第26話 一般的な恐怖


 選手控え室。

 これはどこの選手でも同じなのだろうか? 正直牢獄にしか見えない作りをしているんだが。

 まぁ、それは良いか。

 他の会場でも予選が終ったらしく、今度こそトーナメント形式になっている表を受け取ったのでじっくりと観察していく。

 しかしながら、パーティ名を見た所で全く相手の様子が分からないが。

 とりあえず俺達が六回戦えば勝ち残れる事だけは分かった。

 何てことを思いながら、次の試合の準備をしていると。


 「他の予選も大荒れだったみてぇだな」


 「こんなに減るのは珍しいね、他も規格外が揃ってるのかも」


 あまり嬉しくない御言葉が、ジンさんとウィーズから聞こえて来る。

 これで少ないのかよ、十分多いよ。

 ここからは二パーティずつ会場に呼ばれ、一戦一戦試合を行う形になる。

 とはいえ休みなく試合が行われる為、いつでも出られる様に準備をしておけと言われてしまった。

 凄いなコレは。

 休憩していれば良いのか、いつでも出られる心構えをしていれば良いのか分からない。

 正直全く気が休まる気がしないし、勝ち進んで行く程休む暇がなくなる。

 決勝なんてボロボロの二パーティが戦う事になりそうだが、それでも“魅せる”為に戦っている者達には、情けない様子を見せるのは許されないのだろう。

 今では自分もその立場に立っていると思うと、思わず眩暈がしてきそうになるが。


 「トレック、ご飯にしましょう」


 「相変わらずブレませんね」


 いつもの調子のエレーヌさんが言い始めた。

 でも、それも良いのかもしれない。

 まだまだ初戦が始まったばかりだし、俺達の出番がすぐ回って来るとは思えない。

 最初から緊張ばかりしていては体も気分も参ってしまうだろう。

 そんな訳で、マジックバッグに手を突っ込んで食べ物を取りだした。


 「はいどうぞ、露店で買ったヤツですけど。食べられる時に食べておきましょうか」


 「そうね、特にトレックは食べておいた方が良いわ。自分で思っている以上に体力を消耗しているはずだから」


 「そうなんですかね?」


 「そういうモノよ」


 それだけ言って、差し出したブリトーを嬉しそうに受け取るエレーヌさん。

 コレは初めて食べるわ、なんて言いながらガブリと一口。

 最初だけは味を確かめるかのようにゆっくりと噛みしめていたが、一口目を呑み込んだ後は緩い表情を浮かべながらパクパクと口に運んでいく。

 どうやらお気に召した様だ。

 ついでとばかりにいくつか取り出し、ジンさんとウィーズにも差し出してみる。


 「いいのかよ? パーティっつっても、俺等は即席だ。こんな面倒までみてくれる必要は無いんだぜ?」


 困り顔を浮かべるジンさんだったが、興味はあるらしく尻尾が物凄く動いている。

 獣人はこう言う時分かりやすいな。

 もう一人はもっと分かりやすく涎を垂らしてガン見して来たけど。


 「ご飯は皆で食べた方が美味しいですから。嫌いじゃなければどうぞ?」


 本来即席パーティなら、こういうモノは個別に用意するものなのだろう。

 とはいっても、彼等は五区の人間だ。

 その日その日の食事だって、仲間達と分け合いながら少ない量で我慢している程なのだ。

 ならば、弁当など当然持って来てはいない筈。

 見せつけながら俺達だけで食べる趣味は無いし、何よりそこまで淡白な付き合いをして来たつもりはない。

 短い日数ではあっても、それなりに仲良くやって来たのだ。

 なればこそ、遠慮はいらないとばかりにズイッと食べ物を更に差し出してみれば。


 「ほんっと、お人好しだなお前は……サンキュ、頂くぜ」


 「トレック! コレ食べて良いんだよね!? くれるんだよね!?」


 片方は諦めた様に、もう片方は目をキラキラさせながら各々ブリトーに齧り付いた。

 そして。


 「ん~~っ! 野菜! 野菜が凄いシャキシャキ! 五区じゃこんなの食べられないよ! あ、お肉! お肉も入ってる! 美味しい……五区を出れば毎日こんなのが食べ放題なの!?」


 「落ち着け。あと食べ放題ではない」


 思わず突っ込んでしまう程に、ウィーズが壊れた。

 今まで見た事も無い程上機嫌で、短い耳をピコピコ動かしながらハグハグと小さい口を精一杯開いて齧り付く。

 口周りをベトベトに汚して、慌てた様に口に詰めていく様子は完全に子供そのものだ。

 もしくは腹ペコの小動物。

 普段の彼女の印象、というか今は鎧姿も相まって非常に情報量が多い姿になっている。


 「確かにうめぇな。おっ、豆なんかも入ってるのか、コイツはありがてぇ。軽く食えて、腹に溜まる。気に入ったぜコレ」


 ジンさんの方も気に入ってくれた様だが、彼の体は非常に大きい。

 ウィーズやエレーヌさんが一つのブリトーを両手で持ってモグモグしているのに対し、彼はおつまみでも食べるかの様な勢いでデカい口の中に放り込んでいく。

 という訳で。


 「ジンさんはそれだけじゃ足りませんよね? はい、もう一つ」


 「いやいやトレック、流石に悪いって。これだってタダじゃねぇんだ、あんまり俺等みたいな貧乏人に飯を恵んでやるもんじゃねぇぞ?」


 まぁ彼なら断って来るだろうなとは予想していた。

 なので、ちょいちょいっとウィーズの方を指差してみれば。

 未だ一つ目が食べ終わっていないというのに、こっちをギラギラした瞳で見つめて来るイタチ娘の姿が。


 「あぁ……その、なんだ」


 「リーダーが受け取れば、下の者も貰いやすくなるってもんです」


 「……すまねぇ」


 えらく気まずそうな様子でもう一つブリトーを受け取ったジンさん。

 高いモノではないから気にするな、と言いたい所だが。

 彼等の場合は値段云々ではないのだろう。

 だからこそ、適当な理由を付けて受け取ってもらう。

 まだこれから何戦も試合があるのだ、それこそ食える内に食っておかないと。

 腹が減ってはなんとやら、これは俺達の為でもあるのだ。

 なんて、屁理屈みたいな事を考えていれば。


 「トレック、おかわり」


 「んふふー! んーひっふ!」


 女性陣も追加を要求してくた。

 エレーヌさんが結構食べるので、簡単に食べられそうな物は買い込んでいるのだが。

 今回はより良い形で功を成した様だ。

 しかし。


 「はい、どうぞエレーヌさん。ウィーズ、お前は飲み込んでからにしろ」


 「んー!」


 「やるから! 急いで食わなくても、もう一個やるから! ホラ水飲め水! 喉に詰まるぞ!」


 リスみたいに口をパンパンにしたイタチ娘が襲って来たので、顔面に水筒を押し付けて席に戻した。

 その後は大人しく水筒に口をつけ、ごっきゅごっきゅと物凄い音をさせながら水を飲み干していく。

 なんだろうな。エレーヌさんもそう言えるのかもしれないけど、女性ってご飯の時には素が出るモノなのだろうか。

 などと思って呆れていれば。


 「仲が良いのね、最近」


 隣から、ジトッとした眼差しを向けられてしまった。

 いつもならニマニマしながらご飯に集中している筈のエレーヌさんが、今日だけはちょっと不服そう。


 「そうですかね? 年下の悪ガキ相手だから口調が荒っぽくなっているだけだと思いますけど」


 とかなんとか口走った瞬間、プハッ! と声を洩らしながら水筒から口を放したウィーズがこちらを指差しながらキャンキャンと喚き出した。


 「誰が悪ガキよ! アンタなんかちょっと年上だからって言っても、まだ全然弱いじゃない! それに稽古つけてあげたのは私よ、敬意を表しなさい!」


 これこれ、こういう所。

 まさに生意気な年下って雰囲気が全面に押し出されていて、どうにも周りと同じ様に接するつもりになれない。

 馴染みやすいのは確かだけども。


 「なるほど、ウィーズはおかわり無しと」


 「わーわー! ごめんなさい! 取り消します! だから私のおかわり仕舞わないで!」


 なんて、いつも通りと言える程に馴染んでしまったやり取りをしていれば、ジンさんからは静かに笑われ、エレーヌさんからは溜息を溢されてしまうのであった。

 え、コレに関しては俺悪くないよな?


 ――――


 その後試合の時間は割と早めに訪れた。

 そんでもって、当たり前だが予選の時とは違い会場には一組のパーティが居るだけ。

 しかしながら相手のパーティを見た瞬間思ってしまった。

 コレ、無理。


 「どうするトレック、またなんか面白い道具でも出してくれるか?」


 ゲラゲラと笑うジンが肩を叩いて来るが、その冗談に半笑いで返してしまう程に余裕が無かった。

 相手はたったの五人、先ほどに比べれば全然少ない。

 だというのに、雰囲気が違うのだ。

 彼等もまた、予選を勝ち抜いて来たパーティ。

 それを考えれば当然なのだが、最初とは比べ物にならない圧を感じる。

 予選にいたデカい人は迫力があったが、多くの人に囲まれていた為俺の感覚が麻痺していたのだろう。

 なにこれ、滅茶苦茶怖い。

 俺は一般人で、向こうは戦闘の専門家。

 ありありと肌で感じられる程、格の違いってヤツを感じた。


 「あぁ~こりゃ駄目だね、ガチガチに固まっちゃってる。今回は後ろに居なよトレック、まずは雰囲気に慣れる事から」


 ウィーズに背中を叩かれ、思わずビクリと大袈裟に反応してしまう。

 自分でもびっくりするくらいに身体が強張っている。

 何度も何度も同じ臆病風に吹かれている様で情けないが、俺は商人なのだ。

 怖い物は怖い。

 とか言っていられない立場に立っている訳で、両掌で頬を引っ叩いて気合いを入れ直してみれば。


 「これも経験。旅を続けていくなら、戦闘技術は必要だから。練習だと思って気楽にいきましょう?」


 柔らかい空気を醸しながら、エレーヌさんもすぐ隣に並んで来る。

 いかん、皆に気を使わせてしまっている。

 どうにかして役に立てるように頑張らないと、などと思った俺を嘲笑うかのように。


 「試合開始ぃぃ!」


 審判の大声と共に、幾本もの矢がこちらに降り注いで来た。

 ヤバイ、死んだ。

 唖然としている内にエレーヌさんに抱えられ、会場の隅へと移動させられてしまった。

 慌てて仲間達に視線を向けてみれば、ジンさんは大剣を盾の様に構え、ウィーズは自慢の脚でさっさと回避していたらしい。

 そしてボケッと突っ立っていた俺を、エレーヌさんが回収してくれたという訳だ。

 マジかよ、皆飛んで来る矢に普通に反応できるのかよ。

 普通無理、俺みたいな一般人からしたら神業にしか見えない。


 「トレック! 任せておけ! 飯の分は格好良い所みせてやるからよぉ!」


 虎が、吠えた。

 ビリビリと空気が振動するかの様な雄叫びを上げながら、大剣をそのままに相手に向かって突っ込んで行く。


 「アンタはさっさと“空気”に慣れなさい! 誰だって最初はそんなもんよ、トレックは弱いけど……ヘタレじゃないわ!」


 思わず一言物申したくなる台詞を残したウィーズも、ジンさんに続いて走り出す。

 本当に速い、俺と訓練していた時とは比べ物にならない。

 えらく姿勢を低くしてそこら中を動き回り、弓矢を持った相手の狙いを定めさせない。


 「すっご……」


 意図せず呟いてしまうくらい、二人はこの会場の空気ごと飲み込んで見せた。

 ウィーズがかく乱、ジンさんが切り込み。

 もはやあの二人で勝ち抜けてしまうのではないかという程に、相手を圧倒していた。


 「二人共五区の戦闘員としては有名みたいだから、これくらいなら大丈夫かもしれないけど。どうする? トレック。二人だけでも圧勝してしまうなら、私たちに賭ける人も出て来るかもしれないわ」


 エレーヌさんの言葉に、ハッと正気に戻った。

 見惚れている場合じゃない。

 いくらあの二人が強いからって、それを見せつけるだけじゃ駄目なんだ。

 俺達が勝てないだろうと思わせないと、所謂“大穴”ってヤツになればなる程、入って来る金額は大きい。

 こんな仕組みがあるから八百長が平然と起きるんだろうが、とも思ったりもするが。


 「俺達も参戦しましょう。それこそ、俺はそのまま飛び込んでも“試合慣れしていない”って雰囲気が出ますから。お荷物が居ると分かれば、俺達に賭ける人も少なくなるかもしれません」


 「卑屈が過ぎるわ、トレック。内情を知れば、誰だって評価するくらいに頑張っているんだから」


 「でも、そんなモノ関係ないのがこの場ですから」


 「そうだったわね」


 溜息を溢すエレーヌさんに助け起こされ、俺達も彼等の元へと走り出した。

 大した事は出来ないし、もはや近接戦に入っている今の状態では先程の様な道具は使えない。

 だからこそ、本当に何が出来るのかって話だが。


 「どわっ!」


 「平気、そのまま走り抜けて」


 飛んで来る矢を平然とエレーヌさんが打ち落とし、完全に俺の補助に回ってくれている。

 な、なっさけねぇ俺……。

 そんな事を思いながらも、大声を上げて戦場へと突っ込んで行くのであった。

 あぁちくしょう! 飛び道具がめっちゃ怖ぇぇ!

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