第30話 臭い物には蓋をしろ
最初から、条件が厳しいのは分かっていた。
戦闘ド素人の俺を混ぜて、しかも一人メンバーが足りない状態での勝ち抜き戦。
これだけでも無謀だと言えるのに、更に俺達は勝てないと思わせて賭け金をむしり取ろうという企み。
はなから無理だったのだ、全ての条件を満たして最後まで残るなんて。
だから、“勝てないと思わせる”事を止めた。
人数的な不利はあるし、俺みたいな素人も混じっている。
そこは勿論足枷になるだろうが……こちらには、最強の手札があるのだ。
今までは何とか普通に戦ってくれていたが、今回に関しては全てを解禁した。
どんなに不利な条件が揃おうと、全てをひっくり返してしまいそうなワイルドカード。
俺が演じてきた“大穴”とは違い、本来の意味での最強のカード。
その一手を、ココで解禁する事になってしまった。
「あの白い子はエレーヌさんに任せます!」
「本当に大丈夫か!? あっちも相当やべぇぞ!」
叫びながら足を進めれば、ジンさんから大声を返されてしまった。
今では白い弓使いをエレーヌさんが押さえ、他の連中をウィーズがかく乱している。
だからこそ、俺達も相手の懐に早く飛び込まなければいけない。
なら、不安要素は今の内に消しておいた方が良いだろう。
「問題ありませんよ、あの人は“無情の魔女”。以前他の魔女と戦闘した時の方が、ずっと激戦でしたから」
「あぁ~聞きたくねぇ。今の戦闘でも巻き込まれんのも御免だってのに、あれ以上かよ」
呆れた声を上げるジンさんが、駆け寄った先で一人目の鎧男を場外に大剣で吹っ飛ばした。
「よぉ、待たせたな。こっちもこっちで楽しもうぜ」
ニィッと頬を吊り上げる彼に、敵陣のカラフルな鎧達は武器を向けて来る。
だが此方にばかり視線を向ければ、後ろからウィーズに襲われる事になるのだが。
「さっきとは随分雰囲気が変わりましたね、もしかして“向こう”は意識から外しました?」
「あんなもん見ながら普通に戦えるかよ……」
呆れた声を洩らしながらも、彼は大剣を構え直す。
その正面には、以前も見た青い鎧の槍使い。
「ジィィン!」
「叫ぶな、うっせぇな」
やけに温度差のある態度の二人が、再び武器をぶつけ合う。
以前の試合の続きだと言わんばかりに、互いの得物が交差する。
圧巻という他ない武術のぶつかりを目の当たりにして、思わず呆けてしまいそうになるが。
「トレック! ボケっとしない! アンタも今は“こっち側”なんだよ!」
「お、おう! 悪い!」
ウィーズの声に正気に戻り、改めて片刃の長剣を構えた。
やってやる、例え剣術では敵わなくても。
こっちには小手先のずる賢い小道具が揃っているのだ。
例えどんな手を使おうと、皆を決勝まで連れて行くんだ。
「貴様ら! 女性を囮に使う、そんな手を使って恥ずかしくないのか!? この小悪党共が! “蒼正の槍”と呼ばれたこの俺が、正々堂々の勝負と言うモノを貴様らに――」
「五区の子供達が作ってくれた肥し玉、行きますよぉ! 飛び散ると思うんで注意して下さい!」
格好良い姿勢で何か叫んでいた人に、とりあえず投げつけてみた。
駄目になった蹴球の玉に、無理矢理馬糞だゴミだと、色々突っ込んで拵えてくれた物。
子供のお手伝い程度で考えていたのだが、これがまた予想外。
あまく縫い合わされた糸は相手に玉がぶつかる事で千切れ、見事に炸裂してくれた。
結果、青い鎧の人がえらい事になってしまったが。
「フ、フフフ」
なんだか凄く暗い笑い声を洩らしながら、此方を睨んでいるのは分かる。
分かるが、ちょっと近づかないでほしい。
臭いのだ。
「貴様には騎士道というモノを叩き込んでやった方が良さそうだなクサレ商人! 決闘の場を汚すのもいい加減に――」
「なぁにが騎士道だ。テメェはそんな立場に立った事すらねぇだろうが」
激高する青い人を、ジンさんが大剣の腹で思い切り殴りつけた。
彼はそのまま会場の隅にまで吹っ飛んでいき、ひっくり返ったまま動かなくなってしまう。
よし、二人目撃破。
「さて、てめぇらのリーダーは潰した訳だが。まだ来るかい? 相手になるぜ?」
「まさか来るわよね? この程度で終わりなんて、歯ごたえ無さ過ぎるし」
残る面子に、ウチの獣人組がジリジリと詰め寄っていく訳だが。
相手も相手ですぐさま降参する訳にはいかないのか、再び武器を構える。
まぁ、そうなるよね。
なんて、ため息を溢していれば。
「「トレック! もういっちょ!」」
「あ、はい。肥し玉ですね」
そんな訳で、近接武器を構える相手に対してボールを投げつけるだけの試合に変わってしまった。
あぁもう、ひでぇ。
こんな試合見たくねぇ。
正直、観客の皆様はそう思っている事だろう。
俺もそう思う。
決闘試合を見に来たのに、変なボールを投げつけるだけの変な奴が居るのだ。
こんな試合を見せられたら、明日からこの場所に足を運ばなくなってしまうかも知れない。
だが、せっかく皆が作ってくれたのだ。
だったら使わないと勿体ないじゃないか。
という事で。
「ヒャッハー! どうしたどうした!? さっさと洗わねぇとご自慢の鎧に二度と落ちねぇ匂いが染みついちまうぜぇ!?」
悪役を演じて、投げ続けた。
そう、コレは演じているのだ。
決して、ちょっと自慢げに高そうな鎧を見せびらかしていた奴らに対しての復讐じゃない。
「トレックって、結構性根は腐ってる?」
「言ってやんな、色々溜まってんだろ……後で剣も洗わねぇとな……」
二人から何やら声が聞えて来るが、今は目の前の敵を無力化するのが最優先。
相手が参ったというまで、俺は、臭い玉を投げるのを止めない!
なんて勢いでぶん投げ続けていれば、もはやドロドロになってしまった彼等は皆武器を手放し両手を上げるのであった。
いよぉし! 勝ったぁ!
じゃなかった。
とりあえずは、俺達の勝ちだ。
後はエレーヌさんの方だけだが、そちら視線を向けてみれば。
「あっちもあっちで、とんでもない事になってますね」
「正直、近づきたくないんだけど……」
「えぇと、どうすっか。加勢した方が良いのか?」
三人揃って、ドン引きした眼差しを向けてしまうのであった。
――――
おかしい、コイツ絶対おかしい。
頭の中で何度もそんな事を叫びながら、何本も何本も矢を放った。
特殊な魔術が付与された物も数多くあったというのに、彼女は悉く切り伏せてみせた。
乱射しようが、一撃に多くの魔力を乗せてみようが。
まるで関係ないとばかりに、真っ黒い長剣が叩き落していく。
更には一定の距離を保ちながら、いくら逃げようと付いて来る。
決めきれないという雰囲気ではない。
遊ばれているのか、それとも時間稼ぎでもしているのか。
こちらも結構な速度で移動している筈なのだが、彼女は表情一つ変えずに同じ速さで追走する。
もはや恐怖しかない。
強者に狩られる時の獣は、多分こんな気持ちなのだろう。
そんな事を思いながら、一度足を止めて少しだけ絡め手を使った。
「へぇ……」
私が得意とするのは雷撃系の魔術。
磁力を使って放たれた矢を途中で曲げるという、とてつもなく手間の掛かる技を使った筈なのだが。
彼女は小さく呟いただけでこちらの攻撃を防いでみせた。
初見でアレも防ぐのか。
というか電流を纏った矢を何本も弾き飛ばしておいて、彼女の体は何とも無いのか?
様々な疑念が浮かぶ中、冷や汗を流しながら相手の事を観察していれば。
「貴女、速いのね。ウィーズよりも速いわ、私も着いて行くのがやっと」
急にそんな事を呟いた魔女は、疲れた様にため息を吐き出した。
「良く言うわ、そんな涼しい顔しながら。あまり余裕ぶっていると、痛い目を見る事になるわよ? ……あとウィーズって誰」
「あっちの茶色いイタチの子。足が速いの」
「え、あ、そう……」
なんだか良く分からない調子のまま、会話を続けてしまった。
いけない。余計な事に気を取られていては、一気に攻め込まれて詰む可能性だってあるのだ。
だからこそ、姿勢を低くしたままいつでも走り出せる様に準備していれば。
「トレック達の方は終わったみたいだから、こっちも本気でいくわね? このまま追いかけっこしていても、矢が品切れになるのを待つ事になるだろうし」
「っ!」
来る、間違いなく本気で。
彼女から放たれる空気が変わり、背筋がゾッと冷たくなるのを感じた。
「起きなさい、“血喰らい”」
今まで振り回していた黒い長剣を横に構えたかと思えば、剣の柄からは何本もの棘が出現し、彼女の掌を貫いてみせた。
常軌を逸している光景だった。
ボタボタと掌から血を垂れ流しながらも、彼女の表情は変らない。
まるで己の血を剣に吸わせている様な、異常な光景。
間違いない、アレは“魔剣”だ。
魔術の付与とかそんな生易しいモノじゃない。
それが、見ているだけでも分かる程禍々しい。
はずだったのだが。
「……あら?」
何故か、魔女が首を傾げ始めた。
此方としては、何が起きているのかもサッパリなのだが。
今の所、コレと言って変化はない様に見える。
柄から生えてきた棘が引っ込んだくらいで、先程までの長剣と変わりがない。
可視化出来ない様な魔術とか、その手のモノなのだろうか?
なんてことも考えたが、長剣を握っている本人が一番戸惑っているらしく、その場でブンブンと剣を振り回して更に首を傾げてしまった。
これは……何をしたのだろう?
「困ったわね、動かないわ」
「えぇと……」
何やら、異常が発生した様だ。
どうしたものかと長剣を眺める魔女に対して、私はどう反応したら良いのか分からず。
そして警戒を解く訳にもいかずにジッとしていれば。
「がら空きっ!」
急に背後から、先ほどウィーズと呼ばれていた女の子が攻め込んで来た。
意識の外に追い出してしまっていたが、向こうは既に決着がついたと言っていたのだ。
だったら当然、相手の仲間達だって見ているだけではないだろう。
一旦魔女の事を無視して、獣人の少女に弓を引いた瞬間。
私の隣に大剣がすっ飛んで来て、地面に突き刺さった。
コレは退路を塞いだつもりなんだろうか?
確かに正面からはイタチの子が攻めてきているし、後ろを振り向けば魔女が居る。
だとしても、まだまだ逃げ道なんていくらでも……。
「っ!?」
“何か”が飛んで来た気配を察知して、獣人の子の剣を最低限の動きで回避しながらナイフを抜いた。
この距離では弓じゃ間に合わない。
それに仲間が近くに居るのだから、爆発物などは使わない筈。
だからこそ投げナイフなど投擲武器かと思って、飛んで来た“何か”を防いでしまったのだが。
「は?」
飛んで来たモノは、やけに柔らかかった。
私のナイフは飛来した何かスッと刃が入り、何やら液体が中から飛び出して来た。
物凄い色をしているが、まさか毒!?
などと思った時には既に遅く、顔面にその液体を浴びてしまう。
魔女との戦闘で、私もかなり疲弊していたのだろう。
こんな攻撃、普段なら避けられる筈だったのに。
悔しさの余り、ギリッと奥歯を噛みしめていれば。
「ヤダヤダヤダ! 肥し玉なんて私にもかかったら承知しないわよトレック!」
獣人の少女から、恐ろしい言葉が聞えて来た。
え? つまり、今私が顔面に浴びたのは……何かの糞って事に。
思わず、全身の血の気が引いていくのが分かる。
そして次の瞬間には、全身から酸っぱい匂いが。
あと、目が痛い。
「流石に女の子に肥し玉は気が引けたんで、別のモノにしました。でも、効果は凄いですよ?」
別の所から男の声が聞えた。
とりあえずぶっかけられたのは、何かの糞って事では無いみたいなので一安心。
などと言っていられれば良かったのだが。
「いっ、痛っ! なにこれ!?」
両目に染みる様な痛みが、ジワリジワリと広がっていく。
最悪だ。
弓兵にとっては命とも言える両目に、訳の分からないモノを掛けられてしまった。
これではもはや試合どころではなく、すぐに治療に移らないと今後に関わる。
本当に最悪だ、こんな依頼受けなければ良かった。
涙を浮かべながら、ゴシゴシと両目を擦っていれば。
「降参して下さい。そしたらすぐに洗い流します」
先程の男の声が聞えて来た瞬間、すぐさま弓とナイフを手放した。
そして。
「降参する! 降参するから早く!」
もはや泣き叫ぶ様に言い放てば、遠くで審判の声が聞えた。
これで勝負は決した。
もはや勝ち負けとかどうでも良いから、早く水をくれと周囲に手を伸ばしてみた訳だが。
「ホラ、暴れない。上を向いて下さい、洗い流しますよ。とは言ってもただの果汁です、目には染みたでしょうが害はありませんから」
そんな声と共に上を向かされ、バシャバシャと顔に水が掛けられたのが分かった。
ゆっくりと瞼を開けてみれば、そこにはコレと言って特徴のない男の姿。
果汁と言っていたが、何の果物から絞った汁なのだろう。
あまり刺激物では、視力が落ちる心配もあるのだが……あと何かスースーする。
「もう大丈夫ですかね? それから一応コレを。前に居た国で、俺の知る限り一番の薬師が作った目薬です」
「ど、どうも……」
良く分からないが、えらく落ちついた態度で小瓶を差し出されてしまった。
思わず受け取ってしまったけど、コレ本当に使って大丈夫なんだろうか?
などと思いながらジッと小瓶を見つめていれば。
「はいコレ。なんの薬草を使ったのかというのと、使い方の説明が書いてあります。それから製作者のサインと……って言われても不安がありますよね。まぁ良かったら使ってみて下さい」
それだけ言って、ペコッとお辞儀をかます男。
とてもじゃないが、こんな大会に出場する戦士には見えないのだが……なんだろうこの人。
「トレック、もう行きましょう。それどころじゃないわ」
先程まで戦っていた魔女が、私と相対していた時では考えられないくらい緩い雰囲気で彼の腕を掴み、そのまま離れていく。
彼女に引っ張られる様にして、彼もまた慌てて会場から離れようとするが。
「あ、あの! コレ本当に使って平気!?」
瓶を掲げて大声を上げてみれば。
「品質は保証しますよ! あと俺一応商人なんで、何か必要なモノがあったら声掛けて下さい!」
その言葉を最後に、彼等は会場から出て行ってしまった。
なんだか凄い連中に遭遇した、もはやそれしか感想が出てこない。
「商人、商人ねぇ……」
未だ信じられないとばかりに瓶を揺らしてみるが、中には随分と綺麗な液体が入っていた。
濁りも不純物も見受けられない、彼の言葉が本当なら相当腕の立つ薬師が拵えたのだろう。
お金も払わず、貰っちゃったけど。
「エレーヌにウィーズ、それにトレック。覚えたわ」
何となくだが、そんな事を呟いてしまう。
今回は敵同士だったが、面白そうなパーティだった。
またどこかで会う事があるのなら、少しくらい話をしても良いかもしれない。
らしくも無い考えを胸に、私も会場を後にする。
妙に臭い匂いが漂っていた気もするけど、極力そちらは見ない様にしながら。
「そういえば、あの虎の人はなんて名前だったんだろう?」
一人だけ、名前を聞きそびれてしまった。
まぁ、いいか。
縁があれば、その時に聞いてみよう。
そんな事ことを思いながら、私は一足先に選手の控え室へと向かうのであった。
仲間達は多分しばらくの間、戻ってこないだろうから。
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