第42話 旅路 2
「今日は余り物を全部処理しちゃいましょう」
なんて台詞を吐けば、ウツギさんから非常に嫌な顔をされてしまった。
彼女は雇われの護衛であり、世間的には嫌われているらしい“ハーフエルフ”という存在。
だからこそ余り物という言葉に嫌悪感を示したのか、それとも残飯処理の様な想像でもしたか。
しかしながら。
「今日はどんな物が出てくるのかしら」
ウキウキする魔女様の様子を見て驚愕の表情を浮かべた後、やけにこちらの手元をチラチラと盗み見て来る。
フッフッフ、“余り物”が全て悪者だと思うなよ?
綺麗に見せる為に使った残りというだけであって、決して質が悪いわけではないという事を教えてやる。
なんて事を思いながら、マジックバッグから食材を取り出し並べて行く。
別に大層なモノ作ろうと言う訳ではない、本当に余り物をまとめて使った夕食にするだけだ。
現在野営中。
周囲の警戒を任せたウツギさんには、しっかり仕事をしてもらわないと。
「安くないお金を払って護衛してもらってるんですから、チラチラ覗いてばかりいないで下さいね?」
「わ、分かってるわよ……今の所周辺に人の気配なし。獣は居るけど、多分近づいて来る様な危険種じゃないわ」
馬車の上で弓を構える彼女に声を上げてみれば、そんな声が返って来た。
なるほど、では派手に行こうか。
盛大に臭くなってしまった所で、次の国はまだまだ遠いのだ。
ならば、気にする事はあるまい。
「ごま油をどーん! カットにんにくどーん!」
「ちょちょちょっ!? 貴方今までもうちょっと綺麗に料理する人じゃなかった!?」
ハーフエルフからクレームを頂いてしまったが、残念な事に俺は商人であり料理人では無いのだ。
よって、在庫と本日の気分次第で物凄くメニューが変わる。
更に言えば今日は在庫処分セール。
様々な物を適当に放り込むのであれば、下味は徹底的に決めてしまった方が良いってもんだ。
この所業により、俺達三人は明日お口が臭くなる事が決定した訳だが。
「にんにくは良いわよね。香りも良いし、何より力が付くわ」
匂いなんて何のその。
我らが魔女様は全く気にした雰囲気も無く、この香りを楽しんでおられた。
多分こういう人じゃないと、ずっと一緒に居られないと思う。
俺の料理、基本適当だし。
「香りが出て来た所で他の野菜をドーン!」
「ちょっとぉ! 物凄く匂いがこっちに来るんだけど!? 全身にんにく臭になるんだけど!?」
「近くに川がありますので、水浴びをどうぞ」
「服もだって言ってんの! 私の事情説明したでしょ!? 服もそんなに持ってないのよ!」
何故こう、俺の周りには生活がしづらい女性が集まって来るのだろう。
また俺に女性服を買いに行けとでも言うつもりなのだろうか?
下着とか買うのかなり度胸がいるんだぞ? 店員から凄い目で見られるんだぞ?
何てことを思いながら、とりあえずウツギさんは無視。
どんどんと野菜を追加していく。
最初は火の通り辛いモノから、すぐ火が通りそうな物は後回し。
ざっくりした認識で鉄鍋を振るい、塩と胡椒で味をつけ、更には。
「今回の“余り物”の主役ですよぉー」
「わー」
「わー、じゃない! 魔女! それ“余り物”って表現して良いモノじゃないから!」
ラムさんの上司から貰った、最高級のお肉様。
ステーキ用にスライスしてしまったので、当然形の良さそうな所は削り取られている。
ウィーズもジンさんも良く食べたので、残っているのは端っこのみ。
しかしながら。
「まずは脂が多い所を中心に落として~」
「こんな使い方してるのに、すぐ良い匂いがして来るの何か腹立つ!」
「トレック、白いのは今日ご飯はいらないそうよ」
「では、俺達だけで食べましょうか」
「食べるわよ! 契約は食事込みだったでしょ!?」
そんな会話をしている間にも脂肉は溶けだし、他の野菜を濃厚な脂で包んでいく。
後は残った肉を適当に切ってから放り込み、その上に火の通りやすい野菜をバサッと放り込む。
串焼き何かに使われるタレを流し込んでから、後は唐辛子とゴマを振り掛けて鉄鍋の蓋を閉じた。
はい、後は待つだけ。
非常に簡単であり、物凄く適当料理。
しかしながら、俺が出来る料理の種類なんてそう多くはない。
凝ったものが食べたいのなら、お店に行けば良いのだ。
何てことを思いながらしばらく経った頃、蓋を開けてみれば。
「良い匂いね」
「……現状報告、周りには何にも居ないわ。私も食べて良い?」
二人からそんなお声を頂いたので、皆でご飯にすることにした。
本日のメニュー、余り物を適当に使った肉野菜炒め。
だが、これで終わりではない。
どんぶりにお米を盛り付け、その上に先程の高級肉入り野菜炒めを盛り付ける。
するとどうだろう。
肉野菜炒め丼に早変わり。
うん、まさに言葉のまま。
わざわざ言い直す必要とか無かった。
「はい、出来ましたよ。丼ご飯ですから取り合いになる心配もありません」
甘辛ダレはご飯に染み込み、単品でもかき込める代物になっている筈。
タレが付いたご飯って美味しいよね、とかなんとか思いながら丼を差し出してみれば。
振り返った先には既に二人の女性が座っていた。
二人共、爛々と目を輝かせながら。
「おかわりもありますから、落ち着いて食べましょうね?」
という訳で、丼とレンゲを渡してみれば。
両者とも一口分掬い上げてからひたすらフーフー。
もしかしたら食事に関しては……趣向と言うか、食べ方とか似ているのかもしれない。
なんて事を思いながら眺めていると、二人揃ってパクッと食事を口に運んで。
その後ふにゃっと表情が崩れた。
うん、やっぱり似てるわこの二人。
もしかしたら境遇すら似ているのかも知れない。
そんな風に思ってしまう程、両者とも美味しそうに丼飯を頬張っている。
「しっかり味が付いてるのに……野菜が凄く良い食感を返して来るし、ちゃんと味を主張してくる……」
「お肉……お肉様がとんでもない。良いお肉ってのは分かってるんだけど、野菜にまで旨味を分け与えてるのがズルいわよね」
二人共幸せそうに食事を堪能しながら、凄い勢いで丼飯を減らしていく。
まだおかわり分はあるけど、もしかしたら夜食も作らないとかな?
何てことを思いながら、グラスを傾けてみれば。
「トレック、それお酒?」
「え? あ、はい。前の街で買ったものですね、質が気になりまして」
ご飯中のエレーヌさんが、そんな事を言い始めて手を止めた。
もしかして飲みたいのだろうか?
ならばとばかりに彼女のグラスも用意し始めてみれば。
「最近飲む量が増えたんじゃない? 飲むなとは言わないけど、ちゃんとご飯も食べなきゃダメ」
そう言って、一口分を掬ったレンゲを此方に向けて来る魔女様。
味見とかもあるし、夜食とかツマミで適当に食べているので結構量は食べているのだが。
確かに彼女の言う通り、ちゃんとご飯を食べると言うよりかは“適当につまむ”という状況になっていたかもしれない。
そんな訳で、差し出されたご飯をパクッと口に運んでみれば。
「うん、旨い。俺も食べようかな」
「それが良いわ、一緒に食べましょう?」
何やら満足した様子の魔女様は微笑み、隣に座るハーフエルフは顔を顰めるのであった。
「ほんっとアンタ等……いや、もう良い。諦める、好きにして」
吐き捨てる様な台詞を残しながら、モリモリとご飯を減らしていく。
一瞬、なんだろう? とか思ってしまった訳だが、確かにコレは人前では良くない。
割とエレーヌさんの行動に流される事が多いが、今後はこういう事も気を付けなければ。
うんうんと一人頷きながら、お酒を傾けてみれば。
「トレック、お酒ばかり飲まないの」
「……はい、すみません」
怒られながらも、再びレンゲを向けられてしまうのであった。
これ、一応注意しておいた方が良いのかな?
なんて思っている間に、ウツギさんが徐々離れて行くのが視線の端に映る。
「夜とか、“致す”様なら声を掛けてね? 離れた所で護衛したり、野営するから」
「その心配はしなくて良いので馬車で寝て頂いて結構です! 何かあれば馬達が気づきますから!」
「優秀な馬を持つと、人が駄目になるわね。普通なら交代で見張りよ」
「分かってますけど……ウチの馬が優秀過ぎて」
呆れた声を上げるウツギさんに従って、三頭の馬へと視線を向けてみれば。
馬用の高級餌! 的な歌い文句で売られていたご飯をモリモリと減らしている三頭が。
どいつもこいつもムッキムキで、とても頼もしい。
ついでに夜の内に外敵が迫ると騒ぎ、動物なら追い払うという万能馬。
もちろん感謝の気持ちはあるが、どいつもこいつもエレーヌさんには慣れている癖に、御者をしていない時の俺には馴染んでくれないのだ。
馬車を動かしている時だけは従ってくれるから、そこまで問題にはならないが。
でも納得いかない。
「ほら、トレック。もっと食べて」
「いや、エレーヌさん。普通に自分で食べ――」
「あーん」
「……あーん」
「ほんと、アンタ等さぁ……」
とてもとても呆れた視線を向けられながら、本日も食事が続いていく。
なんやかんや忙しい国ではあったが、色々と買い物も出来たし。
何より食料と調味料、あとはちょっとした軽食が買い込めたのは良かった。
そしてなにより、お金になったし。
賞金はもちろん、追加報酬に五区に関わる前の賭け試合。
その他諸々によって、随分と懐が温かくなったのは確かだ。
もう一度戻ったら、街に入った瞬間物が飛んできそうな悪印象を残してしまったが。
「はてさて、次の街はどんな所でしょうねぇ」
「ご飯が美味しい所だったら良いわね」
ボヤいてみればエレーヌさんは微笑み、ウツギさんは不思議そうに首を傾げる。
「調べてないの? 次の街って、確かそんなに離れて無かったわよね? あの辺りだったら、確か……」
「その街に、寄れると良いですねぇ」
「待って、どういう事?」
どうやら彼女の場合“嫌われ者”的な雰囲気はあった様だが、“魔女”程酷いモノではなかったらしい。
ハッハッハ。
俺が出した依頼は、“次の街に全員が入るまでの護衛”だ。
つまり、この先いくつかの街で入国を断られる度依頼期間は伸びて行くのだ。
しかし、延長料金などの設定などは一切していない。
まぁ、そう言うことである。
なんて説明してみれば、彼女はウガァァ! と吠えながらこちらの襟首を掴んで来た。
「ちょっと! 隣の国に移動するまでなら破格だなって思って契約したけど、何それ! 一つ飛ばして次の国、なんて事になったら普通に赤字なんですけど!? 矢が足りなくなるんですけど!? この矢いくらすると思ってるのアンタ!」
ガックンガックンと揺らされる訳だが、契約は契約だ。
ちゃんと文面には正しい記載がされている、詳細は省いたが。
「ウツギさんはもう少し人を疑う事を覚えましょうね? 契約を交わす時に聞かれれば、俺はこの詳細を説明しましたから。即決で依頼を受けてしまうのは危ないですよぉ」
「こんの、クソ商人! ほんと大っ嫌い! もしも次の街入国出来なかったら追加報酬出しなさいよ!」
「契約書に無い金品の要求は困ってしまいますねぇ」
「お前っ! お前ぇぇ! どの口が言うか! コレか! この口か! 熱々の肉野菜炒め放り込んでやるわ!」
野営中だというのに、騒がしく怒鳴る彼女から俺が作ったご飯をモリモリと押し込まれてしまったが。
うん、やっぱ旨いな。
今度ラムさんに会う事があったら、上司の方も紹介してもらう。
お礼はジンさん達にお任せしてしまったが、貰いっぱなしというのは良くない。
「普通に食ってんじゃないわよ!」
「いや、貴女が押し込んで来たんじゃないですか……」
理不尽なクレームを受けていれば、隣からズイッと丼を差し出して来るエレーヌさん。
「トレック、おかわり。その白いのばかり相手していると、拗ねるわよ」
「随分と直球な脅し文句です事」
「回りくどいと通じないと理解したから、こうする事にしたわ」
今度はえらく可愛らしいクレームを頂いてしまったので、ニコニコと口元を緩めながらおかわりの盛り付けと調理に戻ろうとしたのだが。
「ウツギさん、邪魔です。報酬差っ引きますよ」
未だ襟首を掴んでいる彼女にキリッとした表情を作って言い放ってみたのだが。
彼女は拳を震わせながらも、大人しく解放してくれた。
「ほんと、ほんっっと! あぁぁもう! なんでこんな奴に付いて来ちゃったなぁ! 商人ってやっぱり嫌い!」
「はっはっは、大変ですねぇ」
「だから他人事みたいに言うな! アンタ本当に性根腐ってんのね!」
それこそ商人に対して何を言っているのか、である。
地元のお得意さん相手ならまだしも、その場限り、あって数日の間柄でサービスしてくれるとでも思っているのだろうか?
はっきり言って、否である。
買い手からすれば“サービスしてもらった”と感じる事にだって、絶対に裏があり利益が出ている。
それが商売というモノだ。
「適当におつまみとかも作りますけど、ウツギさんも食べます?」
「食べるわよ! こうなったら食費だけでもガッツリ取ってやるんだからね!」
「盛り付けるのは俺です」
「ごめんなさい、大人しくするんで普通に下さい」
味見用の小皿を彼女の前にコトッと置いてみれば、ウツギさんは即効で掌を返した。
可哀そうにも思えてしまうが、コレが仕事として契約を交わした大人の関係というものである。
あまり甘い顔をし過ぎても不味いし、厳しくし過ぎても相手が逃げてしまう。
という訳で、良い塩梅の関係を続けるのがベスト。
まぁ、彼女が本当にお金に困る様なら相談に乗るつもりではいるが。
「何はともあれ、早い所慣れて下さいね。今の俺達は、“パーティ”ですから」
「魔女には歓迎されてないみたいだけどね……あと私もおかわり、美味しかった」
ムスッとした顔のまま丼を返して来るウツギさん。
やれやれ。
この人もまた、中々素直じゃない性格の様だ。
なんて事を思いながら調理を続け、二人分のおかわりをよそっていれば。
「何言ってるの? 貴女の弓の能力は評価しているわよ? 私じゃ遠距離攻撃は魔術に頼るしかないから、頼りにしてるわ」
いつも通り無表情のままそんな台詞を溢し、おかわりに口を運んだ瞬間ニヤけるエレーヌさん。
ウツギさんはそんな魔女様へと視線を向け、パクパクと口を開閉しながら彼女の事を指差してこちらを振り向いて来た。
「だそうです。良かったですね、ウツギさん」
「アンタ等のこういう所、全然慣れる気がしないわ……」
ちょっとだけ顔を赤くした彼女は、おかわりの丼を受け取ってから元の位置へと戻って食事を再開する。
先程とは違い、随分と大人しく食べているが。
まぁ、その内慣れてくれるだろう。
報酬金額は基本的に変えないけど。
「なんか良いですね。ちょっとずつ仲間が増えて、段々強くなって、みたいな。英雄譚みたいです」
なんとなく、そんな事を呟いてみれば。
二人からは意外そうな顔を向けられてしまった。
おや? 何かおかしな事を言っただろうか?
「トレックって、意外とそういうの好きよね」
「へぇ、何だかんだ可愛い所もあるんだ? 実はまだ英雄に憧れちゃってるタイプ?」
片方からは微笑ましいとでも言わんばかりの瞳を、もう片方からはニヤニヤした眼差しを此方に向けている。
「う、うるさいですね。別に俺自身がそうなりたいとか思っている訳じゃありませんよ。でも男だったら結構誰でも憧れると言うか、子供の頃なら夢見るという話であって――」
「でも、前の街でこの辺の英雄譚が描かれた本を買って……」
「エレーヌさんホラ! 次の物が出来ますよ! 食べましょう! ね!?」
慌てて調理したばかりの代物を皿に移し、彼女に押し付けてみれば。
どうやら、遅かったらしい。
「へぇ~、ふ~ん。極悪商人のトレック君は、未だに英雄に憧れちゃっているのかぁ」
非常にニヤニヤ、というか悪魔みたいに口元を吊り上げたウツギさんが満面の笑みを向けて来る。
こいつ、イジれる所を見つけた瞬間調子に乗りおって。
やっている事がウィーズとどっこい、もしくはもっと子供っぽい気がして来たぞ。
「……減給」
「ちょっとぉ! 流石にソレは筋が通らないわよ!」
そんな訳で、いつもより騒がしい野営を過ごしていく。
つい最近まで騒がしいパーティに身を置いていたのだ、これくらいが丁度良いのかもしれない。
俺とエレーヌさんだけだったら、静かすぎると感じる夜を過ごす事になったかもしれないのだから。
そう考えれば、彼女の存在は非常にありがたい気がするのであった。
「まぁ何はともあれ、次の街で入国は断られても買い物はしたいですね。ウツギさんの矢の事もありますし」
「ねぇ……せめて矢だけは経費って事で負担してくれない?」
「働き次第で考えておきましょう」
「……鬼」
ジトッとした眼差しを向けられながらも、俺も俺で食事を始める。
やはり、旨い。
これくらい高いお肉も、今後はたまに仕入れても良いのかもしれない。
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