2章

第19話 入国


 「あの国は、気を付けた方が良い」


 立ち寄った村で、急にそんな事を言われてしまった。

 買い物を続けながら、それは何故かと問いかけてみれば。

 物を売ってくれた村人は顔を顰めながら言葉を続ける。


 「あそこは、人を狂わせる。全種族平等を謳っちゃいるが……逆に言えば、どの種族にだって容赦がない」


 これだけ聞くと、次に立ち寄れそうな国は無視してもっと先を目指そうか。

 なんて事も考えてしまう訳だが。

 次の国を無視してしまうと食材などなど、少々心もとない事になってしまうのは確かだ。

 だからこそどう危険なのか、何をそんなに恐れているのか。

 ソレを詳しく聞き出そうとしてみれば、村人はちょいちょいっと人差指で手招きしてみせた。

 周りに人は居ないのだ、耳を寄せろという事では無いのだろう。

 という訳で、硬貨を数枚彼の手に握らせてみれば。


 「もしも立ち寄るつもりなら気を付けな、兄ちゃん。あそこは金が全てだ。貴族だろうと、平民だろうと、種族が違おうと、全てから金をむしり取る。多分あの国なら、その……なんだ、兄ちゃんが連れている“魔女様”だって入れるだろうよ。でも、絶対に借金だけは作っちゃいけねぇ。絶対にだ」


 「借金するつもりはないですが……」


 「皆そう言ってあの国に入っていくんだよ、ウチの村の若い連中だってそうだ。その影響が、コレだよ」


 そう言って両手を広げる彼は、周囲を見渡した。

 こちらも周りを見渡してみれば、目に見える範囲に“若い衆”は少ない。

 流石に全く居ないって訳ではないが、俺が見る限りほとんど老人か、本当に幼い子供などなど。

 一番労働力になりそうな年代が、随分と少ない気がする。

 村というには立派というか、結構な数の建物があるにも関わらず、だ。


 「ちょっとした旅行、ほんの少しだけ遊びに行くだけ。そう言って若い連中はあの国に踏み入れる。この村には無い物が溢れている、でっけぇ国ってヤツが見たくてな。そんで、帰ってこなくなっちまうんだ」


 「単純に移住したって可能性は?」


 「少なからずそういう奴は居るだろうよ。でも、全部じゃねぇ」


 何故そう言い切れるのか、不思議に思って首を傾げてみれば。

 彼は慣れた様子で説明を続けるのであった。


 「考えてもみな、兄ちゃん。子供が少しデカくなって、旅行に行くって旅立った子連れの夫婦。ソイツ等が家も家具も、財産まで置いたまま姿をくらますと思うかい? それにあの国からはやけに格安で奴隷が回って来るんだよ。老人やら子供やら、まるで使い潰したかの様に怯えた状態でな」


 「それは確かに異常ですね」


 なるほど、建物は多いのに若い世代が少ない理由はソレか。

 なんだか嫌な感じがジワリジワリと広がって来る気分だ。

 もしかして次の国は影で闇取引をしているとか、そういう類の国なのだろうか?

 だとしたら、金が全てというのも頷ける話だが。

 なんて事を思いながら、ウームと唸っていれば。


 「何はともあれ、もしも寄るなら……のめり込み過ぎない事だな。若い奴は特に、引き時ってヤツを知らねぇ」


 「……はい?」


 急に世間話でもするかのような、呆れた雰囲気に変わってしまった彼に思わず面食らってしまった。


 「だから、雰囲気に呑まれんなって言ってんだよ。一度空気に呑まれちまえば、あっと言う間にスッカラカン。借金を拵えた日には、出て来られねぇような国だって言ってんだ」


 「つまり、その国は……」


 「ギャンブルの国だな」


 思わず、盛大な溜息が零れてしまった。

 なんだよ、物凄く警戒して損した気分だ。

 えらく不穏な空気を醸し出したかと思えば、賭け事にドハマりして戻って来られない奴らが多いってだけかよ。

 なんて、この時は思っていたのだが……。


 ――――


 「「「「ウォォォォォ!」」」」


 会場の熱気が、この身を包んだ時。

 俺は前の村で出会った彼の言葉を思い出していた。

 なるほど、確かにこれはヤバイ。

 自分の財布の中身を忘れてしまう程、白熱した空気に当てられる。

 次の勝負までに時間がない、だからこそ急いで賭け金を突っ込みにカウンターに走りたくなってしまう。

 コロシアムで行われている、一対一の賭け試合。

 “魅せる為”の戦闘とは、これ程までに人を呑み込んでしまうのか。

 この国の熱気は異常だった。

 ちょっと見学程度に立ち寄っただけで、お金を賭けていない俺ですら感化してしまう程に。


 「トレック」


 「……」


 「トレック!」


 「はいっ! はいなんでしょう!?」


 隣の席に座り、すっぽりとローブを被ったエレーヌさんに強めの言葉を頂いてしまった。

 不味い、完全に呑まれてた。


 「もう行きましょう」


 「で、でも次の試合が……」


 「私たちは賭けてないわ。それに、今日の宿を探す方が先。せっかく国に入る事が出来たんだから、今日はベッドで眠りましょう?」


 美女からのベッドのお誘いという強烈な衝撃に、俺の頭は正気に戻った。

 いや、本当にそういう御誘いという訳ではない事くらいは分かってるんですけどね?

 今日は馬車の中で寝なくて済むって言っているだけなんですけどね?


 「そうですね。久しぶりに入国出来た訳ですし、今日は美味しい物食べましょうか」


 「それが良いわ。こんな目に見えて勝つ方が分かる勝負、見ていても面白く無いもの」


 「ん? ん? エレーヌさん、今なんて?」


 聞き間違いだろうか。

 今この場では絶対に聞えてはいけない台詞が、俺の耳に入って来た気がするんだが。


 「何かおかしな事を言ったかしら? 勝つ方が最初から分かる勝負なんて、見ていてもつまらないでしょ? 術師が居ないのなら、戦士と武器の状態を見れば大体わからない?」


 なんかこの人、とんでもない事言い始めたんだけど。


 「明日、ちょっとだけ賭けても良いですか? もちろん資金集めですよ!? やましい気持ちがある訳じゃありませんよ!?」


 「……別に、良いけど」


 ちょっとだけ呆れた視線を、彼女から向けられてしまうのであった。


 ――――


 まさにギャンブルの国。

 そう言って過言ではない程、ここの国民は賭け事が好きな様だ。

 そこら中に賭ける場所があり、適当に立ち寄った飲食店から露店まで、至る所で軽い勝負を吹っかけて来る。

 飲食店なんかだと分かりやすく、遊び心が満載って感じだったが。

 他の地域より少し高めの値段設定で、勝負に勝てば一品オマケ。

 負ければそのまま代金を払うというモノから、逆に値段を安く設定し負ければ割り増しなんて所もある。

 露店なんかで言えば、勝負も非常に単調なモノで。

 ジャンケン、サイコロを振る、カードを一枚引いて数字の大きい方が勝ち。などなど。

 どこにいってもこの調子なので、確かに運が良くないとお財布には優しくない国だ。

 なんて、思っていたのだが。


 「んふふ」


 エレーヌさんは、非常にご機嫌な様子。

 それもその筈、両手には大量の露店飯を抱えているのだから。


 「エレーヌさん、勝負に強いですね……カード以外」


 「当然よ、魔女だもの」


 良く分からない事を言いながら、串焼きをパクリ。

 とても豪快に肉厚の牛肉を焼いたもので、タレも凄く良い香りがする。

 ジャンケン三回勝負。

 二回勝てれば一本の値段でもう一本オマケ、三回とも勝てればお値段変わらずまさかの三本。

 逆に負けた分だけ値段割り増しという、とんでもない勝負に乗った結果。

 彼女は三本の串焼きをゲットしたのだ。

 その他の露店でも彼女は勝ち続け、今では両手から零れんばかりのご飯を抱えている。

 ただし、カードだけは苦手だったようだが。


 「何はともあれ。この国が魔女に対して、そこまで否定的な感情を持っていなくて助かりましたね」


 「恐れてはいるけど、それ以上に利用価値があるって雰囲気ね。さっき見に行った、コロシアムの試合に参加してくれって誘いがしつこかったわ。門の所で」


 「ま、強そうな人が来たら誘う様にしているのでしょう。気にしなくて良いと思いますよ?」


 会話をしながら街中を歩いていれば、彼女の方から先程の牛串が差し出された。

 そのまま受け取りパクリと一口。

 うん、うんまい。

 肉厚なのに柔らかいし、何より香辛料がガツンと来る。

 これはお酒を飲みながら食べたいヤツだ……調味料系も結構揃っているみたいだし、結構買い足しておかないと。

 なんて事を思いながら、パクパクと食べ歩きしていれば。


 「おじさん、それ一つ」


 「おんやぁ? 嬢ちゃん、他所の国の人かい? ウチの飴は旨いよぉ。しかし、俺は強いぜ? 自慢じゃないが、俺はジャンケンで負けたことがねぇ」


 「臨む所」


 えらく不穏な空気を漂わせながら、物凄くどうでも良い自慢をして来るおじさん。

 どうやら果実を串に刺して、周りを飴で包んだ菓子の様だ。

 とても綺麗な色をしているが、売っているおじさんが胡散臭い事この上ない。

 俺一人だったら絶対近づかないであろう露店に勝負を吹っかけたエレーヌさんだったが。


 「ばかなぁぁぁ!?」


 おじさんを秒で片付け、エレーヌさんが二本の飴菓子を持って帰って来た。

 この人、マジで勝負に強い。


 「なんか、敵なしって感じですね……」


 「これでも、魔女ですから」


 「いやだから……ん? ちょっと待ってください。エレーヌさんジャンケンの時って何をどうやって勝ってます?」


 普通だったら、意味の分からない質問。

 ジャンケンにどう勝つも何も無いだろう、とか言われてしまいそうな御言葉だった訳だが。


 「普通に勝っているだけよ? 相手の拳を注視して、形が変わるのを観察して。最終的に出て来るであろう手が読めた瞬間に、勝つ為の手を出す。ジャンケンってそういうモノでしょう?」


 なるほど、把握した。

 この人ズルしてる。

 ズルじゃないけどズルしてる。

 魔女の身体能力をフルに使って、露店から食べ物を巻き上げてますわ。


 「ちなみにサイコロとかは……」


 「視界に映る最後の光景を覚えて、その後はカップの中で回る音を聞いて。けどジャンケンの方が楽ね、サイコロはやっぱり読み難いわ。重りが入っている様なモノの方が逆に分かりやすかったわ」


 駄目だ、この人に物理的な勝負を挑んだ時点で負けなんだ。

 だからカードは弱かったのか。

 物理じゃ対処しようがないし、視覚情報もないですもんね。

 今更ながら、凄く納得してしまった。

 あと最後にとんでもない事言っていたな、どこの露店だイカサマサイコロ使ってんのは。

 だが、勝負は勝負だ。

 勝てば良いのだ。

 何処かで売っているなら俺も買おう、今後必要になるかもしれない。

 まぁそれはともかく。

 こちらは身体能力が色々とんでもないってだけで、イカサマをしている訳ではない。

 ということで、堂々と巻き上げようではないか。


 「買い出し、ちょっと多めにしておきましょうか。露店飯も買っておけば、俺達のバッグを使えば後でも食べられますし」


 「いいわね、全部勝つわ。でもカード以外の所を選んで」


 ふんすっと気合いを入れ直す彼女は、リンゴの飴菓子を一本此方に差し出して来た。

 あ、旨い。

 しょっぱいモノを食べた後なので、甘いモノも美味しい。

 そして何より、お菓子に夢中になっている魔女様が非常に目の保養になる。


 「今食べているヤツ以外バッグに仕舞っちゃいましょうか。服汚れちゃいますよ」


 「そんなに子供じゃないわ」


 「いや、口の周りを汚しながら言われても……」


 何だか変な所で突っかかって来る魔女様に溜息を一つ溢しながら、大量の露店飯をマジックバッグに収納していく。

 なんだか凄く切なそうな瞳を向けられてしまったが、これからもっと色々買う予定なので我慢して頂こう。


 「それじゃ、行きましょうか。まずは旅の間の食材と調味料などなど、後は道具と他所で売れるモノも揃えておかないと」


 「屋台……」


 「美味しそうなのを見つけたら、買って良いですよ。でも、明日は稼ぎますからね? 試合の賭け予想と、買い物の時の勝負はお願いします」


 「任されたわ」


 そんな訳で俺達は街中を練り歩き、初日から結構な金額のお買い物をしてしまうのであった。

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