第4話 お金の価値


 「如何でしょう、結構良い品なんですよ? 見た目は派手かもしれませんが、特殊な繊維を使っているので刃も早々通りません。主に誰かに命を狙われたりするご令嬢用ですが……そっちの方が良いかなって思いまして」


 翌日、朝一番で洋服屋に駆け込みエレーヌさんの服を買い漁った。

 流石に男一人で女性用の服を何着も買う様子は不審がられたが、そんな事は気にしていられない事情があったので仕方ない。

 彼女の寝間着、問題はそれだった。

 普段着というか、室内着にしているのは何着かあったらしいのだが。

 やはりどれもボロボロで人に見せられる状態じゃなかったらしい。

 そんでもって、彼女が選んできた寝間着は……やけにモコモコしていたのだ。

 どこで買ったんですかと言いたくなる程、可愛らしい見た目のモフモフ装備。

 そのくせ下半身は太ももから下はむき出しだし、上半身は袖が余って指先くらいしか見えていない。

 しかも淡い桃色なのだ。

 なんだアレ、なんなんだ。

 今まで年上のカッコいい女性って感じだったのに、一気に可愛い女の子になってしまった。

 表情は相変わらずだったが、服装がやけに緩いのだ。

 あんなのでウロウロされてたまるか。

 新しい服を買って来るまで家から出ないでくれとお願いしてきたが、仕事が入ればあの恰好のまま長剣だけ背負って出かけてしまうだろう。

 なので、物凄く急いだ。

 結果。


 「コレ、本当に私が着て良いの?」


 顔には出していないが、彼女からは少しだけ浮かれた雰囲気が伝わって来た。

 両手を拡げながら、自らの姿を隅々まで確認していく。

 真っ赤なドレス。

 所々に黒いリボンなど、装飾が付いている物。

 スカート丈は普通のドレスと比べれば随分と短めだが、普段使いと戦闘の事も考えるとあまり長くては邪魔になるだろうと思ってコレにした。

 丈が短い事やヒラヒラとした印象を受ける装飾を見ると、若い子向けにも思える服ではあったのだが。

 ここまで真っ赤で派手なドレスだ、少女に着せたらさぞ服だけが浮いてしまった事だろう。

 しかし、エレーヌさんならどうか。

 美しい外見と、若々しい体。

 なおかつ、無表情を貫くその姿勢。

 まるで高級人形店に飾られている人形が、そのまま人間になったかのような異様な美しさを覚える。

 凄い、凄いぞコレは。選んだ俺を褒めてやりたい。

 とか何とか自画自賛しながら、その場でクルクル回って自らの姿を確認しているエレーヌさんに視線を向けていると。


 「代金……結構凄い事になっていないかしら?」


 不安そうな雰囲気を醸し出しながら、そんな声を上げてきた。

 確かにちょっと奮発した。

 でも彼女に払わせる気は全くなかったというか、その姿を見せてくれるだけでお釣りが来るくらいに眼福なのだが。


 「いえいえ、今日まとめて買って来た分でもそこまでしないですよ? そのドレスなんかは、性能に比べて見た目が人を選ぶって事で安売りされていましたし」


 すみません嘘です。

 滅茶苦茶値切って、安くしてもらいました。

 でも店側も売れ残っていた商品だったらしく、何とか納得してくれたが。


 「これくらいで足りるかしら」


 えらく不安そうな調子で、彼女は麻袋から硬貨を取り出しテーブルに並べた。

 それらを見た瞬間、思わずブッ! と吹き出してしまう。


 「やっぱりこれじゃ足りないのね……支払いは必ずするから、もう少し待ってくれる?」


 「違います! 一旦落ち着きましょう!」


 彼女がテーブルに並べたのは白金貨が複数枚。

 まてまてまて、白金貨と言えば金貨十枚分だ。

 普通の仕事に就いた平民なら、月々の給料金貨二枚くらいが相場だ。

 位が高い、もしくは結構な役職などが付いて三~五枚程度。

 だというのに、彼女は一体何て物を並べているんだろう。


 「ちなみに……このお金は?」


 「……? 前回の仕事が王族からの依頼だったから、その前金だけど」


 不思議そうに首を傾げる彼女は、目の前に並んだ白金貨を支払う事になんの疑問も持っていない様子。

 テーブルの上には、間違いなく十数枚の白金貨が転がっている。

 これ、もしかして滅茶苦茶不味い状況になっていないか?


 「いくつか質問します。前回の仕事内容は? 何故こんなお金を持ってるのに、俺が居ない時は干し肉とか齧っているのですか? そんなにも売ってもらえないんですか?」


 ジッと真剣な眼差しを向ければ、彼女は更に困惑した雰囲気を放って来る。

 相変わらず、表情は変らないが。


 「前回の仕事はスタンピードの対処。ダンジョンから溢れ出したから、全部処理しろって。あと後半の質問については、仕方ない事じゃない? 露店の串焼きでも銀貨や金貨を使うくらいだもの。最近は物価が上がっているのね」


 「うあぁぁぁぁぁ!」


 駄目だ、この人放っておいちゃ駄目だ。

 ボラれている、見事に街中からボッタクリにあっている。

 そもそもスタンピードの制圧を一人に任せるってなんだ。

 ダンジョンと呼ばれる魔物の巣窟から、それらが増え過ぎた為に一斉に溢れ出す現象……“スタンピード”。

 本来は国が動くべき事態に、この人を単身で使っているのかこの国のトップは。

 こんな依頼普通の感覚で言えば、はっきり言って死刑宣告である。

 相手の数だって、数十そこらなんて生易しい数ではない筈だ。

 数百、下手したら千に近い数の魔獣や魔物が溢れ出して来るのが、スタンピードと言われる“災害”なのだから。

 それだけでもびっくりだというのに、露店で銀貨? 更には金貨まで使って串焼きを買っている?

 どこの世界に、道端の露店でひと月の給料丸ごと使って串焼きを買う人間が居るだろうか。

 もちろん彼女は魔女だからという理由で、販売を拒否する店も多いだろう。

 でも流石にやり過ぎだ。

 硬貨の種類は白金、金、銀、銅、鉄に分かれる。

 それぞれ十枚で価値が上がり、銀未満には半硬貨という物も存在する。

 そして今回の場合……本来何本か買っても一番価値の低い鉄貨数枚、大量に買っても銅貨数枚で済む買い物なはずだ。

 子供のオヤツにだって使われる露店飯。

 だというのに、彼女はこれまで。

 とんでもない大金を払って、大して状態の良く無いものを購入していたらしい。


 「うぉぉぉぉぉ! ソイツ等全員ぶっ殺してやるぅぅ! 足元見るどころの話じゃねぇぇぇ!」


 「トレック……どうしたの? ちょっと落ち着いて」


 「落ち着いてられますか! エレーヌさんは今後買い物禁止です! 俺が全部買って来ますから!」


 「子供扱いしないでちょうだい」


 「子供より酷いから言ってるんですよ!」


 キリッとした表情言い放った彼女だったが、俺の反撃によって目を見開いて固まってしまった。

 どうやら、結構ダメージがデカかったらしい。

 ちょっと可愛い、ではなく。


 「とにかく! この白金貨一枚でもかなりお釣りが来る程度の買い物です! いいですか!? 普段着と戦闘服何着か。値切りはしましたが、これ一枚で全部買える程度の買い物なんです。戦闘用じゃなかったら、もっと安いです。普通ならその程度です、わかりましたか!?」


 叫んでみれば、彼女はヨロヨロしながらソファーに腰を下ろして俯いてしまった。


 「昨日見せた寝間着……金貨五枚」


 「その服屋教えて下さい、今すぐ燃やしてきます」


 確かに可愛かったけども、アレで大人の給料数か月分っておかしいだろ。

 あれくらいなら高くても銅貨二~三枚で買えるはずだ。

 どこのどいつだ、この人に百倍以上の金額で寝間着を売った馬鹿は。

 今すぐぶっ殺してやるから首を出せ。


 「で、でも普段保存食料などを売ってくれる老夫婦のお店では、お得意様になってるわ」


 「いくらですか?」


 「他の店では絶対に考えられない値段。聞いて驚きなさい、干し肉と乾パンに飲料水の三食分。ちょっとしたおまけも付けて銅貨二枚。まとめ買いすればもっとオマケしてくれるわ。なんと三食分が銅貨一枚と半銅貨一枚程度に割引してくれる事だってあるのよ?」


 「適正価格ですからぁぁぁ!」


 思わず頭を抱えてしまった。

 自炊で節約して、一日一銅貨! なんて言って貯金するヤツだって居るくらいだ。

 だというのに……この人は。

 全てを保存食に頼り、普通の者なら貧しい……というか味気ない食事をしながら、それが最安値だと思って食いつないでいたのか。

 いったいいつから? マジで?


 「ちなみに、今の状況を見るとお金が尽きる事もありますよね? その場合はどうしていたんですか?」


 「……」


 「エレーヌさん」


 やけに視線を逸らす魔女様に、ジリッと詰め寄って問い詰めてみれば。


 「本当にお腹が空いた時は……食べられそうな野草とか、倒した獣とか……焼いて」


 その一言に、思わず大きなため息を吐いてしまった。

 この人、絶対解体の知識とかないだろ。

 適当に捌いて、適当に焼いて食っている気がする。

 よく食あたりとか起こさなかったな、それも彼女の回復能力でなんとかなっているのだろうか?


 「とりあえず、今後はその老夫婦のお店以外では買い物をしない様に」


 「……納得いかない」


 「ボラれ過ぎなんですよ貴女は!」


 もはや何を言われても、全力で突っ込みを入れる他なかった。

 この人、本来は不要の出費を一年でどれくらい叩き出しているのだろう。

 そもそも稼いでいる額を知らないから何とも言えないが、収入の殆どがボラれた何にもならない金に回っている気がする。

 売った方も味を占めたとしか思えないな。

 だというのに粗悪品を平気で渡して来るとか……迫害している相手だったとしても心が痛むとか無いのか。

 というか売り手として恥ずかしくないのかと、全力で叫びたくなる。

 目の前に出された白金貨数枚だって、普通の人間にとっては年単位で稼ぐもの。

 これが前金って……しかも使い道が……。


 「とにかく! 今後の買い物は俺がやりますから! 後何か欲しい物はありますか!?」


 もはや頭が痛くなって来て、ウガァ! とばかりに吠えてみれば。

 彼女は少しだけ悩んだ素振りを見せた後。


 「やっぱり、ローブが欲しいわ。あと、今日のご飯はお肉が良い」


 「……了解です」


 せっかくのドレスだというのに、結局ローブに隠してしまうらしい。

 それから、もう……何も言うまい。

 肉食ですね、魔女様。


 ――――


 「いらっしゃ……あぁ、アンタかい」


 ヘッヘッヘと気安く笑う店主の老人が、紙煙草をぷかぷかしながら微笑んでくれた。


 「こんばんは。買い物、良いかしら」


 「ココは品を売る場所だ。いちいちそんな許可を取る客はいないよ」


 いつも通りのやり取りを交わしてから、私は店内に足を進めた。

 結構日常品も売っているが、ココはとにかくお酒が多い印象を受ける。

 私はあまりお酒を飲まないので、ほとんど買った事はないが。


 「今日も保存食かい?」


 カウンターから声を掛けて来る店主。

 他にお客が居ないからとはいえ、相変わらず豪快な事だ。


 「いえ、やけにお節介な人が居てね。可能な限り食事を作ってくれるらしいの。しばらくは保存食卒業かしらね」


 「だははっ、そりゃ良かった。お前さんにもついにお相手が出来たか」


 「そんなんじゃないわ。私は魔女よ?」


 なんて事を言いながら店主の方へと視線を向けてみれば。

 彼は非常に嬉しそうな顔で私の事を手招きしていた。

 歩み寄ってみれば。


 「ホレ、お祝いだ」


 「なんの?」


 「何でも良いじゃねぇか、そんなもん」


 カウンターの下から、やけに高級そうなお酒が出てきた。

 それを此方に押し付け、“持っていけ”とばかりに笑っている老人店主。


 「あの……お金は?」


 「あぁ? お祝いって言ったら、くれてやるって事だろうが。おぉーい! かぁちゃーん! 魔女様がおめでただ! なんか土産を持って来てくれぇぃ!」


 彼が叫べば、カウンターの奥からバタバタと慌てた様子で店主の奥様が。


 「本当かい!? これ持って行きな! 丁度良かったよ、焼き立てだから食べておくれ。元気な子が生まれると良いねぇ! あらぁ、今日は随分と綺麗なドレスじゃないか!」


 そう言いながら、大きなアップルパイを袋に詰め始めたでは無いか。

 なんだか、妙な誤解を生んでいる気がするのだが。


 「ちげぇ、御相手が見つかったって言ってんだ。そっちの“おめでた”の時には、もっとデカいヤツを作ってやんねぇと」


 「あぁなんだい、紛らわしいねぇ。でも、めでたい事には変わりないね。ホラ、持って行きな」


 やけに賑やかになってしまった雰囲気のまま、私の両手には高そうな酒瓶と大きなアップルパイが入った紙袋が持たされた。

 今までこんな事なかったのに、良いのだろうか?

 なんて、首を傾げていれば。


 「魔女は不幸を呼ぶ、なんて言われちゃいるがな。俺らに取っちゃ救いの手だったんだよ。やけに保存食料は買い込むし、他の商品だって買ってくれる。今時じゃどこにでも売っている様な物でさえ、いくつも買ってくれるアンタが居たからこそ、どうにか店を続けようって思えたってもんさ。なんたって、毎月買いに来るんだからな」


 クックックと笑う店主の言葉に、何となく恥ずかしくなってしまった。

 私としては、安いから買いに来た。

 というか他では売ってもらえない物でも、ここなら売ってくれる。

 その程度の感覚だったからこそ、改めてそんな事を言われると気恥ずかしい。


 「でも良かったねぇ、魔女様。ちゃんとご飯作ってくれる旦那様が見つかったんだろう? いいねぇ、ウチの旦那全然料理なんかしないからさ」


 「ほっとけ」


 「ほっとくさ、今わたしゃ魔女様と話してんだ」


 「謝るから会話に入れてくれ」


 「ホレ見ろ、世の中こんな男ばっかりだからね? いや、ここまで素直ならマシな方さ。魔女様もちゃんと男を選ぶんだよ?」


 なんだか良く分からない会話になって来てしまったが、この二人は幸せそうだ。

 “良かった”。

 今まで考えた事も無かったが、何となくそんな事を思ってしまったのだ。


 「でも、そろそろ店を畳むつもりだからねぇ。もしかしたら、コレが最後になっちゃうかもねぇ」


 「だなぁ。ウチの店はいつでも汎用的なモンは揃えたが、コレってもんがねぇ。酒なら自信があったんだが……今の若いのには合わないらしくてなぁ。他にお客を取られちまうのも仕方ねぇさ」


 そう言いながら、二人して少し寂しそうな笑顔を溢している。

 え、え? 店を畳むって事は、このお店が無くなっちゃう?

 一瞬思考が止まりそうになって、視線を忙しく動かしていれば。


 「気にしないでくれよ、魔女様。元々不景気だったんだ」


 「そうだよ、気にしないでおくれ。本当ならもっと早く畳むべきだったんだから。でもこんな雑貨屋に通ってくれる魔女様が居たからね、もうちょっとだけ続けたいって思ってやって来ただけさ」


 カカカッと笑う二人を見た瞬間。

 私は、カウンターに手持ちの白金貨を全てぶちまけた。

 まだトレックに代金を返していないけど。

 それでも。


 「今月はちょっと懐が温かいから。いつもどおりの保存食と、この店にあるお酒全部、このお金で売って。お釣りはいらないわ」


 トレックに注意されてしまったその日に、私は散財してしまうのであった。

 やってしまった、とは思うが。

 このお店が無くなってしまうのは、なんか嫌なのだ。

 だからこそ、私が持てる全てを使った。


 「……流石にコレは多すぎるぞ、魔女様」


 「お釣りはいらない」


 「そういう訳にはいかんだろう」


 「だったら……次の買い物はちょっと割引して。他のお店で買うより、ココで買った方が随分お得なのよ」


 それだけ言って、ニィィっと無理矢理微笑んで見せた。

 ヤバイ、表情筋が死んでる。

 絶対変な顔になっているはずだ。

 とか何とかやっている内に、老夫婦は笑い始めた。


 「ほんと、変りもんだな。魔女様は」


 「全くだよ、こんな古臭い店を助けた所で得なんてないだろうに」


 二人は、目尻に涙を溜めながら大笑いしてくれた。

 良かった、ウケた。私は今、そんなに面白い顔をしているのだろうか?

 なんて、両頬にムニムニ触っていれば。


 「ご購入ありがとうございますってな、物が多いから運ぶ形で良いな? 明日にでも馬車で家まで持って行ってやる」


 「そのアップルパイ、気に入ったらいつでも作ってやるからね。困った事があったら何でも相談に来るんだよ?」


 そう言って、彼等は笑った。

 あぁ、そうか。

 今の私の行動は、一時的だったとしても彼等を救ったのか。

 なら、良い。

 魔女が人を救えたのだ、そして感謝の言葉を貰えたのだ。

 だったら、これ以上ない報酬だろう。


 「また来るわ。だから、勝手に畳まないで。まだまだ欲しい物がいっぱいあるから」


 「おうよ、いつでも来い。欲しい物は何でも言え、仕入れておいてやる」


 やけに高そうなお酒と手作りのアップルパイを抱えて、本日は店を後にした。

 これだけでも、私にとっては豪華なのだ。

 散財するほどかと言われれば、ちょっと分からないが。

 でも、後悔は無い。

 “魔女”に対して普通に物を売ってくれるお店。

 ちっぽけな理由、そう言われてしまうかも知れないが。

 私はこの店で買った食料で食いつないできたのだ。

 随分と長い間、お世話になった店なのだ。

 だったら、少しくらいの恩返しは良いだろう。


 「トレックから、また怒られるかしら……あ、服の代金を返すお金も無くなってしまったわ……」


 私の元には来るなと言っておきながら、更に借りを作ってしまった。

 自分の軽率な行動と、これからの事を思うとため息が零れる。

 まぁ、何とかなるだろう。

 私は長い時を生きる魔女なのだから。

 というか、こんな事ならもっと早くあのお店を頼れば普通に買い物が出来たのかも……止めよう、悲しくなるだけだ。

 ブンブンと頭を振ってから、大人しく帰路に着くのであった。

 今日の夕食は、アップルパイだ。

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