第43話 日の当たる方角へ 2
「兄さん、来たよぉー」
緩い声を上げながら、ラムの奴がこちらに向かって手を振っているのが見えた。
おー、と適当な声を上げて
俺達が“自由”になってから、しばらく経った。
慣れない生活、慣れない仕事。
最初こそ苦労や頭を悩ませる事は多かったが、数ヶ月もすれば皆仕事に慣れ、今では村の主力として働いている。
チビ共はとにかく体力のある労働力として、歳のいった連中は細かい指先仕事の専門として。
やはり普通に飯が食えるのは良い。
どいつもこいつもたちまち元気になって、めきめき実力を伸ばして行った程。
今じゃ俺やウィーズがケツを引っ叩かれながら、仕事の手伝いをして居るくらいだ。
「おうラム、もう仕入れか? 雇い主は元気かよ?」
「この村と直接繋がりを持ってからは、随分と品物の質が良くなったからね。主様も物凄く喜んでるよ? 繋がりを作ってくれたトレックさんを紹介しろって、次に街に来たら絶対に捕まえろってうるさくて」
呆れたような笑みを浮かべながら、弟は肩を竦めてみせる。
なんやかんや、コイツも“雇い主”に引っ張り上げられて“二区”の人間になった。
もはやあの国に住んで居ない俺達には関係の無い話だが、それでも立派なもんだ。
その代わり、仕事が増えたと村に来るたびに愚痴っているが。
「アイツ等も、今頃どうしてるのやら」
「もう半年くらいだね。皆無事で……いや、彼らなら心配ないか。楽しくやってくれていると良いけど」
「だな」
二人して笑いながら、雑談を繰り広げていれば。
「コラァ! ジン! サボってんじゃないわよ! 畑仕事と力仕事でしか役に立たないんだから、真面目にやんなさい!」
民家の一軒から顔を出したウィーズが、大声を上げながら此方に走り寄って来た。
その際、ラムとは「久しぶり」なんて軽く挨拶を交わす程度。
ほんと、淡白な性格になったもんだ。
元からだったのかもしれないが。
今では村人ですって恰好をしながら、コイツも立派に日焼け跡なんかを残している。
体力は他の連中よりもあるからな、俺同様畑仕事も担当しているのだ。
指先も器用だった様で、俺よりも仕事は豊富にあるらしいが。
「ちょっとジン、アンタまたこんなに雑に……あぁもう、耕すにしてももっと丁寧にやりなさいよ。全部って訳じゃないけど、整えるのだって人手がいるのよ?」
「悪かったって、俺はどうしてもこういうのが苦手なんだよ。でも昔の畑をまた使おうってんで、硬くなった土を耕してるんだ。もう少し敬意を示してくれて良いんだぜ?」
「あーはいはい。集会所でお茶冷やしてるから、飲んできて良いわよ。あ、そうだ。ラム、ちょっと魔術で氷作ってよ。こんなチンケな村じゃ中々術師なんて来てくれないから、困ってたの。保冷庫に、でっかいのよろしく」
「ウィーズも馴染みましたねぇ……」
前であれば考えられない程気安く、ラムに絡んでいるウィーズ。
コレも“余裕”が出来たからこそ、なのだろう。
食い物、金、時間。
人ってのはその辺りの“余裕”がないと、ずっとカリカリしちまうもんだ。
だからこそ、今のウィーズが“本来の姿”と言えるのかもしれない。
五区で生まれ育ったりしなければ……なんて、今さら考えるだけ無駄だろうが。
それでも、随分と“柔らかくなった”気がする。
昔は剣を抱えて寝るのが普通だったのに、今では代わりに村のチビ共の子守りをしながら寝落ちしているのを見かけるくらいだ。
変われば変わるってのは、この事なのだろう。
「結構落ち着いて来たっつうか、皆手に職を持って来たんだ。そろそろ“行っても”良いんだぜ?」
「はぁ? 一番心配なのがアンタだって分かってない訳? 力ばっかりでろくに仕事が出来なくて、でも真面目にやってるから使って貰ってるって理解してない訳じゃないのよね? 村長たちに私が何度頭を下げたか、分からない訳じゃないわよね?」
「……す、すまねぇ」
「分かれば宜しい」
なんだか今では立場が逆転してしまった様に感じる妹分に対して頭を下げてみれば、弟からはケラケラと笑われてしまうが。
「でもウィーズ、兄さんの言う事も最もです。旅とは、街で過ごすよりずっと早く時が流れると聞きました。で、あるならば。旅立つのが早すぎるという事はないと思いますよ? もちろんウィーズが村に残ってくれるのなら、我々は大歓迎ですが。“いつかは”、というのを言質にしない事です」
「……分かってるわよ」
ラムの言葉に、そっぽを向くウィーズ。
彼女の尻尾は、不機嫌そう……というよりも、ソワソワしているみたいに揺れているが。
「でも、その。きっかけが欲しいのよ。私だって子供じゃない、だから一人旅だって覚悟している。でも、なんというか……分かるでしょ? 私たちは外の世界を知らないわ。五区と、この村しか知らない。トレックも言ってた、分かった気になるなって。自由になった“その先”の方が大変なんだって」
いつか、俺等を救ってくれた商人が言っていた台詞。
俺達の目的を聞き、協力してくれると決断したその時。
彼は真剣な目でこちらを見つめながら、言葉を紡いだのだ。
「自由になったその先で、貴方達は何をするんですか? 今では自由になる事が全てと感じるでしょうが、世界はそこまで甘くありません。何にも囚われないと言う事は、全て自己責任であると言う事です。絡め取られるルールが無くなった様に見えて、ルールを破った時に叱ってくれる人が居なくなると言うだけなんです。分かった気にならないで下さい、貴方達が思うよりずっと世界は広い。そして何より“こんな事想像もしていなかった”と思う程、とても広いのに窮屈と感じるモノです。それを踏まえて聞きましょう。貴方達は、“自由”を得たいですか?」
あの時は何を臭い台詞をと思っていたが、実際外に出てみれば分かる。
五区よりずっと良い物が食えるし、仲間達も元気にやっている。
しかしながら、それは“この村のルール”に従っているからだ。
俺達だけで、野に放たれた場合。
多分全員揃って盗賊にでもなっていた事だろう。
そう考えると、ここまでの道を整えてくれたアイツには頭が上がらない思いだが。
「よし、ウィーズ。そんときは俺も着いて行ってやるよ。ラムの方も心配は無さそうだし、仲間もココで上手くやっていけそうだ。だから、俺が一緒に行ってやる。トレックとは、もう一回酒を飲む約束もしちまったしな」
なんて、カッカッカと笑って見せれば。
ウィーズは驚いた顔で此方を見上げて来た。
やはり、不安だったのだろう。
一人で旅立つと言う事が。
今までだったら、共に来てくれと言われても断ったかもしれない。
でも、この数ヶ月“生きて”みて分かった。
俺の縄張りに居た奴らは、皆根性がある。
だからこそ仕事は貰えるし、ちゃんと成果を残している。
むしろ情けない事に、俺が一番足を引っ張っているくらいだ。
だとするならば。
「弟は一人前になったみてぇだからな。今度は妹を一人前にするのが、兄貴の役目ってモンだ」
言い放ってから、ドンッと胸板を叩いて見せた。
俺は、戦闘くらいしか出来ない。
ソレが良く分かった。
不器用ながらも様々な仕事を手伝ってみたが、やっぱり“手伝い”を卒業出来ねぇ。
それでも皆がリーダーだと認めてくれる以上、ちゃんとした生活基盤ってのを整えてやらないと。
そう思っていたのに。
いつの間にか、皆立派になっていたのだ。
だったら、もう良いだろ。
俺は俺らしく、大剣担いで旅に出るくらいの方が性に合っているというものだ。
しかもソレが、妹分のホレた相手を追っかける旅となれば。
「随分と久々な気がするが。俺を頼れ、ウィーズ。同じ五区の生まれだから、二人して分かんねぇ事も多いかもしれねぇが。一人よりも二人だ、一緒に行ってやるよ。畑仕事も嫌いじゃねぇが、どうしても他の奴らより上手くなれねぇからな。丁度良いかもなって」
とかなんとか、ちょっとだけ情けない台詞を吐いてみれば。
「ばぁか。でも、ありがと。なんか、決心出来た気がする」
いつだか、どこぞの商人様と絡んでいた時の様な。
随分と緩い笑みを浮かべたウィーズが、俺の腹にポスッと拳を打ち込んで来た。
なら、決まりだ。
俺達は、アイツ等を追っかけて東に向かう。
急ぐ旅じゃねぇって言ってたからな、その内会えるだろ。
なんて、いい加減な事を思いながらウィーズの頭に手を伸ばした瞬間。
「っ!? ウオオォォォォ!」
「っ、嘘でしょ!? 全員警戒! ラム! 雄叫びが聞えていない村人が居るかもしれない! 避難指示してきて! “ヤバい”のが紛れ込んだわ!」
「え、ちょ、えぇ!? 何が……」
「「いいから走れ! 避難しろ!」」
訳が分からないと言う様子のラムを見送り、二人して近くにある武器庫に飛び込んだ。
そこに有るのはウィーズの馴染みのレイピアと、商人様が最後に用意してくれた俺の新しい大剣。
実戦で使うのは、今日が初めてだ。
「分かってるな、ウィーズ」
「当然! 今の気配は、絶対ヤバイ奴よ……村に入れちゃ不味い」
二人揃って武器を取り、平服のまま駆け出した。
そして、村の入り口に向かってみれば。
「あの、すみません。食料を売って頂けないでしょうか? あ、ごめんなさい! お金を持っていないので、先ずは買い取りとかしてもらえると助かるんですけど!」
なんだか植物を編んだ様な服を着ている少女が、頭を下げていた。
その隣には、同じような格好の女が。
「“リーフ”。覚えなさい、此方にお金が無いと分かると途端に態度が悪くなるのが人間よ。だから、嘘をついてでも此方が有利だとみせる言葉を選びなさい」
「す、すみません妖精さん!」
「ほんと治らないわねその癖……」
良く分からないが、貧民とも言える旅人が訪れたらしい。
だがしかし、この威圧感は何だ?
ピリピリと肌に感じる様な、周囲から感じて来る敵意は何だ?
「あら、貴方達。最初から武器を持って来るって事は、“そういう”つもりって事で良いのかしら? だったら蹂躙して奪うだけなのだけど……まぁその方が楽で良いかもね」
そんな台詞を彼女が吐いた瞬間、寒気は更に強くなった。
コイツは、不味い存在だ。
関わっちゃいけないと思える程、生物としての違いを感じる。
だからこそ両手で掴んだ大剣を更に握りしめ、思い切り踏み込もうとしたその瞬間。
「妖精さん、駄目です! 怖い顔をしていると、見た人も怖いって思います! だから笑いましょう? 妖精さんは綺麗なんですから、笑っていればきっと食べ物だって安く売ってくれます。買い取りだって高くなるかもしれません!」
幼女が叫び、その女に飛びついた瞬間。
周囲から感じる敵意が薄れて行った。
なんだ? 何なんだ?
まるで、あの魔女様が魔術を使った時の様な圧迫感を感じたが……。
「えぇと……初めまして。私は“アイビー”。敵意は無い……と言えれば良かったのだけど、ごめんなさい。警戒していたから……今術を解くわ」
そう言って女が手を上げれば、周囲から向かって来る敵意が完全に消えてなくなった。
コイツは一体……。
「改めて自己紹介させて頂きます、私は“リーフ”。妖精さんに新しく付けてもらった名前です! そしてこちらが、“寄生の魔女”こと森の妖精さん。アイビー様です!」
「妖精じゃないと言っているでしょうに……全く、いつまで経っても。ま、いいわ。そこの獣人さん達、良ければ食料を分けてくれないかしら? 勿論こちらからも森の幸を差し出すわ、こっちでの価値は分からないけど、貴重な薬草なんかも持っているから。だからこの子の分だけでも、分けてくれないかしら」
訳の分からない挨拶をかまして来る二人に、ポカンとしながら視線を送ってしまった。
しかしながら、とてもじゃないが勝てる気がしない。
そんな、“強大”な相手。
ビリビリと肌で感じると言うのに、相手は牙を向こうとはしてこなかった。
そしてなにより。
「今、“魔女”って言ったかい?」
ポツリと言葉を返してみれば。
「えぇ、言ったわ。私は“寄生の魔女”、アイビー。世界が嫌う存在よ」
彼女は幼女を守る様な位置を陣取りながら、胸を張って答えるのであった。
あぁ、全く。
どいつもこいつも。
魔女ってヤツは、俺以上に世渡りが上手くない奴がなる種族なんじゃねぇかな。
何てことを思ってしまう程、彼女は女の子を守ろうとしていた。
まるで、どっかの魔女様が商人を守ろうとしていた様に。
「そうかい、だったら敵意は引っ込めな。思わず剣を抜いちまったじゃねぇか、悪かった。それで、何が欲しい? 飯か? 仕事か? 休む所か? 欲張らないなら、何でもあるぜ? まずは“お話合い”から始めようじゃねぇか」
言い放って大剣を肩に担いでみれば、相手からは驚いた様な眼差しが返って来た。
「貴方は、“魔女”を恐れないの?」
「おっかねぇさ。なんたって底辺の俺達をまとめて救いあげて、強者揃いの勝負を勝ち抜いちまった魔女様と商人様を見た事があるからな。でも、アイツ等は仲間だった。なら、“魔女”だからって頭から否定すんのはちげぇだろ。俺らが見た魔女は、物語に描かれている様な悪いもんじゃなかったからな」
それだけ言って鼻を鳴らしてみれば。
相手からは大きなため息が零れ、幼女からは期待の眼差しが向けられた。
そんでもって。
「一つ、聞いて良いかしら。その魔女の名前は?」
「エレーヌだ。エレーヌ・ジュグラリス。“無情の魔女”って名乗ってると聞いた」
「あぁ、くそ。最悪。大人しく街に居なさいよ……何で旅の方向まで被ってる訳? もういっそ方角を変えた方が……」
「妖精さん、今から方角を変えると……その、次に寄れる街が遠くなっちゃいます」
「あっそう、そうなの……そっか。じゃぁ、次に寄れそうな国を見つけたら、方角を変えましょうか」
良く分からない言葉と共に、彼女は頭を抱えて蹲ってしまったのであった。
何か、良くない事を言ってしまったのだろうか?
無情の魔女は、食事の時だけ頬を緩める くろぬか @kuronuka
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