第13話 血喰らい
「え?」
門が爆発でもした様な勢いで粉砕されたかと思えば、向こう側から巨体のゴーレムが現れた。
アレが、門の向こうで暴れていた相手?
だとすれば、俺が予想していたのは全然見当違い?
なんて、思っていたのに。
グチャッと鈍い音を立てて、兵士達が集まっていた真ん中に何かが降って来た。
ほんの僅かしか視界に映らなかったが、真っ赤な何か。
そしてほんの少し、“銀色”が視えた気がしたんだ。
「トレック!? 何処に行く!」
ドラグさんの制止を振り切って、慌てふためく兵士達の中に飛び込んだ。
ガチャガチャと音を立てて、皆何かから離れようとしている様だった。
その中心地へと、人をかき分けながら進んで行く。
ガツンガツンと鎧が色々な所にぶつかって、明日には全身痣だらけになっているんじゃないかって程に痛かったが。
それでも、走り抜けた。
「魔女だ!」
誰かが叫んだ。
「離れろ! 魔女の瘴気に毒されるぞ!」
また誰かが叫んだ。
煩い、うるさいんだよ。
目の前に敵が迫っているのに、慌てふためくだけならとっとと退いてくれ。
邪魔で仕方ない。
「どけぇぇ!」
叫びながら兵士を押しのければ、そこら中から様々な視線が向けられる。
混乱した兵士達の視線はもちろん、一般人からしたら急に兵士の中に飛び込んだおかしい奴に見えている事だろう。
それでも、止まれなかった。
やがて兵士達がやけに密集している箇所まで辿り着き、無理矢理体を押し込んでみれば。
「……」
まるで異物を見る野次馬の様に、“ソレ”から兵士達は皆距離を置いていた。
さっきまで綺麗に整列していた癖に、今では“近づきたくない”と言わんばかりに無人の空間が生れている。
そして、その中心に転がっているのが。
「エレーヌさん!」
ボロボロになった彼女が、地面に転がっていた。
惨い、酷すぎる。
全身傷だらけどころか、原型を留めていない箇所だって見受けられる。
そんな彼女の走り寄り、腕に抱き上げてみれば。
「トレ……ック?」
擦れた声を上げながら、虚ろな瞳を此方に向けて来た。
何だよ、何なんだよコレ。
彼女は魔女だ。誰よりも強くて、皆が恐れていた存在だ。
だというのにこんなボロボロになるまで戦って、たった一人でこの街を守ろうとして。
それでも駆け付けるのは俺一人。
おかしいだろ、こんなの。
「もう、止めましょう? エレーヌさん。痛いんでしょう? だったら、もう良いじゃないですか。貴女ばっかり傷付くなんておかしいですよ。だから、もう止めましょう?」
もっと気の利いた台詞が言えれば良かったのだが。
俺の口からは、そんな言葉が零れた。
段々と修復していく彼女の肉体。
これが、この人が“魔女”と呼ばれる要因。
だというのに、切断されたらしい腕だけは治ってくれない。
「……でも、戦わなくちゃ。私は、魔女だから」
「戦わないで下さい、こんなにボロボロになってまで。逃げましょう? 俺も着いて行きますから、二人ならきっと上手くやれる筈です。買い物も交渉も、支えられる事は全部俺が支えますから。俺と一緒に逃げましょう? 貴女をここまで傷つける国なんか放っておいて、俺と一緒に旅にでも出ましょうよ」
ぼろぼろと涙を溢しながら、彼女を思い切り抱きしめた。
もう、傷付いて欲しくない。
この人は、痛いって言ってくれないから。
体の痛みも、心の痛みも全部我慢してしまうから。
だから。
「もう良いんです、エレーヌさんだけが頑張る必要なんかないんです。耐える必要なんかないんですよ」
「……トレック、でも」
「でもじゃないです! 今だけは反論なんか許さないですからね。俺はただの一般人です、ただの人間です! でも、普通の人間だって、恋くらいするんです。好きな人がボロボロになっているのに、誰も助けに来ないこんな国。俺は大嫌いです!」
彼女を抱きしめながら、心のままに叫んだ。
零れる嗚咽と涙もそのままに、力いっぱい彼女の体を腕に抱いた。
細い、ビックリするくらいに。
軽い、本当にそこらの女の子と変わらない。
こんな体に、様々な重圧が伸し掛かっているのだと考えると……悔しくて余計に涙が零れた。
「俺は、エレーヌさんが好きです。昔から、出会った時から大好きです。一目惚れでした。貴女の美しさに、強さに惹かれました。そして一緒に過ごす様になってから、色々な顔を見せてくれる貴女を、もっと好きになりました。だから、俺は……貴女を苦しめるこの世界が許せないんです」
グッと唇を噛んで、零れ続ける嗚咽をどうにか我慢してみれば。
「ほんと、どうしようもないわね……貴方は」
耳元で、彼女が笑ったのが分かった。
あぁ、やっぱり好きだ。
俺の人生、この人の為ならいくらでも使える。
全てを差し出しても良いと思える程の恋が出来たんだ。
それって結構凄い事なんじゃないか?
なんて、彼女の血にこの身を汚しながら、こちらも口元を緩めた瞬間。
「ぅぐっ!?」
脇腹に、激痛が走った。
「……トレック?」
エレーヌさんが不思議そうな声を上げ、身を放そうとしてくるが。
ギュッと抱きしめる腕に力を入れて、彼女を隠すように上体をズラした。
「トレック、放しなさい。何が起きたの? トレック!」
「大丈夫、大丈夫ですから! エレーヌさんは回復に専念して……オエッ!」
胃の奥から込み上がって来たモノを吐き出せば、地面は真っ赤に染まってしまった。
コレ、不味い……兵士は何やってんだよ。
思わず叫びたくなってしまったが、そんな声を上げる前に。
「あらあら、“ソレ”がこの国を守っている理由なのかしら? 随分と可愛らしい理由で動いているのね、エレーヌ?」
背後から、知らない声が煽ってきた。
間違いない、コイツが今回エレーヌさんと戦っていた相手。
もう一人の、魔女。
ゆっくりと振り返り、その人を視界に納めてみれば。
「ふっ、はははっ。やっぱ、全然違う」
「坊や、何を笑っているのかしら」
やけに不機嫌そうに顔を顰める茶髪の女。
蔦や葉を編んだ様な緑色のドレスを身に纏い、ゴーレムに守られている“魔女”。
「アンタからは、エレーヌさんみたいな“強さ”を全然感じない。どっからどう見ても、ただの悪役だよ」
「はぁ……コレだから口の減らない“下等生物”は」
つまらなそうに呟く彼女から蔦が伸びて来て、俺の背中を貫いた。
あぁ、なるほど。
エレーヌさんは、こんな痛みにずっと耐えながら戦っていたのか。
それだけ思って、俺の視界は暗く染まっていくのであった。
――――
「トレック?」
私の上に覆いかぶさって来た彼は、急に静かになってしまった。
その向こうからは、先程まで戦っていた魔女の声が聞えて来るというのに。
両腕が治らない私は、バタバタと暴れるしか出来ず彼を退かす事が出来なかった。
「コレ、貴女のペットかしら? ごめんねエレーヌ、壊しちゃった」
スッと私の上からトレックの体が離れ、体が自由になった。
それだけなら良かったのに、彼の体はそのまま上空へと持ち上げられていく。
近すぎて見えなかった光景が、私の視界に映り込む。
今まで理解出来なかった状況を、彼の姿を見て完全に理解した。
「ぁ……あぁぁ、ああぁぁぁぁぁ!」
獣の様な叫び声を上げながら、私は吠えた。
今まで押し殺して感情が溢れ出したかの様に、両目からは止めどない程の涙が零れる。
「あら、ごめんなさいね? そんなに大事だったの? コレ」
アイビーの蔦が絡め取ったトレックの体には、私の長剣が突き刺さっていた。
柄には私の腕がくっ付いたまま。
それに、他にも傷がある。
さっきの短い間、トレックは。
彼女の攻撃から私を守ってくれていたのか。
私が守らなきゃいけない筈なのに。
私は魔女で、彼は人間なのに。
なのにっ!
「凄いじゃない、エレーヌ。“無情の魔女”なんて呼ばれながら、そんな顔も出来るの? それじゃ、御褒美。はいコレ、返すわね?」
トレックの体から躊躇なく長剣を引き抜き、私の目の前に投げつけて来た。
私の腕と、長剣。
すぐさまそれに飛びつき、腕の断面を押し当てていく。
ジワジワと音を立てながら繋がっていく両腕。
早く、早く繋がれ。
アイツを殺さなくちゃ、トレックを取り返さなきゃいけないんだ。
「そんなに慌てなくても、返してあげるわよ? もう壊れちゃってるけど」
「っ!? トレック!」
ポイッと、本当にゴミの様に。
此方に向かってトレックを投げつけて来るアイビー。
思わず剣を手放し、両手で抱き止めてみれば。
まだ完全に治りきっていなかったのか、片腕が捥げて彼を取り落としそうになってしまった。
それでもどうにか抱きしめてみれば、再び出血し始めた私の血液に汚れていくトレック。
普段ならこんなに出血したり服を汚せば、彼は絶対怒るのだ。
いくら大丈夫だって言っても信じてくれなくて、気を付けろって荒い声を上げてくるのだ。
今考えれば、この国に居る人達で唯一私の“痛み”に向き合ってくれたその人。
だというのに、今は。
「トレック。ねぇ、トレック」
ピクリとも動かず、私の腕に抱かれていた。
「ねぇ、また服汚しちゃった。ボロボロになっちゃった。貴方が買ってくれた服なのに、こんなに破れちゃった。ごめんね、ごめんなさい」
いくら揺すっても、彼は答えてくれない。
いくら声を掛けても、答えてくれない。
「ねぇトレック。いつもみたいに怒ってよ、いつもみたいに呆れた声をあげてよ。私一人じゃこの服も直せないし、新しいのだって買えないのよ? だから、早く起きてよ。ねぇ、お願い。私の声に、答えてよ……」
ギュッと抱きしめてみれば、先ほど捥げた腕が繋がったらしく、両掌から彼の背中の感触が返って来る。
とても冷たくなった、私と彼の血に濡れた背中の感触が。
「美しいわね、エレーヌ。ますます気に入ったわ。本当に、お人形にしちゃうのが勿体ないくらい……でも、仲良くなる為にはコレしか知らないの。ごめんなさいね?」
嬉しそうな声を上げるアイビーから、やけに細い蔦が地面を這いながらこちらへと向かって来る。
彼女は“寄生の魔女”。
先程から言っていた内容を考えるに、あの蔦が体内に侵入し相手を苗床に変えるのだろう。
今では周りの兵士達が、人型のゴーレムモドキや植物と戦っている。
主力の二体の植物ゴーレムは目の前に留まっている事から、多分コレがアイビーの“奥の手”。
私も彼女の植物に呑まれれば、こんな気味の悪い人形に変わるのだろう。
本当に、趣味が悪い。
「トレック、少しだけ待っててね」
彼を地面に寝かせてから立ち上がり、“寄生の魔女”を正面から睨みつけた。
「まだ抗うの? 分かったでしょう? 貴女じゃ私には勝てないわ」
クスクスと笑う彼女を無視して、右手を正面に向けた。
ボロボロで、もうこれ以上何が出来るんだって、自分でもそう思う。
でも、“負けたくない”。
コイツだけには、殺されてなんかやるものか。
「一つだけ、昔の事を思い出したわ」
ポツリと呟いてからグッと手を握り、掌に爪で傷を付ける。
ジワリと傷口に広がっていく血の感触を確かめながら、もう一度掌を開いた。
「来なさい、“血喰らい”。アナタの気に入った血液が、ココにあるわよ」
そう呟いてみれば、先ほど投げ出した筈の長剣がこの手に戻って来た。
私が目覚めた時から所持していた武器。
真っ黒い刀身の、私には長すぎる獲物。
その名を、血喰らい。
攻撃魔術が使えない魔女の、唯一の武器。
それが、この“魔剣”だ。
「好きなだけ喰らいなさい。私はいくらアナタに食べられようと、死ぬことは無いわ」
呟いてみれば、柄から幾つもの棘が飛び出し私の掌を貫通していく。
ドクンドクンと脈動に合わせて、何かが吸い取られている感覚。
これが、この剣の使い方。
“魔剣”としての本来の姿。
持ち主の血を媒体とし、力を発揮する呪われた剣。
何故今思い出したのか、何故今まで忘れていたのか。
ソレは分からないけど、それでも。
「もう好き勝手にやらせない。覚悟しなさい、“寄生の魔女”」
紅い模様が浮き上がる長剣を肩に担ぎながら、腰を落としてみせる。
もう、大丈夫だ。
今ならもう、“負ける気がしない”。
「あははははっ! それが貴女の奥の手? そうよね、魔女の癖に剣を振り回すだけの筈ないものね! もっと、もっと見せて! 貴女が私のお人形になれば、お友達になれば。それは私のモノになるのよ!」
興奮した様子を見せるアイビーを睨みながら、グッと長剣の柄を握りしめる。
何の問題も無い、いつも通りだ。
だから、“仕事”をすれば良い。
「私は、“無情の魔女”。今すぐ逃げるなら追いはしないわ、でも……その首だけは、絶対に置いて行ってもらう!」
「結局は殺し合うしかないって事よね! いいわ、いいわよエレーヌ! 貴女は最高のお人形になりそう!」
私たちは叫び、互いに踏み込んだ。
魔女と魔女の決闘。
それは周りを必要以上に巻き込みながら、傍迷惑な程被害を出しながらも、今決着を迎えようとしていた。
多分、これが終れば私はこの国に留まる事は出来ないだろう。
結果がどうなろうと、私はこの国を守れなかったのだから。
でも、それでも。
「お前だけは! 叩き斬らないと私の気が収まらないわ!」
全力全開で、魔剣を振りかぶるのであった。
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