三つ?いくらでもいいわ、言って頂戴!!」

「ああん?」だがグノーは首を傾げつつ渋い顔。

「別に金なんぞ要らねぇ。タダでやるから、デカブツに勝手に持ってかせな」

「……タダで?……それは困るわ。ちゃんとお代を言って頂戴?」

「いや、だからな?要らねぇものは要らねえんだよ。つべこべ言うな、持ってけ!」

「どうして?このわたしが払うと言ってるの!つべこべは親方の方でしょう?さっさとこのお金を受け取って、あとどれだけ欲しいか言いなさい!」

 妙な雲行きになって来た。オーリィはグノーの胸に砂金の袋を押しつける。ドワーフは魔女のその手をうるさそうに打ち払う。

「要らねぇ!いいか、そもそもあのシャベルはわしの打ったモンじゃねぇ、爺さんが作って、わしはあれをゴミにしてうっちゃってたんだ。今更そのゴミを売りつけて金を取るなんぞ……そんなことをうっかり村の連中に聞かれたら、どんだけバカにされるか?鍛冶屋の名折れだ!いいから黙っておとなしく拾って帰れぇ!!」

「そんな……それはダメよ!そんなことは絶対にダメ!!いいこと?この沼蛇の魔女オーリィは、大事な僕に褒美の品を与えたいの!だからその品は!テツジの忠勤に見合う価値のあるものでなければならないわ!!拾ったゴミを与えろですって?そんなことが出来るものですか!!黙っておとなしくお金を受け取りなさい!!」

「うるせぇ!!持ってけ!!」

「お黙り!!さぁ!これを受け取るのよ!!」

 ポカン顔で皆をキョロキョロと見渡すケイミー。

「クワ~~ック???ねぇコナマさん?メネフさん?これどういうケンカ?」

「やれやれ……!」「あらあら……!」メネフとコナマはおもわず声をハモらせた。

「クソ爺いめ、いくらかでももらっときゃいいじゃねぇか!偏屈でかなわねぇ……」

「オーリィもね。ホントに意地っ張りなんだから」

「どうする婆さん?なんかこう、上手く手打ちさせる手は無ぇか?」

「そうね……」視線をテツジに移すコナマ。程なくニコとほほ笑んで。

「シャベルがあるのだから……じゃあこうしましょう。グノー!オーリィ!」

 二人の間に飄々と割って入る小さなノーム。侃侃諤諤と怒鳴りあっていた二人がその一声でスッと静まるのを、メネフは目を丸くして見ている。

(流石だな。婆さんめ、お得意の術でもこっそり使ったのか?いや人徳ってヤツだな、ああなると……)

 。だがになれば、それは息を吸い吐くように無意識無造作に発露されてしまうのだろう、メネフはそう踏んだ。

「ねぇオーリィ、せっかくグノーがそう言ってくれるのだから、そのシャベルは貰っておきなさい。その代わり、あなたはそのお金で別の物を注文すればいいのよ。

 テツジさん?どうかしら、あなた……『ツルハシ』なんてお好き?」

「ツルハシ……ですか?ええ、それはもちろん。あれも穴を掘るには欠かせない。石巨人の中には、シャベルよりツルハシを好んで使う者も大勢いましたよ。俺もよく使っていました」

「なら決まりね。オーリィ、グノーにお願いしなさいな?テツジさんにピッタリの、そのシャベルと丁度対になるような、大きくて頑丈で強いツルハシ!それを打って欲しいって。彼がそれを使う姿、よきっと。

 ねぇグノー?あなたは前から言ってたわ。『わしが親父に習って鍛冶の仕事を始めたときは、爺さんの方はもうヨレヨレで、その仕事っぷりを直に見ることは出来なかった。わしはいっぺん爺さんと腕比べをしてみたかった』って。

 魔刻勝負は今のところあなたの負けだったのね。でもわたしは思うのだけれど、鍛冶屋として腕比べするなら、方法はそれだけじゃないのではないかしら?

 テツジさんのために今度はあなたが打つのよ、『石巨人のツルハシ』を!それを彼に使ってもらって、お爺さんのシャベルと『使い心地の良さ』で勝負というのは?」

「……はあああああああ!素敵、素敵だわ!」魔女の胸に最前の陶酔がよみがえる。

「……面白れぇ!」ドワーフは片手の拳を自分の掌に打ち付けて会心の笑み。

「決まりね。さぁ二人とも?」

「親方親方!改めて注文させてもらうわ。わたしのテツジのためのツルハシ、とびきりの仕事でお願いよ?お代はいくらでも、遠慮なく言って頂戴!」

「ったりめぇだ!爺さんとの勝負だ、わしの本気の本気でやらせてもらう。そうだな……今時総アダマンタイトはちょいと無理だ、材料集めだけで何十年かかるか?だが使い勝手勝負なら、あんなべらぼうでこけおどしな材料はいらねぇ……当たり前の鉄と鋼で、あれ以上のモンを……今のわしなら打てる!!

 おい小娘!だがちょいと値は張るぞ、大仕事だからな!まずその一袋、その他にあと四つばかり払ってもらおうか?」

「全部で砂金が袋五つね?ホホホ、そんなものでいいのかしら?なら!まずは手付にこれを!残りも必ず、すぐに持ってくるわ!!」

 魔女の持つ砂金の革袋が、ようやく鍛冶屋のドワーフに手渡される。

「ケックケック、商談成立、めでたしめでたし!よかったねオーリィ?」

「ウフフ、ありがとうございます。ああコナマさんも!今日は色々本当にありがとうございました」

 和やかに笑いあう女達をちらりと眺めながら、しかし巨人は彼女らに気取られないように、そっとメネフに声をかけた。

「殿下にもお世話になりました、ありがとう。ところで?あのコナマさんという方はどういう方なんです?ただの薬売りとは思えないが……?」

(コイツ……?)テツジの目つきにメネフが直観する、ヒヤリとした切れ味。

(探りを入れてンのか?さては、頭の中身は見た目ほど大雑把じゃねぇな。さて今、どこまで話すか……?)

 一瞬の躊躇の後、口を開きかけたメネフに、グノー親方の呼び声一声。

「小僧!デカブツ!最後にもう一つ用が出来た。小僧、もう一度お前の左手を渡せ。デカブツは、工房の入口までそのシャベルを持ってこい!」

「悪ィ、ちょっと待った……なんだ爺さん、これをどうするんだ?」

 これ幸い。メネフは自分の義手をガチャリと外して、巨人の物問いたげな視線から逃げる。フンとごく軽く不満な鼻を鳴らしつつ、テツジもその場では事を荒立てない。何事もなかったかのように、黙って親方の言う通りにシャベルを運ぶ。

(油断禁物か?アイツ、オーリィちゃんより手ごわいかもな……)

(やはりな。殿下のあの顔、何を隠しているのか……?)

 二人の間に散った小さな火花に、女達は気付かない。

(続)

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