第39話 決着
「皆、準備は良いか?」
最後の試合に挑む為、俺達は大きな扉の前で待機していた。
名の知れた者達を集め、約束された勝利を掴み取って来た俺達。
今までの試合は随分と歯ごたえの無い相手ばかりで、まるで俺達を決勝に到達させる為の前座だったのではないかと思ってしまう程。
なんて、調子に乗るのは良く無いだろう。
それに、今回は違う。
相手はこちらと関わる事の無いブロックを勝ち抜き、最後まで残っていた絶対的な強者。
だからこそ、腕が鳴る。
そして何より、緊張感が違うのだ。
なんたって向こうのブロックには、“聖剣”持ちが居るという噂まである。
何だか空気の読めない商人が暴れ回ったなんて笑い話もあったが、こちらより随分とユニークな勝負になっていた様だ。
だが、それもここで終わり。
本当の強者同士の戦いが、今から始まるのだ。
「緊張しているのですか?」
元々は村のシスターをしていた幼馴染が、柔らかい笑みを浮かべながら俺の肩に手を置いた。
この国で俺が稼げる様になってから、彼女をパーティメンバーとして村から引き抜いて来たのがきっかけ。
今では彼女の為に借家も俺が借り、同じ宿に住んでいる程だ。
このまま順調に勝ち進み、団体戦の頂点に立った時には……本当の家族になろうと約束も交わしている。
「だははっ! 個人戦でも次期“チャンピオン”なんて謳われるウチのリーダーも、緊張なんかするんだな!」
頼もしい巨漢の剣士が声を上げ、彼を制する様にフードを被った少女が口を開く。
「いくらリーダーが強かろうと、相手は“聖剣”持ち。間違いなくソイツが勝ち上がって来てるでしょうから、アンタも油断するじゃないわよ」
この二人も、なかなかどうして良い雰囲気だ。
将来は皆で近くに家を建てよう、なんて冗談を言い合うくらいには。
いつまでも、こんな空気を保ちながら穏やかに過ごしたい。
それが、俺の夢。
だからこそ、金が必要なのだ。
三区の人間として認められ、試合で稼いではいるが。
やはり、家を買ったり家庭を持つというのは金がかかる。
何より、共に生きる相手には金銭的な心配はないと証明したいのだ。
「浮かれてばかりいないで、さっさと準備してくれ」
一人だけ浮かない顔をした仲間がブツブツと小声で言い放ってきた。
普通なら空気の読めない奴、なんて言われそうな態度だったが。
いつも暗い雰囲気を放っているし、男女が仲良くしている所を見ると毒を吐く彼。
それでも頼りになる術師であり、誰よりも仲間の事を見て動いてくれる。
頼もしい仲間、だからこそニカッと微笑んで見せた。
こういう態度も、あまり気に入ってはくれないみたいだが。
「今回も、頼りにしてるぞ」
「ハッ、俺なんか居なくても、アンタだけでどうにでもなるだろ」
「いいや、それは無い。今度の相手は強い。だからこそ君みたいに、冷静に周りが見られる“仲間”が必要なんだ」
「……そうかよ。役割はこなしてやるから、精々格好良く勝ってこい、その方が稼げるからな」
相変わらず憎まれ口を叩きながらも、彼もまた少しだけ口元を上げた。
俺達は、良いパーティだ。
人間的にも、そして戦力的にも。
だからこそ、負けるなんてありえない。
今一度自分に言い聞かせながら、目の前の大きな扉が開かれてみれば。
そこには。
「え?」
思わず、戸惑いの声を上げてしまった。
「それでは、これより最後の試合を執り行う!」
審判が声を上げ、民衆が雄叫びを上げる。
でも、待って欲しい。
コレが決勝? 本当に?
“聖剣”持ちというのは、“彼女”の事だったのだろうか?
様々な疑問が浮かぶが、それは仲間達も同じだった様で。
「これは、ちょっと……」
「流石に躊躇しちまうだろ……オイオイオイ、どうなってんだよ」
「こんなんじゃ弱いモノ虐めみたいじゃない……」
各々声を上げるが、それも分かる。
なんたって、折れた大剣を掴んでいる巨漢の獣人と、まだ子供のボロボロな獣人少女。
後者は腕を吊っている様な状態だ。
その後ろに……アレはパーティという訳ではなく、関係者だろうか?
“普通”としか表現出来ない男性が二人に、弓を肩に掛けた白い女性が一人。
選手という訳ではないらしく、他の者達よりずっと後ろに待機している。
そんな中、一人。
会場の中央付近に、美しい女性が立っているのだ。
真っ赤なドレスを身に纏い、ソレを隠してしまうかのように灰色のローブを被った女性が。
待て待て待て。
決勝で戦う相手が、この人達か?
どう見ても今までの負傷と損害で戦えない面子と、戦闘に携われるとは思えない美女。
そんなメンバーが、俺達の事を待っていた。
「いや、おかしいだろ。こんな状態の相手に剣を向けろって言うのか!?」
思わず、審判に向かって叫んだ。
しかし相手は困り顔を浮かべながらも、試合開始を叫んだ。
ゆっくりと歩み寄ってみれば、赤いドレスの彼女には涙の跡があった。
きっと事情があるのだろう。
こんな場所に立たされる、深い事情が。
何故だ、何故こんな女性を先頭に置いた。
後ろの男連中に鋭い視線を向けてみれば、彼等は困った様に視線を逸らした。
きっと何か裏で動いているのだろう。
この試合もまた、“つまらない”モノになり果てた訳だ。
「あぁ、もう良い」
ポツリと呟いて、剣を抜き放った。
とにかく、勝てば良いのだ。
出来れば女性陣には怪我を負わせない様に。
後ろに居る巨漢を叩きのめせば、きっと残る二人も降参してくれる事だろう。
ならば。
「一気に片を付ける! 正面の女の人、戦えない様ならそのまま立っていてくれ! そうすれば手は出さない!」
叫んでから、一気に駆け出した。
筈だったのだが。
ゴホッと息が詰まる勢いで、俺の首に掌が当てられた。
え? 何がどうなった?
今、俺は先程の女性に首を掴まれているのか?
「トレック、もう良いのよね?」
「えぇっと……もう皆賭け終わった後なので、後腐れなく派手にかましちゃってください。というのと、そろそろ機嫌直してくださーい!」
会場端に居る男と、隣に居る女性の会話。
それは分かる。
分かるのだが……え?
今俺は、この女性に突進を止められたのか? こんな細腕に?
恐る恐る視線を上げてみれば。
「貴方が最後の相手という事で良いのよね?」
冷めきった彼女の瞳を見た瞬間、思わず後方へと飛び退き距離をとった。
すぐさま仲間達が集まって来て、此方に優位な陣形を作るのだが。
何故だ? 全く有利になっているという気持ちが湧いて来ない。
相手は一人、しかも細身の女性だと言うのに。
「リーダー、アレはヤバイって……」
「どういうことだ?」
普段は憎まれ口ばかり叩く彼が、震えながら相手の事を指差していた。
そして。
「ありゃ根っからの“剣士”だ、でも術師の俺でも勝てない程の魔力持ちだ。しかも……なんか術を使ってる……もう、発動間近だ」
やけに震えあがった様子で、彼は言葉を紡いだ。
どういうことだ? 剣士であり術師?
とにかく、一度防御態勢を取ってから――
「最初から大技で決めさせてもらうわ、さっさと終わらせたいの。こんな“お遊び”に時間を割いている余裕は無いわ、特に今は」
冷たい瞳を此方に向けて来る彼女は、地面に長剣を突き刺した。
その瞬間彼女の周囲からは赤い何かが“発生”し、こちらを呑み込んでいく。
対処云々の話じゃない。
表現するなら、波だ。
見た事も無い魔術がこの身を包み、吹き飛ばしていく。
攻撃魔術では無かったのか、体が流されていくだけで済んだのは不幸中の幸いだろう。
気が付いた時には、会場の端でひっくり返っていた。
「まだやるの? やるなら相手になる。でも、そうじゃないならさっさと降参して。トレックの傷の具合を見に行かないといけないの」
「トレックって、誰……」
此方を見下ろしていた彼女は、降参しなければこのまま俺達を叩きのめすのだろう。
それくらい、俺達に“興味がない”目をしている。
抵抗しようものなら、無情かと言いたくなる程倒れた俺達に長剣を振り下ろす事だろう。
なので、とりあえず武器から手を放した。
「降参するよ、綺麗なお姉さん。そのトレック……? とにかく早く仲間の怪我を診てあげて」
えらく、あっけなく終わった。
どう転んでも、俺達が勝つと思っていた試合だったと言うのに。
傲慢な考えだが、そう思ってしまう程周囲との格差を感じた。
なのに、こんなにも呆気なく負けた。
彼女はきっと、ワイルドカードってヤツなのだろう。
全てを狂わせ、盤面をひっくり返す。
賭け事において、絶対に出合いたくない相手。
そんな彼女が、一目散に向かった相手は。
「トレック! 治療の続き!」
「もう血も止まりましたから! 平気ですから! 落ち着いて下さい!」
獣人の内どちらかだと思っていたのだが、彼女が向かった先には俺が“普通”と表現した男が立っていた。
アレがトレック。
彼に向かって、酷く心配した様子を浮かべながら彼女は未だ何かを叫んでいる。
あぁなるほど。世界ってのは、随分広い様だ。
何てことを思ってから、完全に脱力し空を見上げた。
「負けたわぁ。ホント、なんも出来ずに」
「ですねぇ……調子に乗り過ぎていました」
「剣を鞘から抜く前に終るとか……なっさけなぇ」
「アレが規格外なだけでしょ……でも、無理」
「魔女だ、絶対魔女だ。初めて見た……」
皆口々に呟きながらも、クタッと脱力するのであった。
コレが決勝かよと言いたくなるが、致し方ないだろう。
あんなのが残っていたのだから。
向こうのブロック、どれだけ激戦だったんだよ。
「次期チャンピオンとか、誰が言い出したんだよ。こんな実力でチャンピオンだったら、戦力的にこの国滅ぶって」
ポツリと弱音を吐いてみれば、近くに転がっていた幼馴染が掌を重ねて来る。
「じゃぁ、もっと強くなりませんと。もしくは、諦めて子育てでも挑戦してみますか?」
「それも悪く無いかもなぁ……」
「フフッ、手も足も出ずに負けたと言うのに。ちょっと悪くない気分です」
そんな事を話している間に、審判からの判決が下るのであった。
俺達は、負けた。
何も出来ずに、何が何だか分からぬまま。
でも。
「向こうも、良いパーティっぽくて良かった。気分的には楽だわ」
「ですね。お金ばかり気にしたギスギスした相手に負けたら、七代先まで呪う所です」
「結構怖い事言うね?」
という訳で、この試合は幕を下ろした。
観客からは阿鼻叫喚が轟き、そこら中に舞う賭けの証明書。
まるで雨の様に降って来るそれらを見上げながら、俺達は全身の力を抜くのであった。
あぁくそ、せめてもう少し恰好良く負けたかったなぁ……。
――――
「ふざけるな! こんな事あって良い訳が無い! 最後まで勝ち残ったのが、よりにも寄って“五区”のゴミ共だと!? 大損も良い所じゃないか!」
会場から自宅へと戻った瞬間、机の上に並んでいた物を全て叩き落した。
しかし、一向に気分が晴れない。
今回の試合でいったいいくら使ったと思っているのか。
ウチの領地出身の勘違い坊ちゃまを目立たせようと、数々の手を回した。
彼が最後まで残ってくれれば、アイツ等を雇っている私にもかなりの助成金が入り、今後さらなる発展が見込めたというのに。
計画は予定通り進んだかのように思えたが、報告書には無いどこかで歯車がズレていたらしい。
人質を取っていたにも関わらず、優勝台に立つはずの彼等はあっさりと破れ、ウチのパーティを破った相手は表彰台に登った。
本当に、ふざけるな。
決勝試合なんて、ソイツ等の相手は一番の優勝候補だったのだ。
だというのにも関わらず、彼等相手にも試合結果は一撃。
彼らにも脅迫めいた“お手紙”を送るつもりでいたが、全て無駄に終わってしまった。
むしろ下準備をしていたせいで余計な出費が増えた程だ。
更に言うなら、最後の最後で少しでも取り戻そうと優勝候補に大枚叩いたというのに、結果は負債が重なっただけ。
なんなんだアイツ等、五区に住むゴミ共の癖に。
今回雇い入れたと言う男女二名、きっとアイツ等だ。
アイツ等のせいで盤面が狂ったのだ。
怒りが収まらず手近にあった椅子を蹴飛ばしていれば。
「旦那様……その、お客様です」
「あぁっ!?」
「ヒッ! すみません、緊急の要件だとの事で……お通し致しました」
ノックの後に顔を出したメイド。
彼女に思い切り顰め面を向けてみれば、怯えた様子を浮かべながらもそのまま扉を開いてみせた。
何をしている、私は入室の許可など出していない。
勝手な行動をするメイドに苛立ちを感じ、ズカズカと歩みを進めた。
「誰が部屋に入って良いと言った! しかも、こんな時に顔を出す客だと!? 下らない相手だったら、貴様は館で働く男全員の慰み者になってもら――」
「ほほぉ、随分と言うじゃないか。それに使用人の扱いも雑の様だ、これでは慕うモノなど居ないだろう」
確か、お客を“通した”と言ってた。
しかし、もうここまで来ているとは思っていなかった。
メイドの開いた扉の先から、車椅子に乗った初老の女性が姿を現した。
コイツは……。
「また派手に金を使って“駒を磨いた”様だね。でも、それも今回までだ。なんたって私が雇っている“ラム”の家族に手を出したんだ。流石に私も黙っちゃいないよ」
「ハッ! 選手の一人も育てられない様な落ちこぼれ貴族が、私に何の様だ?」
人生において、もっとも嫌いな相手が目の前には居た。
やけにお綺麗な意見ばかり振りかざす、同じ三区に住む貴族の一人。
少数精鋭をモットーに、あまり事業拡大はしていない様な金無し貴族。
そんな彼女の車椅子を押すのは、件の五区出身の虎男の弟。
貧弱な見た目と、パッとしない能力。
どう見てもお情けか見た目で拾って来たとしか思えない様なクズが、彼女と共に鋭い視線を向けながら私の部屋に入って来た。
「おい! 五区のウジ虫を私の部屋に入れるな! 近くに居るだけ品が落ちるというモノ――」
「アンタを、五区に堕とす事が決定したよ」
「はぁ?」
車椅子女が、急に訳の分からない事を言い始めた。
「一区の連中が私の事を評価してくれたらしくてねぇ。いやはや、ありがたい限りだよ。なんでも初めて三区から二区へと昇進が決まった“獣人”だってね。この国も、少しは変ろうとしてるってことかねぇ?」
「ふざけるな! さっきから何を言っている!? ボケちまったのかババァ!」
叫んだ瞬間此方には凍結魔法が降り注ぎ、両足が地面に張り付いた。
「主人を愚弄する事は許しません」
五区生まれのポッと出が、偉そうにコチラに向かって言葉を吐いて来る。
なんだ、何なんだコレは。
頭の血管が切れそうになるくらい苛立ちながら、二人の事を睨んでみれば。
「ラムが集めた助っ人により優勝を収めた五区のパーティ。それに私が手塩にかけて育てて来たパーティが“準優勝”を収めたとなれば、まぁそりゃ評価の対象になるだろうねぇ? あの子達も皆良い子だ。少数精鋭の良い所は、全員に目が届く点だね」
静かに語る彼女が、良く分からない事を言いだした。
優勝を収めたアイツ等の助っ人を集めたのが、目の前の優男であり、彼女の“持っている”パーティが準優勝を収めた?
いや、だって。
コイツは昔から決闘士は育てて居なかったんじゃ……。
「私を頼って来てくれた子達が、本気で強くなりたいと願ったんだ。なら、環境を整えてやるのが“保護者”であり、“管理する雇い主”ってもんだろうが。生憎と私は、アンタみたいな手は嫌いでね。真っ当に鍛えてやったよ、最後の最後で負けちまったがね」
それだけ言って彼女が指を鳴らせば、部屋の中に鎧を着た兵士がなだれ込んでくる。
誰も彼も、三区の人間。
いや、まて。
何故三区の兵士が彼女の指示に従う。
まさか本当に、この女は二区に昇格したとでも言うのだろうか?
こんな、獣の血が混ざった女程度が。
「奴隷云々は結構お目こぼしがある国ではあるが……ちょっと調子に乗り過ぎたねぇ。少し声を上げれば、すぐに動いてくれたよ。なぁに、心配しなさんな。五区だってウチのラムみたいなのだって育つんだ。ちゃんと“人”を視れば、しっかりと生きて行けるさね。アンタみたいなクズでも」
そう言って笑う彼女は、“狐”の獣人らしくいやらしい釣り目を此方に向けて来る。
あぁくそ、ちくしょうめ。
この女、完全に俺の事を貶める計画を立てていやがったな?
思わず奥歯を噛みしめながら、兵士達に取り押さえられていると。
「あぁ、館の使用人なんかはコッチに任せてくれて構わないよ? 私が嫌いなのは、アンタだけだから」
「こんの、狐ババァめ……」
言い放ったその瞬間、虎の獣人から顔面に蹴りを貰ってしまうのであった。
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