第32話 ハーフエルフ


 事態は慌ただしく動きはじめた。

 明日の対戦相手、その雇い主がジンさんに“負けろ”という依頼……というか脅迫状を送って来た事だけならまだしも。

 もう既に手は打っているらしく、五区で彼の仲間達を攫ったような文章が綴られていたのだから。

 やけにお綺麗な言葉で決定的な箇所は濁してあったので、これでは国に訴えた所で脅迫状としての効果も薄いと言われてしまいそうだ。

 五区に戻った皆から、仲間達は無事という連絡があれば取り越し苦労で済む。

 しかしこういう手紙を書く人間は、ただただ脅し文句を綴った文章を送りつけるだけでは満足しないだろうというのが俺の予想。

 手紙に書かれていた通り、おそらく縄張りの皆は既に相手の手の中にあると考えた方が良い。

 そして無駄に丁寧な文章と字体。

 もっと言えば随分と慣れたていると感じる回りくどい脅し文句。

 おそらく何度も経験していて、その都度上手い事いっているのだろう。

 どこぞの位のある人間が、何度となく繰り返して来た出来事。

 その度に八百長が発生し、周りの人間が被害に遭って来た訳だ。

 この国に立ち寄る前の村で、“やけに格安の奴隷が回って来る”というのがこの現象なのだろう。

 俺は別に正義の味方という訳じゃない、だからこそ全てを救う力なんか持っていないし、そうするつもりもない。

 俺は商人だ。多少あくどい事だって、生きていく為には必要だろうと決断する事が出来る。

 だがしかし、今回ばかりは気分が悪かった。


 「此方の資料に間違いはありませんね?」


 「えぇ、問題ないかと。こちらで仕入れられる情報の全てです」


 大急ぎでラムさんには雇い主の元へ戻ってもらい、調べられるだけの情報を求めた。

 彼は三区の人間に雇われているだけ、一人の従業員が騒ぎ立てた所で、トップはそこまで大きくは動かないだろう。

 なんて、思っていたのだが。


 「よくここまでの資料を渡してくれましたね……」


 「私の雇い主も、その家にはあまり良い印象を持っていないらしくて。しかし、内密にお願いしますよ? こんな情報を横流ししたとバレたら、私の首どころか主様まで危険に晒されてしまいます」


 「ウィーズが“ラムは大事にされている”って言っていた理由がわかりましたよ」


 結果は、思っていた以上の情報が手に入った。

 相手の家柄から代表的な取引先、よく行く店から仲の良い相手まで。

 ここまで調べ上げてあると、何かしら手を打とうとしていたのか? なんて思ってしまうが、用紙の端に“コイツが居る時間は絶対行くな、ストレスが溜まる”とか殴り書きしてある。

 嫌いだから会いたくないだけなのね……。


 「とりあえずは護衛の依頼を出すのが先ですね、俺達だけじゃ手に余ります」


 「ですね……誘拐犯と戦う事になるかもしれませんし。それで、護衛の当てがあると言っていましたが、その方はどちらに?」


 「今から探します、というかラムさんに探してもらいます」


 「はい?」


 先程から全投げで悪いが、こちらはこの国の情報が殆ど無いのだ。

 だからこそ、使える物は全て使わせて頂こう。


 「俺が探している人物。それは――」


 ――――


 「くそぉぉ! あんな卑怯な真似をされていなければ、絶対に俺達が勝っていた筈だ!」


 試合に負けた私たちは今日の反省会という名目の下、とあるレストランに訪れていた。

 少しばかりお高そうな見た目であり、私一人だったらまず踏み入れないだろう店内。

 結構落ち着いた、良い店だと思う。

 しかしながら、先ほどから青い鎧……を着ていた槍使いが騒がしいが。

 というか反省会と言われても、私は今回限りのパーティメンバーなのだ。

 今後に活かしたいなら残りのメンバーで勝手にやってくれれば良いものを。

 何てことを思いながらも、せっかくのタダ飯なので遠慮なく頂くが。

 そんな訳で周りの男達が酒を呷る中、一人黙々高そうなステーキを頬張っていれば。


 「ウツギさんはどう思われますか!? あの商人……今思い出すだけでも腹立たしい!」


 「ん? あぁ、彼か。良い薬を持っているみたいだから、国を出る前にもう一度会いたい所ね。予備の目薬を買いたい」


 一人だけ違うテンションで口の中にお肉を詰め込んでいれば、彼は「ちがぁう!」とか言いながら喚き散らしている。

 まったく、静かな店内だというのになぜそこまで騒がしく出来るのか。

 コイツのせいで、周りのお客さんは皆出て行ってしまったではないか。


 「それより、今回の報酬。まさか勝ち抜けなかったから依頼取り消しなんて言わないでしょうね?」


 「あ、あぁ。それはもちろん、俺は約束を守る男だからな」


 なんて事を言いながら、私の前に置かれる金貨六枚。

 本来なら大会の報酬も欲しかったところだが、負けてしまったのだから欲は出すまい。

 とかなんとか思う訳だが、私にとってこの金額はとても大きい。

 よし、これでしばらく飢えなくて済む。

 フフフッと口元を吊り上げながら、懐に金貨をしまい込んでみれば。


 「ウツギさん、我々としては今後とも貴女とパーティを組み続けたいと思っています。今度は依頼者と雇われではなく、同じ仲間として貴女を迎え入れたい」


 「無理」


 「バランスが良いとは思いませんか? 遠距離戦が得意な貴方と、接近戦に特化した我々! 間違いなく最強のパーティになれる! 今回は協力して戦う為の訓練期間が短かったからこそ、こんな結果に終わってしまいましたが――」


 「そもそも私の戦い方と合ってない、無理」


 「で、ではせめて……この国を出て行かれる前に、如何でしょう? 私ともう一軒、良い酒を集めている店を知っているのですが……」


 「あまりお酒に興味ない。それじゃ、御馳走様。ここの料理は美味しかったわ」


 それだけ言って席を立ち、さっさと退散しようとテーブルに背を向けたその時。


 「なら、俺と如何ですかね? 白いお嬢さん」


 思わず足を止め、目を見開いてしまった。

 そこには、つい先ほど戦っていた相手が笑みを浮かべて立っていたのだから。


 「貴様ぁ! このクサレ商人! どの面下げて我々の前に現れた!」


 激高した元パーティメンバーが皆して立ち上がり怒鳴り声を上げるが、生憎とココはレストラン。

 武器も持っていなければ、現状は鎧さえ着ていないのだ。

 そのせいか、商人は不思議そうに首を傾げながら。


 「えぇと、どちら様でしょうか?」


 「お、お前という男は! 先程剣を交えた相手を忘れたとでも言うのか!?」


 いや、剣は交えてないんじゃなかったっけ。

 そっちは見てないから良く知らないけど、会場の人から“商人は剣を抜かなかった”って聞いたけど。


 「トレックさん、こちら先程の試合の相手、青い鎧の人ですって」


 彼の近くに居た獣人の男性が、コソッと耳打ちしているのが聞える。

 やはり鎧の色で覚えていたらしく、彼はポンッと手を叩き今まで以上の笑顔を浮かべた。


 「貴方でしたか、この度はありがとうございます!」


 「……何故お礼を言われているんだ? 俺は」


 私にもよくわからないが、彼は上機嫌なまま頭を下げてから。


 「貴方が妙に目立つので、情報が集まるのが早かったんですよ。今日はココでパーティの皆さん“全員”と反省会をするって聞いて、お邪魔させて頂きました。いやぁ、見つかって良かったです。こちらのお嬢さんに用事がありましたので」


 「お前やっぱり性格悪いだろ! 喧嘩売っているのか!?」


 「あまり店内で騒ぐものではありませんよ? ご自身で騎士がどうとか言っていたのに、騎士様というのはレストランで怒号を飛ばすのですか?」


 「っ! ん~~腹が立つ!」


 完全に手玉に取られ始めてしまったらしい槍使いにため息を溢してから、今一度“商人さん”と正面から向き合った。


 「それで、私に用事って何? こっちも貴方に用事があるんだけど。まさか本気でデートのお誘いに来た訳じゃないんでしょう?」


 それだけ伝えれば、彼は今まで以上に笑顔でニッ口元を吊り上げた。

 何というか、ここだけ見ると本当に商人だなって感じがする。

 とてもじゃないが、今でもあの大会を勝ち進んでいる強者とは思えない程だ。


 「貴女に依頼を出したい、期間は今から一日程度。早ければ朝まで、長くなる場合は二日程度でしょうか」


 まぁ、そんな事だろうとは思ったが。


 「内容と報酬は? 分かっているとは思うけど、私は強いわよ。変わった種族だからって安く見ていると、痛い目を見せるわ」


 フンスッとばかりに胸を張ってみせれば、彼は不思議そうに首を傾げてしまった。

 あれ? おかしな事を言っただろうか?


 「変わった種族、というのは?」


 「え、もしかして気づいてなかったの?」


 「何にでしょうか?」


 思わずため息を溢しながら、髪の毛を退かして耳を見せつけた。

 そもそも髪色の時点で違和感を持ちなさいよ、商人なんだから。


 「どう? これで分かった?」


 「ちょっと尖がってますね? あぁいえ、別に否定している訳ではなく。可愛らしい耳だと思いますよ?」


 「違うわよ! 私はハーフエルフだって言ってんの!」


 まさか耳を見せても気づいてくれないとは思わなかった。

 ハーフエルフ。

 人族とエルフの子供、なんて簡単なモノだった良かったのだが。

 獣人同様、子供はどちらかの“血”に寄るのが普通なのだ。

 エルフと人族の子供でも、どちらかの種族として生を受ける。

 私の様に“交じり合う”事は異質と言って良い。

 だからこそ、迫害される程ではないが一般的には良い顔はされない。

 それが私という存在なのだ。


 「これは失礼しました。知り合いにエルフ族の方が居なかったもので」


 「いや、だからハーフエルフだってば……」


 彼からはコレと言った嫌悪感が伝わってこない。

 やはり“魔女”なんかと一緒にいると、感覚が狂ってくるのだろうか?

 思わず大きなため息を溢しながら、「それで?」と話を続けてみれば。


 「報酬は白金貨一枚」


 「白金貨!?」


 思わず声を上げてしまったが、彼自身はそこまでお金持ちには見えない。

 つまりは、無理してでもそれだけ払う必要がある仕事という訳だ。

 危険な依頼か、それとも汚れ仕事か。

 色々と嫌な想像を膨らませてしまうが。


 「こちらとしてもかなり痛い出費なので、本気で仕事に挑んでもらいますよ? なんたってウチの魔女様と互角にやり合った程の腕の持ち主なんですから、手を抜けば分かります。その際には報酬を減額しますから、そのつもりで」


 何てことを言いながら、彼は白金貨を此方に投げてよこした。

 あぁ、これは怖いタイプの商人だ。

 特大の餌をぶら下げておいて、相手の能力を限界まで引き出そうとする。

 もしも彼の言う様に手を抜いたり、失敗などすれば。

 情も何も無いのかと言う程、平気で報酬を差っ引いていく輩だ。

 逆に言えば、彼が求める成果を此方が叩き出せばこの白金貨は私の物。

 前金として全額渡している時点で、支払能力がある事の証明と、受け取るのなら逃げられないと脅している様なものだ。

 更に言うなら、彼に付いているのは……あの“魔女”。

 報酬の持ち逃げなどした日には、どうなるか分かったもんじゃない。


 「犯罪行為……とかではないのよね?」


 「ギリギリ?」


 「そこは安心させなさいよ!」


 本当にコイツは、私に何をやらせたいのか。

 ジトッとした眼差しで睨んでいれば。


 「むしろ犯罪行為をしている奴等をぶっ飛ばして、獲られたモノを取り返すお仕事ですかね。そして、具体的に貴女に何をして欲しいかというと……」


 思わずゴクッと生唾を呑み込み、受け取った白金貨を強く握りしめてしまう。

 この内容によっては、今すぐこのお金を返して断りを入れなければいけない。

 正直、ここまで支払ってくれる依頼主はほとんどいないので断りたくはない。

 槍使いの人の仕事も結構な報酬で浮かれていたというのに、更に高い報酬が提示されているのだ。

 今が大会参加の報酬を受け取った後でなければ、内容も聞かずに飛びついていたかもしれない。

 今懐は温かい、でも先の事を考えると今の内に稼いでおきたい。

 色々な気持ちが入り混じりながら、ジッと彼の事を見つめていれば。


 「俺と、こちらのラムさん。計二名を依頼終了までの期間、全力で守って下さい。ちょっとした捜査にも協力して頂くのと、戦闘があった場合には此方の指示に従って頂きます。以上です」


 「……それだけ?」


 「はい、それだけです」


 「なんか、ただの護衛とお手伝いの仕事に聞えるんだけど」


 「本当にその通りですからね、それ以外に表現しようがありません」


 なんか、拍子抜けしてしまった。

 誰かを暗殺しろとか、デカい組織相手に喧嘩を売る戦力が欲しいとか。

 そういう依頼なのかと思っていたのに。

 だってこの商人には、魔女が付いているのだ。

 今は居ないみたいだけど。

 彼女が居るのに更に戦力が必要みたいな雰囲気を出されたら、誰だって警戒するだろう。

 だというのに、彼が言っているのは長くて二日程度の護衛。

 そして彼等の仕事のお手伝い? 的なもの。

 彼等にとってはそれだけ重要な仕事なのかもしれないが、私としてはそれだけでこんなに貰って良いの? という感じだ。


 「本当にそれだけ? 後から条件を付けたりしない?」


 「えぇもちろん。俺達二人を守る、調査の協力、戦闘時には指示に従う。この三つです」


 なんか、怪しい。

 けど、報酬は美味しい。

 だからこそ、腕を組んで「う~~ん」と唸っては見せたが。

 結局は受け取った白金貨を懐に仕舞った。


 「……受けるわ」


 「では、すぐ動きます」


 えらく簡単な返事だけして、彼はレストランの入り口に向かって歩き出した。

 本当に不思議な人だ。

 ハーフエルフの私に何も思っていないみたいだし、急に大金を投げ渡して来るし。

 しかもこの簡単そうな依頼だ。

 なんなんだろう、この人?

 そんな事を思いながらも、彼等の後を小走りで着いて行く。

 後ろから槍使いの叫び声が聞こえてきている気はするが、一切振り返らずズンズン進む商人。

 もしかしたら、面白そうな奴を見つけてしまったのかもしれない。

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