知り合いのコネ

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 ──知り合いのコネ



 陸軍省を出てからミヒャエルの従兵が運転する車でガブリエラは郊外に向けて走った。郊外ということは人工筋肉の加工工場かと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「どこに向かっているんですか?」


「第1装甲師団の駐屯地だ。正確には第1装甲師団第11砲兵連隊の駐屯地」


「第1装甲師団にお知り合いが多いのですね」


「第1装甲師団には俺も以前いたからな」


 共和国の有する装甲師団は16個。第1装甲師団から14装甲師団。第1共和国親衛装甲師団、第2共和国親衛装甲師団。


 親衛師団の親衛は前大戦の功績や政府の名誉として与えられた称号だ。別段エリートというわけではないが、新型装備はまずはこちらに回されることが多い。


 だが、新型装備が使い物になるのかどうかをチェックするのは通常師団だ。通常師団で実績を得た装備が親衛師団に渡される。


 親衛師団のほとんどは歩兵師団で5つの歩兵師団が親衛の名を冠している。


 第1共和国親衛装甲師団にしても歩兵師団から装甲師団に切り替わった際に、その称号が引き継がれたに過ぎない。別に前大戦で装甲師団が編成されたり、まして活躍したわけではない。


 第1装甲師団第11砲兵連隊の駐屯地に入る。


 ミヒャエルは身分証を提示するだけでよかったが、まだ守衛に顔を覚えられていないガブリエラは運転免許証の提示や宣誓書へのサインが求められた。


「全く、軍隊もお役所なんですね」


「そうとも。早くも軍隊について理解し始めたじゃないか。書類へのサインひとつないと戦闘部隊に砲弾の一発も届かんのが軍隊というものだ」


 ミヒャエルは愉快そうに笑っている。


「さて、行くぞ」


「どこに?」


「連隊長執務室」


 そして、そのまま正面の建物に入り、敬礼を受けながら、ミヒャエルは連隊長執務室の扉をノックする。


「入ってくれ」


「邪魔するぞ」


 連隊長執務室にいたのはミヒャエルやカールのような軍人然とした顔立ちではなく、舞台俳優のようなハンサムな男性だった。体は舞台俳優と違って鍛えられているのが分かるが、これまでになかったタイプの男性軍人だ。


 ただ、頬に傷跡がある。


「こいつはヘルムート・フォン・ロートシルト共和国陸軍砲兵大佐。こいつは前にい話していた面白い女だ。名前はガブリエラ・フォン・ゲーリケ共和国陸軍婦人少尉」


「初めまして、ガブリエラさん」


 ヘルムートはにこやかに笑ってそう言った。


「それで用事というのは?」


「トート・ライン社のコネを使わせてくれ。こいつが考えた面白いものが実際に使い物になるのかを知りたい。あるいは製造に問題がないか」


「ふむ。構わないけれど、まずは何を考えたか聞かせてもらっても?」


「ガブリエラ。説明してやれ」


 またあれを説明するのかと思いながらも、これで給料をもらっているわけだしとガブリエラは主力魔甲騎兵、装甲歩兵砲、多脚歩兵戦闘車ファミリーについて説明した。


 ヘルムートは興味を持ったのか、黙って話を聞いていた。


「面白いね。確かに面白い。問題は技術者がこの問題を解決できるか、だ。トート・ライン社へは同行しよう。カールも来ているんだろう?」


「カールは先にトート・ライン社の実験施設に向かっている。あそこだろう。魔甲騎兵の技術者がいるのは」


「ああ。現地で合流しよう。俺も支度してすぐに向かう」


 トート・ライン社の実験施設など聞いたこともないが、そういうものは確かにあるのだろうとガブリエラは思った。


 どんな工業製品でも実験してみなければどんな間違いが含まれているか分からない。不良品を世に出して、評判を落とした企業は山ほどある。


 共和国最大の重工業企業であるトート・ライン社がその轍を踏むとは思えない。


 何せ、トート・ライン社は民間の多脚重機のシェアのほとんどを占め、共和国陸海空軍の最大の取引相手であり、魔甲騎兵、戦艦の主砲、空軍の機関砲まであらゆる分野に渡って兵器を提供する軍需企業でもあるのだ。


 そのトート・ライン社とどういうコネがあるのか気になるところだ。


「ロートシルト大佐はトート・ライン社にどのような伝手が?」


 ガブリエラは思わず尋ねてみた。


「ああ。父が会長を務めているんだ。ラジオや新聞で知らないかい? ヴィルヘルム・フォン・ロートシルト」


「まさかあのロートシルト家の一門の方ですか?」


 まさかとは思ったが、あのロートシルト家ならば共和国の経済界を牛耳る一門だ。


 今の大統領の下で5ヵ年計画長官として働いているのもロートシルト家。アッヘンヴァル航空機産業を大きく引き離して共和国の首位の座に就く航空産業のロートシルト航空機もロートシルト家。共和国の海運を支えるのもロートシルト家。


 これはまたとんでもない知り合いがいたものだとガブリエラはマジマジとミヒャエルの方を見る。


「何だ。言っておくが玉の輿を狙おうと思ってもこいつを紹介してはやらんぞ。こいつは既婚者だ。子供もいる」


「いえ。別にそのようなつもりは。ブロニコフスキー大佐殿は家庭は?」


「軍務に専念するので忙しくてそれどころではなかった」


 嫁の当てがなかったんだなとガブリエラは思った。


「何を憐みの視線で見ている」


「いえ。ただ見ていただけです」


「変わった女だ」


 そういうあなたは変わった男ですよとガブリエラは心の中で思った。


「ここがトート・ライン社の実験施設だ」


 巨大な施設だった。軍の演習場のように広々としており、そして組み立て工場らしき高層建築も窺える。


 あそこで魔甲騎兵を組み立てているのだなとガブリエラは察しを付けた。


「では、行きましょうか。だけど、技術的問題が解決できても、政治的問題が残るよ。それについては考えているのかい?」


「政治は政治家が解決する問題だ。まあ、とは言えど無策というわけではない。歩兵将校と砲兵将校が幅を利かせている今の状況は変えなければならん」


「君は装甲部隊を拡充できればいいように聞こえるけれど?」


「これからの主力は装甲部隊だ。装甲部隊が道を切り開く」


「それは単なる君の持論だね」


 ヘルムートは少し呆れたように笑うとガブリエラたちを実験施設に案内した。


「カール」


「ヘルムート。今日はよろしく頼む。私も彼女の発案には期待しているのだ」


「前向きな回答が得られることを祈ろう」


 ヘルムートはそう言うと守衛に身分証を見せてから他の2名とともに通過した。ガブリエラだけはやはり運転免許証や宣誓書へのサインが求められた。


「ここがトート・ライン社最大の実験施設。タイタン実験場と言われている」


「タイタン実験場」


 確かに巨人が闊歩している。民間用の多脚重機。そして魔甲騎兵。


 今の魔甲騎兵は騎兵というよりも、足を減らした蜘蛛のような形をしている。なるべく車高を押さえて、敵に発見されにくくすること、被弾面積を減らすことが重要視されているらしい。


 実験中の魔甲騎兵は歩兵支援のためのものらしく、短砲身75ミリ砲を搭載している。


「おおい。シュミット博士!」


 魔甲騎兵の上に乗って、なにやら指示を出している技術者をヘルムートが呼ぶ。


「ああ。これはヘルムートさん。何か御用で?」


 シュミット博士と呼ばれた男性は脚立を使って魔甲騎兵から降りると、笑みを浮かべてヘルムートたちの方にやってくる。


「紹介しよう。ジークムント・シュミット博士だ。魔甲騎兵に関する第一人者」


「初めまして、フロイライン」


 ヘルムートがガブリエラにジークムントを紹介する。


「初めまして、博士」


 ガブリエラは返事を返す。


「ところで今回はどのようなご用件で?」


「あなたに聞きたいことがあってきた」


 ヘルムートはそう言い、まずは会議室に向かった。


……………………

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