第21話 御依頼


 モヤモヤした気持ちのまま夕食を口に運びながら、グビリと喉の奥にお酒で流し込む。

 エレーヌさんの事をつま弾きにせず、笑って受け入れてくれる国を見つけたかも。

 なんて思っていたのに……なんだかなぁ。

 はぁ、と大きなため息を溢してみれば。


 「今日は昼間から溜息ばかりね、トレック」


 「あぁ、はい……すみません」


 「謝らなくたって良いわ。でも、せっかく美味しい物を食べているんだから、少し勿体ないと思っただけよ」


 そんな事を言いながら、彼女は二~三人分はありそうなピザをもりもりと減らしていく。

 本日もウチの魔女様は、食欲旺盛の様だ。


 「エレーヌさんは、今日の試合。なんとも思いませんか?」


 「思わないわ」


 「そうなんですか?」


 「だって、人には事情が有るものだもの。私は人じゃなくて魔女だけど、それでも依頼を受ける理由があったから仕事をしていた。彼も同じなんじゃない?」


 言ってしまえば、確かにその通りなのだろうが。

 なんかこう、納得いかないのだ。

 賭け事の国、種族差別のない国と謳っていたのに。

 そもそもフェアじゃない決闘なんて賭け云々で済むのか?

 普通だって八百長なんて本来ご法度だし、民衆に知れ渡ればひと騒動起きるくらいの問題にはなるだろう。

 まぁ、無い話ではないのだが。

 それでも武器を持った人間を使っているのだ、怪我どころじゃ済まない事態だって発生するのに、それを裏から操るって……。

 とはいえ、俺が引っかかっているのはソコじゃない気がする。

 自分でも綺麗事ばかり考えている事は分かっているし、わざわざ首を突っ込む内容では無い事は百も承知だ。

 でも、獣人の男性が試合前に浮かべた申し訳なさそうな笑み。

 あの時の顔が、妙に胸の奥に引っかかっている。

 彼が本気を出せば槍の人にだって勝てたんじゃないか? とか。

 あんな大舞台でわざと負けて、しかもあんな大怪我を負って。

 それだけの事をしてまで負けないといけない理由があったのか? とか。

 なんかもう色々気になって気持ち悪いのだ。

 全ての人が熱狂し、彼等の戦いを見守っていた。

 観客からすれば、あの人達は英雄とも言える存在なのだろう。

 一時の夢を見せてくれる、力強い戦士達。

 だというのに、結果を裏で操る奴らが居る。


 「あぁぁ、もう。すっごい冷めました……どこに行っても汚い連中が居るって事くらい理解してるつもりだったんですけど、今回は何というか……」


 ぐでっとテーブルに突っ伏してみれば、エレーヌさんからはクスクスと小さな笑い声が返って来た。


 「トレックも、やっぱり男の子なのね」


 「なんですかソレ」


 良く分からない言葉に、思わず眉を顰めながら視線を上げてみれば。

 食事中だからだろうか? 珍しく喋っている間も微笑むエレーヌさんが俺の事を見つめていた。


 「最初はお金を賭けているからかと思っていたけど、やっぱり違ったみたい」


 「だから何ですか? 今日のエレーヌさんはちょっと言い方が意地悪ですよ?」


 ムスッとしてみれば、彼女は更に上機嫌になりながら目尻を緩める。


 「最初に言っておくわね? 私は魔女よ、でも全部を救う事は出来ない。貴方は人間、私よりも弱い存在。だからこそ、もっと救える人間は少ないと思うわ」


 急に貶されてしまった。

 俺が弱い事も分っていれば、エレーヌさんがいくら強かろうと全てを救えるなんて思っている訳じゃない。

 そんな事はちゃんと理解している。

 だからこそ、何を今更? という気持ちで彼女を見返していれば。


 「自分にはどうする事も出来ない、何かを変えられる訳ではない。それが分かっているのに、貴方は“悔しい”。憧れたんでしょう? 戦う彼等に。私にはあぁいった“魅せる”戦い方は出来ないから、違和感があったけど。でも、戦う人間を格好良いと思う人の気持ちが、少し分かった気がするわ。そう感じ始めた所に横槍が入ったから、トレックはそんなに落胆しているのよ」


 静かに語った彼女は、まるで子供でも見る様な顔でニコニコと笑っている。

 なんとなく気恥ずかしくなって視線を逸らしたが……でも、そうなのかもしれない。

 エレーヌさんのお陰でポコポコ賭けに勝てた影響もあり、気分が高揚していたのも間違いないけど。

 それでも俺は、戦う戦士たちの姿に興奮していた……のだと思う。

 誰も彼も本気で武器をぶつけ合い、戦士の名に恥じぬ戦いを見せていた。

 彼女の言う通り、その姿を俺は格好良いと思ったのだ。

 そしてその中でも、最後に見た試合。

 八百長だと分かっていても、あの獣人の戦う姿は群を抜いて輝いて見えた。

 手に汗を握りながら、結果が分かっているのに“勝ってくれ”と願ってしまう程に。


 「確かに……その通りかもしれません」


 ポツリと呟いてから、グイッと残ったお酒を喉の奥に押し込んだ。

 別に国に必要以上に関わろうとか、あの虎の人をどうにか勝たせたいとか。

 余計な事を考えている訳ではない。

 ただただ、“残念だった”のだ。

 そんな気持ちが、エレーヌさんの言葉を聞いてすんなりと胸に収まった気がする。


 「私もあんな風に戦えば、トレックは憧れてくれるのかしら?」


 「ちなみにどんな改善点を考えているんですか?」


 未だ上機嫌の魔女様が、目尻を緩めながらそんな事を言い始めた。

 だからこそ、聞いてみた訳だが。


 「こう必要以上に大きく動いて、たまに転がったりして。ブンッてやった後にバッて動いて、声を上げながらドンッて突っ込むわ」


 「さっきまでの語彙力は何処に行ったんですか。珍しく長文を喋ったかと思ったら、今度は子供みたいな事言い始めちゃいましたよ」


 思わず突っ込みを入れてしまえば、たちまち魔女様は不機嫌そうにプクッと僅かに頬を膨らませる。

 多分見慣れている人じゃないと、急に無表情になった様に見えるんだろうなぁコレ。

 なんて事を考えながら、思わず笑っていると。


 「失礼。相席宜しいですか?」


 急に、隣からそんな声を掛けられてしまった。

 はて? 周りの席も空いているし、この国で気軽に絡んでくる知り合いなんか居なかった筈だが。

 不思議に思い、視線を上げた先には。


 「どちら様ですか?」


 結局の所、知らない顔があった。

 えらくモテそうな顔の、細身の優男。

 少し長めの金色の髪を揺らしながら、頭からは獣の耳。

 更には少し太めの猫の尻尾が見える。

 いや、耳が丸っこいから猫ではないのか?

 とか何とか観察しながら相手を見ていると、彼は困った様に微笑みながら言葉を続けた。


 「突然声を掛けてしまってすみません。私はラムと申します、この第三区に住む者です。そちらの方は、今この国に訪れているという魔女様でお間違いないでしょうか?」


 丁寧な言葉遣いで頭を下げてきたが、彼の言葉に思わず警戒心を強めてしまった。

 エレーヌさんが魔女だと騒がれたのは、入国門付近のみ。

 それ以外の場所では身分証の提示も要求されなかったし、わざわざ聞いて回ったりしない限り、彼女の特徴を調べる事だって不可能だろう。

 静かに腰に下げている剣の柄に手を伸ばし、あからさまに警戒してますという空気を出してみれば。


 「嗅ぎまわる様な真似をして申し訳ない。しかし敵意はありません、本当です。私はただ、依頼をしたくて貴方達を探していました」


 彼は少しだけ慌てた様子で、再び頭を下げてみせた。

 これは、信用して良いものだろうか?

 いくら魔女だとは言え、何が出来るかも分からない相手に急に依頼だなんて……。

 正直、今の所疑惑しかないのだが。

 何てことを思いながら、柄に触れたまま彼の事を観察していると。


 「トレック、大丈夫だから柄から手を放しなさい。それにこの人、今の貴方より強いわ」


 「え?」


 エレーヌさんからそんな事を言われてしまい、思わずショックを受けて……じゃなくて。

 本当なのだろうか?

 確かに俺は、剣を習った事があるとはいえ人との実戦経験が無いズブの素人。

 でも少なくとも、目の前に立っている男性よりかは筋肉が付いていると思うんだが。


 「多分術師よ。見た目は弱そうだけど、さっきから隙を見せない様に動いてる」


 彼女の率直な意見に、思わずウッと気まずそうに唸る獣人の男性。

 多分「見た目は弱そうだけど」っていうのが効いたのだろう。

 おかしいな、警戒している筈なのにちょっと親近感がわいてしまった。

 そんな俺達の事はお構いなしに、エレーヌさんは未だピザに夢中だが。

 みょーんと伸びるチーズを、ひたすらモグモグしておられる。


 「えぇと、それで……お話は聞いて頂けるのでしょうか?」


 「まぁ、はい。どうぞ座って下さい……聞くだけになるかもしれませんが、お伺いします」


 もはや毒気を抜かれてしまい、とりあえず話を聞く事にした。

 依頼先はエレーヌさんな訳だけど、本当に分かってるんだろうか?

 横目で彼女の事を覗いてみれば。


 「判断はトレックに任せるわ。私一人だけで、という事なら依頼は受けない」


 それだけ言って、再びモグモグ。

 信用を頂けている様で何よりです、と言いたい所なのだが。

 出来れば貴女もちゃんと聞いて下さい。

 思わず二人揃って、呆れた視線を向けてしまった。


 「それで、依頼というのは……」


 話を進めてみると、彼はハッとした様子でこちらに向き直ってから。


 「まずは結論から、というか求めている事かお伝えしますと……近々コロシアムで行われるパーティ戦のトーナメント、ソレを第五区の人々と協力して勝ち進んで欲しいのです」


 えらく真剣な表情に戻った彼は、そんな事を言い放った。

 これはまた、なんというか。


 「えっと、色々と聞いても良いですか? さっきは三区がどうとか言っていましたよね、俺達はこの国の事情に全然詳しくないモノで……」


 「はい、順を追って説明いたします」


 という訳で、彼……ラムさんからの長い説明が始まるのであった。

 途中一度だけエレーヌさんが口を挟んだが、話とは関係なく料理の追加をして良いかというだけだった。

 良く食べますね、貴女は。


 ――――


 ラムさんはまず、国がどういう状態なのかを説明してくれた。

 どうやらココは全体で五つの層に分かれているんだとか。

 王族や国を動かす力を持っている貴族など、重役が揃っている地域が第一区。

 こちらは昔から居る“人族”が住み、それ以外の住民達は顔すら見た事がないというのが殆どなんだとか。

 それに続く第二区から、最後の第五区。

 数字が大きくなる程、生活は貧しくなっていくという。

 ちなみに俺達の様な観光客を入れているのは第三区にあたる。

 商業も盛んであり、この国の顔になる区間がココだ。

 先ほども言っていた通り、ラムさんもこの三区の住民なんだとか。

 元々は五区の生まれだそうだが、彼の能力を評価した人物に拾い上げてもらったらしい。


 「一区が国の重役、二区が貴族なんかの位が高い人達。三区が商業関係、平民など。四区が貧民や借金を背負って働かされている者が多く、五区は奴隷とまではいかなくとも、もはや自由がない人達……って理解で良いんですかね?」


 なんというか、凄く分かりやすい格差社会が構成されているんだな。

 確かに種族など関係なく受け入れはするが、平等に“堕ちる”可能性があるって訳だ。

 しかしながら一区や二区といった上層部には、昔からここに居る名の有る者しか上る事は出来ないと来た。

 管理者を除く部分だけ平等、という事の様だ。


 「この国はお金が全てです。お金さえ稼いで地区の身分証を買えれば、位は上げられます。とはいえ購入できるのは三区までですが……でも三区まで上り詰めれば、国を出る事だって出来る」


 そう説明を続けるラムさんに、ふと首を傾げてしまった。


 「四区はまだ下請けの仕事とかが回されるって予想は出来ますけど……五区の人はどう稼げば良いんですか? そちらにも仕事が回されるモノなんですか?」


 もしもそうだとするなら、物凄く安い報酬の仕事とかだろうか?

 区域の身分証とやらも、早々安く買える物では無いのは予想がつく。


 「本当に安い仕事などは回ってきますよ、基本的に一つ上の区域とは繋がりがありますから。その繋がりが有るからこそ、四区や五区でも食べ物が買える訳ですし。しかし主な収入源はソコではありません」


 ラムさんは腕を組んで、今まで以上に真剣な瞳を此方に向けた。

 そして声を潜め。


 「下級区域の収入源、それはコロシアムでの戦闘。つまり戦士として参加し、上位区域の相手に勝利する事。もしも勝利出来なかったとしても、賭け金が跳ねあがる程の人気が取れれば、一部報酬として支払われます。その他にも、上の区域の連中から八百長の依頼があったりと……まぁ、その。色々です」


 あぁ、そういう手段があるのか。

 となると今日の試合の獣人も……相手がいくら支払ったのかは分からないが、普通に試合をするよりも儲かったのは確かなのだろう。

 そこだけ聞けば、あの戦士のイメージも変わってしまいそうなものだが。

 しかし彼にとっては“生き残る為”に必要なお金だったのだろう。


 「ですが、まだ良く分かりませんね。ラムさんは三区の人間な訳ですよね? では何故五区の人達を助ける依頼を?」


 問いかけてみれば、彼は少しだけ困った様に微笑んだ後。


 「兄が、まだ五区に居るんです。私と同じ虎の獣人で、大きな体をしている癖に……いつまでも仲間を見捨てられず、ずっと最下層で戦い続けている大剣使いが」


 やれやれと言いたげな溜息を洩らしながらも、彼は少しだけ誇らしそうに目を細めるのであった。

 気のせいかな。

 なんかその人、見た事ある気がするんだけど。

 それからもう一点、とても気になる事を言っていた気がするんだが。


 「ラムさん……貴方、虎の獣人だったんですね」


 「良く言われます……猛獣の血を引いているとは思えないって。まぁ確かに、私は戦闘ではろくに役に立たない程弱いですけど……私だって兄の様に戦えたらと、何度思った事か……」


 大きなため息を吐く彼の姿を見て、やはりなんだが親近感が湧いてしまった。

 近くに物凄く強い人が居ると、やっぱりそういう気持ちになるよね。

 俺はそっと、彼の分のお酒も追加注文するのであった。

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