第7話 新しい依頼と新しい仕事


 色々あった訳だが、次の日になっても国のお偉いさん達が俺達をひっ捕らえに来ることは無かった。

 エレーヌさんは「衝突が起きた事は前もあったけど、その時も何も無かったから多分平気」とか呑気な事を言っていたが。

 こちらとしてはハラハラしながら一晩を過ごす事になった。

 この件もまだ安心出来る訳では無いが、次なる問題。

 テーブルの上に置かれた一枚の手紙、というか依頼書。


 「受けるんですか? こんなふざけた依頼」


 「国の王様からの依頼だから、受けるしかないわ。それに、報酬も良いし」


 先日訪れたあのクソヤロ……眼つきの悪い男性が置いて行った袋と手紙。

 袋の方は前回の仕事の報酬だったようで、エレーヌさんのお財布は再び随分と重くなった。

 この人適当な麻袋のままお金を持ち歩いているので、今度ちゃんとしたお財布を買って来よう。

 そして二つ目。

 新しい仕事の依頼らしいのだが、はっきり言おう。

 内容が滅茶苦茶だ。


 「周囲の森に大型の魔獣が出た“らしい”、“おそらく”ここ最近増えていると報告のある怪鳥の上位種と“思われる”。至急討伐せよって……不確定な要素ばかりだって言っている様なもんじゃないですか、正確な場所も書いてないし。更に調査じゃなくて討伐ですか、何も居ないって事態は想定してないんですかこの人達は」


 「事実多くの被害が出ているって事でしょうね。件の魔獣の仕業じゃなかったとしても、それに近い何か。もしくはそう偽装して被害を出している連中が居る、というじゃない? 国がまだ動いていないなら、狩る獲物は何かしら居る筈よ」


 もう慣れましたと言わんばかりの様子で、準備を始めるエレーヌさん。

 とは言え、あまり荷物は多くはない御様子。


 「しばらく家を空ける事になるわ、その間よろしく」


 何をよろしくされたのか良く分からないけど。

 普通なら家の管理とか、相手が居なくなる事で仕事が増えたりだとか色々あっての“よろしく”な訳だが。

 今の所共同でやっている仕事などはなし、家は酒瓶だらけで掃除も何も出来たモノではない。

 どうしたものかと首を傾げていれば。


 「出来れば……一本でも多く減らしておいて」


 「とても納得のいく“よろしく”でしたね、本当に」


 少しだけ申し訳なさそうな雰囲気が漂ってくるが、もうこれだけ数が多いとご近所さんに配ってしまった方が早い気がする。

 魔女からの贈り物と言うと警戒される可能性があるので、この機会に俺の知り合いに片っ端から渡して行ってやろうか……なんて事を考えている間にも、彼女は準備が整ったのか玄関へと向かい始めた。


 「ちょ、ちょっと待ったエレーヌさん! しばらく家を空けるって、その間の食事とかどうするつもりなんですか!?」


 慌てて声を掛けてみれば、彼女はバッグに手を突っ込んでから、あるものを取り出した。

 それは、彼女がよく齧っていた保存食量各種。


 「こんな事もあろうかと、お酒と一緒に買っておいたの」


 「絶対嘘だ。特に何も考えず買ったでしょう」


 「……ほ、本当よ」


 思いっ切り目を逸らしながら、そんな台詞を吐かれてしまった。

 確かにしばらく仕事で帰らないなら、そういう食事も致し方ない事ではあるのだが……。


 「せめて初日だけでも、お弁当とか持って行きます? 必要ならすぐ作りますよ。あ、でも戦闘となると、あまり荷物は増やさない方が――」


 「絶対に必要になるわ。いくらでも待つからお願い出来るかしら」


 秒で席に戻って来た魔女様。

 うん、本当に。

 “無情の魔女”って、誰が言い始めたんだろう。


 ――――


 「こんにちはー。トレックですけどー、居ますかー?」


 エレーヌさんを送り出したその日の内に、伝手を作っておいたお店に顔を出した。

 俺も俺で稼がなければ生活できない、という訳で新しい職場である。

 正式に従業員として働くというよりかは、日雇いのお手伝いの様なモノだが。

 逆にそういう曖昧な立場の方が目立たないし、いざって時に動きやすい。

 そして魔女と関わっていると知られた時にも、店側からも切りやすい立場って訳だ。


 「おー来たかトレック。しばらく忙しくなるかも、なんて言ってたのに。案外早かったんだな」


 カウンターの奥から、髭モジャ笑顔の巨漢が登場した。

 ここは小さな薬屋。

 だというのに、どう見ても店の雰囲気と合っていないガタイの良さ。

 見た目からして、武器屋とかに居た方がしっくりきそうな雰囲気だ。


 「ドラグさん、お久し振りです。急に来ちゃってすみません。お手伝いできる事とかありますか?」


 とりあえず挨拶をしてから頭を下げてみれば、彼は豪快に笑いながらグッと親指を立てて見せた。


 「いくらでもあるぞぉ? 品物の整理から在庫管理、市場調査に売り込みなどなど。俺はガサツだからなぁ、掃除なんかもやってくれると助かっちまう。給料は一日いくらって感じの、前に言った払い方で良いよな?」


 「えぇ、もちろん。なんでも言って下さい、可能な限りお力になります」


 「だははっ! ウチに品を売り込みに来た時から、お前は欲しいと思ってたんだ。ガンガン働いてくれよ?」


 そんな訳で、無事お仕事確保。

 何処に行っても何かしら仕事が出来るようにと、色々な事を勉強しておいたのが役に立った。

 知識の源となる書物を与えてくれた父には、本当に頭が上がらない想いだ。

 絶縁しちゃったけど、でも感謝してます。

 まぁその知識のお陰でこういう小さなお店なんかにもコネを作り、様々な所で売り上げを出せる横の繋がりを作って来たのだ。

 今では実家は大忙しだと思うが、確かな売り上げを着実に伸ばしている事だろう。


 「そんじゃまずは……っと、その前に。婆ちゃんにも顔見せてやってくれ。トレックはいつ来るんだって最近うるさくてよ」


 「あはは、覚えていて頂けた様で光栄です。ちょっと挨拶してきますね」


 ちょいちょいっとカウンター奥を指差すドラグさんに言われるまま、関係者でなければ立ち入れないであろう空間に足を踏み入れる。

 少しだけ暗い廊下を進み、突き当りの扉を軽くノックしてから押し開けば。


 「うわぁ……道具がまた増えましたか? メディさん」


 「やっと来たかいトレック坊や! ウチに働きに来るって言うからずっと待ってたのに、全然来やしない! 早く手伝っておくれ、このままじゃ道具に埋もれちまうよ!」


 道具の山の向こうから、背の低いお婆さんが何とか顔を出して叫んでいた。

 彼女はメディさん。

 店主のドラグさんの祖母であり、店の調薬師。

 俺がこの店に品を卸すきっかけとなったのが、このお婆さんなのだ。


 「新しい道具を使う様になったのは良いですけど……増やし過ぎじゃないですか?」


 呆れた声を上げながら物を避けて歩み寄ってみれば、彼女は気分上々と言わんばかりの様子で様々な道具を使いながら調薬を続けていた。


 「わたしゃ古い道具で古いやり方しか知らなかったけどねぇ。アンタに教えてもらった道具はとにかく楽だ、それに早く仕事が終わる。だったら色々使ってみたくなるってもんさね」


 ケッケッケと笑いながら、メディさんは次から次へと道具を変えていく。

 なんとも元気なお婆ちゃんだ。

 他の薬屋にも道具を卸す事はあったが、ここまで多種類の調薬具を使いこなす人はそこらには居ないだろう。


 「お役に立てたようで何よりです。それで、今は何を?」


 「ポーションの類なんだがね? 新しい道具に頼ると早い、簡単。それが謳い文句だろう? しかし昔の作り方に比べてちと純度が落ちる。だから合わせて使って、品質の良いポーションがお手軽に出来ないかって試している所だね」


 「で、結果は?」


 「何だろうねぇ、もうちょっとなんだけど。作るのは早くなっても、純度がそこらのポーションと一緒になっちまうんだよ。ホラ、ご覧よ。これなら私が手作りで作った方が“効く”薬が出来るよ」


 彼女から差し出されたポーションを受け取り、ジッと液体を眺める。

 見た目はその辺で売られているポーション、飲み薬と同じだ。

 この薬は体が傷を治す速度を速め、体力も回復させる事から風邪薬などにも使用される。

 少し手を加えてやれば、傷そのモノに振りかけて治療にも使われるという非常に汎用性の高い薬。

 とはいえ、これでは特効薬とまではいかないのだが。


 「う~ん。見た限り、どこにでも売っているポーションですね。確かにこれじゃ、ココじゃないと買えないっていう特別感がない」


 「だろ? ちょっと道具を見ておくれよ。わたしゃ“魔道具”にはあんまり詳しくないからね、説明が書いてある通りにしか理解出来ないんだよ」


 魔道具とは、なんて言っても言葉のままなのだが。

 魔法が使えない人間が、魔法を使用する為の道具。

 それは家庭から戦闘にまで幅広く使われ、数えきれない程の種類がある。

 薪が無くても炎が使える鉄板とか、火を使わずとも明かりを灯す街頭などなど。

 非常に便利な道具ではあるのだが、一つの物をそのまま使おうとしない人間にとっては少々難しい構造……というか魔術が付与されていたりするのだ。

 早い話、目の前のメディさんのように組み合わせて使おうとしたり、はたまた改造したりしようとする場合だ。


 「手作りの時の代用、その道具はほぼ全て揃っている訳ですよね? なら動作には問題ないって事ですか?」


 「途中途中で様子を見たんだけどね、工程としちゃ問題無さそうなんだよ」


 「なるほど……であれば、魔素の影響かもしれませんね。ポーションに使われる薬草も魔素を含み、それを上手く活用する事でポーションに変わりますから。何処かの魔道具が余分な雑味と言える様な魔力を放っていたり、逆に余計な魔素を吸収してしまっているのかも。一つずつ解明していきましょう」


 「ヨッ! 道具の専門家! 待ってたよ!」


 「薬の専門家様には敵いませんよ」


 二人してそんな事を言い合い、ポーション制作の工程を一つずつ見せてもらう。

 アレを変えればどうだ、こっちを変えたらこうだと話し合いながら。

 結果。


 「おぉーい、トレック? そろそろこっちにも顔を出して欲しいんだが……」


 痺れを切らしたドラグさんが迎えに来た頃、俺と老婆は狂喜乱舞していた。


 「ドラグ! ホラ、ドラグ! これを見てみなよ! 前より純度の高いポーションじゃ! 手作りにはもう一歩及ばんが、それでもここまで近づいたぞ!」


 「メディさんが作ればハイポーション級は固いですからね。このまま突き詰めていけば、お手軽にハイポーション大量生産も可能になるのではないかと」


 「うひゃひゃひゃ! こんな小部屋でお手軽に大量生産出来るとなったら、そこらの大企業の奴らも真っ青じゃろうなぁ! なんたって大金を使って生み出していた代物を、こんな薬屋が似た品を売り出すんじゃからなぁ!」


 キャッキャと騒ぐ俺達を他所目に、ドラグさんは非常に呆れた視線をこちらに向けていた。

 何故だろう。

 このままメディさんが手作りするようなハイポーションが大量に作れる様になれば、このお店の売上だってかなり上がる筈なのに。

 何てことを思いながら、彼からの反応を待っていれば。


 「あんまり急にデカい変化を起こして、他所から恨まれない様にな? あと品が有るのは良い事だが、売る為の努力も必要だろうに。トレック、明日も来られるか? 明日こそ、店先を頼む」


 「あ、はい」


 完全に忘れていたが、薬作り以外にも仕事は多くあるのだった。

 いくら凄い薬が大量に作れる様になったからとはいえ、すぐに売れるという訳ではない。

 この店の信頼を作り、新しい薬もしっかりと“使える”と周知されてからではないと、お客はお金を落さない。

 そして何より、ココは小さな薬屋だ。

 まずは多くの人に知って貰わないと、売れる物も売れない。

 その為にはまず、客足を増やさなくては。

 このお店はたたき売りしたり、ばら撒けるほどの在庫やお金がある訳ではない。

 詰まる話お客を増やす工夫をしながら、まずは客単価を少しでも上げる事が最優先。

 今来てくれているお客さんにより多く買ってもらい、品の信用を得る。

 更にそこから言伝に噂を広め、新たなる顧客確保を目指さなければいけない。

 簡単に言えば、売れる物があっても相手がいなければお金にならないのだ。

 しかし、今回のは大きな一歩であることは間違いないだろう。


 「とりあえず店の模様替えと掃除。ぱっと見で”入りやすそう”って見た目の店にしたいと思っているんだが……明日はお前の意見も聞きながら少しは進めたい。元商人の意見だ、期待してるぜ?」


 ニッと口元を吊り上げながら、ドラグさんが俺の肩を叩いて来た。


 「はいっ! 任せて下さい!」


 どうやら明日は、また違う感じに頭と体を使う事になりそうだ。

 とはいえ、やはり仕事を任せられるのは嬉しい。

 だからこそ、明日も頑張ろうという気になって来るってもんだ。


 「あ、そうだ。ドラグさん……こんな事を初日に聞くのはどうかと思うんですが……」


 ちょっと視線を逸らしながら呟いてみれば、彼は少し不思議そうな顔を浮かべた後。


 「あ、もしかして給料か? 日払いの方が良いか? 月末にまとめてってのも考えたんだが。ちょっと待ってろ、今日の分をすぐに――」


 何やら勘違いしたらしいドラグさんが、慌ててカウンターに走り出そうとした。

 違うんです、お金の催促をしている訳ではないんです。

 此方も慌てて彼を引き留め、改めて言葉を紡いでいく。


 「それはどちらでも、というかこの店の方針にお任せします。そうではなくてですね……えっと、ドラグさんとメディさん。お酒って好きですか?」


 「「酒?」」


 二人からは、非常に不思議そうな顔を向けられてしまうのであった。

 もしも好きであれば、貰って下さい。

 出来れば一箱くらい。

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