第18話 日の当たる方角へ
「やっと動けるくらいにはなったかしら……」
木陰に身を顰めながら、全身に張り巡らせた蔦を解いていく。
そこには痛々しい所じゃない大きな傷跡が残っている。
脇腹から肩に抜ける様に、ざっくりと。
この傷が完全に癒えるまで、肌を露出する様な服装は出来た物じゃない。
まぁ、見せる相手も居ない訳だが。
思い切り溜息を溢し、植物で作ったドレスに身を包んでいく。
エレーヌ・ジュグラリス。
彼女の一撃によって、本来なら死を逃れる事の出来ない傷を負ったはずだった。
しかし持てる魔力の全てを使って、周囲から植物やゴーレムを集め防御に徹したお陰で、なんとか命拾いした。
衝動的な行動ではあったが、私にも生存本能の様なモノが残っていたらしい。
それでもこれだけの傷が残り、治療に随分と長い時間を使ってしまったが。
彼女が探知系の魔術持ちじゃなくて本当に良かった。
もし微力ながらも私の魔力を感じられたのなら、間違いなくトドメを刺しに来たことだろう。
あの紅い斬撃に吹っ飛ばされ、魔力も使い切り、何とか移動出来たのは国周辺の森の中。
すぐさま姿を隠した為、今の所彼女にも街の人間にも見つかってはいない様子。
そのまま傷を癒し、周囲にビクビクしつつ過ごしてきたが……それも今日で終わりだ。
「これから……どうしましょうねぇ」
流石にもう一度“無情の魔女”に挑もうとは思わない。
アレだけボロボロになるまで傷付けても最後まで抗い、魔術一つで此方の全てを奪い取った存在。
そんな化け物に、相手が万全の状態になっているであろう所に攻め込む程馬鹿じゃない。
それに、私の人形達も全て壊されてしまった。
今の私では、以前よりも弱体化した状態で戦う事になる。
やるならまた“お友達”を増やしてから……。
「なんて、考えるだけ無駄ね。もうあの子の前に立つのだって恐ろしいわ」
久々に感じた、恐怖という感情。
なかなか刺激的ではあったが、そう何度も味わいたいとは思えない。
もう一度大きなため息を溢してから、グッと体を伸ばした。
さて、さっさとこの国から離れよう。
私がココから離れてしまえば、もうあの魔女とは出会う事が無いはずだ。
彼女は、この街であの少年と平和に暮らしている筈だから。
ある意味、良い経験が出来たのかもしれない。
生き残ったからこそ思える感想な訳だが、それでも。
彼女は私の常識を破壊してくれた気がする。
魔女とは世界の何処にも行き場が無くて、永い時の中をたった一人で生きていくモノ。
そう思っていたからこそ、私は誰かを害する事に抵抗がなかった。
一人で居たくないから、人形を増やして寂しさを紛らわす。
何度も何度も繰り返して来たが、やはりいつまで経っても満たされなかった。
でも、私達の様な“魔女”にだって寄り添ってくれる人族が確かに居る事が分かった。
私と彼女では、色々と違う所が多いが。
しかし“魔女”という一番大きな問題点は同じ。
なのに、彼女には隣に立ってくれる誰かが居た。
その光景を見た時、正直に“羨ましい”と感じた。
だがそれ以上に、“もしかしたら私も”と思ってしまったのだ。
こんな私でも、世界の何処かには一緒に居てくれる人がいるのかもしれない。
淡い希望なのかもしれない、今までの行いを考えれば神様だって呆れる甘えた考えなのかもしれない。
それでも、今まで何も無かった私の中に小さな“願い”が生れたのは確かだった。
人間は怖い。
人族でも、獣人でも。
魔女を見ると皆顔を顰めて石を投げて来る。
随分と昔の記憶も蘇るが、今や私だって似たような醜い存在なのだろう。
だったら、一度恨むのも見下すのも止めてみようか。
何てことをぼんやりと考えながら、とりあえず森の中を歩いた。
何処へ行こう? この辺りの地理なんかないから、適当に歩くしかないのだが。
とりあえず、東に向かおうかな。
そしたら朝一番に日光を浴びる事が出来る。
私は“寄生の魔女”、植物使いのアイビーなのだから。
日が落ち、暗い森の中をガサガサと音を立てながら進んで行く。
それなりに国からも離れただろうか?
徒歩だからそこまで早く移動は出来ないが、結構な距離は歩いた気がする。
とかなんとか、考えた瞬間。
「……そこに居るのは誰? 隠れていないで出てきなさい」
進行方向の背の高い草の中、何かが身を顰めている気配を感じた。
獣じゃない、魔物や魔獣という感じもしない。
でも間違いなく何かが居る。
多分、人間。
森の中で私から隠れようとしても、ハッキリ言って無駄な事だ。
「害意はないわ、顔を見せなさい」
そちらに敵意が無ければ、だけどね?
なんて事を思いながら警告し、周囲の植物を呼び寄せる。
いつでも攻撃できる態勢が整った。
急に草むらから飛び出して来ても、かき分けた草すら私の武器に変わる。
だからこそ、悠然と待っているつもりだったのだが。
「……聞いているの?」
いくら待っても返事をしないどころか、ピクリとも動かない何か。
向こうにも敵意が無いという事なのか、それとも耳が聞こえないのか。
諦めて溜息を溢し、此方から草むらをかき分けて歩み寄ってみた。
すると。
「子供?」
草むらの中に、まだ小さい女の子が転がっていた。
茶色い髪の毛は随分とボサボサで、着ている物だって擦り切れていて、お世辞にも綺麗と言える状態じゃなかったが。
そんな子供が、膝を抱えたまま静かに寝息を立てていた。
孤児だろうか?
いや、だとしても国から離れた森の中に一人で居るのは不自然だ。
とてもじゃないが健康には見えない体つきだし、一人でここまで来たとも考えにくい。
逃亡奴隷って言う訳でもなさそうだし、迷子という雰囲気もない。
というかこんな所で人族の子供が単独で居れば、間違いなく魔獣の餌になるだろう。
見たところ、この子がこの場所に来てからそう時間は立っていない筈。
だとしたら、何?
「起きなさい」
改めて声を掛けてみれば、彼女はうつらうつらしながらもゆっくりと頭を上げた。
そして、ぼんやりとした瞳で私の事を見上げて来る。
「ママ?」
「誰がママよ、子供を産んだ記憶なんかないわ」
ピシャリと言い放てば彼女は慌てて目を擦り、今度はしっかりと私の顔を見つめて来る。
ぱっちりと開いた瞳は、髪の毛と同じ色。
なんというか、本当に“普通”の人族って感じだ。
「……だれ?」
「むしろ貴女が誰よ、こんな所で何してるの? しかも一人で。獣の餌になっても知らないわよ?」
質問に質問で返してみれば、彼女は慌てて立ち上がり周囲を見渡してから。
あぁ、うん。というよく分らない返事を返して再び座りこんだ。
なんだこの子、本当に良く分からないのと遭遇してしまった様だ。
首を傾げ、しばらく待っていると。
「お母様が、ここに居なさいって。迎えが来るまで待っていられたら、今日はご飯を食べさせてあげるからって」
「はぁ?」
急にしっかりした口調で喋り始めた彼女は、膝を抱えながら正面の暗闇を見つめていた。
視線の先には、森が広がっている。
しかしそのまま突き進めば、街道に出られるであろう方向。
あぁ、つまり。
「貴方、捨てられたのね。まぁ口減らしなんて今に始まった事じゃないけど」
言葉にしてみれば、彼女は膝を抱いた腕にグッと力を入れた。
でも、何も言わない。
十歳とちょっとくらいだろうか?
これくらいの歳なら、気に入らない事を言われればギャーギャー騒ぎながら反論してきそうなのに。
「そのお母様ってのも馬鹿ね。子供なんて、捨てるより奴隷として売ってしまった方がお金になるのに」
詳しい訳では無いが、そう聞いた事はあった。
平民の子供とは家業の跡取りか、労働力。
どちらにもなり得ない子供は、すぐに売られてしまう。
それがこの世界の常識であり、人の街では当たり前のやり取り。
生憎と私には関係のない世界だったので、当時もちょっと聞き耳を立てるくらいで関心はそこまで持たなかったが。
「私は、出来損ないだから売れないの。売りに行って、出来損ないが家に居るって噂が広がったら嫌だって、お父さんも言ってた」
まるで他人事の様に、自らの事を語る少女。
その瞳は、目の前の暗闇しか映していなかった。
悲しみも、憎しみも。
感情らしい感情が何も無い様な瞳。
なんだか、イラッとした。
お前は人間だろうに、私達魔女の様に迫害されて生きていくしかない存在ではないだろうに。
まるで世界で一番不幸みたいな雰囲気を出しながら、何故か不幸を嘆かない。
人間というのは、そういう生き物じゃなかった筈だ。
自らの不幸は嘆く癖に、相手の不幸は嘲笑う。
私が見て来た人間は、皆そうだったというのに。
「随分と呼び方に統一性がないのね。お父さんにお母様。最初はママって言ってたのに」
もうどうでも良いかと言わんばかりに、ため息を溢しながら声を洩らしてみれば。
「ママはね、昔死んじゃったから。新しく来たお母様は、そう呼ばないと怒るの。お父さんは……よくわかんない」
「分からないって何よ」
子供の話とは要領を得ないモノ。
それは分かっていたつもりだったが、まさかここまでとは。
いい加減放っておいて、このまま進もうかなんて思い始めたりもした訳だが。
「お姉ちゃんは、森の妖精さん?」
「はぁ?」
思わず進もうとしていた足を止めてしまった。
コイツ、何を言い出しているのだろうか。
魔女に対して、よりにもよって妖精だなんて。
妖精といえばアレだ、子供にとっては空想の世界で憧れに近い存在だろう。
神様、天使、妖精などなど。
男の子だったら勇者とか英雄とかに憧れるのだろうが。
「だって、森のドレスを着てる。それに凄く綺麗だし、森の中に一人で居る。妖精さんじゃないの?」
今度は子供の方から不思議そうに首を傾げられてしまった。
森のドレスって……確かに植物を使った服を着てはいるが。
「いい? 私は魔女よ」
「魔女?」
「そう、知っているでしょう? 怖い怖い魔女、近くに居るだけで不幸になる存在なの」
こう名乗ってしまえば、誰だって怖がる。
それが今までの“普通”であり、私の生きて来た世界。
だったはずなのに。
「妖精さん、知らないの? 魔女様は銀色の髪をしてるんだよ? お父さんには近付いちゃ駄目だって言われたけど、凄く綺麗な色なの」
「いや、貴女それエレーヌの事じゃ……あぁ、まぁ。あの国に居たならそういう認識でもおかしくないのかしらね……」
なんかもう疲れた。
事細かに説明した所で余計疲れそうだし、何でも良いやとばかりにため息を吐いて座りこんでみれば。
「妖精さんは、これからどこに行くの?」
私のドレスの裾を引っ張りながら、少女はそんな事を呟いた。
「東に行くわ。これって言う目的は決まっていないけど」
「東ってどっち?」
「太陽が昇る方よ」
「妖精さんは、太陽の妖精さんなの?」
「あぁもう……面倒くさい」
今更だけど、何故こんな子供に構っているのかとアホらしくなって来た。
放置して、さっさと先に進めば良かったのに。
我ながら何をしているのかと、もう何度目になるか分からないため息を溢していると。
「私も、ちゃんとした体なら……皆からいらないって言われても、旅が出来たのかな」
ぽつりと呟き、彼女は自分の足をガリガリと引っ掻いていた。
普通の掻き方じゃない、まるで傷つける事を厭わない様な。
えらく雑で、忌々しいと言わんばかりにズボンの上から爪を立てている。
「足、何かあるの?」
そう声を掛けてみれば、彼女は無表情のままその場でズボンの裾をまくり上げて見せた。
下から現れたのは。
「あぁ、毒に犯されているの?」
彼女の片足はえらく変色しており、腐り落ちていないのが不思議なくらいに青紫色に染まっていた。
「昔、小さいときに毒虫に刺されたんだって。覚えてないくらい小さい時だけど、商人さんが持って来てくれた木箱の中に、他所の国の魔虫が混じってたんだって。最初は変な色になっただけだったんだけど、もう歩けないくらいに痛いの……」
それだけ言って、彼女はズボンの裾を元に戻した。
ふむ、魔虫か。
確かに他所の国に流行った流行病などが、虫や動物を経由して国を渡る事はよくあると聞く。
発生源の国なら治療法が考えられ、周辺国にもその情報や薬が広がっていく。
がしかし、たった一匹の小さな虫程度であればどうか。
ずっと遠い国から来た病気が、たった一人に感染しそれ以上広がらなかった場合。
とてもじゃないが国が動くとも思えない。
私からすれば知った事じゃないし、そのまま滅んでしまえと思う様な国はいくつもあったが。
「ちょっと見せなさい。どこまで広がっているの?」
「え?」
不思議そうに首を傾げる少女は、状況が呑み込めない様子ながらおずおずとズボンを下ろし、私に足を見せて来た。
太もも辺りまで紫色の痣らしきものは広がり、くっきりと肌の色と毒に犯された箇所が分かれている。
あぁ、なるほど。
これは随分と遠い国で見た事のある症状だ。
確か毒草を喰らって育った虫が、特殊な卵を拵えて相手に植え付けるというモノだった筈。
私も一度やられて、一部だけ変色した事はあったが。
植物を自らの体に寄生させ、鬱陶しい卵を取り除いた記憶がある。
このまま放置すれば色の分かれ目辺りから大量の虫が湧いて来て、残っている人体を食い散らかす。
長い長い時間を掛けて種を増やす、随分と趣味の悪い魔虫の仕業だ。
「少し……いえ、かなり痛いけど。治してあげましょうか?」
「……治るの?」
「多分ね、約束はしないけど。でも本当に痛いわ。貴女の体から悪い物を無理やり押し出す事になるし、原因を取り除いてもしっかりと動く様になるまで時間も掛かる。随分と経っているみたいだから、もしかしたらこの脚は諦めることになるかもしれないけど」
無感情にそう告げてみれば、彼女はしばらく黙った後、静かに微笑んで見せた。
「やっぱり、森の妖精さんだ」
「だから違うって言ってるでしょ」
そう言ってから彼女の太ももに手を当ててみると、少女は何も言わずに頷いた。
ならば、始めようか。
「“寄生の魔女”がどういうモノか、よく目に焼き付けると良いわ」
呟いてから、私は魔術を発動させた。
周囲から迫ってくる植物、私が保管している植物の種なんかも芽を出し、彼女の皮膚を貫いていく。
そして少女の体内へと侵食した植物は、原因を探して肉の中を動き回る。
「あああぁぁぁぁぁ!」
「我慢しなさい」
暗い森の中に少女の獣の様な絶叫が響き渡り、彼女の上半身は痛みに耐えてバタバタと暴れまわる。
でも、私が触れている足だけはほとんど動かなかった。
痛みに全力で耐えているのが分かる程、足に力が入っているのが分かる。
だというのに、意地でも下半身だけは動かさない様に頑張っている様だ。
ただの人間の癖に、よく耐える。
何てことを思いながらも、植物はやがて原因である虫達を見つけ出し、それを端から喰らっていくのであった。
――――
「随分と溜め込んでいたのね。これが一斉に生まれていたら、もしかしたらあの国にも結構な被害が出てたかも」
正直、どうでも良いけど。
何てボヤいていれば、ずっと苦しそうな呼吸を続けている少女が、涙を浮かべながらこちらを見上げて来た。
「はっ、はっ……おわっ。お、おわ……」
「終わったわよ、無理に喋らなくて良いわ。まだ色はそのままだけど、その内元に戻るんじゃない? もう虫も居ないし、解毒もしたから」
適当な言葉を紡ぎ、植物達に集めさせた木の実を齧る。
ついでとばかりに少女の口にも押し込んでみれば、彼女は涙を流しながらソレを齧り始めた。
さっきまであんなに泣いて騒いで、至る所から水分を垂れ流していたのだ。
水分が多い木の実が近くにあって良かった。
……良かった?
何故そんな事を思ったのか、自らの思考に首を傾げてしまうが。
「これで……普通に、歩ける?」
「さぁ? さっきも言ったけど毒虫は殺したから、治っていくとは思うけど。私は医者じゃないから、そこまでは知らないわ」
そっけなく呟いてみるものの、彼女は両手を顔に当ててまた涙を溢し始めた。
手はさっき木の実を食べたからベトベトだというのに、全く。
歩ける、歩けると小さな声を洩らし、しばらく泣き続けていた。
「私、捨てられた」
「そうね」
随分と時間が経った後、少女はポツリとそんな事を呟いた。
「でも私は、普通に歩ける様になりました」
「だからまだすぐには無理だって言っているでしょ? 元通りに治るかどうかも知らない、私の話を聞いていたの?」
呆れた声を洩らし、もう一つ木の実を差し出してみれば。
彼女は涙で汚れた顔に笑みを浮かべ、両手で大事そうに受け取った。
そして。
「私を連れて行ってくれませんか? 妖精さん」
少女は、訳の分からない事を言い始めた。
思わず食べかけの木の実を取り落とし、ポカンと間抜け面を晒してしまったが。
この子は、自分の言っている事を理解しているのだろうか?
いや、間違いなくしていないだろう。
なんたって、まだ妖精呼ばわりしているし。
「無理よ」
「なんでもします、お願いします」
「何が出来るっていうのよ」
「家事全般と、料理くらいなら」
「そんな足でやっていたの?」
「はい、でも足が治ったらもっと出来るようになります」
なんだろう、良く分からないけど。
何故かこの子の家族に殺意が湧いて来た。
「頑張って着いて行きます、遅れたりしません。だから――」
「もういいわ」
ピシャリと彼女の言葉を遮ってみれば、彼女は悲しそうな瞳を此方に向けて来た。
いつか、こんな瞳を見た気がする。
ずっと昔、本当に昔の記憶だが。
ある日突然環境が変わり、皆が自分の事を“いらないモノ”だと言って来て。
そして最後に縋ったその人にさえ、見放される。
そんな誰かの、情けない瞳。
相手の瞳に映った、“発生”したばかりの情けない魔女の姿。
今にも泣きそうなその瞳は、その愚か者とよく似ていた気がした。
だから。
「私も一人には飽きていた所だったからね、ペットでも飼ってみようかしら」
「……それじゃぁ!」
言った傍から、彼女はパァっと明るい笑みを浮かべる。
全く、ペット呼ばわりされたというのに。
何故そんなに嬉しそうに出来るというのか。
本当に、子供というのは謎だ。
「飽きたら捨てるから、そのつもりで。あとその足じゃろくに歩けないでしょ」
ちょいちょいっと指を動かせば、周囲の蔦が集まり少女の足に絡みついていく。
簡易的ではあるが、補助器具の様な物を作ってみた。
これなら多分、今の状態よりずっと歩きやすくなる筈だ。
それに植物は私の魔力で動かしているから、この子に負担も少ない。
後は体力が衰えている様にも見えるから、少しでも栄養の有る物と薬の類を作って……。
ここまで考えて、バッと顔ごと視線を逸らす。
何をやっているんだ私は。
「やっぱり、森の妖精さんです」
「うるさいわね。魔女だって言ってるでしょ」
クスクスと笑う彼女の顔を直視出来ないくらいに恥ずかしくなり、更に顔を背けた。
誰かと関わる事に飢えていた自覚はあった。
だからこそ、エレーヌと戦いながらも会話している時は楽しかったし、自分でも驚く程高揚していたのは覚えている。
彼女だけは、私を恐れずに言葉を紡いでくれたから。
その結果は惨敗だったとしても、満足のいくモノだった。
しかし、今はどうだ?
相手はただの人族、しかも子供だ。
向こうが私の事を理解していないから恐れていないだけ、そうとしか言い様が無いというのに。
何故私は、この子にここまでしてあげているのだろう。
私達“魔女”を迫害する、人間に対して。
「出発は明日の朝よ、早く寝なさい」
「ここで、眠るんですか?」
「さっきまで膝抱えて眠っていたじゃない……」
呆れた声を溢しながらも周囲の柔らかい草を此方に集め、周りには木々と蔦で防壁を作り上げる。
一晩くらいなら、これで周囲の警戒なんぞしなくて済むはずだ。
「これで良い? 地べたより眠りやすいでしょう?」
「はい、妖精さん! ありがとうございます!」
「だから……もういいわ、早く寝なさい。それともまだお腹が空いてるの?」
「はいっ!」
「どっちに対しての返事なのよソレは……」
それからしばらく、リスの様に木の実を頬張る彼女の事を眺めていた。
その後満足した様子を確認し、二人揃って植物のベッドに横になる。
私にとってはいつも通りの環境、夜空を眺めながら外で眠る日々。
だというのに、今では隣に他人が居る。
まったく、おかしな事になったものだ。
「こんな柔らかいベッドで眠るのは、覚えている限り初めてです」
なんだかさっきから、変に敬語交じりというか。
子供っぽさを隠そうとしている気がする。
そうしないと、捨てられるとでも思っているのだろうか?
まぁ、何でも良いけど。
「そう」
「ありがとうございます、妖精さん。今日は……人生で一番良い日に、なり……ました」
隣で目を閉じた少女からは、すぐさま寝息が聞こえ始めた。
随分と疲れていたのだろう。
私と出会うまでは、この暗闇に一人で居たのだから。
なんて、らしくもない事を考えた後瞼を閉じた。
これは、ほんのちょっとの気まぐれ。
飽きるまでの暇つぶし。
今まで私がやって来た事を知れば、この子だって離れていく筈。
そんな事は分かり切っているからこそ、本当にちょっとした遊び。
だからこそ、であるからして――。
「あぁもう良い……明日また考えるわ」
訳の分からない感情が胸の内に渦巻く中、無理矢理にでも眠ろうと瞼に力を入れた。
しかし今日に限って中々寝付けなくて、何度もゴロゴロと寝返りを打っていれば。
「妖精……さん」
寝言を言いながら、少女が私にしがみ付いて来た。
あぁもう、寝返りも打てなくなってしまったでは無いか。
全く、これだから子供は。
「ここに居るわ」
声に出して、彼女を抱きしめてみれば。
少女の寝顔が少しだけ和らいだ気がした。
本当にこれだから……コレが、子供なのね。
私より少しだけ高いと感じられる体温に、掌に返って来る柔らかい感触。
暖かい。
随分と久しぶりに、そんな事を思った。
「しばらく、面倒みてあげるわ。感謝しなさい」
それだけ言って、今度こそ夢の世界へと落ちていく。
何故だか今日は、とても良い夢が見られる予感がするのであった。
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