第23話 お金の為ですから


 「あぁ~なんかスマンな。見張りの奴から客が来たってのは聞いてたんだが……」


 虎の人がボリボリと頭を掻きながら気まずそうな声を上げれば、ウィーズはプイッとそっぽを向いて無言を貫いた。

 非常に機嫌が悪そうだ。

 声を掛けたら今まで以上の罵詈雑言が飛んできそうなので、触れないでおいた方が良いだろう。


 「えぇと、ご紹介しますね。このデカイのが私の兄であり、“縄張り”のリーダーの……」


 「ジンだ、よろしくな」


 ラムさんに紹介されたココの大将、そして昼間コロシアムで見た大剣使い。

 戦闘中とは別人かと思う程の満面の笑みを浮かべた彼が、此方に大きな掌を差し出して来た。

 どうも、とか返事をしながら握り返してみれば、ブンブンと上下にえらい勢いで振られたが。

 力強っ!?


 「そいつら余所者な上に、人族だよ。なんでそんなに友好的な訳?」


 ムスッとした表情のままウィーズが言い放てば、ジンと呼ばれた大男は気まずそうに視線を逸らす。


 「あぁ~その、なんだ。応援してくれたんだよ、コイツは。コイツだけはって言った方が良いんだろうな。試合前の俺に、あの会場でただ一人“頑張れ”って言ってくれたんだ」


 なんだか非常に恥ずかしそうに、ガリガリ首を掻きながらそんな事を言い始めるジンさん。

 やっぱりちゃんと聞こえてたんだって驚きもあったが、それ以上に何か恥ずかしいぞこの空気。

 え、何。

 この人滅茶苦茶良い人? たったそれだけで俺の事信用してくれたの?


 「……はぁ? それだけ? たっっった、ソレだけで、普段は追い返しそうな人族を受け入れようって? 馬鹿なんじゃないの!?」


 「うっせぇなぁ! 別にいいだろ、会場で五区の俺を真剣に応援してくれる奴なんて滅多にいねぇよ! それに俺の目は確かだ。この二人は“人族”でも信用出来る、間違いねぇ!」


 フンッと鼻を鳴らしながら、ジンさんは腕を組んで踏ん反り返ってみせる訳だが。

 残念な事にウィーズの言う通りであり、もっと残念な事に……。


 「目に自信があるようだけど、ちょっと自重した方が良いかもしれないわ。私、人族じゃなくて“魔女”だから」


 いずれバレる事ではあるのだが、今言わなくても良いのに。

 エレーヌさんは物凄く興味無さそうな瞳を彼等に向けながら、静かに手を上げてみせた。

 なんとも、無情である。


 「えっと……こちらからも自己紹介させてもらいますね。ラムさんから依頼を持ちかけられて、判断する為の調査に来ました。俺はトレックと言います、見たまんま他国出身の人族です。それで、こっちが――」


 「エレーヌ・ジュグラリス。“無情の魔女”と呼ばれているわ」


 スパッと自己紹介終わらせ、再び眠そうにし始めるエレーヌさん。

 最近本当に健康的になりましたね貴女は。

 起きて下さいと声を掛けながら肩を揺すってみれば、渋々ながら眼を擦る魔女様。

 おかしいな、旅に出てからウチの魔女様精神年齢が下がった気がする。


 「ま、魔女? え? 本物?」


 「おいおいおい、マジかよ……実在すんのか?」


 やけに威厳のない魔女様に対し、顎が外れるんじゃないかって程に口を開いて驚くウィーズとジンさん。

 ラムさんだけは、してやったりという顔でニコニコしているが。


 「どうですか? 兄さん。今後の団体戦にはぴったりな助っ人だと思いませんか?」


 「お、おう……」


 どうしたものかと言わんばかりにオロオロしていたが、やがて彼は大きく息を吸い。


 「魔女様、頼みがある」


 虎の獣人は俺達の前で膝を折り、頭を下げた。

 その巨体を小さく見せるかの様にして。


 「俺達に、力を貸しちゃくれねぇか? もちろんタダとは言わねぇし、無理にとも言わねぇ。余所者に頼るのは筋が通らねぇってのも理解してるが……人が足りねぇんだ。頼む、この通りだ」


 今まで聞いた中でも、一番真剣な声だったと思う。

 それくらいに、今度行われるというパーティ戦は重要なモノなのだろう。

 ソレが伝わって来たからこそ、俺は軽々しく依頼の返事を出来なくなってしまった訳だが……。


 「私だけを説得しても意味ないわよ。私一人なら絶対断るもの」


 無情な言葉を紡ぐエレーヌさんが、伏目がちの鋭い瞳を相手に向ける。

 いや違う、この人眠いだけだ。

 半分瞼が閉じているだけだ。


 「私達は、二人で旅をしているの。だから、私一人を貸せと言われても拒否するわ。逆にトレックが良しというなら、私も協力してあげる。お金の事と事態を動かす能力はトレックの方が長けているから、彼の首を縦に動かせない相手には手を貸さない」


 それだけ言って、ポスッとコチラの肩に頭を乗せて来る魔女様。

 信用して頂けているのは嬉しいが、こうも人の多い場所で過度な接触は色々と不味いのでは。

 とか何とか思ってしまった俺だったのだが。


 「という事で、話が終ったら起こして……」


 すぐ近くから、静かな寝息が聞こえ始めた。

 待っていただきたい、さっきまでの感動を返して欲しい。

 俺もエレーヌさんから随分頼られる男になっていたんだとか嬉しくなっていたのに、この人絶対判断丸投げしただけだよ。

 今では綺麗な顔しながらスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていやがりますよ。

 しかも立ったまま寝てるし、器用ですね本当に。


 「と、とりあえずそちらにソファーがありますので……」


 「ラムさん……なんか、ほんとすみません……」


 さっきからコロコロ変わる空気に若干の疲労感を覚えながら、俺はエレーヌさんを抱き上げてとりあえずソファーに失礼した。

 二人分のスペースくらいしかなかったので、仕方なく彼女の頭を膝に乗せてみれば。


 「んふふ」


 「食べ物の夢でも見てるんですか? 全く……」


 えらくご機嫌そうな寝顔を浮かべる彼女の髪を軽く整えてから、改めて正面を向き直ってみれば。

 テーブルを挟んで目の前に並んだ椅子に、ジンさんとラムさん。

 そしてウィーズがそれぞれ腰を下ろした。


 「さて、兄ちゃん。魔女様の協力を得るには兄ちゃんを……あぁ、わりぃ。トレックだったな? トレックを納得させなきゃいけなくなった訳だ。ちと長くなっちまうかもしれねぇが、腹割って話そうぜ」


 そう言ってから、ジンさんはデカい酒瓶をテーブルにドンッと音を立てて置いた。

 まぁつまり、飲みながらお話しようと言う訳だ。


 「あはは、お手柔らかに」


 あぁもう。先払いした今日の宿代、無駄になりそうだなぁ……。


 ――――


 「あぁぁ、流石に飲み過ぎた」


 「それにしては、元気そうね?」


 翌朝。

 目が覚めてからゴキゴキと首を鳴らしていれば、いつの間にか起きていたらしいエレーヌさんが俺の膝に頭を乗っけたまま此方を見上げていた。


 「おはようございます、エレーヌさん」


 「ん、おはよう」


 もはや慣れ親しんだ感じに挨拶すれば、彼女からは口元を少しだけ上げる様な微笑みが返って来る。

 うむ、いつも通りだ。

 ソレを確認したあたりで、静かに膝から頭を退かす彼女。

 ほんのちょっと髪を整えた後、周りを見渡し。


 「まさに地獄絵図ってヤツね。トレック、本当に大丈夫?」


 「えぇ、全然。こんなに飲んだのは久しぶりなので、まだちょっと眠いですが」


 量を飲んだのもそうだが、何よりあまり質の良くないお酒だった。

 五区の事を考えれば当然というか、味わいよりも酔えれば良いって勢いでとにかく酒気の強いお酒だったみたいだ。


 「相変わらず、強いわね。トレック」


 「そう簡単に酒に潰されてしまっては、商談が上手く行きませんから。商人が酔っている様に見える時は大体演技です」


 ヘラッと笑って見せる訳だが、テーブルには突っ伏したジンさんとラムさんの姿が。

 ウィーズに関しては「成人してるから私も呑む!」と言い出して、少し舐めた程度で床に転がって動かなくなった。

 十五で成人とされているのは、こちらの国でも同じの様だが……彼女にお酒はまだまだ早かった御様子。

 安らかに眠れ。

 寝顔だけは歳相応の可愛い顔しやがって。


 「それで、依頼の件はどうするの? 正直、結構稼いだから無駄に首を突っ込む必要はない気がするんだけど。先を急ぐ旅ではないから、どっちでも良いけどね」


 そんな事を言いながら、机の上に置いてあった俺の飲み残しに口を付けるエレーヌさん。

 少しだけ口に含み、「んべっ」とか言って舌を出している。

 最近は以前大量に仕入れたお酒ばかり飲んでいた上、その中でも味の良い物を彼女に出していた影響だろうか。

 超が付く程の安酒はお気に召さなかった様だ。

 もしくは酒気がキツ過ぎたのか。

 どちらにせよ、彼女はその後何も言わずグラスを机に戻した。


 「正直、迷っています」


 そう答えて見れば、エレーヌさんは「へぇ」とだけ声を上げるものの、少し驚いた様な瞳を此方に向けて来る。


 「今度開催される団体戦、確かに報酬は魅力的です。ラムさんが提示した金額に、もしも勝ち進む事が出来れば賞金は山分け。しかも“大穴”扱いになればなるほど、その後の追加報酬も大きい。更にここ最近ジンさんには“肝心な所で負けてしまう”という評価が定着しているそうです。それを考えると、大一番の勝負程こちらではなく相手に大枚を払う民衆が多いと予想されます」


 「例の“わざと負ける”アレね。そしてこちらではなく他に賭ける人間が多い程、こっちが買った時に国は潤い、選手に支払われる特別報酬も多くなる。まるでカードのジョーカーみたいな存在ね、この獣人は」


 俺の言いたい事を理解してくれたらしいエレーヌさんは、涼しい顔をしながらマジックバッグから出した水筒で喉を潤している。

 酒気キツかったんですね。


 「確かにこのままならそうです。そして彼の目的は自らの“縄張り”に居る全員を三区へ、もしくは外へ連れて行くことだそうです」


 「お優しいのね、それに強い。自分だけでも手一杯でしょうに」


 少しだけ呆れたような、それでいて羨ましそうな視線をジンさんに向けているエレーヌさん。

 確かに、俺達では出来ない選択だろう。

 事実、俺達は諦めたのだ。

 前の国に見切りをつけて、二人で生きる為に他の全てを切り捨てて旅に出たのだから。


 「でも、問題は他にあります。それだけ大量の報酬が手に入った所で、彼の仲間達全てを逃がすにはかなりギリギリだという事です。それ程に高いんですよ、この国の身分証は。そして無事全員が自由になった所で、“外”を知っている人間がいない。そこが一番問題です。少人数であれば俺達の様に手探りでも何とかなるかもしれませんが、この人数が動くとなると……ちょっと」


 「二十人くらいだとしても、年寄りと子供が多い印象ね。若者と言えるのは、このテーブルで潰れている連中くらいかしら」


 正直、ここが一番危ういと思う。

 三区に上がる事は出来るかもしれない。

 でもそちらで普通に仕事が出来る伝手も無ければ、保証も無い。

 ラムさんを拾い上げた人というのも、流石にこの人数は面倒を見切れないという話だし。

 だとすれば、自由になった先に地獄が待っている可能性があるという事だ。

 仕事にも就けず、金を稼ぐ術すらなく。

 どう生きたら良いかもわからない集団が野に放たれる。

 それはここでの暮らしよりも“自由”に感じるかもしれないが、同時に死に近づく一歩であるようにも思える。

 人間は、霧を食べて生きていける訳ではないのだから。


 「最初に言った通り金額的にもギリギリなんです。その為に、申し訳ないですが観客には俺達ではなく相手に賭けてもらう必要があります。その上で勝ち進み、どこまでも“今回の試合で負ける”と予想させ続ける必要がある。そうしないと、追加報酬が減りますからね」


 「悪い商人も居たモノね」


 「商人なんて、そんなモノですよ」


 軽口を叩いてみるものの、顰めた眉は戻ってくれない。

 問題はまだまだ多くあるし、彼等の計画は明らかに拙い。

 金さえあれば、自由になれる。

 その事だけを前面に押し出して、ソコだけが目標になっている気がするのだ。

 生きていく為には、その先もあるというのに。

 だが、今見るべき目下の問題は。


 「とにかく稼ぐ事、そして勝つ事が大前提です。しかも良い意味では目立たず、俺達は最終的に負けると思わせなければいけない。全く、とんでもない依頼ですよ。しかもこの団体戦、余所者の支援も可。むしろ強力な人材を引き入れる実力があると評価されるそうです。それだけじゃない。飛び道具も可、殺しも事故の場合は仕方ないっていう何でもあり。とにかく盛り上がれば良いって言いたげなふざけた試合です、正直やっていられない」


 はぁぁ、と大きなため息を吐きながらソファーの背もたれに身体を預けてみれば。

 隣からはクスクスと笑う声が聞えて来た。


 「でもこの依頼、受けるんでしょう?」


 「何でそう思うんですか?」


 問いに問いで返してみれば、エレーヌさんは寝起きの時よりも少しだけ分かりやすく微笑んでみせた。


 「だって、説明の途中。“俺達は”って言っていたもの。トレックは、もう私達込みで戦略を考え始めているわ」


 「……そんな事言いましたかね」


 「言ったわ、絶対」


 何処か嬉しそうに、彼女は微笑みながらチビチビと水筒の水を飲んでいる。

 全く、敵わないなこの人には。

 なんて事を思いながら、諦めて天井を眺めながら息を吐いた。


 「ま、結構な稼ぎにはなるんで。受けようかなって思います」


 「お優しいのね」


 「そんなんじゃありません。あくまでもお金の為です、今後必要ですから」


 ぶっきらぼうに答えてみれば、彼女は何も言わずに水筒を此方に差し出して来る。

 ソレを受け取りガブガブと喉を潤してから、息を吐き出して気持ちを切り替えた。


 「という訳で、俺達も色々やる事があります。俺にもエレーヌさんにも、練習しないといけない事がいっぱいです。今回の依頼は楽じゃありませんよ?」


 「臨む所よ。それで、私は何をすれば良いの?」


 キリッとした表情でやる気を見せてくれる魔女様。

 これは頼もしい。

 なので、思いっきり分かりやすく伝える事にした。


 「エレーヌさんが魔女だと悟られると、こちらに賭ける人が増える可能性があります。圧倒的実力差で勝つのも禁止です。なので、怪我無く“負けそう”になる練習をして下さい。苦戦する演技を覚えて下さい」


 「……はい?」


 エレーヌさんからは、今まで見た事も無いしかめっ面を向けられてしまうのであった。

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