第35話 流星の如く、駆けろ


 翌日。


 「それで、結局進展報告なしのままトレックは不参加。何やってんのよ、アイツ」


 ウィーズがえらく不機嫌な様子で、ガリガリと会場の土を踵で削っている。

 落ち着かない気持ちは分かるが、こればかりは仕方のない事。

 なんたってトレック達は国の外まで足を伸ばしているのだ。

 早々に報告に来られる距離ではないし、試合に間に合わないかもしれない事は前もって私が伝えておいた筈。


 「あんまり悪く言うんじゃねぇよウィーズ。トレックだって俺達の為に動いてくれてんだ」


 言葉だけなら落ち着いている様に聞こえるジンも、さっきから隣でそわそわしながら体を揺らしている。

 体が大きい分、非常に鬱陶しい。


 「そんな事言っても、手紙! 忘れた訳じゃないでしょ!? ジンは仲間全員が動けなくなるまで傍観、その後戦闘しているフリをして負けろって書いてあったんだよ!? トレックからの報告が無いと、皆の安否がわからない。だから従うしかない、なのにもう試合始まっちゃうじゃない!」


 「だから分かってるって言ってんだろ! とにかく、今はトレックを待つしかねぇ。それまでは……わりぃ、お前等だけで何とか時間を稼いでくれ。ほんとにすまねぇ」


 奥歯が割れるんじゃないかという程噛みしめながら、大男が私たちに頭を下げて来る。

 なんというか、本当に弱点が多い人だ。

 結構な力を持っている筈なのに、守るモノが多いせいで状況に振り回される。

 その分上手く立ち回れれば違うのだろうが、彼はどこまでも真っすぐ過ぎるのだ。

 “良い人ほど、周りの人間から搾取される”。

 トレックが言っていた。

 だからどんなに状況でも保険は掛けろと、そう教えられた。

 きっとソレは、普通に生きて行く上では非常に難しい事なのだろう。

 私だって今この状況で彼の立場だったら、何も妙案など思いつかない。

 だからこそ、私はトレックの“言葉”に従うのだ。


 「何も問題ないわ」


 それだけ言ってから、長剣を引き抜いた。

 会場の反対側から、やっと姿を現した今回の相手。

 随分と“出来る”のが混じっている様だ、確かに少し苦戦するかもしれない。

 “指示”に従いながら、“殺さない”で戦うとなれば余計に。


 「私達はトレックの指示に従うだけ」


 「……何か指示出されたっけ?」


 「えぇ、昨日の夜にね」


 「聞いてないんだけどっ!?」


 ウィーズに噛みつかれる勢いで詰め寄られるが、とりあえず無視。

 お相手も登場した事により、審判が試合開始を宣言する。

 さぁ、始めようか。今日も仕事だ。


 「魔女様よぉ、そういうのは俺等にも共有してくんねぇと……まぁ良い、トレックは何だって?」


 ジンの方も呆れた声を上げながら、此方を覗き込んで来た。

 他に伝える事が多かったから、今日の指示を共有する事を忘れていた。

 まぁ良いか、難しい事は言っていなかったし。


 「ジン、貴方はトレックから“雄姿を見せろ”と言われるまで絶対動かないで。ソレが仲間を助けた合図らしいわ」


 「隠語って訳か? まぁ確かに、会場で攫った救ったと叫ぶ訳にはいかねぇだろうからな……」


 「ウィーズ、貴女は全力で後先考えず動きなさい。次の試合の事は考えなくて良いわ。私が四人押さえてあげる、残る一人は確実に仕留めなさい」


 「んなっ!? 意味が分かんないっ……けど、分かったわよ! でも二人こっちに寄越しなさい。あんまり舐めるんじゃないわよ!」


 思いっ切り尻尾を太くしながらも、ウィーズもレイピアに抜き放って姿勢を落した。

 そして、私の仕事は。


 「さて、それじゃ全力で“苦戦”するわよ。ジンが動かなくても、私達だけで勝ってしまったら問題が起こるかもって言っていたから」


 「……はい? 要は時間稼ぎって訳? それじゃ私も時間かけて方が良いの?」


 「そんな器用な真似は出来ないだろうから、ウィーズはとっとと人数減らせって言ってたわ」


 「アイツっ! 帰って来たら殴る!」


 「あと、“ウィーズがミスる心配はしてないから、頼らせろ”とも言ってた」


 「……ふんっ!」


 太くなった尻尾が徐々に元の大きさに戻っていくウィーズ。

 私が言うのも何だが、何とも分かりやすい子だ。

 なんて事をやっている内に、相手方はもう此方に攻め込んできている。

 盾持ちの巨漢、長剣使い、斥候に弓、そして術師。

 非常にバランスが良さそうだ。

 特にリーダー格であろう長剣使い、彼はなかなか“変わった物”を持っている様だ。

 それこそ、昨日戦った白い弓使いみたいに。


 「行くわよ、ウィーズ。ジンは良い子でお留守番してなさい」


 「だぁもう! やったる! 後ろに回って術師から潰すよ!」


 「す、すまねぇ……二人共、頼む」


 そんな訳で、準決勝が開始された。

 ここからが私の見せ場だ、ひたすら練習した“負けそうになる”演技というヤツを見せてやろう。

 と、思っていたのだが。


 「……せっかくの成果を、見せる相手がこの場に居ないわ」


 「こら魔女っ! 何してんの!? さっさと行くよ!」


 ちゃんと苦戦して、トレックに褒めてもらおうと思ったのに。

 本人が見ていないのでは意味がないでは無いか。

 ウィーズに続いて走り出してみたは良いものの、私のやる気は物凄い勢いで急降下していくのであった。


 ――――


 「ったく、やる気あんの!? 何よあのふざけた演技!」


 マントでその身を隠した斥候が両手のナイフで攻め込んで来るが、ソレを回避しながら思い切り叫んでしまった。

 アレだけ恰好つけた様子で“私が四人相手にするわ”なんて言っておきながら、なんだアレは。

 適当に長剣をぶん回し、相手の攻撃をもっさりと避ける。

 傍から見ればヒヤヒヤしてしまう様な光景だが、それ以上に酷いのが。


 「わー、やー」


 物凄く気の抜けた声が聞えて来るのだ。

 もはや相手を馬鹿にしているのかと思う程、やる気のない声が。


 「ちょっと魔女! その気の抜けた声止めなさいよ! こっちまでやる気が削がれるっての!」


 「だって、ねぇ?」


 「ねぇ、じゃないっての! っちょ、あぶなっ!?」


 向こうに意識を持っていかれ過ぎたらしい。

 今、攻撃魔法が私の体スレスレを通り過ぎて行った。

 こっちの相手はすばしっこい斥候と、後ろの術師。

 これだけ面子が揃っているのだ、補助系の魔術をメインに使うのかと思っていたが……しっかりと攻撃魔術も絡めて来るらしい。

 こりゃ本当に気を抜いていられない事態だ。


 「アンタがちゃんとやらないなら、トレックが帰って来た時チクるからね! 試合中全然やる気なかった、手を抜きまくってたって報告するからね! いいの!?」


 何てことを叫びながら、迫りくるナイフをレイピアで凌いでみれば。

 ヒュンッと音を立てて、目の前を黒い何かが通り過ぎた。

 そんでもって、すぐ近くにぶっ刺さる長剣。


 「違うわ。ホラ、今も相手の攻撃が防ぎきれなくて剣を弾かれたのよ」


 「どうでも良いからちゃんとやれ馬鹿!」


 余裕をぶっこいている頭のおかしい魔女を無理やり意識の外に押しやり、目の前の相手に向かって全力疾走。

 こっちは余裕なんて無いのだ。本気でやらないと、マジで潰される。


 「ったく、流石準決勝。やり辛いったら無いわ」


 私の相手を買って出た斥候。

 一見細身に見えるが、結構力がある。

 魔術による補助かとも思ったけど、アレ絶対脱いだら腹筋割れてるヤツだ。

 ラムに教えてもらった事があったけど、太い筋肉と細い筋肉、そのどちらでも強くなる事が出来るらしい。

 太い方は短期決戦向き、細い方は長期戦向きなんだとか。

 そういう意味も含め、私は長時間走り回る為の訓練を続けて来た訳だが……。


 「似た者同士って事かしら?」


 ニッと口元を歪めてみれば、相手からも似たような微笑みが返って来た。

 そんな彼がフラッと上体を逸らすと、その僅かな隙間を縫う様に攻撃魔術が飛んで来る。


 「羨ましい連携だ事! ウチの面子にも教えてやってほしいくらいよ!」


 魔術を避けながら姿勢をさらに低く構え、一直線に魔術師に向かって駆け出した。

 二体一だというのに、絡め手も何もあったもんじゃない。

 とにかく走れ、誰も追いつけないくらいに速く駆け抜けろ。

 私に出来るのは、それだけなのだから。


 「いっけぇぇぇ!」


 慌てて此方に着いて来ようとする斥候に見向きもせず、地面這う様にして全力で足を動かした。

 目の前に居るのは魔術師のみ。

 向こうも迎撃しようと攻撃魔法を準備しているが、発動よりも私の方がギリギリ速い!

 なんて、思えたら良かったのだが。


 「大概こういう時は、絡め手が待ってんのよね。ウチの性格悪い奴を見て、よく勉強になったわ」


 一直線に突き進んで、もう少しで剣の届く距離に入ろうとしたその時。

 相手の口元がニッと吊り上がったのを見逃さなかった。


 「なっ!? 嘘だろっ!?」


 だからこそ、四つ這いになる勢いで横に跳んだ。

 ホラ見た事か。

 私が飛び込んで来る事を見越して、予め魔術を設置してあったのだろう。

 地面からは火柱が立ち上り、そのまま突っ込んでいれば丸コゲになっていた所だ。


 「よっ! と」


 本当にトラップ程度だったらしく、炎はすぐさま大人しくなってくれた。

 なので、トレックから渡されていた小瓶の蓋を開けて、相手の顔面に投げつけておいた。

 今まではアイツが馬鹿みたいに道具を使って暴れていたので、私たちは使う必要も無かったのだが。

 こういうのもなかなかどうして、使えるじゃないか。


 「が、ゴホッ! ガハッ!」


 やけに咳き込む術師。

 あれではしばらく詠唱を唱える事は出来ないだろう。

 よって、私の敵はあと一人。


 「やるじゃねぇか、お嬢ちゃん」


 やっと追い付いて来たらしい斥候の人が、ニィっと口元を歪めてナイフを構える。

 今までマントで姿を隠していた彼だが、走る時に邪魔だったのか今では革鎧姿をこちらに見せている。

 そんでもって。


 「速さで私に勝てると思ってんの? とか言いたかったけど……貴方も厄介そうね」


 「そうじゃなきゃココまで勝ち進んでいないよ。正面切っての一対一ってのは、あんまり性に合わないんだがな」


 「でしょうね。貴方も外の人? コロシアムで戦うタイプじゃないわね」


 「ま、そんな所だ」


 体中に、色んな道具が装備されているのだ。

 大きめのナイフが特徴なのかと思ったが、間違いなくコイツは違う。

 どちらかと言えば、トレックに似たタイプだ。

 籠手には見た事も無い装備を付けているし、腰や脇には針や小瓶の数々。

 多分いざって所までは使わない様にしていたのだろう。

 なんたってウチの馬鹿が暴れ過ぎたせいで、飛び道具が出て来るだけでブーイングが飛んで来る程になっているのだから。


 「大変ね、道具使いは」


 「随分他人事みたいに言うじゃないか。さっき使った道具だって、結構批判を買ってるみたいだぜ? 周りの声、聞こえてんだろ?」


 「だって私は、今回の試合が終われば自由だもの。だから、好きにやるわ」


 「へぇ、そりゃめでたいな。後で何か奢ってやるよ、お嬢ちゃん。ま、俺に勝てたら……だけどな?」


 「上等っ!」


 その会話を最後に、両者とも一斉に駆け出した。

 ただただ速度で勝てば良いという相手じゃない。

 攻め込んだ先に、絶対に何かしら絡め手が待っているのだ。

 だからこそ、観察を怠る事は許されない。

 全力で攻め込みながら、相手の小さな動作一つ一つに注意しろ。

 指先が少し動いただけでも、何かしらの道具を使った可能性があるのだから。


 「あぁもう! 戦士相手の方が楽だなんて、初めて考えたわよ!」


 「それが俺等みたいな奴の“価値”って訳だ。そこに気付いただけ、そこらの奴より利口だぜ?」


 「そりゃどうも! 褒められる事に慣れてないから褒めないで!」


 「照れるな照れるな、だはははっ!」


 何か動作を行う度に、ついでとばかりに何かしら道具が飛んで来る。

 針が飛んで来たり、小瓶や袋が飛んで来たり。

 ふと気づくと足元に何か転がっていたりする。

 今まで私達と戦った対戦相手は、常にこんな状態で戦おうとしていたのか。

 しかもトレックは油だ何だと液体までばら撒いて使っていた。

 こうして可視化出来る物品を使っているだけ、まだコイツの方がマシ……。

 本当に、そうだろうか?

 思わず全身の毛が逆立ち、バッと跳躍してその場から離れた。


 「へぇ……本当に凄いじゃないか、お嬢ちゃん。今のに気付くのかい?」


 「残念な事に、何が何だかさっぱりよ。でも、これだけ目立つ道具ばっかり使ってる事に違和感を覚えたの。そんだけ」


 「いやいや、そこにちゃんと気付けるだけ凄いぜ? 大抵の奴は気づかぬままポックリ、ってな。あぁ、もちろん死ぬような毒は使ってない。これは“試合”だからな」


 相手は随分と軽い様子で笑っているが、こちらとしてはたまったモノではない。

 まさか周囲に毒をまき散らして戦っていたのか?

 だとすると、なんでアイツは平気で立っていられる?

 なんて事を思っていたが、答えは目の前にあった。

 いつの間にか、マフラーの様な物を口に巻いている。

 アレで全部防げるのかは知らないが、何かしら特殊な物を使っているのだろう。

 手元ばかりに集中し過ぎて、相手が口元を隠しているのに気が付かなかった。

 あぁ、くそ。

 私もまだまだって事か。


 「はぁぁ……全っ然対処方が思いつかないのに、死ぬ毒じゃないって聞いて安心してる自分が嫌だわ」


 「若いんだから、そんなに思いつめる必要は無いと思うぜ? どうだい、お嬢ちゃん。自由になれるってんなら、俺と一緒にパーティを組んでみないか? あぁ、ナンパって訳じゃないぞ? 単純なスカウトだ。お嬢ちゃんは強い、が。まだまだ知見が足りないと見た。俺と一緒に旅でもしてみないか?」


 なるほど、コレがスカウトというヤツなのか。

 もしも彼が三区の人間だったりすれば、私は晴れて五区脱出といった事態。

 相手は旅人みたいだから、そういう状況にはなれないが。

 しかし相手から認められ、誘いを受ける。

 それは自分を認めてくれた人が居ると言う事。

 確かに、悪い気分じゃない。

 ラムもきっと、こんな気持ちだったのだろう。


 「貴方は強い、よく分った。それに気安いのにいやらしくない雰囲気、結構好きよ」


 「大抵の女はピカピカ鎧の豪華な剣を担ぐ男の方に惹かれるもんだが。やっぱり面白いな、君。結構本気でスカウトしても良いか? 君の真っすぐな剣と速さ、それに道具を使うのに躊躇がないのも気に入った。結構いいコンビになると思うぜ?」


 「確かに、そうかもね。貴方みたいな人と組めば、かなり安心出来るかも」


 数日前までは私も、こんな戦い方邪道だと思っていた一員な訳だが。

 それでも、散々見て来たのだ。

 勝たなければいけない一戦において、何より頼りになる存在を。

 外聞など気にしない。誰に文句を言われようと、罵倒を浴びせられようと。

 ただただ勝つ事に、生き残る事に執着し。

 ブーイングに対して中指を立てて笑う男を、私は見て来たのだ。

 だからこそ、私の“常識”は覆された。

 そして、何より。


 「でも、お断りさせて頂くわ。私は……馬鹿言い合って、お互いに守り合えるくらいの関係が好きみたい。弱い癖に敵に突っ込んで行って、馬鹿みたいに暴れて。予想もつかない事をしでかす癖に、最後にはちゃんと私を頼ってくれる男が居るから。認めてくれた奴が居るから。私はその馬鹿のお願いに答えて、“全力で”貴方を潰すわ」


 「ハハッ、恋する乙女に無粋な誘いだったな。悪かった、お嬢ちゃん。来な、こっちも“全力”で相手になってやる」


 お喋りは終わりだとばかりに、相手はナイフを構え直しより一層腰を落とした。

 多分、次で終わる。

 次の一手に、相手は全てを賭けて来る。

 どんな道具を持っているのか、どれ程の相手を対処して来たのか。

 その全てが分からない今、私に出来る事なんてたかが知れているというものだ。


 「全力全開、真正面から突っ込むわ」


 レイピアを構えながら、地面に伏せる様にして走り出す態勢を作る。

 コレが最後。

 次の試合を気にするなというなら、コレで良い筈だ。

 例え相打ちになろうが、絶対にこの相手だけは倒す。

 だから。


 「勝負よ」


 小さく呟いてから、思い切り地面を蹴り飛ばすのであった。

 駆け抜けろ。誰よりも速く、何よりも素早く。

 私には、それしか出来ないのだから。

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