第27話 調査と約束


 「本っ当にすみませんでした……」


 五区に帰って来た後、思い切り頭を下げてしまった。

 本日の試合は結局第一回戦のみで終了。

 まぁ参加者が多いからこの辺りは仕方ないのだろう。

 明日からはもっと試合頻度も加速するし、実力者も増えるだろうと言われてしまったが。

 今日よりも更に選び抜かれた戦士達が集まるのだ、マジで俺死ぬんじゃないかな。

 何てことを思ってしまう程、今日は何も出来なかった。


 「まぁまぁ、そう落ち込むなって。今までろくに戦闘してこなかったんだろ? 初めての試合であれだけ動けたんだ。上出来だと思うぜ?」


 ジンさんは笑いながら慰めて来るが、彼等にとってはこれが最後の試合になる予定なのだ。

 だとすれば、気安めを素直に受け取る事は出来ないだろう。

 もっと頑張らないと、依頼を達成できない。


 「ジンの言う通りだってば。ビビッて泣き出す奴だっているくらいなんだよ? 最後まで突っ込んで行っただけマシだってば」


 今日に限っては、ウィーズまでもが俺の事を励まして来る。

 それくらいに、酷かったのだ。

 敵の元まで到着してみれば、俺の戦闘経験の無さが見た目から悟られてしまったのだろう。

 攻防の間にちょくちょく此方を狙って来て、皆の集中力を削ぎ始めたのだ。

 ジンさんも出来る限り俺を死角に隠すように動いてくれていたし、ウィーズなんかもっと迷惑を掛けてしまった。

 最後には俺の周りをずっと走らせてしまい、ジンさん一人で残りを相手していた様な状態。

 エレーヌさんにも前に出てもらおうかとも思ったのだが、ジンさんに「任せろ」と怒鳴られてしまったので、俺の防衛に回ってもらう始末。

 全員から守られながら逃げ回るだけで、完全に足を引っ張っていた。

 もはや見て分かるくらい守られていたので、観客からは失笑とブーイングが飛び交い、帰り際には「女に守られてばかりの腰抜け」なんて言葉が飛び交っていた程。

 結果的に俺という足手まといが居る事で、このパーティに賭ける人は確かに減ったかもしれない。

 これで、計算通り! とか言えたなら良かったのだが。

 残念ながらそういう訳では無いのだ。

 狙ってこの結果に導いたのと、結果的にそうなったのでは天と地ほどの差がある。

 はっきり言ってしまえば、明日からの試合で俺がマジで邪魔になるだけ。

 というかこのままで勝ち抜けるかさえ怪しくなってくる。

 ここまで来ると明日からは俺が抜けた方が良いのではないか? って気分になって来るのだが。


 「トレックが抜けるのは駄目。多分、そうなってしまえば私たちに賭ける人が増えるわ。そしたら収入が減る。臨時報酬もそうだけど、最後は山分けって約束でしょ?」


 だ、そうで。

 でもこのままではこの先勝ち進んでいくのが厳しいのでは……とかなんとか弱気な言葉を洩らしてしまいそうになった時。


 「だったら今日も特訓! グダグダ悩むよりそっちの方が早いでしょ!?」


 「ちょ、ちょっと待てってウィーズ! それより明日からどうするか考える方が――」


 「うっさい! さっさと来る!」


 やけに眉を吊り上げたウィーズに、襟元を掴まれて引っ張られてしまうのであった。

 ほんと、明日からどうするかなぁ……。


 ――――


 「魔女様よぉ、どういうつもりだい?」


 トレックがウィーズに連れ去られた後、ジンが静かに声を掛けて来た。

 その瞳は此方を責めている、というよりかは。

 とても心配そうな色が見えた。


 「貴方は、トレックをパーティから外せとでも言うのかしら」


 「いや、一度組んだパーティだ。それに俺もアイツを気に入ってる。だから勝つために抜けろとは言わねぇさ。だがな……本当に大丈夫か? 俺達の依頼なんざ、今から断ってくれたって構わねぇ。トレックが大怪我したり死んじまったりする方が、よっぽど問題だ」


 「お優しいのね」


 「茶化すな、真剣に聞いてんだ」


 今度ばかりは、鋭い瞳を向けられてしまった。

 まぁ、彼の言いたい事も分る。

 正直一回戦でさえ、トレックが戦うべきではない連中が揃っていた。

 これが普通の戦闘なら、間違いなく彼に下がってもらい私一人で対処しただろう。

 でもコレは、試合なのだ。

 多少の危険はあっても、どちらかが絶対に死ぬという殺し合いではない。


 「経験の為、とでも言うのかい? 確かに良い経験にはなるかもしれねぇが、ちっと荒っぽいんじゃねぇか? 普通なら今日の試合だって逃げ出してもおかしくねぇ」


 「そうね、そういう意味合いもある。でも、他にも色々と都合があるのよ。貴方達には悪いけど」


 へぇ? と興味深そうに此方を覗き込んでくる虎男。

 少々不機嫌なのだろう、やけに威圧感がある。


 「貴方も随分とトレックに惚れこんでいるのね」


 「だから茶化すなって言ってんだろ。アイツは根性がある、それに俺に憧れてくれたって言うじゃねぇか。ウィーズの特訓に耐えながら軽口が叩ける上、予選の大立ち回りだ。こんなに条件が揃ってんのに、鼻で笑う程馬鹿じゃねぇよ」


 何やら機嫌が悪いのか良いのか分からない雰囲気で、トレックを褒めるジン。

 うんうん、良く分かっているじゃないか。

 彼は凄い、何より物怖じしない。

 生物としての恐怖は当然あるが、様々な苦悩に突っ込んで行く勇気がある。

 ちょっと無謀な所が、こちらとしては不安になってしまうが。


 「私たちにとって、この試合は踏み台。トレックがもっと強くなりたいと願ったからこそ、私はその願いを叶える為に手を貸す。気持ちとしては、その辺りが正直な所よ。はっきり言って他はどうでも良いわ、旅の資金はもう稼いだみたいだし」


 「なんか含んだ言い方だな。他にも理由があるのか?」


 妙な所で察しの良い虎男が、更なる答えを求めて来る。

 まぁ、本人も聞いていないし別に良いか。

 はぁ……と息を吐き出してから、腕を組んだまま椅子に腰を下ろした。


 「トレックは……ある時を境に、“変”なのよ。ある種の才能なのかとも思ったけど、やっぱり変。やけに体力は続くし、筋力の付き方も異常。戦闘においても、慣れるのが“早すぎる”のよ」


 「どういうこった?」


 訳が分からないと言わんばかりに、首を傾げながらジンが向かいの席に腰を下ろすが。

 私としても正確な答えを持っている訳ではない。

 ないが、心配事と悪い予想ならいくらでも思いつく。


 「簡単に言うと、心より体の方が先に戦闘に順応しているのよ。今までド素人だったはずの人間が、数日後にはそこらの相手なら負けない程に強くなれると思う? 童話の主人公みたいに、伝説の剣を引き抜いた瞬間から強くなる訳でもないのに」


 そう呟いてみれば、彼は難しい顔をして唸り始めてしまった。


 「普通なら、無理だわな。元々そういう才能と、体が出来上がってたなら……覚悟が決まって急に強くなるって事はあるかもしれねぇが」


 「彼の場合は逆なのよ。体の成長に、心が追い付いていない。自分には無理だと思ってしまうからこそ、恐怖が生れる。本来の能力を発揮すれば、今日の予選みたいな事は平然と出来る癖に。気づいた? 訓練の時ウィーズは度々本気で打ち込んでいるわ。でも、それをトレックはちゃんと防げるようになってきている」


 我ながら、訳の分からない事を言っていると思う。

 でも実際に起きている出来事なのだ。

 トレックは、旅に出てから急成長している。

 身体的な意味で、にはなってしまうが。

 そもそも精神面では私の方が劣っていると言っても良い。

 普段の生活面もそうだが、彼はいざとなれば“魔女”にだって立ち向かう程の強さを持っている。

 だからこそ彼が強くなりたいと言うなら、私は彼を強くしてあげたいのだ。

 彼をそうしてしまった“原因”として。


 「アイツはほとんど実戦経験がねぇって話だったよな? だとしたら相当化け物だぜ……どうやったらそんな事になるってんだ? それこそアンタには悪いが、“魔女”に変わったってくらいの変化がねぇと、生き物ってのは早々強くなれなくねぇか? 誰だって長い事経験を積んで、徐々に強くなっていくもんだ」


 まさにその通りだ。

 普通の生き物は、こうも簡単に強くならない。

 それは周りの人間を見ていて分かる。

 トレックの様な成長速度が普通なら、私の様な存在にあの国も依頼を出し続けはしなかった筈なのだから。


 「一つだけ思い当る事があってね、それも確かめたいのよ」


 思い切り溜息を吐いてから、静かに瞳を閉じた。

 真っ暗になった視界に映って来るのは、そう遠くない記憶。

 私を抱きしめてくれた、“あの時”の彼の姿。


 「トレックは、傷だらけの状態で……全身に私の血を浴びたのよ。それが要因なのかは分からないけど、“魔女”の血をその身に浴びて“交じり合って”しまったのではないか。そう考えているわ」


 「いや、いくらなんでもソレは……」


 呆れ顔を浮かべられるくらいに、いい加減な事を言っているのは分かっている。

 そもそも“魔女の血”が病気の様に感染するなんて話は聞いた事が無い。

 しかし、そうとしか思えない現象を私は目にしているのだ。


 「私の、“無情の魔女”の能力……“特異”は瞬時に自らの傷を癒す事。そして彼は、致命傷を受けてなお、今私の隣に立っているわ。それも、数分と経たない内にその傷を完治させてね」


 これが、私の確かめたい事。

 もしも彼を蝕んでしまったというのなら、この一生を掛けても償いきれない罪を背負ってしまった。

 私を好きだと言ってくれた彼を、普通とは違う異質なモノに変えてしまったのだから。

 思わず自らを抱いた腕にグッと力を入れて爪を立てる。

 トレックには、私の様になって欲しくない。

 何処に行っても仲間が作れそうな性格に、順応力の高さも持ち合わせている。

 しかし私と同じような“化け物”になってしまえば、世界から嫌われる存在になってしまう。

 それだけは、駄目なのだ。


 「まぁなんだ。色々と理由がある事は分かったけどよ……あんまり無茶させねぇようにな」


 「えぇ、本当に危険だと感じたらパーティから抜けてもらうわ」


 出来ればそうならないで欲しいとは願っているが……はたして、どうなることやら。


 ――――


 「ホラそこっ! 隙が出来た! 一撃防いだからって気を抜かないで!」


 「わかってるっ、つもりっ! なんだけどなぁ! だぁクソ!」


 無理やりと言っても良い調子で始まったウィーズの訓練。

 とはいえいつまでもウジウジしているより、体を動かしていた方がずっと心は楽になったのは確かだ。

 しかしながら、いつも通り反撃さえ入れられぬまま防御ばかりになってしまうが。

 しばらくそんな事を続け、息も絶え絶えになった頃。

 やっとウィーズが足を止めてくれた。


 「やっぱり慣れるのは早いのよね、トレック」


 「そりゃ、どうも……鎧着ながらでもソレだけ動ける奴に言われてもな……」


 ぜぇぜぇと苦しい息を吐き出しながら、水筒の水を一気飲みしてみれば。

 ウィーズは「う~ん」なんて唸りながら小首を傾げていた。

 何か思う所があったのだろうか?

 いや、思う所しかないか。俺弱いし。

 とか何とか自虐的な事を考えながら、腰を下ろしてみれば。


 「ちょっと待ってて!」


 「へ? ウィーズ?」


 急におかしな事を言いだしたウィーズは、えらい勢いで何処かに走って行ってしまった。

 待っていろと言っていたし、俺に呆れて訓練をほっぽり出したって訳ではないのだろうが……どこに行ったんだろうか?

 などと思っている内に、すぐさま戻って来るイタチ娘。

 相変わらず足の速い事速い事。


 「トレック、これあげる」


 そう言って差し出されたのは、彼女のレイピアと同じ装飾の入った盾。

 小ぶりな見た目をしており、腕に装着して使う物タイプ。

 これなら両手が空くし、素人にも使いやすそうなのは確かだが。

 どう見てもレイピアと揃いの装備。

 しかもまるで新品の様に、傷一つ無い状態だった。


 「いやいやいや、普通に貰えないだろコレ。どう見たって新品じゃないか」


 「だって私の戦い方だと使わないし、むしろ邪魔になっちゃうから」


 「まぁ、うん。確かにそうかもしれないけど」


 だからと言ってそう簡単に貰って良い物じゃないだろうに。

 何てことを思いながら戸惑っている内に、無理矢理押し付けられてしまう小盾。

 手に持ってみた感想としては、非常に軽い。

 しかし、作りを見ても安物ではない事が分かる。


 「トレックはさ、自信が無さ過ぎるんだよ。だからこそ遠距離武器を向けられた時に、足を止めちゃう」


 「急になんだよ。というかこっちは元々商人だぞ? 剣の戦闘だって怖ければ、弓矢なんかもっと怖いよ。自信なんかある訳ないだろ?」


 答えてみれば、ウィーズからは盛大な溜息を溢されてしまった。

 別におかしな事は言っていないと思うんだが。


 「それよ、ソレ。自分は商人だから、相手は戦士だから。そうやって勝てる訳ないって思い込んでるでしょ、それじゃ勝てるものも勝てないわよ」


 「事実だろ?」


 「ぶわぁぁか。確かに今のトレックじゃ、あの魔女みたいに矢を剣で弾くとかふざけた芸当は出来ないでしょうね。けど、今日戦った近接の相手で私以上に速い奴が居た? 居なかったでしょ?」


 確かに、言われてみれば居なかったかも?

 今日の相手どころか、ウィーズ以上に速い人なんて本気の出したエレーヌさんくらいしか知らないし。

 そう考えると今日の俺はビビり散らしていただけで、目に見えて対処出来る相手にすら引き腰になっていたのかもしれない。


 「訓練の時に出来ている反応速度が実戦で出せれば、多分普通に戦える。でも弓矢を向けられるのは怖い、それは分かるわ。だから、盾。ジンだって大剣を盾にして防いでいたでしょ? 別に恥ずかしい事じゃないのよ?」


 「いや、まぁ。盾が恥ずかしいって思ってる訳じゃない、それは分かるんだけど……」


 ボヤきながら、ウィーズに渡された盾をジッと見つめる。

 確かに、今日一番何が怖かったのかと言われれば“遠距離武器”だ。

 鏃がこちらを向いていると分かった瞬間、思わずビクッと反応して背中が冷たくなったのを今でも覚えている。


 「コロシアムに集まるのは“魅せる”為の戦士達。いくら飛び道具アリだとしても、弓で魅せられるくらいの腕の持ち主じゃないと主戦力にはしないわよ。つまり、牽制の為に適当に矢を放って来る奴がいる程度。今日だってろくに狙わずにポコポコ矢が飛んで来たでしょ? ある種の演出よ。矢だけで制圧しようものなら、そこのパーティの人気はガタ落ち、下手すると次からお声が掛からなくなるわ」


 「やっぱそういうの有るのな。というか、その場合予選の俺は……」


 「面白かったわよ? 見世物としては。ま、それが全てな訳だし良いじゃない? 常識外れのピエロが一人乱入したって事で」


 「色物枠……」


 「それ以外に何があんのよ?」


 そんな訳で、俺はウィーズから盾を預かる事になってしまった。

 本人は「あげる」と言って聞かなかったが。

 しかしこれだけの物を無償で貰う訳にはいかないだろう。

 なんて、言ってみた結果が。


 「じゃぁまた美味しい物食べさせて! 明日も、明後日も!  試合が終わるまで! それでチャラ!」


 そういう訳にはいかんだろうが。

 などと反論した所で聞き入れてくれず、結局一旦借りるって事で話がついた。

 盾があるってだけで安心感が違うのは確かだが、こうも真新しい物では気後れしてしまうというもの。

 でも突き返した所で受け取ってくれないので……。


 「はぁぁ、何が食いたい?」


 「美味しい物!」


 「あ、はい」


 とりあえず、今ある食材で弁当を拵えてみようかと思う。

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