第34話 平和な商談
ひとまずエレーヌさんには皆の所へ戻ってもらう事にした。
現状の報告と、ジンさんとウィーズの監視の意味も含めて。
こんな事態にあの二人だけで放置してしまっては、不安どころの話ではない。
待ちきれなくなって、勝手に上の区まで飛び出して来てしまう事だって平気で考えられる。
気持ちは分かるが、今それをされてしまうと不味いのだ。
という訳で、明日の朝までに俺が戻らなかった時は、俺抜きでコロシアムに迎ってくれと告げておいた。
まぁ、一番戦力になっていなかったのが俺だ。
この先に待ち受けるのは準決勝と、決勝のみ。
だったら、足手まといが居ない方が全員思う存分戦えるというモノだろう。
「あのさ、今更かも知れないけど、本当にアンタ何者?」
馬車の屋根の上に腰を下ろしているウツギさんが、急にそんな事を言いだした。
「駆け出しの行商人です」
「私の記憶だと、駆け出しの商人ってもっと貧乏なモノだと思ったのだけど」
「右に同じく……なんですかこの馬車」
ウツギさん同様、俺の隣の御者席に座るラムさんまでおかしな事を言い始める。
確かに二人の言う通り、駆け出しの商人ならこんなデカくて頑丈な馬車には乗らないだろう。
しかし、事実なのだ。
色々あって貰っちゃったけど、コレが新米行商人の馬車なのだ。
「とにかく飛ばしますよ! ウツギさん、落ちないで下さいね? 行くぞ! ディンブラ、ルフナ、キャンディ! しばらく会えなかったから旨い飯食わせてやるからな!」
「えらく逞しい馬なのに、随分と可愛らしい名前ですねぇ!?」
ラムさんが馬車にしがみ付きながらそんな事を言ってくるが、ソレはウチの魔女様に言ってくれ。
あばば! と訳の分からない言葉を洩らしながら揺れているラムさん。
それに比べて、馬車の屋根に腰を下ろしているウツギさんは静かだ。
まさか落ちたりしてないだろうな?
なんて思って振り返ってみれば。
「一匹、欲しい……」
おかしな事を言い始める真っ白い弓兵は、ジッとウチの馬達を眺めていた。
あげませんからね、勝手に売り渡したらエレーヌさんから何を言われるか分かったもんじゃない。
「とにかく、周囲の警戒をお願いしますね……」
「それは任せておいて」
頼もしい御言葉を頂いて、更に馬車を飛ばした。
俺達が向かうのは、俺がこの国に踏み入れる前に訪れた村。
そちらが“外れ”だとすれば、また他を探さなきゃいけなくなる訳だが。
とはいえ、全部一か所に売るとも限らない。
なので、急ぐ事に変わりはない訳だが。
「ガンガン飛ばしますよ! いけ、三頭とも! お前らの気合いを見せてくれ!」
鞭を打っている訳でもないのに、三匹の馬は更に加速する。
傍から見たら暴れ馬にしか見えないだろう速度まで引っ張り上げ、それを維持している。
すげぇぜ、流石はムッキムキの三匹だ。
「どこでこんな馬買って来たんですかトレックさん! 絶対おかしいですって! コイツ等、戦車でも引っ張ってたんじゃないですか!?」
ラムさんの叫び声を聞きながら、俺達は暗闇の中を走り抜けていくのであった。
――――
「おい、早くしろ! 全部積み荷を降ろすんだよ!」
「なんつぅか、いつも悪いねぇ。こんなに安く卸してもらって」
カッカッカと笑いながら、ウチの村に次々と運び込まれていく物資を眺める。
なんでもココの領主様と繋がりのある貴族の下っ端なんだとか。
何か揉め事がある度に、彼らはココに“物”を売りに来る。
しかも、結構な破格で。
迷惑料と口止め料も込みって事で、あまり突っ込んだ質問などはした事は無いが。
正直物品が安く手に入るのは有難い。
なにせ若い連中が近くの御国に取られちまうんだ、せめて道具や飯は良い物じゃないと、こんなチンケな村はすぐにくたばっちまうってもんだ。
本当にこれだけなら都合の良い商売なのだが。
「あぁ、またですかい? 今度は何人くらい居るんで?」
「二十人程度だよ。全部引き取れるか? 断られると、他所に連れて行くか始末しなきゃだからな……時間が掛かる上に、殺しの仕事を受けた覚えはねぇ」
「ま、それくらいなら。つっても、若いのは成長したら御国に戻っちまうかもしれませんが」
「何も知らん癖に、何かあると信じて皆戻って来るもんな。そりゃ村にも若いのが増えない訳だ」
「ま、そういう事ですわ」
お互いにため息を溢しながら、渡される書類に目を通す。
どうやら子供が多い様だ。
その他は老人と言って差し支えない年齢の者達。
誰も彼も獣人であり、今の状況からすると何やら言いくるめられて連れて来られたのだろう。
あぁ、嫌だ嫌だ。
とはいえ、こちらも買う以上稼ぎを出して貰わないと解放してやることも出来ないが。
大人には色々と事情がある。
というよりも国や周辺の村々ってヤツは、色々と繋がりやら伝手が無ければやっていけないのだ。
だからこそ、こんな風に裏取引みたいな真似にも手を出している訳だが。
「今度は何です? 貴族に噛み付いた獣人でも居ましたかい?」
「それだったらまだ良かったんだがな……また八百長だよ。ったく、その試合には俺達は賭けられねぇってのに。これがまたデカい試合と来た、勘弁してくれよ」
相手のリーダーが溢す愚痴を聞き流しながら、渡された書類を確認していく。
やはりまだ若い子達が多い。
労働力としても見込めるし、“これから”が期待出来る子達が多い。
なら、年寄りも含めてウチで全員買ってやるのが最善だろう。
「確認しました。大丈夫ですよ、全員ウチの村で預かります。また出てっちまうかもしれませんが、それでも頑張ってくれそうなのが多いですからね」
「すまねぇな、正直助かる。こっちも売買証明書を持ち帰らないと、“上”がうるさくてな……」
そんな会話をしながら、書類にサインしようとしたその瞬間。
トスットスッと軽い音を立てて、人が集まっている場所の近くに矢が降って来た。
一瞬だけ呆けてしまうほど、情けない音を立てて降って来た黒い矢。
しかし、次の瞬間には。
「うがぁぁあ!」
「ちょ、っと! 聞いてねぇぞ、こんなの!」
荷下ろしをしていた連中がそこら中で地に伏せ、ビクンビクンと体を痙攣させている。
一体何が起きた?
敵襲かと思って、思わず頭を守りながらその場に伏せてみたが。
どうにも静かすぎる。
村を盗賊が襲ったにしては、やり方が綺麗過ぎるのだ。
では、一体何が?
何てことを思いながら、周囲を見渡していれば。
「やぁ、皆様こんばんは。良い夜ですね」
どこかで見た若い男が、ニコニコした笑みを浮かべながら此方に歩み寄って来ていた。
間違いない。
少し前にウチの村に立ち寄った、魔女を連れた行商人を名乗る男だ。
おいおいおいおい。
この取引は安全だからって話を受けていたのに、とんでもねぇのが登場したじゃねぇか。
別にこちらは違法取引をしている訳ではないのだ。
安く売ると言われたから、買っただけ。
だからこそ恨まれる謂れも無ければ、攻撃される覚えも無い。
だというのに、彼は。
というか、“彼等”は間違いなく俺達に敵意を向けている。
「チィッ! コロシアムを荒らした商人か!」
今さっきまで目の前で取引していた男が、腰から長剣を抜き放ったが。
「動かない方が良い。今の私は、彼の護衛だ。“コロシアムの商人”を知っているくらいだ、彼のパーティと戦った私の事も知っているのだろう? 一対多でも、私に勝てる自信がある奴はいるか?」
そう言いながら、商人の後ろで弓を引く白い女。
ただの弓兵だったなら、まだ良かったのだ。
此方には向こうの倍以上の人数が居るし、何より相手は小柄な女だ。
だとしても。
「……勘弁してくれ、こっちも仕事だったんだよ。アンタ商人だろ? なら、話くらいは聞いてくれるよな?」
まだ動ける男達は皆、自ら武器を捨てた。
それくらいに実力のある相手なのだろう。
そして何より、矢をひき絞る弓からバリバリと紫電が迸っているのだ。
間違いなくただの弓兵ではないどころか、魔術師である可能性も高い。
しかも、さっき降って来た黒い矢を構えている。
これはちょっと、勝てる気がしない。
というか、勝負すらするつもりはないが。
「よう兄ちゃん、久しぶりだな」
「どうも、以前はお世話になりました」
軽く挨拶をしてみれば、彼は変らぬ笑顔を此方に向けて来る。
あぁ、全く。
商人ってヤツは、化け物とお国の威厳の次に怖い生き物だと思っている。
どんな状況でもニコニコニコニコ。
彼らがその笑みを崩していない時は、相手の掌の上で踊っている状況だってことだ。
物と金を支配し、状況さえ人とツテを使って動かしてみせる。
“上手い”商人ってヤツは、笑っている時ほど怖いのだ。
「それで、こんな夜中にどうしたよ? こっちはただ取引してただけだぜ?」
なるべく刺激しない様に、以前の様な緩い笑みを浮かべながら声を上げてみれば。
彼からは前以上に怖い笑みが返って来るのであった。
「ちょっとよろしくない取引をしでかしている輩を見つけまして、どうもソイツ等が俺の仲間を脅しつけているみたいなんですよね。そのお陰でコッチには不利益が発生し、余分な出費までしてしまった程です。いやぁ、困りましたねぇ」
クスクスと笑う彼が悠然と此方に歩いて来て、俺が地面に投げだした書類の束を拾い上げた。
そして。
「別に俺達は正義の味方って訳でも無ければ、復讐者って訳でもない。ここに居る全員を殺してやろうって思っている訳でもないんですよ、まずはソコを理解して下さい。あ、でも此方を攻撃してくる輩がいれば、容赦なく反撃しますから」
ニコッと人懐っこい笑みを彼が浮かべてみれば、少し離れた位置からは弓をギリギリと引く音が聞こえて来る。
本当に、商人ってヤツは。
まるで対等な立場ですよと言いたげな言葉を放ちながら、此方の選択肢を外側から奪っていく。
コイツは随分と直接的な脅しを掛けて来ているが、要はコッチが手を出さなければ向こうの白い子は何もしないと言っているのだろう。
正直、生きた心地はしないが。
「兄ちゃんは、何を求めるんだい?」
頬を引きつらせながら問いかけてみれば、彼は柔らかく笑った。
「まずはこの場に居る全員の求める物を提示してみましょうか。それが分かれば、意外と穏便に事が進むかもしれません。平和に行きましょう? ココは戦場じゃない、取引の場ですから」
全くどの口がほざくんだか。
まぁこちらとすれば、ありがたい申し出なのは間違いない。
なんたって俺は、“お願い”されて取引していただけなのだから。
正直、奴隷を買うのはオマケみたいなものだ。
口止め料として大量に卸してくれる物品の数々。
村にとっては、こっちが大本命。
奴隷達を無理やりにでも買いたいという訳ではない俺は、この緊急事態を外側から眺められるという訳だ。
とか何とか考えながら、ニヤニヤしていれば。
「一応言っておきますが、経緯はどうあれ“違法奴隷”は買った側も罪に問われる場合が殆どですからね? 部外者の様な顔をしていますが、貴方も関係者ですよ?」
「……え?」
こちらの考えを見透かしたように言葉を紡ぐ商人が、そんな事を言い始めた。
いや、え? だって。
相手が売って来る奴隷の出所なんて、契約書にも書いてないし。
だというのに、こちらまで犯罪者になるというのか?
「ま、待ってくれよ。俺は売りに来た品を買っただけだ。それなのにこっちまで犯罪者っておかしいだろ? 俺達が攫った訳でも無ければ、奴隷契約の書類だって本人達がサインしたんだろ? なら何の問題も――」
「それ、誘拐の手助けをしているって認めている様なモノですからね? そして本人がサインしたのが確かでも、相手を騙して奴隷に堕とした場合は当然罪に問われる事が多いです」
ニコニコと微笑む商人にそんな説明をされてしまい、思わずゾッと背筋が冷えたのを感じた。
これは、ちょっと本気で不味いかもしれない。
今までだって似たような事は数多くあったし、過去の事まで調べられたら一体どれ程の罪状を被せられるのか。
もう、目撃者を消して無かった事にする他ない。
思わずそんな事を考えてしまう程焦り、左右に視線を動かしていると。
「もう一度言いますが俺は別に正義の味方でも、法の執行者でもありませんから。何より時間がありませんからねぇ。早い所商談が進めば、気分が良くなって近隣国に通報なんてしないかもしれません。なんたって“この程度”、どこの国でも“よくある事”ですからね」
そう言ってから、ポンッと掌を俺の肩に置いて来るのであった。
「問題は問題にならなければ、“何も無かった”事になるんですよ。では、平和な商談を始めましょうか?」
あぁ、くそ。
商人ってヤツは、やっぱり恐ろしい。
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