第40話 旅立ち


 アレから数日。

 優勝を飾った俺達は大金を手に入れ、皆から称えられながらこの国を後にするのであった……とかなら良かったのだが。


 「お前等ふざけんなよ!? どれだけ大損したと思ってんだ! しかも優勝者が出ていくってなんだよ!」


 「出ていけ疫病神! お前等のせいでウチの家系は火の車じゃぁぁ!」


 色んな所から罵倒が飛んでくる中、俺達は揃って馬車に乗り込んで優雅に出国を果たそうとしていた。

 あぁもう、なんだろう。

 心が痛い。

 分かっちゃいるが、俺等は場を荒らすだけ荒らしてさっさと国から出て行くだけの存在だ。

 そりゃまぁ、文句の一つでも言いたくなりますわな。

 とか何とか、気まずい空気に口を噤んでいた訳だが。


 「ハッハー! 借金には気を付けろよお前等! 税金が払えなくなったらすぐに四区五区と落とされちまうからなぁ!」


 馬車の窓から体を乗り出したジンさんは、ゲラゲラと笑いながら民衆を呷り。


 「バーカバーカ! 相手の実力を見るだけで分かる様になってから金を賭けなさい! 自業自得よ! 私達悪くない上に、今日から国民でもなくなるから関係ないでーす! 残念でしたぁ!」


 もはや馬車の天井に乗っかっているウィーズは周囲に中指を立てている。

 やばい、完全に俺の悪ノリが移ってしまった。

 自由になって嬉しいのは分かるけど、二人共煽り過ぎ……今じゃ馬車に向かって色々と物が投げられそうになる所まで来ているが。


 「私たちの馬に物を投げてみなさい……この子達が怪我でもしたら、首を貰うわ」


 動物大好きのエレーヌさんまでもが馬車の上に立ち、長剣に手を掛けていた。

 あぁもう、どうすんだよこの空気。

 何てことを思っている間にも出国の順番が回って来たらしく、全員分の身分証を門番に差し出した。

 すると。


 「だははっ、随分と豪勢な見送りだな。あんちゃん」


 気安い声を上げて来る彼に視線を向けてみれば。


 「これはまた……お久し振りです。そんなに日数は経ってないですけど」


 そこには、俺が国の外に出た時の門番さんが満面の笑みを浮かべていた。

 イカサマサイコロで勝負を挑んだ相手なので、ちょっと後ろめたさはあるが。

 それでも、彼だけは他とは違って嬉しそうな顔を此方に向けている。


 「うっし、問題ねぇな。馬車の中も見る限り人しか乗せてねぇみてぇだ。マジックバッグがあるなら一度中身の確認を……と言いたい所だが、この様子じゃ長居するとどうなるか分からねぇ。さっさと行っちまいな」


 「随分と適当な門番も居たモノですね、良いんですか?」


 「んん? なんかやましい物でも持ち出そうとしてんのかい?」


 「いえ、普通に商品が山の様に入っているだけです」


 ヘラッと笑いながら両手を上げてみれば、相手も相手で笑みを返して来る。

 仕事としては問題だが、此方としては有難い。

 損した民衆にこれ以上囲まれていては、本当に流血沙汰になりかねないのだから。


 「貴方だけは随分と明るく見送ってくれるんですね?」


 彼の行動を不思議に思い、首を傾げてみせれば。

 相手は非常に汚い笑みを溢しながら、人差し指と親指で輪っかを作ってみせた。


 「大穴も大穴。あんちゃんの肝の座り様に関心して賭けてみたんだが……仲間達も随分良い仕事するじゃねぇか。ヒヤヒヤしながら大金掛けたが、こりゃまたびっくり。周りの奴らは相手方にしか賭けてねぇ奴が殆ど。目が飛び出るくらいの金額を稼いじまった。あ、これ内緒な? 周りもそうだが、奥さんにも言ってねぇんだ」


 あぁ、なるほど。

 俺等に賭ける変わり者が少数は居ると思っていたが、まさかこんな所でお目に掛かれるとは。

 しかも大金とか言っている時点で、この人も正気じゃない。


 「俺達は、賭ける人が居なくなる様に動いていた筈なんですけどねぇ」


 「ダハハッ! 見る奴から見れば分かるって事だよ。気を付けな、商人様。今度は“不良品”のサイコロなんて使ったら、容赦しねぇぜ?」


 その一言に、思わずゾッと背筋が冷えてしまった訳だが。

 彼は変らず笑みを浮かべながら、さっさと行けとばかりにハンドサインを送って来る。

 あぁ、やっぱり。賭け事って怖いわ。

 そんな事を思いながらも俺は馬車を走らせ、無事“ギャンブルの国”を後にした。

 目指すは東! ではなく。

 一旦前の村へと向かって馬を進めて行く。


 「トレック! 叫んだらお腹空いた!」


 「うるさいぞウィーズ、大人しく馬車の中に戻れ」


 「いやぁ、スカッとしたぜ。それに、国の外も初めてだ。良いもんだな、大将!」


 「大将は止めて下さいジンさん。俺はただの雇われです、貴方達の“縄張り”の大将になったつもりはありません」


 鬱陶しい二人を相手にしながら、ゆっくりを馬車を進めて行くと。

 隣の席に跳び降りて来た魔女様が、ふぅと息を吐きだした。


 「なんだか、この席に座ったのも久しぶりだわ」


 「これからしばらくはココに座る事になりますよ。お疲れさまでした、エレーヌさん」


 そんな事を言ってみれば、彼女は無言で肩を寄せて来る。

 また、旅の始まりだ。

 諸々済ませる用事は有るけど。

 それでもまた、俺達は東に向かって旅に出る。

 まだ見ぬその先へ馬車を走らせ、様々な人や街を見て。

 そして美味しい物を探すのだ。

 やっぱり、旅ってのは素晴らしい。

 隣にエレーヌさんが座っていれば、どこに居ようと理想郷と言えるのがまた――


 「トレック。良い空気の所悪いんだけど、どこかで止まってご飯にしない? デカいのと小さいのが、初めての遠足で煩いったらないわ……」


 馬車の小窓を開けて、ウツギさんが声を上げた。

 この人もまた、付いて来てしまったのである。

 とはいえ、次の街まで相乗りさせてくれというだけだったが。


 「ご飯にしますかぁ……何が良いですか?」


 「また醤油の焼きおにぎりが食べたいわ」


 「私はパスタが好き」


 意見の割れた二人が、お互いに「え?」みたいな顔で向き合っている。

 なんだろうこの空気、妙に気まずい。


 「貴女、相乗りして来た癖に食事にまで口を出して来るなんて随分ね。お金取るわよ?」


 「もう取ってますんで大丈夫です」


 「貴女こそ、本気で言ってるの? こっちじゃ米なんて結構高価なのよ? しかも醤油? 行商人と一緒に行動している癖に金銭感覚おかしいんじゃないの?」


 「醤油と米は全て俺達の為に使うと決めたので問題ないです、喧嘩しないで下さい」


 途中途中に口を挟んでみるが、二人はジトッとした瞳を此方に向けて来る。

 やめろ、その視線を今すぐ止めるんだ。

 凄くいたたまれない。


 「トレック。まさかとは思うけど、コイツに変に気を許した訳じゃないわよね? 私が居ない間、おかしな事は無かった? この白いのも、魔女ではないけど同じような武具を扱っている危険人物だと言う事忘れないで」


 「トレック、相棒は選んだ方が良いと思うんだ。戦闘に強いばかりで、高価な品物を端から平らげてしまう魔女というのは些か考え物だと思うわよ?」


 二人揃ってお互いを非難し合い、ジロッと睨み合っている。

 ウツギさんもエレーヌさんとはもう戦いたくない、とか言っていた癖に。

 こういう所では張り合ってくるのだ。

 戦闘以外では普通に接してくれていると言う事だろう。

 いやぁ、気の置けない仲間が増えて順風満帆ダナァ……。

 何てことを思いながら、感情の無い瞳で街道の先を見つめていれば。


 「あぁ、そういやトレック。ラムの奴からコレを預かってたのを忘れてた、なんでも雇い主から渡されたんだとよ。祝いの品と、礼だって言ってたぜ?」


 ウツギさんを押しのける様に、小窓から身を乗り出して来たジンさんが何かを此方に差し出して来た。

 なんだろう? やけに高級そうな布に包まれているが……。

 という訳で、馬車片手運転で問題の“ブツ”を開いた結果。


 「本日のご飯はエレーヌさんの意見も、ウツギさんの意見も採用しません」


 「そんなっ!?」


 「急に全員を敵に回したわね貴方!」


 悲痛な表情を浮かべる魔女様と、どうしても突っ込みたかったのかジンさんを頑張って押しのけている半分森の妖精さん。

 しかし“こんな物”を前にしては、この決断は何も恐ろしくないと言えるだろう。

 なんたって、それくらいにとんでもない物を頂いてしまったのだから。


 「トレック! 私お肉が良い!」


 「はいっ! ウィーズ正解! 今日は“超”高級お肉です! 文句がある人は他の物作ってあげますんで手を上げて下さい! 文句の無い人だけで食べてしまいますからね!」


 わははは! とばかりに笑って見せれば、魔女様も半妖精さんも大人しくなった。

 凄いぞ、頂いたコイツは。

 見るだけで分かる、“ヤバイブツ”だと言う事が。

 ラムさん、結局貴方最後まで中途半端な立ち位置に居たかと思えば、なんですか。

 貴方の雇い主、絶対とんでもない実力者じゃないですか。

 そんな風に思ってしまうくろい、目が飛び出そうな高級な“肉塊”が膝の上にあるのだ。

 庶民の給料なら、絶対食おうと思えない程の金額のお肉様が。

 霜降りも霜降り。

 むしろ今からでもプロを雇って焼いてもらいたいくらいの勢いで、ヤバイ代物だ。


 「全員、ある意味戦闘態勢! エレーヌさんは今すぐ“お肉様”をマジックバッグに納めて下さい! 他の皆にも手伝ってもらいますからね! ボケッと見ているだけで旨い物が食えると思わないで下さい!? 今日は、“超”高級肉のステーキだぁぁ!」


 「「「「うおおおぉぉぉぉ!」」」」


 えらく賑やかになった馬車を飛ばしながら、良さそうな場所を探していく。

 開けた場所で、周りから邪魔が入らず、更には盗賊なんかからも襲われない場所を。

 それくらいに集中して焼きたいのだ、この肉は。

 この際、一度街に戻ってラムさんの上司に頭下げるくらいしても良いんじゃないかってくらいに、良いお肉なのだ。

 なればこそ、一番美味しい状態で頂かなくては。


 「トレック! 何か怪しい馬車が接近中! えらく速いわ!」


 「エレーヌさん多分アレはただの商人! 無視して下さい! 納期が迫っているだけです! もしくは何かから逃げてるだけです!」


 「トレック、三時の方角から妙な光り、誰か覗いているわ。恰好を見る限り……お察しね」


 「全員警戒! ウチの馬車馬鹿みたいに豪華なんで、昼間でも襲われる可能性があります! ウツギさんは屋根に登って戦闘準備! 見つけたソイツを見失わない様に!」


 「トレック、前方! なんか馬車が立ち往生してる! でも、周りからもこっちを覗いてる奴が居るわ!」


 「騙されるなウィーズ、アレは囮だ! 助けようと止まった瞬間に周りを囲まれるぞ! というかいい加減お前は馬車に戻れ!」


 「なら、どうする? 大将」


 「ジンさん、“雄叫び”を上げて下さい! このまま突っ切りますよ! もしもビビらず追って来るようなら迎撃! 全員、戦闘準備!」


 「「「「了解っ!」」」」


 各々の声に答えながら、「馬車が壊れちゃったから助けて下さい~」って感じの空気出している人の横を豪速で駆け抜ける。

 馬鹿か貴様ら。

 そういう演技をするなら、本当に馬車を壊すか道を塞ぐくらいしろ。

 もしも本当に人命救助的なモノを求めているのならば、さっさと大きな街に向かえ。

 道中に都合よく医者や回復術師が来てくれる夢なんぞ見るな。

 ソレが出来ないなら旅なんぞ辞めてしまえ。


 「“ウオォォォォォ”!」


 馬車から身を乗り出したジンが叫び、ソレに驚いたのか馬車の近くで手を振っていた数名が慌てて物陰に隠れていく。

 という事で、道が空いた。

 完全に相手を無視しながら馬車の突き抜けてみれば。


 「トレック! 相手さんのご登場だ! 馬に乗ったのが五人!」


 あぁやっぱり、罠だったか。

 かなり見え見えだったが、もしかしたら“損失”を取り戻そうとおかしな行動に出た連中かもしれない。

 馬車の中に戻りながらジンさんが叫んでくるわけだが、こっちには近接戦メンバーの方が多い。なので。


 「ウツギさん!」


 「分かってるわよ。道中の護衛も、新しい依頼内容に含まれていたからね」


 静かに呟く彼女が馬車の屋根の上で弓を構えた。

 いやぁ、非常に安心感がある。

 遠距離武器を使う仲間が居るって凄く頼もしい。

 相手が使うと、物凄く怖いけど。

 とかなんとか考えた瞬間。


 「有象無象が、故郷に帰れるとは思わないでね?」


 “殺し”を含む戦闘において、彼女の謳い文句なのだろうか?

 なんか、誰かさんの台詞と物騒な所が被っている気がするのだが。

 そんな事を思いながら、隣へと視線を向けてみれば。


 「……トレック、私にも指示」


 非常に不満そうな魔女様が滞在しておられた。

 物凄くムスッとした顔で、このまま放っておいたら頬でも膨らませそうな勢い。

 とはいえ、馬車を降りて“狩って来い”と指示を出す訳にもいかず。


 「ウツギさんと連携して、矢なんかが迫って来た場合は打ち落としてください」


 「……了解」


 とんでもなく不満そうな顔をしたまま、彼女もまた長剣を抜き放って馬車の屋根に登った。

 おかしいな、馬車の屋根ってこういう使い方じゃなかった気がするんだが。

 何故か皆すぐ屋根に登るよね。


 「全員、今すぐ去るなら追わないわ。でも私達の邪魔をするなら、その首……この場に置いて行け!」


 「コラ魔女! 私が牽制してるんだから、飛び出そうとしないの! 全部殺さなくても、こういうのは勝手に逃げるから!」


 なんか、後ろから酷い会話が聞こえて来る。

 本当に大丈夫だろうか?

 あははは……と乾いた笑いを洩らしていると。


 「トレック! 敵が増えたぞ! 馬車を降りて潰すか!?」


 「これ結構不味いって! 何か道具使う!?」


 どうやら、相手方にも火がついてしまったらしい。

 あぁ、クソ。

 さっさと停車して旨い肉を食いたいのに。

 こういう時に限って、色々面倒事がやって来る。


 「ジンさんとウィーズはコレ使って足止め! 窓から投げて下さい! エレーヌさんは街道ぶっ壊さない程度に暴れて下さい! ウツギさんは……すみません、人一倍仕事して下さい」


 「こんのクソ商人!」


 後ろの小窓に向かって色々と道具をウィーズ達に受け渡している間、なんか馬車の上から罵倒が聞えた気がする。

 きっと気のせいだと言う事にして、とにかく馬車を走らせた。

 頼むぜ、ディンブラ、ルフナ、キャンディ。

 可愛い名前でムッキムキのお前達が頼りだ。


 「全員、旨い物食いたかったら仕事しろぉ! そうすりゃ今日は、霜降り厚切りステーキが食えるぞぉ!」


 叫びながら、馬達を鞭打って更に加速していく。

 スマン、馬。

 お前達にもいっぱい旨い物食わせてやるからな。

 そんな訳で俺達は、何故か真昼間から盗賊に襲われるという不思議な事態を経験しながらも、とにかく走り続けるのであった。

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