東方戦線の想定
……………………
──東方戦線の仮定
「まず帝国においては天候は厳しい冬期と雪解けに伴う泥濘のふたつの状況が障害になるということです」
ガブリエラが説明する。
「報告書を見られたならばお判りでしょうが、既に帝国の魔甲騎兵にそれに応じた方法を取っています。ですが、我々が同じことをすることに意味はないかと」
「あの魔甲騎兵はそういう意味か。なるほど。では、どうするべきなのだ?」
「インフラとしても帝国のインフラは劣悪で、モータリゼーションも進んでおりません。それに加えて雪と泥。我々は幾度かに分けて作戦計画を練る必要があるでしょう」
王国のようにすっぱりと切り開くのは不可能ですとガブリエラは言う。
「バルト海における海上輸送は大きな頼りになるでしょう。連合王国が降伏すれば地中海艦隊を黒海に回し、黒海方面での海上輸送も期待できます」
だからこそ、海軍には早期にバルト海の制海権を奪ってほしいのですとガブリエラは語った。
「それだと黒海の制海権も必要になるな」
「ええ。共和国黒海艦隊は小規模です。重巡洋艦数隻に補助艦少数。それに対して帝国は戦艦を含めた旧式ながら脅威となる艦隊を有しています」
多くが前大戦の生き残りという帝国黒海艦隊だが、少数の艦隊しか配備していない共和国海軍にとっては脅威である。
「我々は素早く連合王国を降伏させなければなりません。そうしなければ北海艦隊も地中海艦隊も身動きが取れません」
幸いにして、とガブリエラは続ける。
「連合王国の軍隊は志願制による職業軍人を集めた軍隊です。将校の数も共和国ほど厚みがあるわけではなく、カナタ自治州に関しては合衆国が早期に勝利するでしょう。そして、我々が西方戦線で勝利すれば、連合王国陸軍は壊滅的打撃を受けます」
連合王国が後から徴兵を初めても、指揮する指揮官に欠けますとガブリエラはいう。
「連合王国を必ずカナタ自治州と西方戦線の両方で撃滅し、連合王国本土上陸作戦には楽な戦いができるようにしなければなりません」
「それで、帝国については?」
「D爆撃機計画を利用したいと思っております」
ガブリエラがそう言うとブルモフスキ元帥がやや口元に笑みを浮かべた。
「D爆撃機計画は順調でしょうか、ブルモフスキ元帥閣下?」
「とても順調だ。我々は帝国を破壊し尽くすだろう」
「結構です。我々は自国領土内で帝国の精鋭機動部隊を損耗させ、それが回復しないように戦略爆撃を実施し、帝国をそのまま解体します」
インフラは鉄道などを整備しなければならないでしょうとガブリエラが言った。
「ふむ。確かに帝国は肥沃な大地です。肥沃であるが故に水分が多く、泥濘が生じやすい。海上輸送と鉄道輸送というのは考えておくべきでしょう。しかし、戦略規模の輸送はそれでいいとして戦術規模の輸送は?」
「泥と雪に耐えるしかありません。それから空軍による補給にも期待しております」
またしてもブルモフスキ元帥が嬉しそうにしていた。
「空軍はその役割を果たすだろう」
ブルモフスキ元帥は満足そうにそう言ったが、空軍の輸送力だけでは師団、軍団規模の補給は不可能だろうというのがガブリエラの考えでもあった。
だが、政治力を有するブルモフスキ元帥に恩を売っておいて損はない。
「ブロニコフスキー少将。何か訂正するべき点は?」
「ありません。妻とともに考えたこれが我々の次の大戦におけるグランドデザインです。1年で王国と連合王国を、残り3年で帝国を。そうしなければ、合衆国が戦争から手を引く可能性も出て来ました」
「合衆国が戦争から手を引く……」
「ええ。世論は戦争を4年しか支持しないだろうと」
エアハルト大統領の顔が青ざめるのに、ミヒャエルはブラッドレー少将から伝えられた言葉を伝えた。
「合衆国が戦争から手を引くとなると共和国にとっては悲劇的な結末が待っている」
「そうですから、戦争の早期決着が必要なのです。共和国が戦時経済に移行したとしても戦争のためにもつ時間はそう長いものではないでしょう?」
「そうだが……。これは参ったな」
ミヒャエルが言うのにエアハルト大統領が頭を抱えた。
「何はともあれ」
レヴィンスキー大将が言う。
「我々は西方で勝利し、東方に兵力を向ける。その東方においては国内で敵機動部隊に打撃を与え、その後の再建を果たさせずに、打撃を与える続ける。いい作戦だと私は思いますが」
「国内が戦場になれば合衆国からの同情も集まるでしょう」
レヴィンスキー大将とロートシルト長官がそれぞれそういう。
「同情が欲しいわけではない。合衆国の船が、トラックが、石油が欲しいのだ。そのためには合衆国に参戦し続けてもらわなければならない」
4年、4年とエアハルト大統領は呟く。
「レヴィンスキー大将。4年で我が軍は帝国を相手に勝てるかね?」
エアハルト大統領はこの質問をガブリエラとミヒャエルではなく、レヴィンスキー大将に振った。
「帝国全土を征服するのは不可能でしょう。ですが、彼らの継戦能力を削ぎ、降伏に追い込むことは不可能ではないかと思います」
「そうか……」
共和国にとって帝国は相容れぬイデオロギーの持ち主だ。
できるならば、共和国の手で解体してしまいたい。
だが、合衆国が参戦しても4年では不可能だろう。
「今日は意義のある晩餐会となった。それでは諸君、次の大戦で勝利するのは我々だ」
エアハルト大統領はそう言って晩餐会を終わらせた。
「大統領閣下は怖気づいたようですね」
「そのようだな。だが、4年だぞ。4年で帝国全土を征服することは、不可能ではない」
ただし、とミヒャエルが言う。
「敵の抵抗運動が問題だ。また帝国が負けかかったときに共産主義者が決起する。そして、その共産主義者相手に延々と対ゲリラ戦を繰り広げる。そうなれば合衆国は即座に手を引くだろう」
ブロニコフスキー家の屋敷でミヒャエルがそう言う。
「帝国全土に価値があるわけでもない。価値があるのはいくつかの要衝だけだ。そこさえ押さえてしまえば、帝国の残りなどレモンの搾りかす程度の価値しかない」
「そうですね。南部の穀倉地帯。カフカス方面の石油。ウラル以東はただの極寒の地です。D爆撃機計画で破壊してしまい、極東で皇国と合衆国が外洋に出る手段を奪えば、放っておいてもいいでしょう」
「そして、帝国は共和国、合衆国、皇国によって分割される」
ミヒャエルはそう言ってグラスに注いだ水を飲み干した。
「まあ、これでもう大統領には呼ばれないだろう。ふたりで過ごせるな」
「今日はダメですよ。お酒が入っていますから」
お酒が入るとちょっとミヒャエルは乱暴になりますとガブリエラが言った。
「ううむ。じゃあ、先に風呂に入ってくれ。俺は今日のことを一応書き留めておく」
「本気で本を出版するつもりですか?」
「悪いか?」
「いいえ。ただ、あなたのやったことを中心にしてください」
「それにはお前の存在を記さずにおくのは不可能だ」
ミヒャエルはそう言って少し笑った。
「困った人」
「お前だからだよ」
そう言葉を交わし合った後、ガブリエラは風呂に入り、それからミヒャエルから確認してくれと言われてメモを読んだ。
これはさりげなく共和国の機密文章だなと思い、ミヒャエルにカギのかかった引き出しか金庫に入れるようにアドバイスした。
ミヒャエルはメモを金庫に仕舞い込み、風呂に入ると──ガブリエラは結婚してからミヒャエルが長風呂であることを知った──一緒にベッドで静かに寝たのだった。
この間にも共和国という産業機械はレオパルトAusf.Bを生産し、一度はレオパルトAusf.Aを装備した部隊から転換していった。
余剰になったレオパルトAusf.Aは新規編成の装甲師団に回されるか──。
連邦と合衆国に密かに輸出された。
連邦は秘密裏にレオパルトAusf.Aを受け取り、その存在を秘匿しながら、装甲師団を編成する準備を始め、合衆国は受け取ったレオパルトAusf.Aを基に新しい主力魔甲騎兵の製造にかかっていた。
合衆国はモスボールされていた駆逐艦の再整備も始め、レオパルトAusf.Aのお礼に旧式駆逐艦を共和国に輸出した。
それらは最新の対戦装備が装着されて、バルト海での対潜水艦作戦と大陸海峡の機雷封鎖に当たることになるだろう。
……………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます