第22話 五区


 その後依頼を受けるかどうかの判断材料として、第五区へ案内してもらう事になった俺達。

 なんでも上の等級である地区に踏み入れる事は禁止されているが、下に立ち入る事は別段禁じられていないらしい。

 立ち入りを制限する様な門が設置されていたのは第三区のみ。

 観光客などが間違って踏み入らない様にとの配慮らしいが、上に行くにも下に行くにも門が設置されていると聞くと、急に閉鎖感が増した様に感じる。

 他所から来た人間に見せるのは一部の街並みだけであり、他は全て隠していると考えると、どうしたって平等な国という謳い文句は信用に値しなくなってくるというモノだ。

 とはいえこの国の多くの土地は第三区として労働者を集めている様なので、正確に五分の一の広さを見せているという訳ではないそうだが。


 「ここからが第五区になります。こう言ってはなんですが、財布とか気を付けて下さい。予想出来るとは思いますが、治安は良くないですから」


 ラムさんがそれだけ言って、暗い街中を歩いていく。

 本当に暗い。

 そしてどの建物もボロボロになっており、まるで廃墟が連なっている様だ。


 「これは……酷いですね」


 思わずそう呟いてしまう程に、廃れていた。

 しかし人が居ないのかと言うと、そういう訳ではない。

 そこら中で数人ずつの集まりが出来ており、焚火を囲む人々が此方に視線を向けていた。

 誰も彼も俺達を睨む様な、妬む様な眼差しで。

 俺達の服装を見てから武器に視線を向け、そして最後にラムさんへと視線を向けてつまらなそうに鼻を鳴らす。

 なるほど、彼が元ここの住人だというのは嘘じゃない様だ。

 もしくは、よく顔を出しているのか。

 歓迎はされていない様だが、それでもこの人が居るから手を出して来ない。

 それがありありと伝わって来る程の、“敵意”を感じる。


 「逸れたりしないで下さいね? いくら五区出身だと言っても、全ての人が仲間という訳ではありませんから」


 なんて言いながら、彼は少しだけ歩みを早める。

 やはりこういう所では、犯罪行為も多いのだろう。

 女子供どころか、男だって一人で歩いていれば何をされるか分からない。

 そんな気配をそこら中から感じる。

 というのに。


 「トレック……眠いわ」


 「最近物凄く健康的な生活を送っている上に、お腹いっぱい食べられる様になりましたからね。でももう少し緊張感を持っていただけると助かります」


 肝心の最高戦力が、さっきからフラフラしているのだ。

 以前の国を抜けてからというモノ、過去に比べるとそれはもう充実した日々を送れている証拠なのだろう。

 もちろんそう感じてくれるのは嬉しいし、俺も本望ではあるのだが。

 お願いです、もうちょっと起きていて下さい。

 というかこれからが本番ですから、宿に帰るのはしばらく後ですから。

 何てことを思っている内に。


 「これはまた、ご挨拶ですね。まさかこれも計画の内、とか言いませんよね?」


 「まさか。彼等は私の仲間達とは違う“縄張り”の人間ですよ」


 ラムさんと軽口を叩いている内に、俺達の周りには十数人の少年が。

 誰も彼も刃物を手に持ってユラユラと揺らしながら、此方に切っ先を向けて来る。

 治安の悪い地域には絶対に居るであろう少年達、と言った所だろうか。

 周りで見ている大人達も止めに入らない辺り、ここらでは“いつも通り”の光景なのだろう。


 「また、“縄張り”か。いい加減聞き飽きましたね」


 それだけ言って腰の剣を引き抜き、相手に向ける。

 正直に言おう、あんまり勝てる気がしない。

 いくらドラグさんから貰った片刃の長剣があっても、これは多勢に無勢って奴だ。

 だからこそ、こっちの方が大きな得物を持っているぞと見せつければ逃げてくれないかな……なんて思っていたのだが。


 「アレは俺が貰う! 明日から俺の武器だ!」


 「ふざけんな! 早い者勝ちだ!」


 どうやら、逆効果だったらしい。

 俺より若そうなのに、みんな逞しい事で。


 「君達、止めなさい! この方たちはこの国へのお客様だ。そんな人に手を出せば、どうなるか分かったものじゃないぞ!」


 ラムさんが警告を飛ばすものの、彼等はヘラヘラと笑いながらソレを聞き流した。

 俺も旅の途中、獣相手くらいはした事がある。

 エレーヌさんの監視付きだったけど。

 でも、人間相手の実戦は初めてだ。

 思わず嫌な汗を流しながら、ゴクリと唾を呑み込んでみれば。


 「止めなさい。どうしてもって言うなら、私が相手になるわ」


 俺達を囲んだ彼等の更に向こう側から、女の子の声が響いた。

 その声が聞えた瞬間少年たちはビクリと震え、一目散に逃げて行く。

 一体何が? なんて思いながらそちらに視線を向けてみれば。


 「助かりました、ウィーズ」


 ラムさんが安心した様な声を上げると、声の主は暗闇の中から姿を現した。

 イタチの様な短い耳と、長い尻尾を生やした獣人の少女。

 随分と若い、それこそ先程の少年達とそう変わらない様に見える程に。

 茶色い髪の毛を風に揺らしながら、鋭い瞳をラムさんに向けている。

 その手には、くたびれた街並みとは似つかない綺麗なレイピアが握られていた。


 「別に。というか何、ソイツ等。三区の奴ら? それとも外の人?」


 ウィーズと呼ばれた少女は、鋭い眼差しを俺とエレーヌさんに向けて来る。

 思わず、ゾクリと背筋が冷えた気がした。

 間違いなく、彼女が此方に向けているのは憎悪。

 そして隙あらば噛みつかんとする様な、鋭い殺気を感じる。

 何だこの子、さっきの子供達とは全然雰囲気が違う。


 「外の方ですよ。彼等は次のパーティ戦の助っ人を頼もうとしている方々で、一度顔合わせをと――」


 「観光気分の“お客様”か……試してあげるよ!」


 急に彼女が叫んだかと思えば、その姿が掻き消えた様に感じた。

 速い。

 それ以外の感想を思い描く前に、彼女はこちらの懐まで飛び込んで来た。

 俺の喉元目掛けて迫って来る剣先、彼女の鋭い眼光が間違いなく俺を射抜いているのが見える。

 コレ、本気で不味っ――


 「この国の挨拶は刃物を向けるのが礼儀なのかしら? なら、此方の挨拶に合わせないとね」


 えらくのんびりとした声を上げたエレーヌさんが、彼女の眼前に長剣を突き立てた。

 俺を抱き抱える様にして後ろへと引っ張り、相手の目の前に黒い長剣を真っすぐ地面に向かって立てる。

 ただ、それだけ。

 だとしても、相手の速度を考えるとたまったものではなかったのだろう。

 急に目の前に両刃の剣が出現したかの様な早業。

 自らの速度がそのまま致命傷になりかねない一撃に他ならない。


 「うそでしょっ!?」


 彼女は悲鳴の様な声を上げながら自らのレイピアを横に構え、エレーヌさんの長剣と激突した。

 ウチの魔女様も少しは手加減してあげれば良いモノを。

 柄を握った腕も、地面に突き刺した切っ先もピクリとも動かない。

 結果彼女は自分の勢いを殺しきれず、横に飛んで前進する力を脇に逸らすしかなかった。


 「ウィーズ!?」


 「うきゃぁ!」


 変な悲鳴を上げながら、盛大に吹っ飛んでいく彼女。

 凄いな。

 一瞬で攻め込む脚力には唖然としてしまったが、一歩踏み外すとあんなに吹っ飛ぶくらいの力が込められていたのか。

 俺よりずっと若いのに、全然勝てる気がしない。

 なんて、エレーヌさんの腕に抱かれながら考えている俺。

 非常に格好悪い。


 「大丈夫? トレック。今の殺気で目が覚めたわ」


 「……おはようございます、エレーヌさん。やっぱり頼りになりますね」


 「照れるじゃない」


 「半分くらいは褒めてません」


 「……そうなの?」


 「でも助かりました。ありがとうございます」


 「どういたしまして」


 助かったのは事実だけど、さっきまで囲まれていましたからね。

 彼等からは殺気とか敵意とか感じなかったのだろうか?

 あの子達も此方に怪我を負わせるつもりはなかったのか、それともエレーヌさんが脅威とも感じなかったのか。

 どっちにしろ、ピンチであった事は変わりないのだが。

 まぁ、今は良いか。

 とりあえず彼女腕から解放してもらい、溜息を溢しながら片刃の長剣鞘に戻してみれば。


 「なんなのその化け物は! 抜剣する動きさえ見えなかったわよ!?」


 先程吹っ飛んでいったイタチ娘が、キャンキャン喚きながら戻って来た。

 ジロリとエレーヌさんに睨まれ、ウッと苦い声を洩らしてから大人しくレイピアを鞘に戻す少女。

 早くも上下関係が構成されてしまったらしく、もはやエレーヌさんに逆らう気はなさそうだ。

 明らかに距離を置く様に避けて通っているし。


 「はぁ……試した結果、如何でしたか? ウィーズ」


 呆れた声を洩らすラムさんに対し、少女はガルルッとばかりに唸りながら喚いた。


 「何で三区のアンタが勝手にメンバー決めてるのよ! さっさと帰りなさいよ!」


 「ウィーズ」


 「……フンッ!」


 どうやら難しいお年頃らしく、ラムさんの話をまるで聞こうとしないイタチ少女。

 見た所彼女もまた、ラムさんの言っていた“仲間”という事になるんだろうが……大丈夫かな、コレ。

 既に前途多難な未来が待ち受けている気がして、話を聞かずに帰った方が良い気がして来たんだが。

 そんな事を思いながら、呆れた視線を二人に向けていれば。


 「申し訳ありませんお二人共。紹介しますね、この子はウィーズ。こう見えても、私の仲間達の中では二番目に強い女の子なんですよ?」


 「そっちの女の人はヤバイけど、男の方は全く駄目ね。まるで反応出来て無かったじゃない」


 「ウィーズ!」


 こ、このクソガキ……とか思ってしまうが、事実なので言い返し様が無い。

 ちくしょう! 今日は女性陣から散々言われる日なのか。

 もはや悔しいのか悲しいのかよく分らなくなり、とりあえず大きなため息を溢して項垂れた。

 もうちょっと剣の稽古しよ……。


 「トレックさん、この子口が悪いので……申し訳ありません。それから、私も全然反応出来ないので、一緒です。大丈夫です」


 「ラムさん……」


 やっぱりこの人、何か親近感湧くわ。


 ――――


 道中色々あった訳だが、俺達はやっと目的地にたどり着いた。

 周りの廃墟とそう変わりのない、ボロボロの大きな建物。

 崩れたりしないのだろうか? なんて不安に思いながらも、案内されるままに踏み込んでみれば。


 「ここは昔、奴隷商が営んでいた“動物園”だったそうです」


 急にラムさんがそんな説明を始めた。

 歩きながら周囲に視線を向けてみれば、大きな硝子が嵌った部屋や、鉄格子で囲われている部屋が目に入る。

 とはいえ一つ一つはそこまで大きくなく、大の大人であれば狭苦しいと感じる程の広さ。


 「奴隷商が、動物園?」


 妙な言葉の繋がりに思えて、思わず首を傾げてしまったが。

 俺の声にウィーズと呼ばれた少女が大きなため息を溢した。


 「本当に昔の話だから。言っておくけど、同情とかしたら本気で怒るからね」


 「同情って、え? なんで」


 それに対して今度は足を止め、彼女は思いっきりこちらを睨みつけて来た。


 「アンタさぁ……ちょっとは自分で考えるというか、予測するって事が出来ない訳?」


 「ウィーズ、止めなさい」


 「だって!」


 「他の国ならこんな施設は過去にも無かった、それだけの事です」


 ラムさんがピシャリと言い放てば、ウィーズは舌打ちを溢しながら再び歩き出したのであった。


 「この国の忌まわしい過去よ。今じゃ種族差別のない国なんて謳っちゃいるけど、昔はとにかく獣人差別の酷い国だったの。コロシアムの戦闘も過去の名残り、獣人を集めて無理矢理戦わせてたんだって。今と違って、相手が死ぬまで決着がつかない賭け試合でね」


 その一言に、周囲の檻が急にとんでもなく恐ろしいモノに思えた。

 彼女の言う通りなら、この中に居たのは……。

 何より、今日も見ていたコロシアムでの試合。

 あの地はどれ程獣人の血を吸って来たのだろう?

 当時は今よりも過激で、より残酷な試合に人々は金を賭けて盛り上がっていたという訳だ。

 なんとも……反吐の出る話もあったモノだ。


 「獣人でも種類ごとに檻に突っ込まれていたから“動物園”なんだってさ。それだけじゃない。客の要望に応えて、無理矢理交配させて売り出したり、試合に出して“遊んでた”んだって。今じゃ外聞は良くしているけど、根っこは変らないよ。一区や二区は、“人族”しか上がれないからね」


 つまらなそうに説明してくれたウィーズは、肩越しに冷たい瞳をこちらに向けて来る。


 「そんな腐った国で生き残った獣人の子孫、それが今の五区に住んでいる皆って訳。それで? 他所の国で暮していたお優しい“人族”様は、私たちに同情して手を貸してくれるって事なのかしら? 五区の状況はさっき見ただけでも分かったはずよ。それに、説明されて流石に気が付いたでしょ? ここの獣人は皆、上の区域や“人族”が大っ嫌いなのよ。ラムになんて言われたか知らないけど、ウチの縄張りのリーダーに殺されても知らないからね」


 それだけ言って、進んだ先にあった大きな扉に手を掛けた。

 見るからに、この奥に大将が居ますって見た目の厳重な扉。

 先程の話と扉の形を見るに、過去獣人が逃げ出さない様に作られた物の様にも見えるが。

 重苦しい見た目のソレを、彼女はゆっくりと押し開く。

 そして、その先にあったモノは。


 「ジン! もう一回! もう一回やって!」


 「だはははっ! 飽きねぇなぁお前等も!」


 数人の子供達に群がられる、獣人の巨漢が居た。

 両腕に子供をぶら下げ、その場でぐるぐる回っている。

 まさに獣って勢いの髭に髪の毛、そして丸い耳。

 筋肉隆々と言った見た目の彼は、どう見ても。


 「貴方は、やっぱり昼間の……」


 「ん? あ? お前確か、客席に居た……」


 向こうも此方に気付いた様子で、お互いにポカンと見つめ合ってしまった。

 というか、やっぱりあの時俺の事を見ていたのか。

 なんて事を思いながら二人して棒立ちしていれば。


 「ジンのアホ! 緊張感も何も無いじゃんか!」


 先ほどの緊張感ある空気のまま行きたかったのか、ウィーズだけはウガァ! とばかりに吠えるのであった。

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