第16話 東へ
あれから暫く経った朝。
俺達は馬車に荷物を積み込んでいた。
とはいえ、ほとんどがマジックバッグに収納されているので大した荷物もなくスッカスカのワゴン内。
「トレック、この馬車どうしたの? なんだかやけに豪華だけど」
「もらいました」
即座に返事を返してみれば、エレーヌさんが首を傾げながらこちらを眺めて来る訳だが。
それ以外に返し様が無いのだ。
「貴方、自分専用のマジックバッグ持ってなかったわよね? 腰に付いているソレは何処で手に入れたの?」
「もらいました」
「ちなみに腰にさしてある片刃の剣は」
「もらいました」
「……今日のトレックはそればっかりね」
とてもとても呆れた顔をされてしまったが、本当にコレ以外言えないのだ。
ちなみに剣はドラグさんから、旅に出るならと頂いた物。
その他にもメディさんから薬の数々や、薬草の図鑑。
更には調薬する為の道具に、彼女が色々と書きこんだ手帳まで頂いてしまった。
もしもの時の為にと色々用意してもらったが、中身を見た結果……この国周辺の植物なら大体分かるんじゃないかって程に、ぎっちり内容が詰まっている貴重な物だった。
いいのかな、コレ貰っちゃって。
とかなんとか思ってしまうが、それだけではない。
父さんからは何と、とんでもなく高価なマジックバッグを譲り受けてしまったのだ。
入る容量は多く、収容物の時間を止めるとまではいかなくとも、それに近い状態。
エレーヌさんの持っているマジックバッグの方が凄いモノだが、これだってとんでもない金額の物には間違いない。
そんな物を、えらく簡単に渡されてしまったのだ。
大人の男になった祝いだと、無事を祈るおまじないだと言って。
随分と高価なおまじないがあった物だと呆れてしまったが、断っても押し付けて来るのでありがたく頂戴することにした。
そして母さんからは大量の弁当を、長い事話をしていなかった兄弟達からは「これまで、ごめん」という一言ともに、旅の無事を祈るお守りを頂いてしまった。
もはやこの時点で色々貰い過ぎて、此方としては頭が上がらない想いだったのだが。
「面を上げよ」
最後の一人。
この国の王様から、またとんでもない物を貰ってしまったのだ。
「お主、トレックといったか?」
「は、はいっ!」
王城に入ったのも初めてだし、王の謁見室に足を踏み入れたのも初めての経験だった。
周りにはゴツイ鎧を着た兵士達がズラリと並び、あのクソヤロ……ではなく国のお偉いさんも近くに立っていた。
心臓が千切れるんじゃないかってくらいにバクバク騒いだし、変な事を言ったらその場で首がすっ飛ぶんじゃないかって心配しっぱなしだったのだが。
「全員、この場から立ち去れ。あぁ、すまん。トレック、お前だけは残れ」
以前見たお爺ちゃん国王は、相変わらず肉食獣みたいな瞳で此方を見つめながらそう言い放った。
周りの偉そうな人達から色々声が上がった訳だが、王様が「黙れ」と声を上げれば皆大人しく退室していき、残されたのは俺と王様のみ。
なんだこの事態は、こんなの礼儀作法でどうすれば良いとか教わってないぞ。
なんて事を思いながら脂汗をダラダラと流していると。
「トレック。お主に問おう」
「は、はい……」
重苦しい雰囲気のまま、王が口を開いたかと思えば。
「エレーヌとはどこまでいったんじゃ? ん? 言うてみぃ」
とんでもなく下世話な話が始まってしまった。
さっきまでの威厳は何だったのか思う程、王様……もはやこの時点でお爺ちゃんって感じだったが、彼はヘラヘラ笑いながら俺の近くまでやって来て腰を下ろし。
「お前さんには色々渡しておきたい物と、謝っておかなければいけない事があるんじゃ」
それだけ言って、彼は数枚の書類といくつかの物品を俺の前に置いた。
「どれ程役に立つかはわからんが、ちょっとした手形を拵えた。あまり離れた国では役に立たんかもしれんが、お前さん一人でも商売出来る筈じゃ。儂がお前の保証人になってやる」
「……はい?」
「商人の息子なんじゃろ? だったら各地で金を作るのはお主の役目じゃろうが」
「はぁ、そうですね」
なんかとんでもない物を頂き、話はどんどん進んで行く。
旅に必要であろう馬車、食料、金。
これら全てを前回のエレーヌさんの報酬とし、何故か俺に渡された。
そんでもって最後に。
「コレを、お主に託そうと思ってな」
「これは?」
思わず受け取ってみるが、今まで渡された物に比べれば随分と大人しい見た目の紙束。
軍事報告書、と書かれているが。
はて? と首を傾げてから一枚めくってみると。
「っ! これって!」
「あぁ、そうじゃ。過去のエレーヌの事が書かれている」
今までの重圧ばかりだった贈り物へのプレッシャーが一気に吹っ飛んだ気分だった。
エレーヌさん本人も忘れているという、彼女の記録。
“無情の魔女”に変わる前の、兵士としての彼女の過去。
その全てが、俺が持つ紙束に記録されているのだ。
「必要なら、読むと良い。判断はお主に任せる。本人も過去が知りたくなる時が来るかもしれんからのぉ、そんな時わざわざこの国に戻ってくるのは手間じゃろうて」
なんて事を言いながら彼は姿勢を正し、スッと静かに頭を下げて来た。
「すまなかった」
思わず「は?」とか声を上げて、しばらく固まってしまう程には異常事態。
ちょっと展開が早すぎて付いていけない。
だって国王が俺に対して頭を下げているのだ。
こんな現場、他の人に見られたら速攻で俺の首がどっかに飛んで行ってしまう。
だというのに、彼は。
「儂一人の力では、“魔女”に対する差別を払拭することは出来なかった。エレーヌにとっては随分と嫌な経験ばかりさせた事だろう。そしてトレック、お主にも非常に嫌な想いをさせたであろう。もっと上手く民の心を動かせればよかったのかもしれないが、儂には無理じゃった。しかし、これが世界の常識とも言える。“魔女”に対しての反応は、他国でも変わらぬかもしれん、もっと酷いかもしれん。それでも、お前は彼女と共に行くか?」
そう言って、更に頭を下げた。
あぁ、なるほど。
この国で、魔女を想っている人は俺だけじゃなかったのか。
よく考えればそうだ。
アレだけ見下していて、排他しようとしていた存在の魔女。
彼女の無理難題を押し付けるだけなら分かるが、国から大金が報酬で支払われるというのは異常だ。
こういう人が居なければ、多分もっとはした金で彼女は動かされていた事だろう。
依頼内容は、とんでもないモノばかりだったが。
そこは、やはり彼なりの立場というモノもあったのかもしれない。
全てを納得する事は出来ないが、一応飲み込む事は出来た……気がする。
確かにこの人は王様だ、最高権力者だ。
でも今の世の中、独裁主義が行き過ぎれば民は付いて来ない。
反乱を起こす可能性だってある。
だからこそ、ギリギリ干渉できる事を続けていたのだろう。
「貴方は、何故魔女を……エレーヌさんを助けようとしてくれたんですか?」
純粋な疑問を投げかけてみれば、彼は。
「ちょっとした憧れと、昔の記憶故。と言った所かのぉ……本当に幼い頃の記憶じゃが、彼女はあの頃から変わっておらぬ」
少しだけ照れくさそうに言ってから、王様は頬を掻いた。
もしかしたら、この人は魔女になる前のエレーヌさんを知っているのかもしれない。
国の兵士だった頃のあの人を、その眼に焼き付けているのかもしれない。
そしてこの人にとっても、エレーヌさんは特別な人だったのかもしれない。
そんな事を考えると、ちょっとだけモヤッとするが。
「では、話は以上じゃ。こんな若造とこれ以上恋バナをするつもりはないから、終わりで良いな?」
「恋バナ……」
「良いな!?」
「良いっす」
呆れながら適当な返事を返すと、彼は満足気に頷いてから静かに立ち上がった。
そして。
「儂には無理じゃったが、どうか……あの人を笑わせてやっておくれ、トレック。良い旅を」
「ありがとうございます、王様。……でも、えっと。エレーヌさん、結構笑いますよ? ご飯の時とか」
呟いた瞬間、王様が固まってしまった。
不味い、余計な事言ったかもしれない。
「ふ、ふふふふ」
「あの、失言でした。あの人“無情の魔女”ですもんね、笑いませんよね。俺の勘違いだったかもしれません」
「ふはははは!」
「ほんと、マジで! 勘違いだったと思うので、その怖い笑い方止めて下さい!」
「馬車もくれてやるから良い旅をなぁ!? トレックゥ! 誰か、誰かおらぬかぁ!? この者を城外まで摘まみだせぇ! 傷はつけるなよぉ!?」
「王様ぁ!?」
その後突撃して来た兵士に両腕を掴まれ、俺は城外まで連行された。
最後に視界に映った王様が、ベーっと舌を出しながら中指を立てていたのは忘れもしない。
アイツ、絶対昔ろくでもないクソガキだったろ!
未だに思春期抜けてないだろ!
なんて罵倒を心の中に納め、お城からペイッと捨てられたのが先日の事。
「王城に行ったかと思えば、こんなお土産まで貰って来て……」
「俺も驚いてますよ……あ、外装に使われている金なんかは、後で引っぺがして売りますか」
「凄い事言うのね」
だって、目立つし。
それくらいに、豪華な馬車を頂いてしまったのだ。
黒塗りで、金ぴかの装飾で飾られていて。
更に立派な馬が三頭も居る。
あ、そうか。
他所の国で馬ごと売ってお金にすれば良いんだ。
そしてそのお金で普通の馬車を買う、完璧じゃないか。
何てことを考えながら一人でウンウンと頷いていれば。
「この子がディンブラ、こっちはルフナ。アナタはキャンディって名前にしようかしら」
はい、馬車はまだしも馬を売る事は出来なくなりました。
エレーヌさん……動物とか好きだったんですね。
速攻で名前を付けられてしまった。
三頭の馬はそれぞれ毛色が少しだけ違うモノの、綺麗な茶色……というか紅茶みたいな色をしている。
可愛い名前の癖に、えらくムキムキの馬達だったが。
「これはしばらく、旅の仲間は減りそうにありませんね」
「トレック、まさかとは思うけど……減らすつもりだったの?」
彼女だけではなく、何故か馬達にまでジッと見つめられてしまった。
わかった、売らないから。
お前等三頭は末永くお世話になる事にするから、そんな瞳でこちらを見ないでくれ。
「ま、まさかぁ? こんな頼もしそうな馬ですよ? 別の国に行ったら普通の馬車に変えようなんてこれっぽっちも――」
「トレック」
「よろしくなぁ! ディンブラ、ルフナ、キャンディ!」
「それで良いわ」
とりあえずの和解を済ませ、全ての荷物を積み込んでから。
俺が御者をしながら国の門まで馬車を転がした。
ガラガラと緩やかな音が響き、ゆっくりと進んで行く。
エレーヌさんは馬車の中の座席に座り、俺は前。
ちょっと寂しくなってしまいそうな座席位置だったが、これも商人をやっていた時なら何度も経験した事。
ぼんやりと考えながらゆっくりと馬車を進めていれば、懐かしいと言うには直近すぎる光景が視界に入って来る。
入国門前の大広場。
エレーヌさんが門を吹っ飛ばした影響で、今では簡易門が設置されている広場が視界に入った。
「あ、あれ?」
「どうしたの? トレック」
小窓から顔を出したエレーヌさんも、不思議そうな声を上げながら俺の視線を追った。
そこには。
「見送りくらいさせろ」
「随分と良い馬車に乗ってるじゃないか、これなら安心だね」
ドラグさんに、メディさん。
「本当に行ってしまうんだな……無事を祈ってるぞ」
「いつでも帰って来て良いんだからね? 絶縁の書類なんて、いつだって撤廃してやるんだから」
父さんに、母さんまで居る。
そして、俺の兄弟までもが気まずそうにしながらも広場で待っていた。
「皆、なんで」
思わずポツリと呟いてみれば。
「何でもクソもあるか、お前達の無事を祈ってんだよ」
ドラグさんが、恥ずかしそうに鼻を擦りながら盛大に笑って見せた。
あぁ、本当にこの人達は。
思わず涙ぐみながら、彼等に感謝の言葉を返そうとしていたその時。
「兄ちゃん! そこの兄ちゃん! 待っとくれ! 間違いねぇアンタだ! 良かった……間に合った」
いつか見たお爺さんが、息を切らしながら此方に向かって走って来ていた。
確か、ウチに酒瓶を大量に送って来たお店のお爺さんだった筈。
何てことを思っていれば彼はこちらの馬車に取り付き、ドンドンと馬車の扉を叩き始めた。
「魔女様! 居るのかい!? 俺だ、アンタがいつも買い物に来てくれてた店の爺だよ!」
えらく慌てた様子で、叫び始めるお爺さん。
そんなに慌てなくても、急に馬車走らせたりしないから……なんて、声を掛けようかと思ったのだが。
「久し振り、元気そうで何よりだわ」
俺より早く、エレーヌさんが扉を開いた。
優しい微笑みを浮かべながら、彼の事を迎え入れていた。
「す、すまんな急に。コレ持って行ってくれ、婆さんが焼いたアップルパイと、俺の餞別だ。本当にありがとう、俺達はアンタに助けられた。それに、噂で聞いたよ。他所から来た悪い魔女を、アンタがやっつけてくれたんだろう? ありがとうな、魔女様」
エレーヌさんに荷物を渡した彼は、慌ただしく言葉を紡ぎ始める。
自分が俺達を無理やり止めてしまっているとでも思っているのだろう。
今の内に全てを伝えなければと焦っている様にも感じる程、彼からは何度も“ありがとう”と紡がれた。
「おかしな人ね、私も魔女だというのに」
クスッと小さく笑うエレーヌさんは、彼から受け取った荷物を大事そうに胸に抱き、頭を下げた。
「私も、ありがとう。貴方達が居たから、私が魔女でも生きて来られた。あのお店、長く続けてね?」
「あぁ、あぁ! もちろんだ! 次にこの国に帰って来た時には、えらくデケェ雑貨屋に変わってても驚くんじゃねぇぞ?」
「それは楽しみね、期待してるわ」
それだけ言ってから、彼女は馬車を降り俺の隣に座って来た。
そして。
「行って来ます。それから、そっちの人たちには……その。トレックを、しばらく借りるわね?」
もう少し言い方は無かったのだろうか。
思わずそんな突っ込みを入れたくなってしまう程、不器用な挨拶を交わす魔女様に誰しも呆れた笑みを返した。
「おう、行って来い。達者でな」
「帰ってくるときは、三人でも四人でも良いんだがね。若いんだから、頑張んな」
ドラグさんは清々しく手を振り、メディさんはおかしな事を言っている。
「魔女様。ウチの息子を、お願いいたします」
「いつか、孫の顔を見せて下さいね?」
ウチの両親も何か言い始めた。
そんでもって。
「兄さんが魔女様に入れ込む理由が分かった気がする」
「俺も」
兄弟達がポツリと呟いていたので、こっちからはニカッと思い切り笑みを返してやった。
「めっちゃ美人だな、“無情の魔女”様は」
そんな事を言われれば、答えてやるしかあるまい。
なんたってこの人は、これから俺と二人で旅をするパートナーなのだから。
「羨ましいだろ、でもやらねぇからな。んじゃ、行って来ます!」
それだけ言って、俺は馬車を走らせた。
皆に手を振ってから、手続きをして国の門を抜けてみれば。
目の前には広大な大地が広がる。
振り返ってみれば、随分遠いがまだ皆の姿が見えた。
だからこそ、見えなくなるまで手を振り返していたのだが。
「本当に、良いの?」
未だしつこく問い詰めて来るエレーヌさんが、俺の隣で不安そうな声を上げて来る。
「言ったじゃないですか、一緒に居るって」
「でも」
「でもじゃないです。しかも既に国を出ちゃいました」
ケッケッケと意地悪く笑いながら、馬車を走らせていく。
ここから始まるのだ、俺達の旅が。
俺は元商人……いや、手形を貰ったから今もか。
当然隣国には足を運んだこともある。
でももっとその先へ、まだ見ぬ大地へ旅立つともなれば、気分は高揚してくるというものだ。
「じゃぁ……その、どこへ向かうの?」
「さぁ?」
「さぁって」
「では、東に?」
「何で東?」
さっきから質問ばかりの魔女様に、思い切りニカッと笑って見せた。
「道に迷っても、太陽が昇る方に進めば東ですから」
「……適当な理由」
確かに適当だし、今考えた行き先ではあるのだが。
それでも良いじゃないか。
とりあえず道を決めて、近くの街や村によって。
地図とか買って、次を決める。
これぞ旅だ。
本気の、馬鹿みたいに自由って奴だ。
だったら、それを楽しむのも旅の醍醐味ってヤツなのだろう。
「ちなみにエレーヌさん、馬車の中に戻っていても良いんですよ? こっちじゃ乗り心地もあんまり良くないでしょうから」
「……一人じゃ暇だから、こっちに居るわ」
「そうですか」
「そうよ」
そんな意味も無い会話を繰り返しながら。
俺達は今日、旅に出るのであった。
商人と、“無情の魔女”の二人旅。
前途多難であり、行き先も決まっていない。
だとしても、俺達は。
本当にくだらない事を話して、笑い合いながら。
ゆっくりと馬車を進めていくのであった。
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