第31話 本領


 「今日も何とかなったぁ……」


 「お疲れ様、トレック」


 その後しばらくしてから、俺達は帰りの馬車に揺られていた。

 選手送迎用の武骨な馬車なので、景色などは楽しむ事が出来ないが。

 まだまだ走り始めたばかり、三区さえ抜けていないだろう。


 「結局今日もろくに剣を使わなかったわね、よくもまぁあんなにポンポン小物が出て来るもんだわ」


 若干呆れ顔のウィーズにそんな事を言われてしまったが。

 別に良いじゃないか、勝ったんだから。

 なんて、反論をしようかと口を開いたその瞬間。

 ガクンッと大きく馬車が揺れて停止した。

 反射的に足を踏ん張り衝撃に耐えたが、ウィーズは吹っ飛びジンさんもバランスを崩していた。

 この辺りは馬車に乗り慣れているかどうかだろう。

 というか今の衝撃、慌てて馬を止めたみたいな感じだったけど……外で何かあったのだろうか?

 思わず確認しようと扉に手を掛けたが、生憎とこの馬車は特別製。

 外からじゃないと扉が開かないのだ。

 三区以下の人間が馬車の外に逃走しない様にとの事だったが、これ事故とか火事になった時不味いじゃん。

 なんて、今更ながら危機感を覚えていれば。


 「兄さん!」


 勢いよく扉は開き、向こうからは見知った顔が飛び込んで来た。


 「ラム? どうした、そんな慌てて」


 ジンさんが驚きながらも声を上げれば、彼はそれどころじゃないとばかりの表情で馬車に乗り込んで来る。

 その間も馬車が動き出さない所を見るに、この人が無理矢理止めた上に御者を待たせているらしい。

 扉の向こうでは、街中を行き交う人々が興味深そうに視線を送って来ているのが見える。

 いいのかな、こんな事して……とか何とか思いながら、ポリポリと頬を掻いていれば。


 「コレ! こんな手紙が届いたんだよ! しかも差出人が、兄さん達の明日の対戦相手!」


 「あのなぁ……そんなもんいつもの事じゃねぇか。なんだ? またわざと負けてくれってか? 今回の賞金の倍以上出してくれんのなら考えるが、そうじゃなきゃ無視しときゃ良いだろうが」


 慌てたラムさんに比べ、ジンさんは非常に落ち着いた御様子。

 なんか凄い事言っていた気もするけど。

 いつも来るんだ、ていうかこんな急なタイミングで八百長依頼出して来るんだ。

 思わず呆れながら、ラムさんの差し出している手紙に視線を送っていれば。


 「確かに内容はわざと負けろって内容だけど……違うんだよ! 明日対戦する相手の雇い主。どうしてもお抱えの選手に箔をつけたいみたいで、とんでもない手を使って来たんだ!」


 「なんだか穏やかじゃねぇな……」


 ラムさんの言葉に、馬車の中が少しだけ張り詰めた空気に変わる。

 そして彼から手紙を受け取り、ソレに目を通し始めたジンさんの表情がどんどんと険しいモノへと変わって行く。


 「ジン、何が書いてあったの?」


 心配そうな様子を見せるウィーズが、眉を顰めながら手紙を覗き込もうとするが。


 「わりぃが俺はココで降ろしてもらうぜ」


 そんな事を言いながら、急にジンさんが立ち上がった。

 どうしたというのか。

 というか、五区の人間がこんな所で降りてしまったら問題があるのでは?

 確か上から下の地区に行くのは問題ないが、逆は無理だと言っていた気がするのだが。


 「兄さん、落ち着いて!」


 「落ち着いていられるか!」


 大声で怒鳴り合う兄弟。

 もはや何が何やら、とりあえず状況が分からないとどうしようもないんだが……とにかく二人を落ち着かせようと、俺も席を立ちあがった所で。


 「うるっさい馬鹿二人! 勝手に盛り上がってないで状況を教えなさいよ!」


 もう一人、ドデカイ声を上げて立ち上がった。

 いつもの倍くらい尻尾が太くなったウィーズが、フーフーと息を荒げながら二人を睨みつけ、ジンさんが握っていた手紙を奪い取る。

 既に握りつぶされ、しわくちゃになったソレを拡げて目を通して行けば。


 「私もここで降りる」


 問題児が増えた。

 これにはラムさんも驚いた様子で、慌てて馬車の入り口の前で両手を拡げてみせた。

 些か戦力差が凄すぎて、まるで子供が頑張って道を塞いでいるみたいになっているが。


 「気持ちは分かるけど、駄目だよ! 兄さん達が三区に出て行ったら、それこそ犯罪行為になる! 俺がこの手紙を兄さん達の元に持ってきたのは、この内容も踏まえて一旦作戦を練る必要が――」


 「その間もアイツ等がどうなってるか分からねぇんだぞ!? それでも呑気に家に帰れってか!?」


 「それこそ相手の思う壺だろうが! なんでわからないんだよ、この脳筋! 相手は明日の試合にどうしても勝ちたい。だからこんな真似をしてるんだろう!? それに俺もまだ五区に行って確認した訳じゃない、本当の事を言っているのかすら分からないんだよ!?」


 何やら口論が白熱し始め、皆が皆尻尾を太くしながら怒鳴り合う。

 これはもう、話し合いとかそういう空気じゃない。

 とにかく我を通そうと、誰もが感情的になっている。

 そういう時は、大抵良い答えなど生まれないモノだ。


 「エレーヌさん、ジンさんを取り押さえて下さい」


 「いいの?」


 「えぇ、まずは話し合いから始めないと事態が動きません。はっきり言って時間の無駄です」


 そう呟けば次の瞬間にはジンさんが馬車の床に押し倒され、腕を拘束されてしまった。

 やっぱり凄い、ウチの魔女様。

 体のサイズが倍くらい違いそうなのに、平然と取り押さえている。


 「ちょっと!? アンタ一体何して――」


 「ウィーズ、お前も一回落ち着け」


 「ふぎゃぁ!?」


 ウィーズに尻尾に拘束用の魔道具を通し、キュッと締める。

 本来なら盗賊などを捕らえた際に使用する商人御用達の物だが、今は致し方あるまい。

 先っぽに輪っかが付いており、それが締まる。

 そこからロープが伸びている為、そちらは馬車内の座席に縛っておいた。


 「トレック! あんたまで邪魔するの!?」


 キャンキャンと吠えるイタチ娘の頭にチョップを叩き込んでみれば、噛み付かれそうな程唸られてしまったが。

 その様子に溜息を溢してから、彼女の手に握られていた手紙を拝借して内容を確認してみると。

 なるほど、としか声が出てこなかった。

 これは二人も怒る訳だ。

 簡単に言えば、彼の“縄張り”に居る仲間達をまとめて攫ったと書いてあるのだから。

 その後は……まぁ分かりやすい脅迫状だ。


 「ラムさん、色々と説明してもらいたい事が多いですが……まず、ジンさんとウィーズがこの場で馬車を降りるのは大問題。それは間違いないですよね?」


 「え、えぇ……その通りです。厳しく処罰される上に、間違いなく明日の試合には参加出来なくなります。そうなれば、それこそ相手の――」


 「今は余分な説明は必要ありません。二人が興奮しない様に、聞かれた事にだけ答えて下さい」


 ピシャリと彼の言葉を止めてみれば、ウッと声を洩らしながらラムさんが一旦口を噤んでくれた。


 「手紙に書いてある通りなら、結構な大問題だと思うんですが。この国の法では裁けないモノなんですか?」


 「出来ない事はありません……しかし五区の人間相手となると、兵が動くにもかなりの時間が掛かります。成果の方も、あまり期待しない方が良いかと……」


 「その辺も後でもう少し説明してもらいましょうか。となると出来る事は結構限られてきますね……エレーヌさん、もうジンさんを放して良いですよ」


 指示を出せば、ジンさんの上からエレーヌさんが体を退かす。

 その瞬間彼は飛び起き、四つ這いになる勢いで威嚇してくるが。


 「トレック。いくらお前でも、こればっかりは止めろとは言わせねぇぜ?」


 「では敢えて言いましょう。“止めて”下さい、はっきり言って無駄です。貴方達二人が飛び出しても逆に二人が捕らえられ、目的も達成できません」


 「だったらどうしろってんだ!」


 今までに感じた事のない程、俺に向かって敵意を向けて来るジンさん。

 なるほど、会場で彼を相手する人達はこんな空気に当てられながら彼と戦うのか。

 ちょっと俺には無理そうだ。

 何てことを思いながら、口元を吊り上げた。


 「追加報酬です」


 「は?」


 声を上げてみれば、獣人三人衆は呆けた顔を此方に向けて来る。

 だが、少しは落ち着いた証拠だろう。

 さっきまでは疑問を持つ前に、感情をぶつけ合っていたんだから。


 「絶対に解決出来るとは言いません。しかし貴方達が飛び出すよりかは、良い方向に事態を進める自信はあります。どうしますか? 俺達が契約したのは貴方ですよ、ジンさん。この大会に勝つ手助けをする。その条件に、会場の中だけという制限を設けたつもりはありませんから。しかしながら手間が多い、なので少しばかり報酬を弾んでもらおうかと」


 そう言い放ってみれば、彼はジッとこちらを見つめて来た。

 その瞳から、一切目を逸らさずに正面から向き合ってやる。

 戦闘だったらこの人と戦うのはゴメンだ。

 しかしこういう戦い方なら、おそらく俺の方が何倍も上手だろう。

 というか大事な仕事を受ける際に、相手から眼を逸らして話す馬鹿はいない。

 いくら怖かろうが、相手が強かろうが。

 こういう場面でビビっていたら商売にならないのだ。


 「はぁぁ……わかった。出来る限りになっちまうが、約束する」


 大きなため息を溢してから、ジンさんはドカッと席に腰を戻した。

 どこかまだ納得いっていない御様子だが、こればかりは仕方ない。

 なんたって俺は、彼等にとって余所者に他ならないのだから。


 「でも、こんなのどうするの? 結局馬車から外に出られないんじゃ、手の出し様がないじゃない」


 えらく心配そうな声をあげるウィーズも、少しは落ち着いて来たのか。

 尻尾のサイズがいつも通りくらいには戻っている。

 もう暴れ出す心配はなさそうなので、とりあえず拘束魔具を解除してやれば何やら鋭い目で睨まれてしまったが。


 「馬車から出られないのはジンさんとウィーズだけです。俺とエレーヌさん、そしてラムさんは三区で降りても問題ない。なので二人はこのまま五区に戻り、手紙の内容が事実なのかを確認してください。もしも書かれている通りの事態になっていても、決して縄張りから出ないで下さい。下手に動かれると連絡の取り様が無くなります」


 「いや、そもそも連絡手段が無いでしょうが!」


 ウィーズに突っ込まれてしまったが、まさにその通り。

 普通なら伝書鳩の様な鳥を使ったり、手紙を出したりと色々な手段があるのだが。

 前者は仕事が出来る程飼いならすまで時間が掛かり、五区ではそんなモノを飼っている人間は皆無。

 後者に至って時間が掛かり過ぎるので論外。

 よって。


 「エレーヌさん。情報共有係、お願いしても良いですか?」


 「えぇ、良いわよ」


 ここは頼りになる魔女様にお願いしよう。

 使いっぱしりの様で申し訳ないが、俺達の中で一番足が速いのは彼女だ。

 迅速に事を進める為には、エレーヌさんにひたすら走ってもらう他ない。


 「でも、一つだけ問題があるわ」


 「なんでしょう?」


 大体言いたい事は分かるが敢えて聞き返してみれば、彼女は少しだけ眉を顰めて俺とラムさんを指差した。


 「二人だけじゃ、心もとない。どうせ最初は私も五区に戻れと言うのでしょう? その間だけだったとしても、戦力不足。もしも事が上手く進めば、戦闘になる可能性だってある。なら尚更、私が二人から離れるのは得策じゃない」


 ま、そうなりますよね。

 縄張りの皆を見つけた所で、ただ連れて帰ってくれば良いって訳ではないのは目に見えている。

 誘拐を仄めかす文章が綴られていた以上、攫った相手だって近くに居る筈だ。

 そうなれば当然、相手とはなんらかの形で接触する事になるのだから。

 しかもこんな強硬手段を取る様な相手だ。

 エレーヌさんが言う様に、物騒な事態になってもおかしくはない。

 だが俺とラムさんでは力不足も良い所。

 なので。


 「協力者を一人用意します。この街に深く関わりがなく、お金さえ払えば動いてくれそうな“他所の人”を」


 「そんな都合の良い相手、私たちの知り合いには居なかった筈だけど?」


 首を傾げるエレーヌさんに対して、ちょんちょんっと瞳を指差すジェスチャーで返した。

 すると彼女は更に眉を顰め。


 「そう上手く行くかしら」


 「交渉するのが、商人の仕事ですから」


 それだけ答えてみれば、えらく呆れた視線を向けられてしまった。

 相手が悪巧みをする程度の“普通”の悪党なら、まだ何とかなるかもしれない。

 逆にガッツリ犯罪に手を染めていたり、盗賊なんかを平気で雇う様な相手だった場合は……正直手遅れになっているかもしれないが。

 その辺りも、ラムさんから聞き出さないとな。


 「とにかく、行動開始です。三人はまず五区へ、エレーヌさんだけは俺との情報共有を。待合場所は……」


 「平気、屋根にでも登ってすぐ見つけるわ。本当に遠くへ行く場合のみ、何かしら目印を残して」


 ほんと、ウチの魔女様は頼もしい。


 「では、そう言うことで。俺とラムさんで先に動きます、緊急時には魔法か魔道具で信号を出しますから。では、行きましょうか」


 よし、ここからが力の見せ所だ。

 戦闘では卵の殻を投げたり肥し玉を投げたりと、えらく微妙な立ち位置に居たが。

 ここいらで役に立つんだと証明しておかないと、それこそ出番が無くなるってもんだ。

 なんて事を思いながら馬車の外へと身を乗り出した所で。


 「トレック、もう一つ問題があったわ」


 背後から、再びエレーヌさんに声を掛けられてしまった。


 「なんでしょう?」


 今度ばかりは予想がつかないんだが。

 首を傾げながら彼女を見つめてみれば、エレーヌさんは何処か気まずそうに視線を逸らし。


 「“血喰らい”、壊れたかもしれない……魔術が発動しなかったの」


 「……は?」


 思わず、顎が外れるんじゃないかってくらいに口を開けてしまった。

 大問題じゃないですか魔女様。


 「まぁ、こっちは後回しで良いわね。いってらっしゃい、トレック」


 後回しで、良いのだろうか?

 俺達にとって最高戦力なんですけどソレ。

 どうしたものかと色々頭を悩ませるが、とりあえず今は調べる事も出来ないので。


 「と、とりあえず行って来ます……」


 それだけ呟き、ラムさんと一緒に馬車から飛び降りるのであった。

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