第29話 白い狩人
「今日はこれが最後の試合になりそうだな」
「だねぇ、暗くなって来たし。これ以上やってもお客さんが帰っちゃうでしょ」
満腹になって機嫌が良さそうな獣人組が、会場の隅でグリングリンと体を動かしながら柔軟体操をしている。
俺達が登場すれば、やはり少なくない罵声とブーイングが発生する訳だが、もはや慣れたと言わんばかりに反応を示すメンバーは居ない。
しかしながら。
「なかなか出てこないわね、相手」
ちょっと眠そうになって来たエレーヌさんが、つまらなそうに相手方の入場口に視線を向ける。
今まで通りなら、こう言うことは無かったのだが。
そこまで長時間待ちぼうけしている訳ではないので、許容範囲だと言われてしまえばソレまで。
でもこれまでの相手はこちらと同時か、もっと前に入場していた者ばかり。
ここに来て、何だか肩透かしを食らった気分になってしまったのは確かだ。
「もう残ってるの二区と三区の奴等ばっかりだからねぇ、五区の相手って事で、仕方ないんじゃない?」
「と、いうと?」
なんだかウィーズが気になる事を言いだした。
というか、もう五区とか四区の人残ってないんだ。
「二区は勿論の事、三区の奴らもそれ以下を随分と見下してるからな。会場もそれが分かってるからこそ、俺達を先に通したんだろ。間違っても、上の奴等を“お待たせ”しない為にってな」
「あぁ~何となく理解しました。向こうは試合の顔であり、俺達は下っ端挑戦者みたいな扱いですか」
「ま、そういうこった」
ジンさんは「気にすんな」とばかりに笑って見せるが、なんともまぁ高飛車な奴らが居たモノだ。
それだけこの国にとって、住む場所というのは重要な肩書なのだろうが。
でもまぁ、やっぱりあまり良い気分ではない。
何てことを思いながらしばらく待っていれば。
相手側の入場門が開き、やけに色とりどりの連中が姿を現した。
「今回の相手は三区だって書いてあったが、アイツ等とはなぁ」
「どこかで見た事ある顔ね、一人だけだけど」
ジンさんは渋い顔を浮かべ、エレーヌさんがボケっとしながらポツリと呟いた。
それもその筈。
パーティのリーダーですと言わんばかりに真ん中を歩いて来る青い鎧。
彼には、見覚えがあった。
以前この場所で八百長試合をやっていた、槍使いだ。
思わずギリッと拳を握っていれば、相手もこちらに気付いたのか試合開始前だというのにこっちに向かって歩いて来る。
まるで友人にでも会ったかの様な気安さで、笑顔で手なんか振りながら。
「やぁジン、この前の試合ぶりだね。肩、治ったんだ? 五区の奴らが残ってるって聞いてまさかとは思っていたけど。また怪我しない内に降参したほうが良いんじゃないかな」
ハハハッとイケメン風を吹かせながら、ふざけた事を言い始めた。
何だコイツ。
前回だって汚いやり方で試合に勝った癖に、今じゃ完全に実力でも上位に立っているつもりのようだ。
「生憎と今回は“その手の依頼”も受けてねぇ、自分の心配をしておいた方が良いぜ? いつまでも槍をお遊戯みてぇ振り回してると、そのチンケな槍ごとお前の腕をぶった切っちまうかもしれねぇ」
「へぇ、言うねぇ獣風情が。この間も俺の雇い主が勝手に依頼を出しただけで、そのまま試合をしていれば俺が――」
「どうでも良いけど、さっさと戻らないと試合が始まらないんじゃない? 早く終わらせたいから、帰ってくれるかしら?」
二人の口論にエレーヌさんが口を挟めば、青い鎧の人は彼女の方に視線を向け……固まった。
もう一度言おう、何だコイツ。今度はどうした。
とか思いながら俺とウィーズで視線を向けていれば。
「そちらのお嬢さん、お名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「断るわ」
「こんな奴らと一緒にいては、貴女の価値が損なわれる。是非我々と共に――」
「断るわ」
「私は貴女に武器を向けるなんて出来そうにない。だからどうか、辞退していただけ――」
「断るわ」
誰か教えてくれ、本当に何なんだコイツは。
試合前に相手側に対してナンパし始めたぞ。
しかも全部スパッと断られてるし。
とはいえ、些か気分はよろしくないモノで。
無言のままエレーヌさんと彼の間に入って、ジッと睨んでみれば。
「あぁ……君か。この大会を、随分と低俗なモノ変えてくれているらしいな。話は聞いているよ。なんでも、商人なんだって? 何故わざわざ五区の人間なんかと。そして今までの戦い方はなんだい? 前代未聞どころじゃない、ココは戦士達の決闘の場。ソレを汚すような真似ばかりしていたそうじゃないか。だというのに君は――」
「ベラベラベラベラと、本っ当に良く回る舌ね。いつまで待たせるつもり? こんな所に来てまで下らない自分が語りを続けるなら、私たちの不戦勝って事で良いかしら。生憎とこっちの面子は誰もアンタに興味なんか無いのよ」
俺にも色々と語り始めた彼を、今度はウィーズが言葉を被せてピシャリと止めさせた。
その後俺達のパーティ全員から睨まれ、両手を上げて「降参だ」と言わんばかりに軽い笑みを浮かべる青鎧。
「ま、いいさ。自分達がどれ程惨めで無駄な足掻きをしているのか、その身で感じると良い。この試合、君達は手も足も出ずに敗北するだろうからね」
えらく自信満々なご様子で彼はこちらに背を向け、仲間達の元へと戻っていく。
とんでもなく色鮮やかな鎧のパーティ。
赤に黄色、紫に白。
最後に青い彼を加えれば、非常に華やか……ではないな。
正直目が痛くなりそうだ。
しかしながら。
「一人だけ革鎧を着た、弓を持った白い女の子。あの子だけは注意して」
「珍しいですね、エレーヌさんが注意しろだなんて」
彼女の言葉に従って、相手の一人へと視線を向けてみれば。
なんだアレ……弓、だよな?
やけにゴツくてデカい、真っ白い弓を装備している。
それどころか革鎧も、服装も。
更には長い髪の毛まで雪の様に白い。
凄く目立ちそうな女の子なのに、何となく気配が薄いというか……妙な違和感を覚える。
「もしかして、あの子も……ですか?」
「いえ、多分“魔女”ではないわ。それ程の脅威は感じない、けど……あの中では一番戦い慣れている気がする。それにあの弓、変な感じがするわ」
何だか歯切れの悪い言葉を残しながら、エレーヌさんはジッと彼女の弓を眺めていた。
エレーヌさんの持っている“血喰らい”の様な魔剣と似たような代物なのか、それとも高価な魔道具の類という可能性もあるのか。
どちらにせよ、魔女でさえ警戒する程だ。
頭には入れておいた方が良さそうだ。
「見た事ねぇ顔だな……去年の団体戦でも居なかったと思うぜ?」
「多分他所の人を雇ったんじゃない? アレだけ目立つ見た目の弓使いが居るってんなら、選手じゃなくても耳に入って来そうなモノだけど」
ジンさんとウィーズも彼女の事を眺めながら、首を傾げている。
二人も知らないとなると、俺達の様に旅人の類なのか。
だがどう見ても不穏な大弓を掴みながら、無表情を貫いている彼女は何というか……エレーヌさんに近い“凄み”の様なモノを感じる気がする。
「とにかく、必要以上に警戒した方が良さそうですね……とはいえ今回は彼女以外に遠距離武器を持っていそうな人がいませんから、彼女に警戒しながら接近。懐に飛び込んだ後に――」
なんて作戦会議をしている暇もほとんどなく、審判により試合開始が宣言された。
そして、次の瞬間には。
「お前等下がれ!」
ジンさんは叫びながら前に飛び出し、それと同時にガィン! と、随分と重い鉄の音が響き渡った。
一体何が起きた?
試合開始直後、何かをされてジンさんが大剣の腹で防いだ様だが……なんて事を考えながら混乱していれば。
俺達の背後に一本の黒い矢が落ちて来た。
どう見ても普通の矢じゃない。
転がった時でさえ、やたら重い音を立てていたくらいだ。
「まさか、これって……」
「間違いなく、さっきの白い子ね」
試合開始直後にいきなりの狙撃。
更にはジンさんでさえ苦しそうに防ぐほどの威力の矢。
なんだこれ、この大会において遠距離武器は賑やかし程度じゃなかったのかよ。
三区や二区の奴らなら凄腕の弓兵を雇う余裕だってあるだろうから、平然と主力として持ってきたって事か?
思わず文句を言ってやりたくなる程、強烈な一撃だった。
これまでは“外野”だった筈の弓使いがメインになっているパーティ。
つまりは、弓矢で“魅せる”戦いが出来ているって事なのだろう。
これ、どうやって近付けば良い訳?
「どうする? トレック。私達の中で遠距離……というか中距離攻撃が出来るのは貴方だけよ。ここから反撃する?」
ジンさんの背後に隠れながら、俺達三人は顔を近づけた。
しかしながらコレと言って妙案は浮かばず、ガツンガツンと矢を防ぐ音だけが響き渡る。
だが相手も、このまま矢だけで一方的に終わらせるつもりは無い様だ。
今の所立ち位置を変える訳でもなく、ただただ矢を単調に放って来るだけ。
絡め手を使って来ないって事は、間違いなく此方に攻めてこさせようとしている。
少なくとも、あの白い少女は。
だったら。
「エレーヌさん。貴女なら、あの矢を撃ち落とす事は出来ますか?」
「手の内を全て見た訳じゃないから何とも言えないけど、多分ね。速くて重い矢、でもソレだけよ」
それだけって事は無い気がするけど、本人がそういうのなら何とかなるのだろう。
であれば、全力で頼ろう。
「エレーヌさんは弓の女の子を引き付けながら、可能なら撃退を。ウィーズは側面から接近、他の選手の目を引いて。その間に俺とジンさんがどうにか近づいて参戦する。まずは近づかなきゃ話にならない」
「了解」
「わかった! あの白い奴以外の目を引けば良いのね!」
二人から了承が取れた所で、ジンさんの背中を叩き合図を送る。
真正面を睨み続けている彼からも、小さく頷く事で返事が返って来た。
なら、やってみよう。
正直これまで以上にやり辛い相手ではあるし、ここに来てエレーヌさんの実力を観客にも見せつけてしまう結果になるかもしれないけど。
まぁ今までだって矢を斬り落としたりはしていたのだ。
多少手の内を晒すくらい、負けるよりマシだ。
追加報酬が少し下がろうと、俺が悪い意味で目立って賭ける人を最小限に抑えてしまえば良い。
という事で。
「行きます!」
「「「了解っ!」」」
掛け声と共に、俺達はバラバラに動きはじめるのであった。
――――
正直、つまらない試合ばかりだとうんざりしていた。
高い報酬が提示されたから、とりあえず手は貸してみたものの。
“試合”なんて銘打っていて、飛び道具が嫌われる様な有様。
だったら私を雇うなと言いたかったが、弓矢でも“魅せる”事が出来れば一応不満は買わないらしい。
最悪は最初の牽制だけを行い、後は仲間に任せれば問題にならないとか何とか。
民は剣士同士のぶつかり合いと、ギリギリの戦闘を心から望んでいるんだそうだ。
本当に馬鹿らしい。
私は旅人であり、狩人だ。
正面切っての戦闘なんて、本当に異常事態じゃないと絶対にしない。
いつだって潜み、気付かれる前に相手の息の根を止める。
どんな魔獣だって、魔物だって。
賞金首だってそうやって仕留めて来た。
だというのに、こんな大舞台に引っ張り出して大道芸をしろというのだ。
あぁ、つまらない。
今までの戦闘だって、私の矢を避けられる奴なんてほとんどいなかった。
ニ~三人の足を貫き、後はパーティの奴らが片付けて終り。
仲間達もそれなりの腕はあるらしく、苦戦する様な事は無かった。
やけに色鮮やかな鎧は悪趣味だし、私が残してあげた二人程度に対してこちらは私以外の四人がかり。
これで負ける様な事があれば、それこそ笑い種にしかならない。
今回もそうなるのだろう。
大きな獣人が大剣を盾の様に構え仲間を守っている様だが、その場から動けない御様子。
相手の中に随分と面白い戦い方をする人が混じっているという事で、少しくらいは期待したのだが。
もしかしたら魔法が飛んでくるのかもしれない、おかしな道具を次々と使ってくるのかもしれない。
そんな風に、思っていたのに。
「期待外れ、かな」
もういいや、先頭の獣人を片づければ総崩れを起こすだろうし。
溜息を吐きながら弓に矢を構え、詠唱を始める。
向こうはただの分厚い大剣で防いでいるだけ。
その鉄板で、魔法を絡めた矢も防げるかしら?
やがて詠唱は終わり、黒い矢には紫電が纏い始める。
何度でも言うが、私は狩人だ。
狩ると決めた相手に、容赦はしない。
だから、死んじゃったらごめんなさいね?
そんな事を思いながら、指先で掴んでいた矢筈を放した。
盾役を潰してしまえば後は有象無象、だからこれで終わり。
だった、筈なのに。
「嘘でしょっ!?」
急に正面に飛び出して来た、黒いローブを頭まで被った女。
ローブの中では真っ赤なドレスが風に踊り、その手には彼女とは不釣り合いな程長く真っ黒な長剣が握られている。
それだけなら、変な奴で済んだ話だったのだ。
魔術を使う剣士か、それとも見た目だけで目立ちたがりの馬鹿女か。
しかし彼女は、そのどちらでも無かった。
えらく鋭い一撃で、私の放った矢を上空に叩き上げたのだ。
放物線を描き、私たちの真ん中くらいに落ちて来る黒い矢。
地面に触れた瞬間、紫電が広がったのが見えた。
矢を打ち落とす、コレはかなり腕利きの戦士なら可能だと聞く。
とはいえ、普通に考えれば化け物に片足を突っ込んだ様な連中な訳だが。
この大会にも、そういう化け物はそれなりに参加しているのは知っている。
でも、それだけじゃないのだ。
私の矢は、そこらの安物とは違う。
重く、硬く、そして魔術の付与が付いている。
だからこそ、ただただ剣を当てれば良いという訳じゃない。
かなりの腕力で正確に剣を叩き込まない限り、ズラすならまだしも弾き飛ばすなんて不可能だ。
絶対に無理というか……今までそんな事をしたヤツを見た事がない。
だというのに、相手は涼し気な顔のまま長剣を構え直した。
「さっきのが奥の手かしら? だとしたら、ちょっと期待外れね」
そんな事を言いながら、無表情のまま此方に突っ込んでくるではないか。
いやいやいや、何だコイツ。
こっちは弓を構えているのに、真っすぐ突っ込んでくるとか。
慌てて二射連続で放ってみれば。
「どうしたの? さっきより勢いがないわよ」
えらく軽い声を上げながら、平然と二本とも弾き飛ばしてみせた。
何だ、この化け物。
全然止められる気がしない。
どんな強敵に会おうと、こんな圧迫感は感じた事がない。
今私の前には、“普通じゃない何か”が迫って来ている。
物凄い速度で瞬く間に近寄り、長剣を横薙ぎに振るう相手。
それを倒立回転跳びの要領で躱してから、再び弓を引いて敵の額に向けてみれば。
「貴女……何者?」
彼女の長すぎる長剣が、此方の首元近くに添えられていた。
コレが“試合”でなければ、今の瞬間に首を落されていたと言う事か。
しかしこちらだって、指を放せば相手の額に向かって矢が放たれる。
痛み分け……と思いたい所だが。
彼女は表情一つ変えることなく、先程の質問に答え始めた。
「エレーヌ・ジュグラリス、“無情の魔女”と呼ばれているわ。私の仕事は貴女を引き付ける事だから、もう少し遊びましょう? 白い人」
あぁ、クソッたれ。
どうやら私は、これから魔女とかいう訳の分からない存在を相手にしなくてはいけないらしい。
この依頼を持ってきた青鎧に対して、思わず舌打ちが零れた。
もう相手の縄張りに足を突っ込んでしまったのだ、逃げられる訳がない。
だからこそ、無理矢理口元歪めて笑って見せた。
弱者に見られない様に、最後まで警戒しながら戦ってくれる様に。
「私は“ウツギ”。本物かどうかは知らないけど、“魔女”には初めて会ったわ」
コイツだけは本気でやり合わないと、多分すぐに狩られてしまう。
仲間には悪いが、自分達の事は自分達で何とかしてもらおう。
という訳で一人だけ跳躍し、相手からも仲間達からも距離を取った。
相手にとっては、此方にしか利が無い行動だったろうに。
“魔女”と名乗った彼女はすぐ追って来る事も無く、平然と長剣を構え直す。
舐められている。
そんな風に思えてしまう程、相手からは余裕を感じられた。
「貴女にだけは、私の本気を見せてあげるわ」
それだけ呟いてから、これまで以上に強く弓の弦を引き絞るのであった。
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