第2話 仕事


 「仕事、終わったわ」


 昼間でも薄暗い路地裏の中。

 依頼主に達成の報告をしてみれば、相手は怯えた様子で此方に麻袋を差し出して来た。

 一般的には無礼な態度だろうが、“魔女”の私に対してしっかりと約束を守ってくれたのだ。

 それだけでも良心的と考えるべきだろう。


 「安心して、すぐに去るわ。コレ、相手の身分証。数名は賞金首がいたから死体は兵士に引き渡したけど、確認するなら――」


 「い、いや……いい。俺の家族を襲ったアイツ等が確かに死んだのなら、それで良い。本当に死んだんだよな? アイツ等は」


 怯えた様子の小太りの男性が、ビクビクと肩を震わせながら縋る様な瞳を此方に向けて来た。

 彼が私に出した依頼は、復讐。

 彼の妻子、両親、祖父母まで殺されたという。

 衛兵に頼ったり、他の者にも依頼を出したが、結局捕らえることすら出来なかったらしい。

 そして最後の手段として、魔女を頼った。


 「えぇ、間違いなく。報告にあった人数より多かったけど、彼等の仲間の様だったから始末したわ」


 「す、すみません! 情報に誤りがあった様で、申し訳ありません! ですからどうか、命だけは!」


 何を勘違いしたのか、依頼主はその場に額を擦りつけながら謝罪の言葉を紡ぎ始めた。

 賊や街中の犯罪集団など、日を追うごとに人数の上下など当たり前だというのに。

 そんな理由で、私が依頼主を傷付けるとでも思っているのだろうか?

 なんて、思うだけ無駄なのはよく理解している。

 私は魔女だ。

 恐れられている存在で、拒絶されて当たり前な生き物。

 差別する対象であり、好き好んで近づこうとする変わり者は普通いない。

 機嫌を損ねれば一瞬で命を刈り取ってしまいそうな、恐ろしい化け物。

 この世界には、そういう“常識”が蔓延っているのだから。


 「咎めている訳ではないわ。とにかく、依頼は達成した。報酬、ありがと。それじゃ私は消えるわね」


 それだけ言って、依頼主に背を向けた。

 これ以上一緒に居ても、相手を不安にさせるだけだろう。

 何度でも言うが私は魔女だ。

 “ソレ”がどれくらい嫌われているかと言えば……露店などで買い物をする際に露骨に嫌な顔をされたり、そこらのお店で入店を拒否される程。

 まぁ、噂というか伝承を信じていれば当然の反応なのだろう。

 魔女とは、関わるだけで不幸を呼び込む存在と言われているのだから。

 でも、今日は。


 「久しぶりに、ちゃんとした報酬」


 表情はそのままに、裏路地の角を曲がった瞬間麻袋を開いた。

 ちょっとウキウキした気分で中身を覗き込んでみれば、今回の依頼主が提示した金額がしっかりと入っていた。

 うん、あの人はきっと良い人だ。

 仕事をしたのに「魔女に払う金なんかあるか!」とか言って来たり、帰ってみれば依頼人が見つからなかったりなんて事はザラにある。

 せめて提示した金額だけでも払ってくれと食い下がれば、諦めて支払ってくれる人も居る。

 何故か怒鳴ったり、泣きわめいたりすることも多々。

 だからこそ、今回の人は良い人だ。

 最初からすぐに約束した金額を払ってくれた。

 今度依頼されたら、優先的に仕事をこなしてあげよう。

 とはいえ、優劣や優先度を決める程仕事は無いのだが。


 「生きるというのは、難しいわね」


 魔女の私には、普通の仕事なんて就ける訳がない。

 だからこそ、何でも屋を名乗って依頼を待っている毎日。

 依頼されるのは犯罪者の始末や、賊の壊滅という戦闘系ばかり。


 「それもまぁ、この長剣のせいなんでしょうけど」


 私の体と合わない、長すぎる黒い長剣。

 刃の幅も普通の物に比べると広く、女の私が手にすると大剣の様。

 コレの見た目のせいもあり、とにかく戦闘が得意だと思われているのだろう。

 まぁ、間違ってはいない。

 この剣は、私の記憶が始まった時から持っていた物。

 何やら、魔剣とかそういう類ではあるらしい。

 正直よく分からない。

 そして、自身の事も……悲しい事に良く分からない。

 私には昔の記憶が無いのだ。

 “魔女ではなかった頃”、私はこの国の兵士だった様だ。

 とある作戦に参加し、資料では戦死扱いになっていたとか。

 それも、この国に戻って来てから偉い人に説明されて判明した事だが。

 その後は国に仕えていた身だった事もあり、この街に住む事を許されはしたが……古い一軒家と、過去の退職金を渡されあとは放置されてしまった。

 家族も無く、友人も居ない。

 だからこそ、私は十数年何も分からずに生きて来た。

 この世界の常識や知識、戦い方は分かるのだ。

 でも、自身の事だけが分からない。

 最初こそ不安だったものの、今ではその日その日を生きる為のお金を稼ぐ事に必死になる日々。

 もはや昔がどうとかではなく、どう今を生きるかの方が重要になっていた。


 「とりあえず、今日は串焼き食べる」


 ふんすっと気合いを入れてから、路地裏から飛び出した。

 魔女とは、皆に忌み嫌われる者。

 だからこそ、露店の買い物一つでも嫌がられる。

 普段は、安くてどこで買ってもあまり質も変わらない保存食や干し肉ばかりどうにか購入して食いつないでいるが。

 今日はお金が入ったのだ。

 だから、少しくらい贅沢しても良いのではないだろうか。

 そんな事を考えて、美味しそうな露店を探し始めるのであった。


 ――――


 「エレーヌさん、お疲れ様です」


 「……また来たの?」


 家に帰った直後、呆れた声を上げてしまった。

 周りに民家の無い、町外れのボロ屋。

 魔女の館なんて呼ばれ、仕事を依頼しにくる人以外は全く近付かない場所。

 館と言える程大きくないし、ただ古いだけの一軒家だが。

 それでも気味の悪い場所、なんて言われていた。

 だというのに我が家の庭先で、勝手に料理をしている人影が一つ。


 「しばらく来なかったから、やっと言う事を聞いてくれたのかと思ったのに」


 「仕事でちょっと離れてまして。あ、焼き鳥作ってるんですけど食べます?」


 「話を聞きなさい」


 彼は数年前に助けた商人の息子。

 名を“トレック”。

 いつかお礼に行くなんて宣言して、本当に訪れた愚か者。

 私の所なんかに入り浸れば、街中で後ろ指を指される事になりかねないのに。

 思い切り溜息を溢しながら、無視して家に向かおうとしてみれば。


 「今日は凄いですよ、なんと高級な鳥を何羽か丸々貰って来ちゃいました。いやぁ、俺って商売の才能ありますよね。言葉だけで信用を勝ち取り、新しい取引先との契約。更にはこんなお土産まで。俺が近くに居ればエレーヌさんも楽になりそうなのになぁ」


 やけに自慢気に、そして語る様に言葉を紡ぐ彼の言葉を聞いて。

 思わず隣に腰を下ろした。


 「覚えておきなさい、貴方の言葉が信用されるのは親の実績があってこそ。貴方一人の力ではないわ。そこを勘違いすると、痛い目にあう」


 「えぇ、本当にその通りです。でも、言葉が上手いってのは両親も褒めてくれましたよ?」


 「そこは私も認めるわ」


 「こうして隣に来てくれた訳ですしね?」


 「そういうのいいから、焼き鳥」


 「了解です」


 クスクスと笑う彼は、先ほどの調子に乗った様子など微塵も見せず、真剣に食材と向き合い始めた。

 商人というより、まるで職人みたいな瞳。

 そんな彼にチラッと視線を向けること数秒。

 コレと言って他に感想を残す事が無なかったので串焼きに視線を戻した。

 茶色の瞳にコゲ茶色の髪を頭の後ろでちょこんと結んでいる。

 顔は普通、中肉中背。

 でも持ち前の良く回る舌と、相手が欲しい物をチラつかせて動かすのは流石商人と言えよう。

 私の家に来る様になってから、もう数年になるのだが。

 こんな所に足を運んでいなければ、恋人の一人でも作りそうな年齢になっている筈なのに……まぁいいか。

 今は焼き鳥だ。


 「はい、もも肉と胸肉です。あ、タレ焼きが良ければ作りますよ?」


 「まずは塩」


 短く答え、彼が差し出して来た焼き鳥を両手に持った。

 帰りがけに買って来た牛串も有るのだが、それは夕飯にしよう。

 肉肉と続くが、鳥と牛だ。きっとバランスが良い。

 普段は貧相な食事が続いているのだ、多分全く持って問題ない、多分。

 という事で、ガブッと彼の作ってくれた焼き鳥に齧り付いてみれば。


 「ふはぁ……」


 変な声と一緒に、暖かい息が漏れた。

 普段まともな食事がとれないのに、高級お肉など食べてみろ。

 もはや感想など思いつかない。

 表面はパリッとしていて、肉その物は兎に角柔らかい。

 ほろほろと口の中で柔らかくほぐれる鶏肉を味わいながら噛みしめてみれば、ギュッと絞ったかのように旨味を含んだ脂が溢れ出す。

 豚や牛と違ってジワリジワリと広がっていく様な、肉の脂と味わい。

 あぁ、美味しい。

 思わず無言でもっきゅもっきゅと噛みしめてしまう程に、この鶏肉は美味だった。

 とにかく柔らかいので、そんな事をしてしまえばすぐさま口の中から消えてしまうのだが。

 それでも最後の一欠片まで逃すかとばかりに必死に噛んだ。

 これが高級鳥、多分二度と味わう事など無いのだろう。

 何てことを思いながら、一つ一つじっくりと味わいながら噛みしめていれば。


 「ご満足頂けた様で何よりです。ホラ、次皮が焼けますよ。早く早く」


 「ちょ、ちょっと待って。まだ味わっている所なの」


 「美味しそうに食べてくれるのは嬉しいですが、現在進行形で焼いている以上美味しいタイミングがあります。やっぱりこういうのは焼き立てが一番旨いですからね」


 彼の言葉と、すぐにでも焼き上がってしまいそうな焼き鳥を見せられ、慌てて手に持った二本を口の中に押し込んだ。

 昔は純粋無垢と言わんばかりの男の子だったのに、今ではこうして意地悪な事を言って来る。

 もしかしたら、私の知らない所で「俺は魔女の知り合いがいるんだ」みたいに切り札に使っているんじゃないか? なんて思ってしまう程に、私に対して遠慮しない。

 外聞があるからと、ここへは来るなと何度も言っているのに。

 暇があればやって来て、ここ最近は料理を覚えたと言って度々ご馳走してくれる。

 私にとっては儲けものと言った所だが、彼にとっての得なんて全然ない気がするのだが。

 やはり商談の際に、私の名前を使ったりしているのだろうか?

 だとしたら、また一言注意しておかないと。


 「トレック、貴方に言っておくことがあるわ。もしも私の名を使って、相手を脅している様な事があれば、私は――」


 「はい、出来ましたよ。タレ塗ります?」


 「皮は絶対塩」


 差し出された二本の串焼きを受け取って、すぐさま口に運んでみれば。

 あぁ……なんだこれは。

 カリッと嬉しい歯ごたえと、いつまでも噛んでいたくなる歯触りの良い食感。

 これだけでも他の露店で買った物より断然美味しいのに、しっかりとした味わいで舌をよろこばせ、炭火の良い香りが鼻に抜ける。

 そこらでどうにか串焼きを買う際には、結構質の悪い物を渡される事が多い。

 多分魔女に対する嫌がらせの様なモノなのだろうが。

 前回鳥皮を頼んだ時には、炭の様になった物体が他の串焼きに紛れていた事だってある。

 一応食べたけど、苦かった。

 そんな、言葉通り苦い思い出が一気に払拭されていくかの如く。

 この鳥皮は、うんまい。


 「それで? 相手を脅している様な事があれば、私は“皮は絶対塩”のエレーヌさん。何かまたお小言ですか?」


 ゴホッと思わずむせ込んでしまった。

 変な所で言葉が繋がってしまったらしく、訳の分からない言葉を発した人物になっていたらしい。


 「相変わらず、成長する度に性格が悪くなっていないかしら。そんなんじゃいつか周りから――」


 「次ぼんじりです、食べます?」


 「食べる」


 その後も似たような事が繰り返され、私はずっと焼き鳥をガジガジしているだけに終わった。

 もういい、お説教は後だ。

 今はこの美味しい鶏肉をじっくりと味わおう。

 なんて事を思いながら堪能し始めれば、ほんの少しだけ調理の手がゆっくりになった気がした。

 やっと味わって食べさせてくれる気になった様で何より。

 ここからはゆっくりまったりと、一つ一つの串焼きを噛みしめる様に食事を続けるのであった。


 ――――


 「相変わらず、あの人はご飯の時だけは表情豊かだ」


 上機嫌に鼻歌なんか歌いながら帰路に着いた。

 普段は全然表情が変わらない“無情の魔女”。

 戦っている時でも、怪我を負った時でも、相手を殺した時でも。

 彼女は一切表情を変えないと言われている。

 だからこそ、無表情で人の心を持たない魔女。

 と、言う事らしい。

 でも、慣れて来ると分かるのだ。

 困ったり呆れている時、または良い事があった時とか。

 本当にちょっとだけ、口元や眉が動いたりする。

 後は雰囲気とか眼つきの僅かな違いとか、本当に色々だ。

 そしてなにより、彼女が“無情”だなんて思えない最大の理由。

 あの人はご飯の時だけ、嬉しそうに笑うのだ。

 声を掛ければいつもの表情に戻ってしまうが、食べている間だけはまるで子供の様に顔が綻ぶのだ。

 最初見た時には、本当に驚いた。

 その時は差し入れ程度の物だったが、それでも嬉しそうに食べてくれた。

 だったら、もっと見たいじゃないか。彼女が喜ぶ姿を。

 俺を助けてくれた時から一切姿が変わらない、普通とは違う存在だったとしても。

 彼女の、エレーヌさんの笑う顔が。

 俺はもっと見たいんだ。

 だから。


 「料理人とまではいかなくても、もっと上手くならないとなぁ。父さんには悪いけど、俺は商人一筋にはなれそうにないや」


 そんな事をボヤキながら、次は何を食べさせてあげようかと献立を頭の中で組み立てていくのであった。

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