沼蛇の魔女と石の巨人
おどぅ~ん
第一章 魔女出立編
第1話 魔女、里に降りる
「オーリィ様、輿の乗り心地はいかがでございますか?」
「いい眺め、それにいい風……最高よ!気に入ったわ、テツジ」
山の中腹から人里に向かって開けたその小径を、一組の女と男が降っていく。だがその異様な姿、光景は如何なることか。一目でわかる、二人共、人間ではない。
男は雲をつくような巨人であった。身の丈は実に、普通の人間の男の倍。大木の幹のような太い胴体に、これまた切り出したばかりの丸のままの木材のような腕と足が繋がる。分厚い胸板に盛り上がった肩、屈強に鍛え上げられたと思われるその肉体のシルエットは、普通の人間としても圧倒的だったであろうが、今のその男の姿は立ち上がった巨象にも等しい威圧を持って迫る。
そして男は今、その巨体に粗末な腰巻一つの裸体であった。しかし、その肉体を包む全身の皮膚の異様さはどうだろう。胡麻斑混じりの青ざめた灰色、ゴツゴツと荒れた表面。岩山に命が宿って歩き出したならば、まさに今の男と同じ姿と感じられるのではないか。
男はその背に、家屋を破壊してバルコニーだけを切り出したようなものを担いでいた。それがどうやら、男が「輿」と呼んだ「乗り物」。そこに、半ば寝そべるように優雅にすわる女。
「お気に召していただければ幸いです。オーリィ様が山道でお御足を汚されてはいけないと思いまして、急拵えしたものですから……」
「こんなものをあっという間に用意してしまうなんて!お前は器用なのね。でも……
フフ……わたしの『お御足』というのは、どうなのかしら?」
「やっ!これは失礼を申し上げました、どうかお許しを!」
雲突くような威容の巨人の示す、まるで叱られた少年のような恐縮顔に。
「いいのよ!お前としてはそう言うしかないものね?気にしてなんかいないわ。
……わたしはただ、お前のその困る顔が見たかっただけ。可愛い顔!」
そう言って女はケラケラと嬉しそうに笑う。
身に纏うのは黒いドレス。ノースリーブの肩をショールで包んでいる。上品な仕立てだが、決して贅沢な物ではない。この「人物」の雰囲気からすれば意外なほど質素なもの。
深い紫色の、立てば腰まで届くほどの長い髪。それが光の反射で緑色に輝く。肌の色は抜けるように白く、顔だちは端正で柔和。うっすらと浮かぶそばかすは、むしろ親しみやすい印象を与えるほど。
美しい女であった。ただし。
その両眼は、黒い眼球に縦長の緑の虹彩。
そして、「輿」に寝そべる女の下半身には、両足が無い。その代わりに、玉虫色に輝く鱗に覆われた蛇の腹と尾が、女の腰の下から続く。
ラミア。
さらに一際目立つのは、彼女の左腕であった。飴色の鞘のようなものにすっかり包まれている。いや。あるいは、それは昆虫などに見られる外骨格なのではあるまいか?だとすれば、例え彼女がラミアという人ならぬ存在であるにしても、いささか奇妙な特徴だが……?
「……お許しいただきありがとうございます」
と、巨人はなおもはにかむような顔色で、
「しかしオーリィ様、急に人間の里にお降りなさるというのは、いったいいかがなされたのですか?」
「それを聞かずにこんな物を拵えて、わたしを担いでここまで来たのに?やっぱり気になるの?」
「お命じと有れば私は何でもいたします。ですが、人間にお姿をお見せになるのは……ことと次第によれば」
「面倒なことが起こる、かしら?そうね、そうかも。少しは騒ぎになるでしょうね。
でもわたしは別に何か企んでいる訳ではないわ。今日の要件はね、簡単よ。
……楽しいお買い物!軍資金は砂金が2袋、ズッシリ。人間達にとっても悪い話ではなくってよ、わたしと取引するのはね」
「わかりました。では参りましょう」
またもやケラケラと笑う女に、巨人はやや憮然とした声で答える。不愉快ではない。
(それでもあるいは……その時は!)
一つ腹に決めて、巨人は山道を降り続けた。やがて、2人の眼下に広がってきた、辺鄙で長閑な、村里の風景。
奇妙な主従が降りて来るのと同じ山道を、一人の男が先に駆け下って来た。
「大変だ、大変だ!魔女が!『沼蛇の魔女』が攻めて来た!
俺は見た!魔女が巨人に担がれてこっちに向かって来るのを!きっと魔女が村を襲いに来たんだ!!」
どうやら「騒ぎ」は、女の予想よりずっと大きくなるようだ……
(続)
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