第37話 咆哮
「オラァァァ!」
ドデカイ叫び声を上げながら、ジンさんが大盾持ちに斬り込んでいく。
その迫力は、此方にまでビリビリと緊張感を伝えて来る程。
相手の盾に大剣がぶつかる度、金属の弾ける音が広がり鼓膜を震わせる。
敵側もかなり“出来る人”の様だ。
彼の剣を受け流しながらも、もう片方の手に持った長剣で反撃を繰り返す。
しかしその攻撃に、ジンさんは巨体に似合わない俊敏さで反応して見せる。
攻防一体。
まさにその言葉が相応しい戦いが繰り広げられていた。
攻撃を最大の防御とする戦士と、防御を最大の攻撃とする戦士がぶつかり合っている。
思わず息を呑みながら、両手の拳を握りしめた。
“熱い”。
この試合を表現するのに、それ以外の言葉がいらなかった。
「いけ、いけっ! ジンさん、負けるな! 押しきれ!」
まるで最初に彼の試合を見た時の様な気持ちだった。
大胆に、豪胆に。激しく、力強く。
そんな言葉の羅列ばかりが思いつくのに、よく見れば分かる。
全力で動きながらも、彼は相手の動きを細かい所まで警戒している。
相手が反撃をする動きを見せれば、“先に”動いてその一手を潰す。
避けたり、飛び退いたりしないのだ。
より深く踏み込み、攻撃出来ない位置に飛び込んだり。連撃から続く一連の動作とも思える行動で、相手の攻撃を薙いで魅せる。
彼の戦いに何故引き込まれたのか、今なら分かる気がする。
他の選手が“魅せる”為だけに戦う中、彼は“生きる”為に魅せているのだ。
どこまでも実戦に近い形で、それを美しく見せる。
まるで泥臭さを抜いた戦争の様だ。
思わず童話や英雄譚を思い浮かべてしまう程、綺麗な所だけを切り取った“実戦”。
それが、彼の戦い方なのだ。
「頑張れぇ! このままなら絶対いける!」
周りの観客と同じく、拳を振り上げながら声援を送っていれば。
この勝負を邪魔しようとする影が視界の隅に映る。
「エレーヌさん!」
「分かってるわ。癪だけど、ジンの試合に集中して良いわよ」
割と近い位置に居た彼女の言葉を何とか耳で拾えば、次の瞬間彼女は風になった。
姿が掻き消えると同時に、ジンさんに向かって放たれた矢を全て叩き落す魔女様。
本当に、頼もしい限りだ。
「化け物めぇ!」
「随分な言い様ね、私は“魔女”よ。化け物は……もう卒業したわ」
激高する相手に対し、黒い長剣を構える魔女がローブを風に揺らしながら言い放つ。
もう何というか、最高に格好良い。
この場に居る全ての戦士が、全員格好良いのだ。
コレが“呑まれる”と言う事なのだろう。
熱気に、このハラハラする空気に。
全身の毛が逆立つみたいにゾワゾワして、“この先”を期待してしまう。
こんな感情を持つようじゃ、商人失格も良い所だけど。
でも、それでも。
俺は、彼等彼女等に絶対勝ってほしいと本気で願ってしまったのだ。
「こんのっ、馬鹿商人! ちょっとはこっち見なさいよ!」
会場の隅の方で、そんな大声が上がった。
視線を向けてみれば、そこには。
「どうよ? アンタの指示、ちゃんとこなしたわよ! しかも二人、無力化したわ……準決勝で、二対一で、勝ったわよ!」
ボロボロになったウィーズが、ニカッと笑いながら此方にピースサインを向けていた。
アレだけ綺麗だった鉄鎧はボロボロになり、今にも外れ落ちそうな程。
生意気ながらも可愛らしい顔には青痣と裂傷を作り、それでも満面の笑みを此方に向けていた。
あんの馬鹿。
そんな怪我を負うくらいなら、エレーヌさんにもっと頼れば良かったのに。
アイツの性格からして、最初から二人担当したのだろう。
ほんと、意地っ張りなクソガキだ。
何故か両目に薄っすらと溜まって来た涙を拭い去ってから、力いっぱい拳を振り上げて親指を立てた。
「よくやったウィーズ! やっぱりお前は最高だ!」
「あったり前でしょ! このクソ商人! もっと褒めなさい! 御褒美は前より美味しいお肉要求するんだからね!」
向こうからもグッと親指を立てて返事が返って来た。
この試合は、本当に“熱い”。
しかも五対三という最初から不利の状況で、ここまで試合を盛り上げているのだ。
状況的にも、立場的にも、間違いなく相手方に賭けた奴等が多いだろう。
これ以上ない程の成功だと言える。
周りで青い顔をしている連中に、思わず高笑いを浮かべてやりたい気分ではあったのだが。
何故か、ゾッと背筋が冷えた。
「……エ、エレーヌさーん! 良い調子ですよ! そのままソイツを押さえちゃってくださーい! 格好いい所が見たいなぁぁ!」
思わず、叫んだ。
だってあの人、こっちを睨みながら迫って来る矢を防いでいるんだもの。
マジかよ、余所見しながら相手の攻撃を叩き落としてるよ。
「貴方も大変ね、同情はしないけど」
「流石、自分の矢を撃ち落とされた人の言葉は違いますね。ウツギさん」
「正直、あんなのともう一度戦えって言われてもごめんだわ。恐怖以外の何者でもない」
隣に立っている白い弓兵は、俺同様寒気を覚えたのか。
体を擦りながらエレーヌさんの事を眺めていた。
ラムさん程ではないが、何となくちょっと親近感を覚えてしまう。
とかやっていると、試合中にも関わらず“血喰らい”がこちらに飛んできそうなので、改めて試合に集中する。
「今の所、不安要素は少ない……問題はジンさんが勝てるかどうか。例え負けてもエレーヌさんが居るから、問題にもならないのかもしれないけど……」
「勝ってほしいと思っちゃうわよね。こんな試合を見せられれば」
ウツギさんと二人して、グッと拳を握りしめる。
「なんか、思っていた感じとは違う方向に白熱し過ぎて……もう私には何がなんだか」
ラムさんだけは、頭を押さえながらため息交じりに試合を見続けるのであった。
彼には頭痛薬か、お酒をこの後処方しようと思う。
――――
いくら打ち込んでも、中々隙を見せてくれない大盾使い。
だが、焦るな。
相手だって人間なんだ、必ず隙は生まれる筈だ。
所々でやけに鋭い攻撃で反撃してくるが、防げない程じゃない。
ただし、剣の切れ味はヤバいが。
あぁクソ、他はどうなった? 敵はコイツだけじゃなかった筈だ。
魔女様が居るから、向こうの弓使いは任せて良いと思うが。
ウィーズは? ウィーズはどうなった。
まだ一人、残っていた筈だ。
とてもじゃないが確認している余裕は無い。
少しでも眼を放せば、その隙にグサッとやられて終わっちまう。
だからこそ、全力で相手に集中していた訳だが。
「ジンさん叩き込め! 周りなんか気にするな! 大丈夫だ! 仲間を信じろ!」
いつか聞いた、気持ちの良いくらいの声援が背中を押してくれた。
あぁ、そうかい。
なら、そうしようじゃねぇか。
「どらぁぁぁぁ!」
今まで以上に踏み込み、両腕に力を入れる。
此方は攻撃、相手は防御。
特化している内容が違うからこそ、泥試合になりかねない状況。
もっと悪い事に、相手は多分俺みたいな奴と戦い慣れている。
だがそんなもん、“知った事か”。
頼もしい仲間達が居て、応援してくれる奴が居る。
更には、俺達に指示を出してくれる司令塔が“仲間を信じろ”と言ったのだ。
だったら、俺に出来る事は一つだけだ。
「全力でテメェを叩き潰してやらぁ! 勝つのは俺だ! 死んでも負けねぇ! ぶっ殺されても、“勝ち”は譲らねぇぞコンチクショウ!」
今までなら、もう少し“魅せる”事に意識しただろう。
観客受けを狙って、要望に応えて。
ギリギリの戦闘ってヤツを“演出”する事を考えただろう。
でも、今回は違うのだ。
意地でも勝ちてぇ、無理を押し通してでも最後に残っていてぇ。
もちろん目的もあって、負けられない試合である事は間違いないが。
ソレ以上に、俺は“勝ちたい”。
負けたくねぇ。
そう思ってしまう理由が、幾つもあるのだ。
金の為、仲間の為、自分の為、今後の為。
でもソレ以上に。
今回だけは、面倒くさい事全部投げ捨てでも、コイツを倒したい。
勝ちたいって気持ちに、“理由はいらねぇ”。
本来、試合ってのはそういうモンだった筈だ。
「全力で応援してくれてる奴が居るのに、膝を折るのは“漢”じゃねぇよなぁ!?」
俺みたいなのに、憧れてくれた奴が居るのだ。
全力で応援してくれる声が聞えて来るのだ。
だったら、意地でも“恰好の良い背中”ってヤツを見せてやりてぇじゃねぇか。
「ガァァァ!」
もはや自分でも獣になってしまったのではないかと思うくらい、雄叫びを上げた。
限界以上の力で、大剣を振り回した。
ベコベコに凹んだ相手の盾目掛けて、ひたすらに。
いつか来るであろう“隙”を待ち続け、ただただ攻撃を叩き込み続けた。
俺は頭が悪い、難しい事は分からねぇ。
しかし戦闘なら、試合だったなら、他の奴らよりちょっとは詳しい。
だから分かるのだ。
こういう我慢強い相手は、最後の最後まで隙は見せねぇ。
本当に限界が来るその時までは、余裕の面を浮かべているモノなのだ。
なら、根負けしたらすぐに終わる。
相手に勝てねぇと思った瞬間、たちまち崩れちまう。
気持ちが折れたらこっちの負けだ。
で、あるならば。
「こういう勝負は、根性がある方が勝つって訳だ! なら、俺は負けねぇ!」
ただひたすらに大剣をぶん回した。
これ程の相手だ、次の試合を考える余裕は無い。
でもこの試合に勝たなければ決勝にはたどり着けない。
じゃあ、勝て。
勝たないと次がない、他に選択肢はない。
俺に出来る事は何だ、勝つ事だ。
それだけを頭に置いて、ひたすらに攻撃を続けていれば。
「くそっ! 馬鹿力め……」
相手の盾が、僅かに下がった。
そして何より、さっきから音が悪い。
叩いた時の衝撃と、耳に響く鉄の音が、確かな“異常”を知らせていた。
俺の大剣だって、質の良い代物じゃない。
頑丈な“鉄板”だと言われても文句は言えねぇ。
武骨で、切れ味なんてほとんど無くて。
それでも壊れずに俺に付き合ってくれた相棒。
頼むから、耐えてくれよ?
それだけを願いながら、再び剣を振り上げて相手の盾に叩き込む。
「ぐっ!」
最初の頃より、手応えがある。
ビクともしねぇと感じていた筈のタンクを、徐々に押し込んでいる。
いける、いける筈だ。
むしろそうじゃねぇと未来がねぇ。
俺が背負っているモンは、俺の命だけじゃねぇんだ。
だったら、根性を見せるなら……今しかねぇだろうが!
「ブチ破れぇぇ!」
渾身の一撃。
他に言葉が見つからない程、全力で叩き込んだ一発。
その攻撃は相手の盾を砕き、フルプレートに身を包んだ敵をぶっ叩いた。
主軸を盾に置いた相手だ。
流石に予想外の展開だったのか、ろくに反応も出来ず俺の攻撃をその身に受けて、盛大に吹っ飛んでいく。
もう片方の腕に握られたえらく綺麗な長剣は無事の様だが、盾を持っていた方の腕は変な方向へと折れ曲がっている。
あれではもう、戦えまい。
相手は、自身最大の“武器”を失ったのだから。
「俺の勝ちだ、負けを認めな」
武骨な大剣の切っ先を敵に向けてみれば、彼は大人しく剣を手放したのであった。
「参った。まさかこれ程とはな……聖剣云々の前に、私が負けてしまった」
そういって、相手は無事な方の腕を降参とばかりに上げてみせた。
俺の、勝ちだ。
「ウオオォォォ!」
思わず全身に力を入れ、天に向かって雄叫びを上げた。
久しぶりだ、こんな気持ちは。
全身全霊を持って、強敵を打ち倒した。
誰かに魅せる訳でもなく、人気を集める為でもない。
ただ自らと仲間の為に戦い、勝利した。
こんな興奮、いつ以来だろうか?
「ウィーズ! トレック! 魔女様! 見たか!? 勝ったぞ!」
完全勝利。
これ以上の結果はない。
まるで初めて試合に勝った時の様な、清々しい気持ちが込み上げて来た。
思わず振り返りながら、大剣を上空に掲げてみれば。
「……あっ」
ボロッと、何かが降って来て目の前を通り過ぎた。
そして、ガィィン……と重い音を響かせながら足元に転がる何か。
血の気が引く想いで、視線を下げてみれば。
そこには、俺の大剣の半分が転がっていた。
いや、え、うん。これ、不味いって。
相手の盾を破壊してくれた頼もしい相棒は、どうやら相応のダメージを負っていたらしい。
これから決勝戦が待っていると言うのに、俺はこの試合で大切なモノをぶっ壊してしまった。
俺の大剣……真ん中からポッキリ折れちまったんだけど。
「トレックゥゥゥ! 商人様ぁぁぁ! コレどうにかなんねぇかぁぁぁ!?」
せっかく格好良く戦ったというのに、最後には情けない所を見せてしまう結果になってしまった。
だがもはやそれどころじゃない、観客席にいるトレックに向かって大声で助けを求めるのであった。
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