第24話 付け焼刃
「アンタ、変わり者だって言われない? これだけボコボコになっても、まだ続けるんだ」
ぜぇぜぇと苦しい呼吸を繰り返しながら寝そべっていれば、頭の上からウィーズが呆れた声を掛けて来た。
相変わらず何か生意気だし、所々口が悪いのでこちらも「うっせぇ」とか返してやりたいのだが。
残念な事に声を上げる程の余裕がない。
今時喋ったら絶対むせる。
「ま、何でも良いけど。魔女が協力してくれるのは有難いけどさ、正直言って心配なのは貴方よ。よくこの程度の実力でパーティに入ろうとしたわね? というか、よくあんな化け物みたいに強いのと一緒に旅してるわね」
こっちが喋れないからと言って、好き勝手言いやがって。
思わず睨みつけてみれば「わー、こわーい」とかヘラヘラと笑われてしまった。
こ、このクソガキ……とか何とか思っても手も口も出せないので、大人しく呼吸を整える。
今何をしているのかと聞かれれば、単純明快。
戦闘の特訓である。
エレーヌさんはジンさんと一緒に“上手く負けそうになる”、もしくは“何とか引き分けになった”と見せられる様に練習中。
そして俺は、単純に戦闘経験を積まされている。
正直、俺まで戦闘パーティに加入させられるとは思っていなかった。
本職は裏方ですよ、正面切って戦うのは俺の仕事じゃないよ。
なんて言いたかったのだが、とにかく人が足りないので強制参加。
エレーヌさんが一人でパーティに参加するのを嫌がり、他に面子も居ないので渋々俺も加わったのだが。
周りの三人に比べて一人だけ実力が全然足りない。
という訳で、長時間ウィーズにボコられている状況ある。
「き、聞いてない……こ、んなの……」
「今更文句言わないでよ、そっちの魔女様がアンタを抜かそうとすると不機嫌になるんだから」
「そも、そも……なんで、五人パーティ戦。なのに、四人……」
「何度も言ったでしょ? ラムの雇い主が戦闘に参加は許してくれないって。大事にされてんのよ、アイツ。まぁそれは良いから、いつまでもぜぇぜぇゲホゲホしてないで、水でも飲みなさいよ」
そう言って俺の頭の上に水筒を置くウィーズ。
ラムさんめ、唯一俺の同類だと思っていたのに。
まさかの依頼を受理したらさっさといなくなってしまった。
そんでもって、先ほど言った通り今度の試合は五人のパーティ戦。
つまり俺達は既に一人足りないという不足を抱えて戦うのだ。
しかもトーナメント形式であり、一度や二度勝てば良いというモノではない。
各地区から数パーティ、程度なら良かったものの。
三区なんかは馬鹿みたいな数のパーティが参加するんだとか。
正直言って、やってられない。
とりあえずウィーズに貰った水で喉を潤しながら、ぶはぁっと息を吐いていると。
「こんな調子で形になるのかしらねぇ? アンタだけ後ろに隠れていてもらって、私達三人で攻め込んだ方が良いかも」
「マジでズバズバ言うなお前は。これでも頑張ってんだよ、それに実力不足だってのも十分理解してる。でもやるからには強くならなきゃ嘘だろ」
徐々に呼吸が整ってきたので、今度こそ反論してみれば。
彼女は意外そうな顔で此方を見下ろして来た。
「へぇ、大体こんな事言われれば諦めるか怒り出す奴が多いのに」
まるで珍獣でも見つけたかのような瞳を向けて来る彼女に、若干イラっと来た。
「商人ってのは負けず嫌いな上、自分の評価を正しく出来ないと絶対に痛い目を見る生き物なんだよ」
「へー、大変なのね商人も。貴方の場合行商人? って風にさえ見えないけど、旅人って方がしっくり来るわ」
「これでも商業手形持ってるっつの……」
へぇー、へぇーとか実に興味深そうに此方を観察してくるウィーズ。
そんなに珍しいか、この野郎。
不躾にジロジロと他人の顔を観察してくれやがりまして。
そして最後に。
「ちゃんとした商人にも見えないけどねぇ。あと弱いし」
ケラケラと笑う彼女に、ちょっとプチッと来た。
なんだろう。他の人に比べて歳が近いからか、それともこの距離感の無さが原因か。
この子とだけは、自然と喧嘩出来そうな雰囲気が漂って来るのがいけないと思うんだ。
という訳で。
「俺からもお前に一つ助言してやろうか、ウィーズ」
「何々? 年下にボッコボコにされた商人さんは、何を教えてくれるのかな?」
未だニヤニヤと笑う生意気小娘に対し、此方もニヤリと口元を歪めてみせた。
戦闘で反撃出来ないのなら、こういう所で攻めるしかあるまい。
悔しがるが良いさ。
「お前は脚力重視の戦闘をするんだ、スカートは止めた方が良いぞ? あとな、寝そべっている相手を見下ろしてると、丸見えだぞ」
「変態! 死ねっ!」
思い切り足を振り上げ、此方の顔面を踏み抜こうとしてくるウィーズに対して。
「それくらいなら避けられるくらいにボコられたからなぁ! 舐めるな!」
ガバッと上体を起こし、何とか彼女の踵を避けてから剣を構えた。
筈だったのだが。
「いっぺん死ねぇぇ!」
既に目の前にウィーズが迫っていた。
そして、高々と掲げられた木剣。
やばっ、コレ死ぬヤツ……なんて事を思いながら彼女の振り下ろす木剣に視線を向けていれば。
ブオンッ! と凄い音を立てて、目の前を何かが通り過ぎた。
かなりの勢いで、ウィーズの木剣を両断しながら。
「「……」」
二人して状況が理解出来ず、何かが飛んで行った先に視線を向けてみれば。
そこには見覚えのある黒い長剣がぶっ刺さっていた。
おやおや、どうしたんだい? “血喰らい”。
お前の持ち主は何処で何をやっているのかな?
なんて、現実逃避をしてしまうくらいには物凄い勢いで俺達の間を抜けて行ったのだ。
思わず冷や汗が流れる。
「ごめんなさい。上手く剣を取り落とす練習をしていたのだけど、勢いが良すぎたみたい」
涼しい顔をしながら、ジンさんと立ち会っていたエレーヌさんがスタスタと俺達の間を通り抜け、魔剣を回収してからもう一度わざわざ間を通る。
その際、えらくジロッと睨まれてしまったが。
「魔女様よぉ……そんな勢いで投げたら、手放したっつぅか“ぶん投げた”って表現の方がしっくり来るぜ?」
呆れ顔のジンさんがボヤくが、しっくり来る云々ではない気がする。
間違いなく故意ですよね、今の絶対狙って投げましたよね?
「あら、ごめんなさい。力加減が難しいわね。あまり集中力を削ぐ行動を周囲で続けられたら、もう一回くらい飛んでいくかもしれないわ」
そう言ってから、今度はウィーズに静かな瞳を向けるエレーヌさん。
これはウィーズの木剣から俺を守ってくれたという事なのだろうか?
でも、物凄く睨まれたんだけど……。
とか何とかやっている内に彼女はジンさんとの稽古を再開し、今では剣がぶつかる重い音が響き渡っている。
一体何だったんだ。
「アンタさ、本当に何であの魔女に気に入られてるの? 普通に危なくない? あの人」
コソッ呟く様に、ウィーズが身を寄せて声を掛けて来た。
この斬撃音が響く空間で、そこまで小声になる必要も無い気はするが……気持ちは分かる。
俺も彼女の耳元に近づき、コソコソと声を上げた。
「アレでも普段は穏やかなんだぞ? あと気に入られてる様に見えるか? なら良かった」
「うわっ、惚気た。キモッ」
「本当に遠慮が無くなって来たなこのイタチ娘」
「うっさいダメダメ商人。まともに私の剣を受けられない癖に、口だけは達者――」
二人共小声でヒソヒソと言い合っていると。
ズドンッ! と音を立てて、今度は俺達の足元に黒い魔剣が突っ込んで来た。
「「ぴぎゃぁぁぁ!」」
「あら、ごめんなさい」
「お前等、もう少し真面目にだなぁ……」
そんなこんなやりながら、俺達の訓練は続くのであった。
小道具も色々と準備しなければいけないのだが……買い出しに行くのはまた後になりそうだ。
――――
本日も“練習”が終り、いつものテーブルに集合してみれば。
「……」
二人掛けのソファーに、だらしなく姿勢を崩しながら眠るトレック。
それだけならまだ良い。
疲れたのだろうと、労いの言葉でも掛けた所だ。
しかしながら、もう一人居るのだ。
まるで彼と喧嘩しながらそのまま眠ってしまったかのように、とんでもない態勢で絡み合っているウィーズとトレック。
どうしたらこんな寝相になるのか想像出来ない程に、非常に乱れていた。
トレックはウィーズの頭を掴みながら、ウィーズはトレックを蹴っ飛ばした状態で力尽きた様に寝入っている。
なんか、納得いかない。
ムスッと口を尖らせていれば、後ろからカッカッカと愉快な笑い声が響き渡ってくる。
「こう見ると兄妹みてぇだな。二人共仲良くなってくれた様で何よりだ」
「何より、じゃないわ」
「大変だな、魔女様も」
先程まで私の“負ける様に見せる”訓練に付き合ってくれていたジンが、困った様な笑みを浮かべながらドデカイ酒瓶をデンッとテーブルに置いた。
ここに来た初日に見た、あの不味いお酒。
「ソレ、嫌い」
「あらら、そりゃ残念だ」
軽口を叩く彼は、たいして気にした風もなくドカッと椅子に座り酒を呷り始める。
よくもまぁあんなにグビグビと飲めるものだ。
呆れた視線を向けていれば、私達にも随分慣れたらしい子供達が集まって来た。
誰も彼も警戒心などまるで持たない様子で、魔女が近くに居るというのに笑みを浮かべている。
「多分、コイツ等もトレックが依頼を受けてくれた要因なんだろうな」
「でしょうね、彼は優しいから。口で何と言おうと、見捨てられないのがトレックなのよ」
そんな会話をしながら、彼は子供達を構っていく。
随分と慣れた様子で、子供達も彼に慣れ親しんだ様に。
酒を呷る彼に対し、自らよりも何倍も大きなリーダーに引っ付いている。
これが信頼というものなのだろう。
過去の私には寄せられなかった、見た目や種族など関係なく相手の事を信用する行為。
「魔女様は、後悔してるかい? こんな依頼を受けちまって」
酒を呷りながら、ジンがおかしな事を言いだした。
何がどう“こんな依頼”なのか私には理解出来ないが、彼には思う所がある様だ。
「何を思ってその言葉を紡いでいるのか、私には分からないわ。トレックが一緒に居てくれる様になるまで、私はずっと一人だった。だから生きる為にお金を稼ぐのは当然、そして依頼が来たなら遂行する。それが普通だと思って生活していたの」
「そりゃまた何というか……俺が言ってんのは、気持ち的な問題だよ。全く関係ない俺達の救世主になってくれ、みたいなもんだろこんな依頼。普通だったら受けねぇよ、前金も大した金額じゃねぇし、報酬だってこれから稼ごうってんだ。なっさけねぇ話だが、お人好しの隙に付け入る様な真似してんだよ、俺等は。困ってる哀れな貧民を、どうか助けて下さいっつってな」
チッと小さな舌打ちを溢しながら、彼はグビリグビリと不味いお酒を喉に流し込んでいく。
だが、やはり私にはあまり彼の言っている事が分からなかった。
依頼なんて、困っているから誰かにお願いするものだ。
たとえそれが富豪であろうと、貧民であろうと関係ない。
受ける側が納得し、最後にお金を貰えれば都合などどうでも良い。
そういうモノだと、思っていたのだが。
彼の言う通り、トレックは彼等に同情してこの依頼を受けたのだろうか?
いや、多少は同情があったとしてもそれだけで動く人間じゃない筈だ。
トレックは商人なのだから、大会で稼げる金額も全て計算した上で依頼を受けた筈。
私たちに十分なメリットがあり、今後の資金にも充てられると考えたからこそなのだろう。
そしてもし、感情的な意味で依頼を受けた理由があるとするなら。
「多分、トレックが金銭的な意味合い以外で依頼を受けたなら……原因は貴方よ、ジン」
「はぁ? 俺?」
あり得ないだろと言わんばかりに、ポカンと口を開いて間抜け面を晒す虎男。
しかし、紛れもなくトレックは彼の試合を見てから変わった気がする。
今までは戦闘に対して、どうしても逃げ腰だった。
私が居るから戦う必要がない、元々戦闘を生業にしている訳ではないから。
だというのに、ジンの試合を見てからというもの。
彼は間違いなく“強くなろう”としている、そんな気がするのだ。
「私には良く分からないけど……男の子なら、憧れた背中を追いかけたいと思うんじゃないの? 貴方が試合に負けた時、トレックは酷く落胆していたわ。貴方にではなく、あの試合そのものに対して。だから、今度は勝つところが見たいんじゃない?」
呟いてみれば、ジンは真剣な顔で眠っているトレックに視線を向けた。
何を考えているのかは分からないけど、しばらくそのままジッと眺めたかと思えば、今度は大きなため息を吐いて椅子の背もたれに体重を預ける。
「なら、次の試合は思いっきり格好良い所を見せてやんねぇとな」
全身の力を抜いた様な、緩んだ笑みを浮かべながらハハッと小さな声を洩らすのであった。
「そうね、でもトレックの指示には従って貰わないと困るわ。私たちは“なんとかギリギリ勝てた”という試合を演出する。そうしないと、報酬が減るもの」
「だははっ! そう言う演技も得意だから任せておけ、ボロボロになりながら勝ち残るってのも、男にとっちゃロマンが溢れてるもんだ」
「難しいのね」
他人の感情なんて、しっかりと読み取ることは出来ない。
更に言えば、私はそういうのに鈍感だから。
だからこそ、もっと本人から何を求めているのか教えて欲しいというものだ。
何がしたくて、何が欲しいとか。
何が食べたいとか、こんな物が好きだとか。
教えてくれないと、私には分からないから。
トレックはいつだって私の事を優先してしまって、自分の事を語ろうとしない。
そこが、少しだけ不満ではあるのだが。
「そう難しいモンでもねぇさ、男なんて単純なんだよ。あ、そうだ魔女様。一個だけ助言しておいてやるよ」
「何かしら?」
クックックといやらしい笑みを浮かべるジンは、スッとトレックに人差し指を向けてから。
「トレックはもう成人してる、それどころか二十を超えてんだろ? だったら、“男の子”って扱いは止めてやんな。例え言葉だけでも、意外と傷付くもんだぜ? 男ってのは」
「……繊細なのね」
「ま、色々あんだよ」
何てことを言いながら、再び子供を構いながら酒を呷るジン。
ふむ、男の子にも色々……じゃなかった。
男性にも色々と気を使って欲しい所があるのか、勉強になった。
ということで。
「教えてもらったお礼よ。そんな酒気が強いだけのお酒なんて、美味しくないでしょ」
マジックバッグから酒瓶を幾つか取り出し、彼の前に並べてみれば。
ジンは目を丸くしてお酒を覗き込み、周りに集まっていた子供達も「きれ~」とか言いながらキラキラした眼差しを酒瓶に向けている。
「いいのかよ?」
「言ったでしょ、お礼よ。それにいっぱいあるから、気にしないで」
私のお金で大量に仕入れてしまったお酒の為か、トレックも売り物として扱ってくれないし。
とてもじゃないが、私とトレックだけでは消費に何年掛かるか分かったものじゃないのだ。
「こりゃ……本当に格好良い所見せなくちゃいけなくなったな」
「大袈裟ね、おかわりもあるわよ」
「……いいのか?」
「いいわよ。いっぱいあるから」
淡々とした会話を繰り広げていれば、彼はソファーで横になっているウィーズをビシッと指さしてから。
「ガキ共、魔女様の席を占領してる馬鹿を至急退かせ。今日は宴だ」
「「「りょうかーい!」」」
元気いっぱいの子供達がウィーズを数人が掛かりで取り付き、そのままズルズルと引っ張ってソファーから落っことした。
そして奥へ奥へと運ばれていくウィーズ。
いいのだろうか? なんて思ってしまうが、席は空いたので座らせてもらおう。
いつまでも立っていては落ち着かないし。
「気が利くのね、ジン。おつまみも出してあげるわ、色々保管してあるから」
「ガキ共ー! そんなの適当に置いてさっさと戻ってこーい! うめぇもんが食えるぞぉ!」
という訳で、本日の宴が開始される。
試合まであと数日。
はてさて、トレックがどれくらい強くなってくれるのか。
今から楽しみで仕方がない。
膝に乗せた彼の頭を撫でながら、思わず微笑みが零れるのであった。
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