第17話 旅路


 「いやぁ、予想はしてましたけど。やっぱり隣国には入国拒否されちゃいましたねぇ」


 「ごめんなさい……」


 物凄く落ち込んだエレーヌさんが、ポソポソと呟きながら項垂れている訳だが。

 魔女を連れての旅なのだ。

 こんな事、最初から予想出来ている。

 そんでもってあまり気遣った台詞ばかり吐いていても、今後が辛くなるだけだ。

 だからこそ最初から冗談みたいな雰囲気を作って、今の内に慣れておく必要があるのだろう。

 それこそ、二人で「今度の街には入れると良いね」とか笑って言える様に。


 「何度も言ってますけど、想定内ですからね? 謝ってもらう必要なんか、これっぽっちもありませんよ」


 「でも、トレックだけなら入国出来たかもしれないし……」


 「それじゃ一緒に旅をしている意味がないでしょ。食べ物が尽きそうって事態にならない限りは、無しの方針でお願いします。ギリギリの時には、俺だけお使いに行ってすぐ帰ってきますよ。これくらい覚悟の上での二人旅です、こういう事態も楽しまないと今後続きませんよ?」


 ヘラヘラと笑いながら、熱した網の上に乗っけた代物にタレを塗り、ひっくり返す。

 うんむ、良い焼き色だ。

 隣国に門前払いを食らってしまったので、現在は適当な街道脇で野営中。

 立派な馬車があるし、いちいちテントを張らなくて良いのは楽だ。


 「でもろくに買い物も出来ないし、例え売り物が出来てもお金にならないんじゃ……待って、トレック。それは何?」


 「さっきから目の前で焼いてるのに、今更過ぎません?」


 あまりウチの国では主流ではなかったが、一応買えない代物ではなかった筈。

 見た事もないのだろうか?

 彼女は興味津々なご様子で、ユラユラと湯気を上げる“ソレ”を覗き込んでくる。


 「なんて言う食べ物? 凄く良い匂いがする。それにこんなもの何処で手に入れて来たの?」


 「エレーヌさんが沈みまくって馬三頭を撫でまわしている時に、国に入る前の行商人から買いました。あと道中で貴女が討伐した魔獣の素材とかその他諸々、その時売りました。国に入れなくても商売は出来ますよ。というか、今は俺も行商人になるんですかね」


 「いつの間に……トレックは中々抜け目ないのね」


 「お褒めに預かり光栄です」


 適当な返事を返しながらもう一回ひっくり返してみれば。

 うん、良い焦げ目。

 匂いも良いし、そろそろ良いだろう。

 そんな訳で、幾つも並ぶソレらを皿に取り分け彼女の前に差し出してみせた。


 「はいどうぞ、焼きおにぎりです。米っていう食べ物でして、パンみたいに主食として食べる物です。それをギュッと握って、携帯食料にするのがおにぎり。そんでもって、調味料で味を付けながら焼いた物が、コレです」


 「さっき水をザブザブしていたのもコレ?」


 「米を食べるには、食べる前に色々手間と時間が掛かるものです。でも今回は運が良かったんですよ? かなり丁寧に精米されています。ここの所流通量が多くなって来ている証拠ですね」


 「せいまい?」


 「凄く綺麗に処理してくれたって事です」


 首を傾げながらも、彼女はお皿を受け取りクンクンと匂いを嗅いでいる。

 食べる前に匂いを嗅いで判断しようとするの、なんか猫や犬みたいだな。

 なんて事を思って眺めていれば、グゥゥ~っと盛大に彼女のお腹が鳴った。


 「……これは、違うわ」


 「そうですか」


 「とても良い匂いだったから。でも、違うわ」


 「何も言ってませんって」


 ほんのり赤く染まった彼女に、もはや何も言うなとばかりに焼きおにぎりを進めてみると。

 再び彼女は首を傾げてしまった。

 ありゃ? まだ何かあっただろうか?


 「どうやって食べれば良いのかしら? パンみたいに掴んで良いの?」


 あぁ、なるほど。

 知らない食べ物だというのに、フォークも箸も用意していない。

 確かに混乱するのも分かる、俺も最初は戸惑った記憶があるし。


 「そうですね、コレは掴んで食べて大丈夫です。おにぎりじゃなければ、箸で食べたりするんですけど。でも熱いから気を付けて下さいね? あ、手は洗いました?」


 「失礼ね、食事前なんだから手は洗ったわよ」


 ムスッとした表情を浮かべながら、彼女は焼きおにぎりの一つに手を触れる。

 その瞬間。


 「アチッ!」


 えらく可愛い声を上げながら、すぐさま手をフーフーし始める魔女様。

 何この生物、凄く小動物っぽい。


 「……違うわ」


 「そうですか」


 もはや何度目かと言いたくなるやり取りを交わしてみれば、彼女も言い訳を諦めたのか改めて焼きおにぎりを睨んだ。

 そして指先でちょんちょんっと触り、温度を確かめる。

 今度は少しばかり温度が下がっていたのか、ホッと息を吐いてから一つ目の焼きおにぎりをつかみ取り……はむっと音がしそうな程、小さな口を開いてちょびっとだけ口に含んだ。

 何この生物、凄く――


 「んんっ!」


 次の瞬間、エレーヌさんがいつも通り壊れた。

 目を輝かせ、嬉しそうに口元を緩めながら、幸せそうに咀嚼していく。

 お気に召した様で何よりです。

 とか何とか思いながら、俺も一口。

 うん、旨い。

 やっぱりこの調味料と一緒に焼くと最高に旨いんだ、おにぎりってヤツは。

 見た目はどす黒い液体な癖に、随分と味わい深い。

 地域によって名前が違ったりするが、大体は醤油と呼ばれているらしい。

 しかし生産地が遠いのか、困った事に高いのだ。

 此方に流れて来る頃には数も少なくなっているし、買い占める事も嫌がられる。

 どうにかコイツの生産地まで足を運び、現地で安く大量に買えないモノかと考えてしまうが……あ、そういうのを旅の目的にしても良いのか。

 行く当てなんか無い旅なのだ、美味しい物を探す旅っていうのも面白いかもしれない。

 そんな事を考え、思わず口元を緩めていると。


 「あー……んむ」


 正面からそんな声が聞え、思わず視線を向けてみれば。

 そこにはやはり小動物が居た。

 さぞ美味しかったのだろう。

 ニコニコしながら先ほどよりずっと大きな口を開けて、焼きおにぎりに迫っていくエレーヌさん。

 大事そうに両手で一個のおにぎりを掴み、はぐっとばかりに噛みついてみせる。

 表面をパリッとするくらいに焼いたので、噛みしめた瞬間には良い音が響き、モグモグと頬張る彼女も幸せそうだ。

 見よ、コレが魔女の姿だ。

 ちょっと欲張り過ぎたらしく、頬が膨らんでリスの様になっている。

 彼女はホフホフと熱い息を溢しながら、それでも美味しそうに食事をしているこの光景を見て、誰が迫害出来ようか。

 やはり食と可愛い生き物は偉大だ。

 戦地に現れた猫とかに兵士が夢中になる、みたいな与太話を聞いた事があるが、アレは絶対実話だと思うんだ。

 どんな辛い環境に立たされようが、美味しい物と可愛いモノを前にすれば人間頬が緩むというモノ。

 なんて事を思いながら、ニヤニヤしてエレーヌさんを眺めていると。


 「な、なに?」


 不味い、ガッツリ観察しているのがバレた。

 いつも通りの無表情に戻り、少しだけ身を引きながら視線を逸らされてしまう。

 しかし、今日はそんな動作すら破壊力があるのだ。


 「エレーヌさん、頬にお米がくっ付いてます」


 「……うそ」


 「本当です、しかも結構な数が」


 美味しかったですか、そうですか。

 とかなんとか言ってしまいたくなる程、彼女のほっぺには米粒がくっ付いている。

 夢中になって食べてたもんね、仕方ないね。


 「ホラ、取りますから。ジッとして下さい」


 「ん」


 大人しく顔を此方に寄せて来る彼女の頬から、一つずつ米粒を撤去していく。

 なんだろう、異性としてドキドキするというより子供の面倒を見ている気分になって来た。

 微笑ましいという表現が一番正しいのだろう、無駄にニヤニヤしてしまう。


 「トレック、笑い過ぎ」


 「笑ってませんよ」


 「笑ってるわよ」


 ムスッと不機嫌そうになる彼女を見て、更に頬が緩んだのを感じた。

 俺は旅の間、ずっとにやけている変な奴になってしまうからもしれない。

 そうなるとただの不審者になってしまうので、むしろ俺が無表情を心掛けないと。


 「終わった?」


 「もうちょっとです、いっぱい付いてるので」


 「……一言余計よ」


 本当に、表情を変えるようになった。

 街に居た頃が嘘みたいに、何かあれば反応を示してくれる。

 今でも無表情に戻る事は多いけど、それでもずっと色々な顔を見せてくれるようになったのは確かだ。

 そんでもって、そのまま回収したお米をパクッと口に入れてみれば。


 「あっ」


 「はい?」


 彼女からは、とてもとても悲しそうな視線が向けられてしまった。

 はて、と首を傾げてみる訳だが。


 「……あぁ、なるほど。俺の一個あげますから」


 「いいの?」


 「気に入った様で何よりです」


 それだけ伝えれば、彼女は再び頬を緩めて食事を再開するのであった。

 今更だけど、さっきの行動って普通なら結構大胆だよな?

 俺の勘違いじゃないよな?

 だというのに、彼女の場合は“そういった”感情よりもまずは食欲優先らしい。

 なんとも、今後が思いやられるというか……進展するのが難しそうというか。

 思わずため息が零れてしまいそうにもなるが。


 「コレ、凄く美味しいわね。特に表面が香ばしいわ」


 「醤油って調味料です。この辺じゃ少し珍しい物で多少高価なので、あまり多用は出来ませんが。魚や肉にも合いますよ?」


 「万能ね」


 「そうですね、また見つけたら追加しておきましょうか。その為にはたくさん稼がないと」


 とんでもなく抜けた会話をしながら、俺達の食事は進んで行く。

 まぁ、なるようになるさ。

 なんと言っても、昔よりずっと表情豊かになった彼女が嬉しそうにご飯を食べているのだ。

 この光景が毎日見られるだけでも、旅に出た甲斐はあったというモノだろう。


 「これからの旅、美味しいモノ探しでもしますか。珍しい調味料とか、味わった事のない食べ物とか探して」


 「いいわね、色々な所で色々なモノを食べてみたいわ」


 どうやら彼女も乗り気な様だし、俺達の旅の方針はこれで良いだろう。

 知らない所に行って、美味しい物を探す。

 後ついでに、住みやすそうな環境を見つけるって事で。

 何年掛かるか分からないし、終わりがあるのかすら分からないけど。

 それでも。


 「明日も、美味しいモノ食べましょうか」


 「えぇ、そうしましょう」


 食事の時だけテンションの高い魔女様は、ふんすっとばかりに拳を握ってみせるのであった。

 あぁもう、また米粒つけてるし。

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