第25話 邪道
やけに厳重な馬車にガタゴトと揺られながら、俺達は会場に移動していた。
「なぁ、この数って絶対異常だよな? しかも日数の設定おかしくない?」
「前もこんなもんだったわよ?」
鎧姿のウィーズの一言に、大きな大きなため息を溢した。
普段は平服に状態の良さそうなレイピアだけだったが、今日は軽装の鉄鎧をちゃんと装備している。
こっちもこっちで五区の生活環境からは考えられない程状態が良い。
なんでもジンさんが賞金でお金を出し、ラムさんが三区で買って来たモノなんだとか。
ソレを長年大事に使い続け、今に至るそうだ。
まぁ、それは良い。
問題は本日より始まる、団体戦トーナメント。
いつもの賭け試合や、たまに行われるという個人戦トーナメントとは賞金の規模が違うとの事。
だからこそ誰しも選りすぐりのメンバーを集め、今日の為に連携能力を高めて来ている筈だ。
そしてその数、数えるのが馬鹿らしくなる程。
おかしいだろコレ、決勝に行くまで何回勝てば良いんだよ。
もはや絶望しかない状態で、参加チームが記載された紙に視線を落としていれば。
「予選で半分は減る事になるだろうな」
「なんですか予選って、しかも半分減るってどういうことですか」
急にジンさんが怖い事を言い始め、もはや嫌な予感しかしなくなってしまった。
確かに今手元にある用紙にはパーティ名しか書いてない。
トーナメントである筈だが、対戦相手などの表記は一切書かれていないのだ。
「あのだだっ広いコロシアムに、六パーティくらい一気に放り込むのよ。そこで潰し合って、半分以下になったら予選突破。その時点から飛び道具も使用可だけど、派手に爆発とか起こす魔法は禁止。観客を巻き込んだら一発で失格。だから遠距離武装やら術師は少ないと思って良いわ。あとメンバーの誰かが再起不能になっても、後から増やす事は出来ないから、死なないでね?」
絶対頭おかしいよ、この試合。
なんかもう絶望を通り越して、頭の中が真っ白になって来たんだけど。
何てこと思っている内に馬車は止まり、扉の鍵が外側から開けられた。
「五区の虎パーティだな? お前等の出番はもうすぐだ、急げよ」
この国の兵士だろうか?
やけに軽い様子でこちらに声を掛けて来て、スッと身を引いてみれば向こうに見えるのはコロシアム。
関係者専用入り口って所だろうか? 観客とは別の入り口に運ばれたらしく、視線の先には暗い通路が見える。
「うしっ、んじゃ行くか」
「絶対勝つ! ジン、今日もわざと負ける様な事したら殺すからね!」
「わーってるよ。今日は“そういう依頼”は入ってねぇ。つか、負けるつもりもねぇ」
ジンとウィーズの二人は慣れた様子で馬車を飛び降り、入り口へと向かう。
ここから先は、“関係者”なのだ。
俺は観客でも、傍観でもなく。
コロシアムで戦う戦士に変わる。
誰も手加減なんかしてくれないし、獣と違ってあの手この手で攻めて来るだろう。
そしてなにより、この会場では……殺人さえ許容されるのだ。
思わず息が詰まりそうなプレッシャーを感じていれば。
「大丈夫よ、トレック。貴方は死んだりしないから」
「エレーヌさん?」
急に、フワッと柔らかい感触が背後からこの身を包んだ。
暖かくて、優しい感触。
今までガチガチに緊張していた体が、徐々に解れていくのを感じる。
一度深呼吸してから、ゆっくりと後ろを振り返ってみれば。
彼女もこちらを見上げ、柔らかい笑みを浮かべる。
そして。
「貴方を狙った奴は、私が皆ぶっ飛ばすわ」
「とても優しい笑顔で物騒な事いいますね貴女は」
いつものエレーヌさんだった。
とはいえ、変に強張った体が“いつも通り”になってくれたのは確かだった。
「それじゃ、行きますか」
「えぇ、賞金も賭け金も根こそぎ掻っ攫いましょう」
「言い方……」
そんな訳で、俺達もジンさん達に続き暗い通路を進み始めるのであった。
――――
ワァァァと、大きな歓声が上がる会場。
少し前まで、俺もあちらに居た筈だった。
だというのに、今は“こちら側”に立っている。
これが選手たちの感じる空気、観客達からの圧力。
ここに立ってみれば分かる、彼等が何を求めているのか。
刺激、非日常、そして金。
誰一人として、“俺達”を見ていない。
俺達の成す結果だけを求め、自らが望んだ“未来”を求めて声を上げる。
刺激的な見世物を、興奮した先にある自らが富を手に入れる姿を夢見て。
これが、魅せる為に戦う戦士たちの宿命。
勝手な期待と希望、そして欲望を押し付けられながら戦わなければいけない。
思わず、この重圧に吐きそうになってしまったが。
「トレック、大丈夫。いい加減な事を言われても、中指を立てて返してあげれば良いじゃない」
「ウチの魔女様……ものっそい強い」
「なら、言葉を変えるわ。不安になったら私だけを見ていなさい。周りなんか気にせず、私を見なさい。貴方には“無情の魔女”が付いているんだから」
それだけ言って、彼女は微笑みながら俺の頭に手を置いた。
不安そうにしていたのがバレてしまったのだろう。
こんな所で、人の目が集まる場所で子供扱いされるのは非常に恥ずかしいが。
でも、先ほどの気持ち悪さは消えて行った。
「頼りにしてます、エレーヌさん。俺が一緒に旅している魔女様は、最強ですから」
「任されたわ。ちゃんと格好良く勝って来るから、見逃さないでね?」
口元を緩める彼女に、ホッと息を吐き出してから。
今度こそ、会場へと視線を向ける。
その先には、多くの人が間隔を開けて睨み合っていた。
五人ずつに分かれ、誰しも武器を握りしめて。
この人達が、今回の相手。
誰も彼も強そうだし、とてもじゃないが俺なんかが勝てる気がしない。
でも、此方には魔女のエレーヌさんと巨漢のジンさんが居るのだ。
ウィーズだって個人では平気で勝ち進むくらいに強いって話だし、心配する事の方が少ない筈。
はず……なのだが。
「こりゃ、ちとハズレを引いたな」
「まさか予選で“あんなの”と当たるなんてねぇ」
えらく渋い声を上げるジンさんとウィーズ。
二人の視線の先には、ジンさんに勝るとも劣らない巨漢の全身鎧が立っていた。
なんだアレ、滅茶苦茶デカい。
縦にも大きいし、横にも広い。
俺じゃ持ち上げる事さえ出来なそうなメイスを片手で軽々と装備して、明らかにコチラを睨んでいる様にも見える。
出来れば気のせいであって欲しかったのだが……。
「アイツは結構強ぇぞ、警戒しろ」
「ジンが本気でやり合って、力負けしそうになった相手だったよね。腕力だけは凄いって言ってたヤツ。相手にとっちゃココが再戦の場って訳だ」
もう何も聞きたくない。
あの人フーフー言いながらこっち睨んでるし。
アレ完全に、試合開始の合図と共にこっちに走って来る勢いじゃないですかね?
そのくらい威圧しているし、もはや態勢低くして走り出す準備している。
出来ればこのまま試合開始の合図なんか永遠に来ないで欲しい。
とかなんとか思ってしまうくらいに、敵意を向けられている訳だが。
「トレック、あの大きい人だけじゃないわ。周りにも目を向けて」
エレーヌさんの声に周囲へ視線を向けてみれば。
おかしいな、なんか皆物凄くこっちを見ている。
誰も彼も、最初の獲物はお前達だと言わんばかりに。
「あの……五区って、実はかなり恨まれたりします?」
「違うわよ。あのデカブツと一緒で、ジンが優勝候補に入ってるの。だから集団戦の内に潰しておこうってつもりなんでしょ」
ウィーズがご丁寧に答えてくれるわけだが、もはや天を仰ぐしかなかった。
あぁ、これ無理。
例えジンさんとエレーヌさんだけで何とかなったとしても、目立たないとか無理。
そもそもこの人数を二人に任せるとか正常な判断じゃないし。
絶対怪我どころじゃ済まないじゃん、飛び道具だってお許しが出ているのだから。
「それでは、これより予選を開始いたします! 選手たちは準備を!」
審判の人が大声を上げ、群衆は更に盛り上がりを見せる。
あぁ、駄目だこれ。
ちょっと甘く見過ぎていた。
こんな中で、目立たず“負けそうだ”と思わせて勝つなんて出来っこない。
ならば。
「試合開始ぃぃ!」
審判が声を上げた瞬間、視界に映る全てが此方に向かって走って来る。
なるほどなるほど。
三十人くらい集まる試合会場で、四人対その他全てで最初に潰そうという訳だ。
確かに少人数で後に試合で当たるより、こっちの方が被害は少なくなるかもしれない、正しい判断だ。
でもそっちがそのつもりなら、こっちも好きにやらせてもらおう。
コロシアムで戦う戦士達。
そんなイメージがあったからこそ、出来れば“こういう事”はやりたくなかったのだが。
「作戦を変えます、全員防御態勢で。飛び道具が来ない限り、俺の前に出ないで下さい」
「ちょっ、本気!? アンタ何考えてる訳!? 前見て前! 見えないの!? めっちゃこっちに走って来てるじゃない!」
ウィーズが物凄く噛みついて来たが、今は無視だ。
彼女の言う通り、多くの人が此方に向かって歩を進めている。
なんだこれ。全然違うじゃん、前に見た試合と。
こんな袋叩きみたいな真似をする戦いだったら、多分俺は憧れなかった。
誰かに“勝ってほしい”なんて思わなかった筈だ。
だからこそ、こっちだって“邪道”でいかせてもらおう。
幸い、弓やらボウガンを持っている人たちは少なそうだし。
「トレック、なんか策があんのか?」
不安そうな様子を見せるジンさんが、それでも俺の後ろに下がってくれた。
飛び道具を警戒しているのか、すぐに飛び出せるような姿勢のまま構えている様子だが。
「やって欲しい事があったら指示を出してね、トレック。従うわ」
クスッと微笑みを浮かべるエレーヌさんが隣に並んだ瞬間、完全に覚悟が決まった。
俺が、ワイルドカードになってやろう。
この人達に、情けなくも格好良い姿を見せてやろう。
俺が憧れた戦士の様な姿ではなくとも、意地汚い商人だったとしても。
それでも、俺のお陰で勝ち進めたと思わせる程に活躍してやろう。
なんたって、ホレた女性の隣に立っているのだから。
「商人の戦い方ってヤツを見せてやりますよ!」
一声上げると同時に、先頭集団に向けていくつもの卵を投げつけた。
周りからは「は?」みたいな声が上がって来たが。
それでも一番前の人に卵がぶつかり、そして砕ける。
「なん、はぁ!? いてぇいてぇいてぇ! なんだこれぇ!」
周辺の人も含め、急に号泣し始めた。
痛かろう、苦しかろう。
俺の投げた特製卵は、さぞ旨かろう。
という訳で、どんどんおかわりを追加する。
「結構良い所の香辛料ですよ! 味わってくださいね!」
卵の殻に詰めた、激辛香辛料。
ただ、ソレだけ。
でも結構効くのだコレが。
獣に対しても、人に対しても。
卵の殻が割れた瞬間周囲に赤い粉が飛び散り、それを吸い込んだ人達はゲホゲホゴホゴホ。
非常に辛そうに涙を流しておられる。
商人の戦闘での心得、その一。
勝つ必要はない。
逃げても良いし、無力化出来るなら商品でもケチらず“ヤレ”。
俺みたいなのは、戦闘が本職ではないのだ。
だからこそ、“道具”に頼る。
それが商人ってもんだ。
という訳で、相手が立ち止まっても激辛卵を投げるのを止めない。
「オラオラオラ! さっきの勢いはどうしました!? これでも特攻してくる奴がいるなら来てみろってもんですよ! おかわりならいくらでもありますよぉ!?」
もはや格好良さも何もあったモノでは無いが、それでも数十人を一人で無力化してみせた。
どんなもんだい。
当然観客からは盛大なブーイングが上がって来るが、今こそ魔女様の教えを発動させるべきだろう。
両手の中指を立てて、周囲に向けて見せた。
「俺に賭けたヤツはいるか!? いねぇよな! ざまぁみろ! お前等大損だぞ!」
とりあえず、煽り倒してみせた。
観客席から物は飛んで来るし、「死ね」とか「引っ込め」とか色々聞こえて来るが。
知った事か、勝てば良いんだよ勝てば。
しかも、こんな勝ち方をすれば間違いなく“小手先だけの弱者”って印象は付くだろう。
だったら、流れは変わってしまったが作戦成功だ。
勝ち進んでも、多分“俺”に賭ける奴は居ない筈だ。
印象も含めて、間違いなく人気は出ない。
そんな訳で、もっと印象を悪くしておこう。
間違っても俺に金を賭ける奴らが居なくなるように。
そうすれば民は大損して、こっちはガッポガッポだ。
長い目で見れば人気を取った方が良いのだろうが、生憎と長期滞在するつもりはないので知らない。
「お次は酒だ! 好きなだけ飲みな!」
幾本も口の開いた酒瓶を周囲に投げつけ、パリンパリンと盛大に割れていく。
そして。
「酒気が強すぎる酒ってのは、火が付くってのは本当なのかなぁ? ちょっと試しても良いですか?」
ライターと呼ばれる魔道具を片手に、ニコニコしながら相手に近づいてみれば。
誰しもさぞ痛いだろう瞳をゴシゴシしながら、自らにぶっ掛かった酒と俺の手に持っているライターを交互に見ている。
ちなみに、酒に関してはガッツリ酒気の強いモノだ。
エレーヌさんが大量購入した際に紛れていた、マジで燃えるヤツ。
殆どの場合飲むんじゃなくて、別の用途として使われる様な代物。
ぶっかけられた人たちは、今までに嗅いだ事のない程の酒気を感じている事だろう。
ジンさんが呑んでたヤツも、結構燃えそうな気はするけど。
「一応警告しますね? 燃やされたくなかったら会場から降りて、勝負を投げて下さい。降参すると声を上げれば、この手はライターを取り落とす事はないですよ?」
一声かけてから、ライターの火を灯した。
もうここまで来たら引けない。
間違ってライターを取り落としでもしたら、マジでそこら中が燃えるのだから。
そんな訳で、内心ヒヤヒヤしながら口元を吊り上げてみれば。
「ふざけるなよ小僧ぉぉ!」
さっき見ていたデカい人が、メイスを振り上げながらこちらに向かって走って来た。
兜も被っているので見えないが、多分両目とも香辛料で酷い事になっているのだろう。
ちゃんとこちらが見えているのかと問いたい程に、フラフラしながらこっちに突き進んで来る。
これでは、俺はライターを投げる他ない。
しかし問題はその先なのだ。
そこら中にまき散らされた酒に火が付くだけで、あまり実害がない。
このパニック状態だからこそ、相手が勝手に勘違いして慌てているだけなのだ。
だからこそ、この空気を壊されたら詰み。
という訳で。
「エレーヌさん、お願いします」
「了解。デカいの……その首、置いて行け」
「首はくっ付けたままでお願いします」
「……了解」
飛び出したエレーヌさんが、迫って来た巨漢を剣の腹で殴りつけた。
盛大な音を上げながら、ガランガランと会場の隅まで転がっていくデカ鎧。
凄い勢いで飛んで行ったけど、大丈夫だろうか?
人間は首が繋がっていても、死ぬときは死ぬんだが。
不安になって魔女様に視線を送ってみれば、「ちゃんと生きてるわ」という一言を頂いた。
なら、そういう事にしよう。
「さて、一名脱落した訳だが。どうする? 抗うか? それとも予選で死ぬか? さっさと選びな」
思いっ切り悪そうな笑みを想像して、出来る限りそれっぽく演じてみる。
相変わらず周りからは凄いブーングだし、色々なモノが飛んで来るが。
それでも。
「……降参する」
「……俺もだ」
一人が武器を放せばまた一人、これまた一人と武器を手放し始めた。
正直もう少し遠距離武器を持ち込んでいる輩が居てもおかしくないと思っていたのだが、ココは見世物の会場だ。
そういうモノばかり使っていては人気が出ないのだろう。
しかも三区以上の者達じゃないと、今回限りの弓兵を用意する余裕も無かったと見える。
なんたって、普段は飛び道具禁止なのだから。
一人納得しながら、安堵の息を吐きながらライターを仕舞ってみれば。
「アンタが魔女と旅出来てる理由が分かった気がするわ……常識外れで、空気を読まない。決闘の場で卵投げる奴なんて前代未聞よ」
えらく呆れた視線のウィーズに声を掛けられてしまう。
うるせぇ、俺だってちゃんと戦って勝ちたかったんじゃい。
「だが、これで予選は通過だな。やるじゃねぇかトレック、一人で制圧してみせるとはな」
カッカッカと楽しそうな声を上げるジンさんも、周囲を見渡して頷いてみせた。
降参していないパーティ、なし。
半分に絞られるという話だったが、俺達以外のパーティを全て脱落させてしまった形になる訳だ。
よし、これで決勝までの時間短縮になった。
何てことを思いながら、審判に視線を向けてみれば。
「しょ、勝者! 五区、虎パーティ!」
些か戸惑った様子で、俺達の勝利を告げるのであった。
口元を袖で抑えながら、会場の隅まで逃げているけど。
良かった、審判まで巻き込んでいたら失格になっていたかもしれない。
そして民衆からは不満の声と罵倒の嵐。
しかしながら、吹っ切れてしまえば意外と清々しいモノだ。
彼等がなんと叫ぼうと、嘆こうと。
俺には関係ない上に、こっちは儲かるのだから。
「ちょっと煽り散らしてから退場します?」
「程々にね、変な癖がついても困るわ」
おかしなテンションになってしまい、エレーヌさんには怒られてしまったが。
というわけで俺は、勝利の拳を掲げながら中指を立てて会場を後にするのであった。
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