第36話 雄姿を見せろ


 放り投げた剣を引っこ抜いて戻ってくれば、「待っていた」とばかりに胸を張っている男性が一人。

 リーダー格の長剣使い、他二名は呆れたような雰囲気が漂っている。


 「やっと本気で戦ってくれる気になったかい?」


 「随分とお優しいのね? 無手の時に総攻撃を仕掛ければ良かったのに」


 「そんな事出来る訳がないだろう? 私は貴族であり戦士だ」


 「へぇ?」


 とてもではないが、そうは見えないが。

 こんな所で油を売っているという事は、貴族様というのは案外暇なのだろうか?

 なんて事を考えながら、長剣を構え直してみれば。


 「負けを認めてくれないかな? 先程までは手を抜いている様だったが……分かっただろう? 我々も手を抜いていた。君一人では、私には勝てないよ」


 「随分と自信があるのね」


 「そうだね、私は“選ばれた”存在だから」


 「ふぅん?」


 何かベラベラ喋り始めた男に対して、呆れた視線を向けていれば。

 彼は自信満々な様子で、自らの剣を天に掲げてみせた。


 「この剣は、“騎士の墓標”といってね。まぁ、なんだ。俗に言う“聖剣”ってヤツなんだよ」


 「へー」


 「国を守る騎士。いや、世界を守る聖騎士にしか扱えない聖剣と言った所か……この意味が、分かるかい?」


 「分からないわ」


 「やれやれ、説明してあげる必要があるようだね」


 なんて事を呟いた相手は、タラタラと語り始めた。

 今は試合中だと思ったのだが……良いのだろうか?

 まぁ、時間稼ぎって意味ではこれ以上ない程の好条件なので構わないが。

 なんでもあの剣は、彼の家に代々伝わるとんでもなく貴重なモノなんだとか。

 刃こぼれもしないし、曲がっても魔力を与えてやれば勝手に直るらしい。

 とても便利だ、本当かどうかは知らないけど。

 それくらいの感想しか湧かないのだが、どうにも過去にはもっと凄い力を発揮したとか何とか。


 「つまり、貴方はその剣を使いこなせていないのね?」


 「なっ!? 違う! この剣は俺を選んだからこそ、未だこの美しさを保ち、刃こぼれ一つしないまま――」


 「でも、それだけだわ。聖剣なんて言っても、大した事無いのね」


 それだけ言って、対抗するつもりで“血喰らい”を使ってみる訳だが。


 「やっぱり、反応しないのね。どうしたのかしら?」


 掌を棘が貫通し、魔力や血を吸われている感覚はある。

 だと言うのに、この剣は本来の姿を見せない。

 魔力は溜まっているのに魔術が発動しない様な、変な感じ。

 “血喰らい”そのものが、本来の性能を失ったという事ではない……と思う。

 でも、“起動”してくれない。

 思わず首を傾げてしまうが、相手からは悲痛な声が返って来た。


 「何をしているんだ!? そんな事をしなくても、降参してくれればちゃんと認める! 自傷行為なんて今すぐ止めるんだ!」


 なんだか、勘違いした男が叫び始めてしまった。

 あぁ、この相手に負けそうになる演技をしないといけないのか。

 なんか気分的に嫌だな。

 トレックも見ていない所で、何故こんな馬鹿らしい事をしないといけないのか。

 思わずため息を溢しながら、黒い長剣を肩に担いだ。


 「どうでも良いから、掛かって来たら? 相手になってあげるから」


 そう言ってからチョイチョイっと手招きしてみれば、リーダー格の男がまた口を開く。

 何故こうも良く喋る相手ばかりなのか。

 面倒くさい、非常に面倒くさい。

 だが、此方にも下手に飛び込めない理由がある。

 一人、居るのだ。

 間違いなく“演技”でどうにか出来そうにない相手が。

 非常に目立つのに、目立たない様に振舞っている巨漢。

 大きな盾と長剣を握った男。

 間違いなく、このメンツの中では一番腕が立つ。

 だというのに、目立とうとしない。

 まるで、“私と似た様な理由”でもあるかのように。


 「持ち主に返してあげれば、その剣も喜ぶんじゃない?」


 なんて、軽い気持ちで言い放ってみれば。

 散々口を動かしていた男はビタリと止まり、フルフルと全身を震わせ始めた。

 そして。


 「お前も、俺を馬鹿にするのか?」


 「はい?」


 「この剣の所有者は俺だ! 俺が選ばれた人間なんだ!」


 「急にどうしたの?」


 男は奇声を上げながら此方に走り込んできて、大袈裟に長剣を振り回した。

 周りの二人も慌てた様子で駆けつけてこようとするが、如何せんスピードではこの男が一枚上手の様だ。

 ウィーズよりかは遅いが。


 「これは、俺が授かった剣なんだ! 俺が使うべき剣なんだ!」


 「へぇ、そうなの」


 確かに、剣筋は悪くない。

 身体強化などの、所謂バフやパッシブといった魔術も多用出来ている様だ。

 体の使い方も、魔力の使い方も上手い。

 見事に、良い教えを受けて来た“貴族様”という感じは捨てきれないが。

 それでも、確かに強い剣士なのだろう。

 でもこれでは駄目だ。


 「貴方の剣は、どこまでも民衆に“魅せる”為の剣なのね。それじゃ私には勝てないわ」


 それだけ言ってから、掌の力を抜いた。

 此方の長剣を弾き飛ばし、相手も“勝った”と言わんばかりの余裕を見せる。

 ソコが欠点だというのに。


 「教えてあげる。“魅せる為”じゃない、“生きる為”の戦い方を」


 呟いてから、右の拳を彼の顔面に叩きこんだ。

 兜を被っているのだ、直接的な致命傷にはならないだろう。

 しかし、相手は大層驚いた様子で後ずさってしまった。


 「ホラ、隙が生れた。そんなんじゃ戦場ですぐ死ぬことになるわよ? 聖剣に選ばれた“普通の人”」


 それだけ言い放ってから、とにかく拳を振るい続けた。

 左右の拳が潰れるくらいに、相手の兜を殴り続ける。

 私の能力は“自己回復”。

 だからこそ、兜を殴りつけて拳が駄目になろうが気にする事では無い。

 今は“試合”だから良いが、コレが“戦場”だった場合。

 間違いなく彼は生き残る事が出来ないだろう。

 それくらいに、殴られ続ける彼は隙だらけなのだ。

 記憶はないのに、そう言う感覚だけは覚えている。

 本当に不思議なモノだ。

 なんて事を思いながら、最後の一発を振り抜いた。


 「これで、終わり。自分は特別だと思っている様だけど、どうかしら? 聖剣一つで、魔剣を持つ魔女に出合った気分は。戦いの場というのは、常に自らよりも強敵に出合う事を警戒すべきなのよ?」


 振り抜いた拳の先で、先程までベラベラと喋っていた男がゆっくりと倒れていく。

 それはもう、人形が倒れるみたいにバタリと音を立てて。

 聖剣云々の前に、もう少し鍛えるべきだったわね。

 とかなんとか考えながらため息を溢してみれば。


 「坊ちゃま!」


 盾持ちの人が声を上げた瞬間、もう一人の攻撃が此方に迫って来る。

 なかなか上手い。

 というか、まるで曲芸師の様だ。

 数本のナイフを投げた後に、当たる瞬間を合わせて二本の矢を放ってきた。

 こんな事、普通は出来ない。

 盾使いだけじゃなく、弓を持っている奴も結構“出来る”様だ。


 「凄いわね、貴方達。そこらの兵士や雇われの実力じゃないわ」


 「全てを掴み取っておいて、よく言う……この化け物め」


 彼は舌打ちを溢しながら残る二人を守る様に陣取り、此方に弓を向けて来る。

 しかしながら、弓兵としては近すぎる距離。

 どう見ても、この二人を守ろうとしている。

 その命に代えても。

 きっとこの言葉が一番似合うのだろう、今の彼の行動は。


 「使いなさいよ、その剣。元々そこの盾持ちの人のモノでしょう? そこの伸びている人が選ばれた? 違うわよね? 貴方が選ばれて、彼に譲渡しただけに過ぎない。だからこそ中途半端だし、こんな“薄汚い真似”をしてまで勝とうとする。違う?」


 「……」


 二人からは無言の返事が返って来た。

 私はトレックの様に頭が回る訳ではないし、相手の裏事情なんかが予想出来る訳ではない。

 でも、彼の剣を受けた時に感じたのだ。

 私の“血喰らい”と同種であるにも関わらず、“違う”と。

 剣そのものが、という意味でもあるのだが。

 ソレ以上に、求めている相手が違う様に感じられた。

 魔剣というのは、不思議なモノだ。


 「はっきり言うわ、貴方達の敗因はその男を持ち上げようとし過ぎた事。武器本来の性能を出し切れる相手が最初から使っていたなら、私だって本気を出したかもしれない。そんなに大事なのかしら? 貴方達にとって、身分っていうものが。魔女の私には良く分からないけど」


 それだけ言って掌を拡げてみれば、私の元へと帰って来てくれる“血喰らい”。

 やっぱり、壊れてはいない。

 じゃぁなんで魔術を発動しないんだお前は。

 ちょっとイラッとして刀身を蹴っ飛ばしてみたが、コレと言って反応はなし。

 チッ、コレだから無機物は。


 「お前に何が分かる……俺は彼に救われた。だから、この人が昇り詰める様を近くで見て居られれば良かった……なのに」


 「知らないわ、どうでも良い。私にも手を差し伸べてくれた人は居たけど、共に生きたいと願っているもの。嘘の称号で目立たせたいとは思っていない。貴方と違って、“偽らせたい”とは感じないの。だから、分からないわ」


 呟いてみれば、兜の向こうからでも分かる程の強い眼光が向けられた。

 きっと彼にとって、先ほどの長剣使いは大事な存在なのだろう。


 「主を“魅せる”のは、従者として当然の行いだ。それを俺は貫いて来た……だが今日、貴様が全てを狂わせた」


 「それこそ知らないわよ、私は誰かの従者になった事が無いもの。それにココは決闘の場。甘ったれた理想を持ち込むなら、お家のお庭でやりなさい。戦場では、そんなもの何の意味も無い。それだけ立派なお考えとやらを持っているのなら、自分達だけで完結しなさい。おかしな依頼を出すような真似は止めてくれるかしら? 私達、そのせいで結構迷惑してるの」


 それだけ言って黒剣を構えてみれば、相手も諦めた様に“聖剣”とやらを拾い上げた。

 さぁ、ここからが勝負だ。

 あの武人が、あの武器が。

 どこまで凄いものか、調べなくては。

 きっとそう言う情報は、トレックが喜ぶから。


 「名を聞きたい」


 「普通は自分から名乗るのが礼儀だと聞いたわよ? まぁ、良いけど。私はエレーヌ・ジュグラリス。“無情の魔女”と呼ばれているわ」


 「先程から魔女がどうとか言っていたが……まぁ良い。事実かどうかは知らんが、本物ならば魔女は初めて見た。その剣も普通ではないと見受けられる」


 盾を構え、腰を落とし。

 更には聖剣とやらを構えながら、彼は静かな眼差しを此方に向けて来た。

 間違いない、彼の特性は“守り”だ。

 特別な剣を使いながらも、主軸を置いているのは盾の方。

 そういう戦い方をする人間なのだろう。


 「やり辛そうね、貴方。私とは相性が悪いわ」


 「お褒めに預かり光栄だ。しかし、坊ちゃまの仇は取らせてもらう」


 「殺して無いわ」


 「戦士として、外聞的な意味も含めてという事だよ」


 そんな会話を終えてから、お互いに剣を構え直す。

 確かに強い相手だ。

 だが、負けると思える程の脅威は感じない。

 しかし放っておいて問題ないと思える程弱くも無い。

 下手に演技などしていたら、手痛い一撃くらいは貰うだろう。

 だからこそ、本気を出して手早く片付けるつもりで足に力を入れてみたが。


 「……止めたわ」


 「どうした? 怖気づいたか?」


 此方を挑発する様に、相手は剣でガンガンと盾を叩いてみせるが。

 生憎と、そうじゃないのだ。

 ふぅと息を吐いてから、会場の観客席を見上げる。


 「貴方とは普通に戦っても怪我をしそうだもの。そんな事になったら、怒る人が居るの」


 「……何を言っている?」


 相手は不思議そうに問いかけて来るが、もう私としてはどうでも良かった。

 彼に“勝て”と言われれば勝つし、まだ“演技をしろ”というのなら従おう。

 その指示を出す相手が、やっと目の前に現れたのだ。

 これ以上、モヤモヤと考える必要は無いだろう。

 正直、どうしたら良いのか判断に困っていた所だし。


 「おかえりなさい、トレック。首尾はどうだったのかしら?」


 ポツリと呟いた瞬間。

 視線の先に居る彼は、客席から身を乗り出す様にして叫んだ。

 それはもう、いつか見た試合の時の様に。


 「ジンさん! “雄姿を見せろ”! 勝てよ、今度こそ最後まで勝ち抜いて見せろ! ウィーズ! 走れ! 負けんな! 二人なら絶対勝てる! だから、格好いい所を見せてくれ!」


 思い切り大声を上げたトレックの後ろには、ラムといつか見た白い弓使いの姿が。

 アレが近くに居れば、多分コロシアムを荒らしたトレックがあの場に居ても大丈夫なのだろうが……。


 「エレーヌさん! ……あれ? えっと、エレーヌさーん? なんか不機嫌そうですけど、会場は破壊しない様に~……あ、そうだ! 今日はでっかいソーセージが手に入りましたから、夜一緒に食べましょう?」


 ちょっと困った笑みを浮かべながら、トレックがこちらに手を振っている。

 まぁ、いいか。

 今日はでっかいソーセージだ。

 思う存分味わいながら、構って貰おう。

 なんか最近、あまりトレックとゆっくりしていない気がするので。


 「アレは、お前達の所に居た商人か? 今更何を……」


 「盤面は元に戻ったと言う事よ」


 不思議そうな顔を浮かべる相手を前に、此方は魔剣を鞘に納めた。

 もうこの後は、任せてしまって良いだろう。

 なんたって、私でもちょっと寒気がするくらいの闘志が、背後から迫って来るのだから。


 「待たせたなぁ、クソヤロウ共……ちゃんと礼はさせてもらうぜ?」


 大剣を抜き放ったジンが、全身の毛を逆立てながらゆっくりと歩いて来る。

 この姿を見れば、誰だって思ってしまうだろう。

 コイツが“勝つだろう”って。


 「ジン、負けそうになる演技」


 「すまねぇ魔女様。今回だけは無理だ」


 「そう、なら仕方ないわね。でも相手は“聖剣”持ち、手を貸しましょうか?」


 「俺が死んだ時は、頼むわ」


 「頼まれたわ」


 その会話を最後に、虎の獣人が大声で雄叫びを上げた。

 彼の大声に会場の空気は染め上げられ、先程までとは違う雰囲気に変わって行く群衆。

 そりゃそうだろう。

 私たちが相手にしていたのは、貴族様な上に聖剣持ち。

 誰だって、彼等に賭ける。

 余所者と五区の集まりで、人数も足りない私達に“もしかしたら”と賭ける人間の方が稀だろう。

 だからこそ、皆青い顔を浮かべている。

 これから見舞われる、大損を想像して。

 でもそんな中、一人だけ満面の笑みを浮かべている観客が居た。


 「まったく……遅いのよ。もう少し早ければ、私が頑張っている所を見せられたのに」


 そんな事を呟きながら微笑んでみたが、彼の瞳はジンの雄姿に注がれていた。

 なんか、凄く納得いかない。

 思わず頬を膨らませながら、とりあえず仲間達の戦闘に目を向けるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る