第28話 連戦と休憩


 二日目。

 今日は二回戦目以降が行われる。

 一応、本日で全試合の半分は終わる予定になっているらしい。

 やっと折り返し地点かぁ……なんて思ってしまう訳だが、参加者が減れば減る程次の試合までが早くなる。

 という事は、これまで以上の実力者と短期間にやり合う事になるのだ。

 わぉ、無理。

 思わず大きなため息が零れてしまう訳だが。


 「連携なんか気にすんな、どうせ即席パーティなんだ。好きにやって良いぜ」


 ニカッと笑うジンさんに背中を押され、観客からブーイングの嵐が飛び交う中歩き始める。

 予選の影響が残っている上、昨日の俺の情けない姿を見た連中だろう。

 ジンさんやウィーズなら賭ける人がいたかもしれない。

 しかし俺という足を引っ張る奴が居る事で、その辺りも含めて不満に変わっている様だ。


 「今日のお昼はお弁当! トレック、約束忘れてないでしょうね!?」


 元気な笑みを浮かべるウィーズも、俺の隣に並んで一緒に歩き始めてくれる。

 なんとも、こうやって“慣れている”人間が隣にいてくれるというのは心強いモノだ。

 彼女の微笑みに、幾分か心に余裕が出来た気がする。

 何と言っても、今日の俺には彼女から借りた盾がある。

 とにかく良く見ろ、避けられない攻撃は防げ。

 そして“自信を持て”と助言されてしまったからには、あまり恰好の悪い姿は見せられないだろう。


 「トレック、安心して。何が来ようとも私が守るわ」


 もはやこの人が近くに居てくれるだけで、多分俺が死ぬことは無い。

 なんて馬鹿な事を考えてしまう程に、信頼のおける言葉を投げてくれるエレーヌさん。

 後は俺がビビらず、それっぽく動けば良いだけ。

 そうすれば“流れ”は掴める。

 確信してしまう程、心強い仲間達が揃っているのだから。


 「ジンさん、ウィーズ。今回警戒する相手は居ますか?」


 会場の反対側で待機する相手を睨んで一声上げてみれば。

 二人は安心した様な笑みを浮かべてから、ニッと口元を吊り上げた。


 「真ん中にいる剣士。ありゃ何度か戦った事があるが結構速ぇぞ? ウィーズ、お前に任せる」


 「了解、デカい盾持ちはジンが最初に潰して。他に関しては有象無象かなぁ、周りの弓持ってる奴らは見た事無い。凄腕の弓兵って感じもしないし、多分人数合わせか賑やかしだね。もう一人ガタイの良い剣士が居るけど、あっちは力が強いだけ。剣術も何もあったもんじゃない四区の馬鹿力だよ」


 二人の言葉に、こちらもまた口元を吊り上げる。

 なら、決まりだ。


 「ウィーズは弓持ちをかく乱しながら接近、その間にジンさんも接近して盾持ちをお願いします。可能な限り早く潰して、件の馬鹿力の相手を」


 「おうよ」


 「任せろっ!」


 二人からグッと親指を立てられた所で、試合開始の合図を審判が注げる。

 さぁ、始めよう。

 気合を入れろ、今日こそビビるな。

 俺だって今は会場に立っている戦士なんだ。

 これから旅を続けていく以上、絶対に戦力は求められる。

 だったら、今この時に習得しろ。

 殺し合い以外で、こんなに本格的な戦闘が味わえる場など他にないのだから。


 「トレック、私たちは?」


 トンッと肩で此方を押して来るエレーヌさんに、ニッと悪い笑みを返してから。


 「周りの細かいの二人、俺達が“喰います”よ。でも俺だけじゃ不安なんで、助けてくれますか?」


 「もちろん、良いわよ。私は貴方の剣になるわ」


 ならば、もう恐れる事など無い。

 むしろ昨日までの俺がどうかしていたのだ。

 人間というのは、一日二日で自信が持てる生き物じゃない。

 だったら、戦闘慣れしている相手と同じ立場に立とうとする方が馬鹿なのだ。

 いくらウィーズに特訓されても、皆から色々と助言を貰った所で。

 数日で互角に戦える様になる訳がない。

 それが、昨日の戦闘で良く分かった。

 そんでもって、俺が相当なビビリだって事も。

 で、あるのなら。

 俺は俺らしく戦えば良い、予選の時の様に。

 周りからブーイングの嵐が起きようと、知った事かとしたたかに笑ってやれば良いのだ。

 そしてどうしても同じ舞台で戦わなければいけない時にだけ、皆の教えを思い出し剣士のフリをして戦って、“逃げれば”良い。

 情けなかろうと、周りから何と言われようと。

 生き残った方が勝ちなのだから。

 正面切って皆の様に強くなるのは、徐々にだって構わない筈だ。

 肩を並べても恥ずかしくないと思える自信を持ったその時には、彼等の様に戦ってみせよう。

 しかしながら、今の俺には無理なので。


 「行きましょうか、全力で頼ります。そんで、全力で会場を荒らしてみせますとも」


 ニヤァッといやらしい笑みを浮かべながら、“自信”たっぷりに言い放ってやるのであった。


 「だははっ! 違う方向に吹っ切れやがったな!」


 「ま、いいけどさ。私達は今回勝てばソレで終わりのつもりだし。後の事なんて気にせず荒らしちゃって、トレック」


 ジンさんとウィーズは、一声上げた後に走り出した。

 試合開始だ。

 では、俺達も続こう。

 始めよう、不満を買いまくるであろう茶番劇を。


 「突っ込みます! 防御と攻撃、両方お願いします! 俺は暴れるんで!」


 「了解、と言いたい所だけど。盾、使わなくて良いの?」


 「……ちょっと使ってみたいです」


 「それじゃ、攻撃を通す時には声をあげるわね。ちゃんと防ぐのよ? トレック。でも、この試合が終わったら新しい盾を買いましょうか。私が買ってあげるから」


 「いや、使うなら自分で買いますけど……コレも借り物ですし」


 何故か不満そうに此方を一睨みして来るエレーヌさんだったが、諦めた様にため息を溢しながら正面に視線を向ける。

 そんな訳で、第二回戦が始まった。

 主力と思われる三人は獣人組に任せて、俺達は遠距離組の相手。

 とかなんとか、単純だったら良いのだが。

 それでは、“綺麗に勝ち過ぎて”しまうので。


 「全員巻き込みますよぉ! 大暴れして不満を買うのが俺の仕事です!」


 「……程々にね?」


 マジックバッグから取り出した料理油を両手に、俺は走り出した。

 ウィーズがかく乱する様に走り回り、相手の注目を集めていく。

 その隙にジンさんは盾持ちに突っ込み、俺達の方にたまに飛んで来る矢はエレーヌさんが涼しい顔をしながら長剣で打ち落とす。

 なら、俺も仕事をしよう。


 「よぉぉ! オリーブオイルは好きかいぃ!?」


 「は?」


 相手のポカンとした表情を見ながら、俺は相手の鎧に向かって油の入った瓶を叩きつけるのであった。


 ――――


 「だはははっ! 今回も傑作だったな!」


 本日二回ほど試合を終えた俺達は、選手控え室に戻って来た。

 あの後、もはや色々吹っ切れましたと言わんばかりに暴れ回った。

 鎧を着ている相手に対して油を投げつけ、全身ぬるぬるにしてスッ転ばせたり。

 隙あらば相手の顔面に香辛料をぶち込んだりと、料理人に見られたら包丁を持って追いかけて来るであろう試合をこなしていった。

 それもこれも、エレーヌさんが完全に俺の防御に回ってくれたからこそ出来た事ではあるのだが。

 矢を斬り落とす。ソレだけでも異常なのに、俺の無茶苦茶な動きに合わせて着いて回ってくれたのだ。

 それどころか、本人は余裕の微笑みまで浮かべながら追従していた程。

 やっぱ、魔女様は最強ですわ。

 色々と違う意味で自信がついた気がする、とかなんとか馬鹿な事を想像しながら皆の分のお昼ご飯を用意した。

 とはいえ、もう作ってあるので弁当箱を出すだけなのだが。


 「待ってました! 早く早く!」


 子供の様にテンションが上がったウィーズには悪いかもしれないが、コレは俺が作った物だ。

 料理人が作ったお金が取れる物とは雲泥の差があるから、あまり期待されても困るのだが……でもまぁ、頑張って作ったのだ。

 悪くない反応が貰えれば良いのだが。


 「あんまり期待するなよ? 店で売ってたヤツじゃないからな? 俺が作ったヤツだから、不味くても文句いうなよ?」


 一応保険を作ってから、皆の前に弁当箱を並べる。

 エレーヌさん用に用意した弁当箱だから、どれも特盛サイズ。

 なんてわざわざ言葉にしたら、本人はちょっと不機嫌になりそうだが。

 どういう意味で言っているのかしら? とか言われちゃいそう。

 しかし、中身を見て不機嫌になる奴がいたら見てみたい。

 それくらいに、今の俺達にはぴったりな弁当な筈なのだ。


 「お、おぉ、おぉぉぉ……」


 蓋を取ったジンさんが、フルフルと震えながら良く分からない声を上げた。

 続いて蓋を開けたウィーズはカッと目を見開いたまま固まり、ピクピクピクッ! と短い耳が忙しく動いている。

 そしてウチの魔女様はと言えば。


 「以前の国のタレかしら? 良い匂いね」


 慣れた様子ではあるものの、匂いだけでもご満悦な御様子。

 よし、勝った。

 本日俺が用意した物。

 それは、肉厚なカルビを使ったガッツリ肉弁当。

 米をこれでもかと底に敷き詰め、その上に炒めた野菜。

 シャキシャキと食感を残す程度に調整し、その上にタレを掛けながら焼いた柔らかい肉。

 ケチ臭い事は言わない、そこらの店で買ったら二食分くらいするんじゃないかって程、量的にも金額的にも盛大に肉を並べてやった。

 これで完成とは言わず、更にその上からまたタレを掛ける。

 一緒に焼いたタレとは違う風味を醸し出し、下に敷き詰められた米にもジワリジワリと染み出している筈。

 仕上げに少々のゴマを振りかけ、箸休めと言わんばかりの塩漬け野菜をちょちょいっと端の方に乗せておいた。

 まさに体力回復の為に作られた弁当。

 些か女性陣には重いと思われそうな、特盛肉弁当を拵えてやった。

 しかし、ウチの女性陣は特殊だ。

 全くもって問題あるまい。


 「こ、こんなの用意しておいて……不味くても文句言うな? 匂いだけでも絶対美味しいヤツじゃない……食べて良い!? このお肉、皆で分け合うんじゃなくて一人用なのよね!? ガッと食べちゃって良いのよね!?」


 「いけいけ、豪快に食っちまえ。腹が減っては何とやらってな」


 ヘラッと笑みを浮かべてみれば、その瞬間弁当に飛びついたイタチ娘。

 箸を用意したのだが、あまり上手く使えない様なのでフォークを差し出してみれば。

 慣れた道具に変わった瞬間ガッガッ! という音が聞こえてきそうな勢いで口の中に放り込んでいく。

 気持ち良いくらいの食いっぷりだ。

 ヨシヨシと一人頷いていれば。


 「美味しい……美味しいよぉ……」


 何故か、ウィーズが涙を流し始めてしまった。

 いやいやいや、どうした急に。

 何かあったのかと慌ててしまったが、ジンさんに肩を押さえられた。


 「アレでも味わって食ってんだよ。わりぃな、行儀がなってなくて。けど、コイツは最高だぜ。五区じゃこんな旨い肉はぜってぇ食えねぇからな。腹いっぱい食えるってだけでも、俺等からしたらそれだけで豪華だってのに」


 そんな事を言いながら、ジンさんは一口一口味わう様に弁当をゆっくり減らしていた。

 此方の感覚としては、少し奮発してやろう、驚かせてやろうってくらいなモノだったが。

 彼等にとっては特別な一品になってくれたらしい。

 貧しい五区に回ってくるのは、それこそクズ野菜やクズ肉。

 ソレを奪い合う様にして生活しているのだ。

 少し考えれば分かった筈なのだが……彼等の様子を見ていて、その事をすっかり失念していた。

 皆明るく笑い、楽しそうに食事をしていたから。


 「それじゃ、今回の大会が終わったら……“縄張り”に居る皆でパーティでもしましょうか。炭焼き出来る道具なんかは揃っているんで、今度は全員でもっと旨い物を食べましょう」


 「本当に!?」


 「いやトレック、そんな事したらお前の出費がまた……」


 二人は対照的な反応を示して来るが、どちらに対しても笑みを返した。

 あそこに居たのは、二十人そこらだ。

 だったらそこまで痛い出費にはならないし、俺やエレーヌさんなら三区へ出向いて普通の食材だって仕入れられるのだ。


 「最後まで勝ち残った祝いの席です、小さい事は気にしませんよ。その為にはまず、このトーナメントのてっぺんを取らないといけませんけどね? だから二人には今まで以上に働いて貰いますよ?」


 何てことを言いながら、わざとらしい笑みを浮かべてみたのだが。

 二人はそれ以上の笑みを浮かべながら。


 「了解だぜ、大将。ぜってぇに最後まで膝は折らねぇと約束してやらぁ」


 「任せておいて! 全員ぶった斬ってあげる!」


 随分と頼もしい御言葉が返って来るのであった。

 全く、食事一つで大袈裟な。

 とかなんとか思ってしまうが、彼等にとってはそれだけ特別な施しだったのだろう。

 商人をやっていれば嫌でも目にする事になる。

 物の価値が場所によって違う、人によって違う。

 そんなのは、どこへ行っても当たり前なのだ。

 だからこそ、力強く頷いてみせた。

 今後の試合、彼等の活躍に期待を膨らませながら。


 「トレック」


 「あ、はい。どうしました?」


 コツンと肩をぶつけて来たエレーヌさんは、ご飯中の柔らかい笑みを浮かべながらこちらを見上げている。

 足りなかっただろうか? もしくは汁物でも欲しくなったのか?

 色々考えながら、彼女の瞳を見つめ返していると。


 「いつも通り、美味しいわ。ありがとう」


 「い、いえ……俺はエレーヌさんにご飯を作る為に料理を覚えましたから」


 何だかいつもより柔らかい笑みに見えて、思わず頬が熱くなるのを感じた。

 この人は本当に、急に新しい姿を見せる。

 こういう時だけは、どうしても反応に困ってしまうのだ。


 「……何故視線を逸らすの?」


 「エレーヌさんが可愛いからです」


 「そうなの?」


 「そうです」


 「そう、ありがとう」


 良く分からない会話を終えてみれば、仲間の二人からはこれまた変な顔を向けられてしまった。

 ジンさんは笑いを堪えた様な微笑みを、ウィーズからはものっ凄い渋い顔を浮かべている。


 「な、なんですか」


 「いや、仲が良いなと思ってな?」


 「他人の前でよくやるわ……ケッ」


 先程同様対照的な御言葉を頂き、更に気まずくなった所で俺も弁当を口に運ぶ。

 自分で作った物なのでまんま弁当だなぁって感じだし、自作なので中身も味も知っている。

 この場で一番感情が動いていないのは間違いなく俺なのだろう。

 とか考えながらモソモソと箸を動かした。

 結果、カルビ弁当うめぇー。くらいなもの。

 鉄板や網から上げた瞬間なら、もっと旨いのに。

 そんな風には思ってしまうが、だったら今度はソレを味合わせてやれば良い。

 ちょっとした新しい目標が出来て、今から想像するだけで楽しくなって来てしまった。


 「絶対勝ちましょうね。賞金は俺らの物です」


 「おうよ、任せろ」


 「へーきへーき! 私達最強だから!」


 「トレックが望むなら、絶対に勝つわ」


 皆から元気な返事を貰ってから、俺も弁当を掻っ込んだ。

 さっさと食って、次の試合の準備をしないと。

 これから先は今までよりずっと強い人達と戦わなければいけないんだ。

 何度も何度も言っている気がするけど、それが事実。

 勝ち進めば勝ち進むほど、強者が現れる。

 だからこそ、俺の小手先だけの道具がどこまで通じるかもわからない。

 なら、この先はマジで真剣勝負だと覚悟しておいた方が良いだろう。


 「絶対に、負けませんからね」


 一番足を引っ張っている俺が言う台詞ではないかもしれないが、それでも。

 言葉にせずにはいられなかった。

 俺達は勝つ。

 最後まで“大穴”を演出しながら、ワイルドカードとして。

 後半になればそんな事考えている余裕も無いかもしれないが、それでも俺達には勝ち進む以外の道はないのだ。


 「期待してるわ、トレック。でも、以前の様な無茶は止めてね?」


 「“寄生の魔女”の事言ってます? 正直、今後あんなのは御免ですよ……命が幾つあっても足りません」


 それだけ言って、俺もまたカルビを口に放り込むのであった。

 あぁ、カルビうめぇ。

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