第33話 金と人の使い方


 面白い奴を見つけたかもしれない。

 なんて事を思った数分前の私を、今ではぶん殴りたくて仕方ない。


 「おめぇ大会に出てたヤツだろう!? このクソヤロウ、あんなふざけた試合しやがって! こっちはテメェのせいで大損――」


 「おやおやおや、どうやら見る眼が無かったみたいで。残念でしたねぇ、大損しちゃいましたねぇ。でも、良い話があるんですよ。なんとこちらの質問に素直に答えてくれたら、このお店で俺が大量買いしちゃいます。賭け事には負けたかもしれませんが、商売としては実直に儲けを出しましょうよ。負けた分も、早い所取り戻さないと不味いでしょう?」


 「こんのっ! どの口が!」


 「おや、良いんですか? こっちは他国の物とは言え商業手形を持っている正式な商人です。それに、今俺達の後ろに居るのは……いやぁ、この人の前で暴力沙汰は止めた方が良いんじゃないですかねぇ? 試合を見ていたなら、彼女の実力は知っているでしょうし」


 激高する商人相手に、ペラペラと良く喋るトレックと名乗った男。

 とりあえず弓だけ出して後ろに居てくれ、なんて言われた時は何を言っているのかと思ったが。

 こういう事か……コレが“お手伝い”か。

 そりゃ護衛も必要になるでしょうね。

 なんたって大会で大損した奴等を狙って、ひたすら聞き込みをしているのだから。


 「お、お前……こんなことしてただで済むと……」


 「ちょっと何を仰っているのか分かりませんねぇ。俺達はちょっと“お話”を聞きに来たのと、このお店の商品を買おうかと迷っているだけの“お客”ですから。店主さんが気前よく話してくれれば、結構お金使っちゃうかもしれないなぁ」


 コイツ、絶対性格悪い。

 タジタジになった店主は、苦い顔をしながら彼の耳に顔を寄せ、何やらブツブツと呟き始める。

 犯罪行為はギリギリしないって言っていたし、悪い事にはならないと思うが……


 「ありがとうございます。それじゃそこの棚にある商品、ココからココまで全部下さい」


 「チッ! まいどぉ!」


 さっきからこんな調子だ。

 何やら情報を集めている様だが、その度に爆買いしている。

 見た目に反して、かなりのお金持ちって事で良いのだろうか?


 「ねぇ、そんな良く分からないモノばかり買って平気なの?」


 店主が商品をバッグに詰めている内に、コソッと耳打ちしてみれば。


 「良く分からないモノじゃないですよ、これらはこちらの地方の特産物が殆どです。近くの国や村では買いたたかれるでしょうが、少し離れてみればアラ不思議。二倍三倍の値段であっと言う間に売れます。本来なら大元で購入して、仕入れ額をもっと押さえたい所ですけどね」


 「……私にも出来る?」


 「市場調査と、商人の仕入れ先なんかを調べれば意外と出来ますよ? 後は入って来る物の質や量を見て、逆に相手側には何の需要が高いかを予想しながらですかね」


 「ごめん、もう別次元で分かんない」


 どうやら、情報代として買い物を繰り返している訳ではないらしい。

 私がそこまで心配する必要など無いのだが、見ていて怖いくらいにお金を使うのだコイツは。

 一緒にいた獣人なんて、顎が外れそうな程口を開けて眺めているし。


 「トレックさんて、お金持ちだったんですね……」


 「ラムさん、ソレは違います。商人は金と商品を転がすのが仕事です。その時々により懐に物があるか金があるか、本当にまちまちなんですよ。しかし常に価値の有る物を手元に置いておく、それが商人です。まぁ、今は臨時収入を使って無理矢理仕入れしていますがね」


 「ひえぇ」


 なんだか、あっちの獣人の方が私の感覚に近いみたいだ。

 何となく親近感を覚えながら、手持無沙汰で弓の弦を弄り回す。

 この仕事は、もしかして朝までこんな感じになるのだろうか?

 用心棒というか、ただただ後ろに立っているだけでは結構退屈なのだが。


 「ねぇ、後どれくらいこんな事を続けるの? もう結構なお店を回ったと思うけど」


 本当に、ちょっとした愚痴程度なモノ。

 ポロッと零れた不満。

 だというのに彼はニッと口元を吊り上げながら、思わず身を引いてしまう程の微笑みを向けて来た。

 この顔、ちょっと嫌だ。

 正直試合中より怖い。


 「かなり情報も集まりましたから、そろそろ動きましょうか。本来ならもう少し確証を得てから動きたい所ですけど、如何せん時間がありませんからね」


 「あ、はい」


 一体何を聞いて回って、何をしようとしているのか。

 詳細を聞くのが嫌なんだが、気にはなるけど聞きたくないというか。

 最後まで、私はただの護衛です無関係の人間ですって事で突き通したくなって来た。

 しかし仕事として受けてしまった以上、投げ出す訳にもいかず彼等に続く他ない。


 「ほんと、指名手配になる様な真似はしないでよ?」


 「えぇ、上手くやります」


 「含みのある言い方止めなさいよ本当に!」


 うがぁっ! と吠えながらも、私は商人の後に続くのであった。


 ――――


 「トレック、やっと見つけた」


 少しだけ疲れた顔のエレーヌさんが合流したのは、丁度行動に移そうと準備し始めていた所だった。


 「すみません、結構屋内に留まる事が多かったので。歩きながら話しましょう。それで、どうでした?」


 挨拶もそこそこに、目的地に向かいながら彼女の報告を急かしてみれば。

 エレーヌさんの報告はやはり、予想通りというか。

 “縄張り”には誰もおらず、争った形跡もなかったという。


 「ま、そうでしょうね」


 「どういう事?」


 不思議そうに首を傾げる魔女様に、周りの皆。

 普通に生きていればこんな手段は知らないだろうし、思いついたら逆に不安になってしまうが。


 「誰かを攫おうとする場合、盗賊なら強襲します。しかし商人や貴族といった、悪い事をする時に“目立ちたくない”人間はどうすると思いますか? 特に、今回の様な貧民だった場合は非常に簡単です」


 「人を雇う、とかですかね?」


 「捕まっても良い人間を使って無理矢理攫う?」


 ラムさんとウツギさんが呟くが、外れだ。

 確かにそういう手段を取る輩も居る。

 しかしながら、ソレでは結局騒ぎになってしまうのだ。

 更には末端の一人を捕まえても、芋づる式に依頼主が割れる心配がある。

 よって、一番大事なのは“攫う相手”が攫われていると認識しない事。

 そうすれば騒がれないし、気付いた時には全てが遅いって訳だ。


 「ご飯で釣る……とか?」


 エレーヌさんが自信無さげに呟き、残る二人から冷たい視線に晒されているが。


 「多分、それが正解です」


 答えてみれば、本人が一番驚いた顔を浮かべている。

 まぁ、そうだよね。

 とはいえ、それは結果に導くための手段に過ぎないのだが。


 「貧民を攫う、ソレは他の国だって平気である事です。しかしながら、この国は少々特殊だ。五区の中で、他の区域の人間が犯罪行為を行う。個人がどうこうより、地域のぶつかり合いみたいなモノです。だから余計に目立ちたくない。貧民とは言え、五区の人々もしっかりとした国民扱いなんです。なんたって、国が労働力としてしっかり認めているんですから」


 そしてこの国に蔓延っている暗黙のルール。

 上の地区に“スカウト”されれば、格上げする事が出来る。

 下の者は、どんな理由があろうと上の区域を歩く事が出来ない。

 漠然としたルールはある癖に、詳細がない。

 前者は何をどうすれば上の者からお声が掛かるのか、何も決まりが無いのだ。

 たまたま目に着いた、上の者がわざわざ調べて引っ張り上げた。

 前例はあるものの、統一性がない。

 更に後者。

 三区は観光地、それ以上は上層部となっているからこそ厳罰が下る可能性はあるが。

 四区と五区に関しては、誰に聞いても曖昧な答えしか返って来ないのが現状。

 つまり、皆“何となく昔からあるルール”に従っているという訳だ。


 「ここまで曖昧な、というか適当な決まりで雑に管理している地域です。仕事で結果さえ出してくれれば、好きに生きろとでも言わんばかりだ。そんな中に居る、最下層の住民です。もしも俺が攫うとするなら、まさに“三区以上から来ました”って恰好で、手土産まで持って登場するでしょうね」


 説明しながらそんな事を言い放ってみれば、皆からは不思議そうな眼差しを向けられてしまったが。

 まぁ良い。


 「簡単ですよ、食べた事もない料理で腹を満たしてご機嫌を取る。その後に“お前達のリーダーが大きな功績を残した、皆揃って三区に移動できる”。そう言えば、すぐに確認が取れない彼等はそれが事実だと思い込む。なんたって本来あり得ない上の階層の人間が食事までを持って来てくれる異常事態な上、自分達にはジンさんという結果を残してもおかしくないリーダーが居るんですから」


 「そんな簡単なものかしら? それに途中で気づく者が居た場合、結局騒ぎになるんじゃない?」


 隣を歩くエレーヌさんが、疑い深い視線を向けて来る訳だが。

 是非とも貴女は一番気を付けて頂きたい。


 「こういう言い方はあまりしたくありませんが、俺がエレーヌさんにした事と一緒なんですよ。欲しいと思っている物を差し出してくれる人間は、疑いながらもどこか信用してしまうものです」


 「貴方の腹黒さがまた少し分かった気がするわ」


 「心外です、俺は純粋な心で貴女にご飯を作っていますから」


 変な雑談が入ってしまったが、話を戻そう。


 「エレーヌさんの疑問も最もですが、いくらでも手の打ちようがあります。特にこの国では。俺だったら全員分の奴隷登録証を用意して、自らサインさせます。アレは指印でも問題ありませんから」


 「そ、それこそサインなんかしないでしょう!? 流石にそんな物を出されたら誰だって警戒しますよ!」


 今度はラムさんから反論を貰ってしまった。

 まぁ、普通はそうだ。

 しかしながら“普通ではない”場合、その常識は平気で覆ってしまう。

 それが、人間というものなのだから。

 そういう出来事は、薄暗い所に行かなくても“商人”だったら結構見ている事例なのだ。


 「あの地域には文字が読めない人々も多いです。もし理解出来る者が居ても、こう言うでしょうね。コレは四区を抜ける為に必要な書類で、一時的に“奴隷”に堕ちる事で“人”から“所有物”に変わる。だからこそ無駄なお金や手続きが必要無くなる。もちろん三区に到着したらすぐに解放手続きを致します。私は“ジンさん”の使いですからってね。五区の人、というよりも。ジンさんの縄張りに居た人たちは、“お金の大切さ”は子供でも理解している様でしたから。そして何より、ジンさんの信頼が厚すぎる。彼を落すのではなく、持ち上げる言葉を使い、更には自らの手札をあえて公開し、必要性の説明までしてくれる。結構な確率で信用が得られると思いますよ?」


 そこまで説明してれば、皆大体事情が把握出来た様で。

 誰しも神妙な顔をしながら黙って付いて来る。

 まぁ、これも俺の予想に過ぎない訳だが。

 しかしながら、ここまで聞いて来た話では大筋はそんな感じな気がする

 あとは実際にどこへ連れて行ったか。

 手元に隠されてしまえば部外者の俺には調べようがないが、あの人数を隠しておこうとするのは中々に“手間”なのだ。

 という訳で、説明している間にも俺達は目的地に到着する。


 「どうも、こんばんは。ちょっとお伺いしたい事があるんですが、よろしいですか?」


 「ん? ……あぁっ!? お前、コロシアムで暴れた商人だろ!」


 目的地は、この国の入国門。

 その地を守っている門番さんに、軽い雰囲気で声を掛けた。

 攫われた皆が何処へ消えたのか。

 はっきり言って、普通に奴隷商なんかを経由されたら捜索は困難だった。

 だがしかし、違法……とまでは言わないが、騙して奴隷に堕とした人間を手元に置いておこうとする人間はそういない。

 だって約束を守って返す訳にもいかないのだ、なら処分するしかない。

 奴隷商などの、所謂“プロ”の下に持って行けば色々と足が付く可能性がある。

 しかし国内でバカスカ虐殺する訳にもいかない。

 なら、どうするか。

 国の外に追いやってしまえば良い。

 ただ捨てて来るだけでは帰って来る可能性もあるし、どこかで始末しようとすれば“そういうお仕事”を請け負う人間が必要になる。

 つまり、攫ったは良いが対処に困っている状態だ。

 手元に置く場所も無ければ、国内で売る訳にもいかない。

 しかも騒がれず、周りに気付かれる事無くとなれば……国外に売るのだ。

 他の物品と一緒に、荷物に紛れさせて。

 もちろん外で殺される可能性もあるが、“そういう仕事”を受ける人間というのは大体“値が張る”もの。

 ラムさんから貰った資料によれば、腐る程金が有り余っている家とは思えないので、恐らくはそこまでしない。

 もっと安く、それなりにまともな仕事として人を雇うなら、やはりどこかに売りに行ったという線が強い。

 そして俺は、やけに物が豊富で安く奴隷が流れて来るという近くの村を、一つだけ知っている。


 「とある馬車を探してまして、特徴なんかを伝えますからどちらに行ったかでも良いのでお聞かせ願えればと。多分数台に分かれて、荷物も結構な量だったと思うんですが」


 「……あのなぁ、これでも一応門番だぞ? 他人様の事なんざベラベラ喋れると思うか? しかも馬車なんて一日に何台見てると思ってるんだよ」


 呆れ顔の門番に対し、ニッと口元を緩めながらポケットからあるものを取り出した。

 取り出したるは、二つのサイコロ。


 「俺と、勝負しませんか?」


 「へぇ……流石はコロシアムで暴れた商人だ。この国の事を良く分かってるじゃねぇか。でも、誰にも言うなよ? 仕事中に賭け勝負を交えたとなるとまじぃんだ」


 やけに乗り気な門番は、声を潜めながら此方に近づいて来た。

 どうにもこの国、住民よりも国に連なる人たちの方が賭け事好きな雰囲気がある。

 それで良いのかと言いたくなるが。


 「こちらが無理なお願いをしている立場ですからね、敢えて不利な条件を付けましょう。二つのサイコロが同じ目だった場合、こちらの勝ち。それ以外だったら貴方の勝ち、如何でしょう?」


 「おいおいおい、確率ってもんを知らない訳じゃないだろう? ゾロ目が早々出る訳もねぇだろうに。だが、良いぜ? 負けたら今夜の飲み代でも奢ってもらおうか。もうすぐ仕事終わりなんだ。俺は結構飲むからな、安く済むと思わない方が良いぜ?」


 同意が取れた所で、バッグからカップを取り出しサイコロを放り込む。

 カラカラと音を立てながら回し、カツンッ! と適当な場所にカップを逆向きに下ろした。

 そして、サイコロを残してカップをどけてみれば。


 「さて、話して頂きましょうか。そこまで時間が経っていない筈なので、忘れたとは言わせませんよ?」


 「うっそだろ!? どんな強運だよお前!」


 そこには、二つとも1の目を上に向けたサイコロが。

 俺の勝ちだとばかりに口元を吊り上げてみたが、エレーヌさんには後ろから小突かれてしまった。


 「トレック、変な音だったわ」


 「そんな事もありますよ。“たまたま”サイコロが不良品で、なんかが混じっていただけです」


 小声で呟く彼女に対して、小さく二本指を立てて見せる。

 どうやら魔女様はお忘れの様だが、俺は商人なのだ。

 商人ってのは、普通なら賭け事はしない。

 やるのは、間違いなく“儲かる”勝負だけなのである。

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